「翻訳ミステリー大賞シンジケート」に『代診医の死』の書評

 「翻訳ミステリー大賞シンジケート」の「クラシック・ミステリ玉手箱」の書評で、ストラングル・成田氏にジョン・ロード『代診医の死』を取り上げていただきました。
 「予想をはるかに上回るホームラン級のできばえ」、「これぞ謎解きのセンスオブワンダー、推理のカリスマ」という賞賛の言葉をいただいたのは訳者としても嬉しい限りで、ロード再評価に向けての大きな手応えを感じました。
 「事件の謎についての徹底したディスカッション」に一定の評価をいただいた点も、ロードの作品の特徴を読者の方に理解していただく上で重要なポイントと感じました。
 改めて多くの読者の方に楽しんでいただけることを願っております。
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「ROM」が復活

 2015年に最終号が出た同人誌「ROM」が復活した。亡くなられる少し前に、既に病床にあった加瀬さんご本人から、その144号をもって最終号としたい旨とともに、「この号だけはロード特集にするつもりです。40年近く前、ROMを最初に始めたのがロードでした。」との連絡をメールでいただいていた。
 ちょうどROM叢書から『代診医の死』を刊行する段取りを進めていたところだったこともあり、丁重にお断りし続けていた「ROM」への寄稿についても、ロードについて寄稿を、と改めて依頼してこられたのもそのメールだった。ほどなくして、小林晋先生から訃報の連絡をいただき、言葉を失ったのは今も忘れられない。
 加瀬さんの最後のメールを小林先生にお伝えしたことから、御遺志を踏まえて最終号がロード特集となったことは同号を手にされた方であればご存じかと思われる。私自身も、さすがに加瀬さんの最後のご依頼を無碍にすることはならず、ささやかながら最初で最後の寄稿をさせていただいた。
 『代診医の死』は、後を引き継がれた須川毅さんの御尽力により刊行にこぎつけることができたが、加瀬さんの生前に刊行できなかったのは、今も無念でならない。できれば、同書を通じてロードの謎解き作家としての実力を我が国の読者に再認識してもらい、ロードが真の復権を遂げたとの手応えをご本人に実感していただきたかった。
 その『代診医の死』が改めて論創社から刊行されたのとほぼ時期を同じくして、「ROM」が新たな形で復活したことは感無量であり、加瀬さんの遺業がこうした形で受け継がれていくことを心からお祝い申し上げたい。

 なお、「ROM」ご希望の方は、romj2013-editor(アットマーク)yahoo.co.jpにお問い合わせいただければとの由。


               ROM

脱線の余談――主従逆転?

 まるで下剋上みたいなタイトルだが、『代診医の死』に関連して、もう一つ余談を。
 シリーズ・キャラクターの存在は、作家の人気を左右する大きなファクターでもあるが、作者自身が自分の人気シリーズ・キャラクターを嫌いになってしまったり、いつの間にか背景に退かせてしまう例は少なくない。
 そもそも、あのシャーロック・ホームズにしてからが、原作者のドイルはいったん滝壺に落として葬り去ったほどだし、エルキュール・ポワロもクリスティから嫌われ、メグレ警視だって、シムノンはいったんシリーズに終止符を打ったのをファンからの懇望を受けてシリーズ再開した経緯がある。
 そこまで極端ではなくとも、いつの間にか存在感が希薄になって他のキャラクターに主役の座を取って代わられる人も中にはいる。例えば、エミール・ガボリオが創造したタバレは、『ルルージュ事件』の主役で、ルコックは脇役にすぎないが、その後は主従逆転してルコックが主役となり、『ルコック探偵』では、タバレの登場はごくわずかで、タイトルロールのルコックに助言を与える役割にすぎない。
 ジョン・ロードが創造したランスロット・プリーストリー博士も似た例と言えるだろう。初期作品では活発に行動していた博士は、“Hendon’s First Case”(1935)でジェームズ・ワグホーン警部(のち警視)が登場したのに伴い、次第に不活性化し、ウェストボーン・テラスの土曜例会で発言するだけの存在に変わっていくのだが、ちょうどタバレのように、自分は第一線を退き、後進に節目節目で助言を与えて育てる役目になったかのようだ。
 後期の作品になると、自分で大団円の謎解きをすることすらしなくなり、主役は文字どおりワグホーン警視になってしまった感がある。“The Paper Bag”(1948)、『電話の声』(1948)、“Death at the Inn”(1953)、『吸殻とパナマ帽』(1956)、“Robbery with Violence”(1957)、“Twice Dead”(1960)、“The Vanishing Diary”(1961)などは、博士は解決を導く手がかりとなる洞察を助言の中で示しはしても、最後に事件を解決するのは、プリーストリー博士ではなく、ワグホーン警視だ。この頃のプリーストリー博士は、土曜の例会で意見を述べるだけの役割にほぼ限定され、特に晩年の作品になると、時おり自分の老いや衰えに言及し、なにやら「終活」モードに入ってしまった感なきにしもあらずだ。
 とはいえ、ネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンみたいに、まるでサイボーグかと思うほど、年代が変わってもまったく歳を取る気配のないシリーズ・キャラクターもいるわけで、活発な行動家から安楽椅子探偵、さらには老いと衰えを口にする後進へのよき助言者という具合に、経年変化が比較的分かりやすい点は、まだ人間味があっていいのかもしれないが。
 おそらく、作者のロードにとって、ストーリー中間のあーでもないこーでもないと延々続く尋問と議論こそは、一番書き甲斐のある情熱を注いだ部分だったのではなかろうか。その部分の中心を担うワグホーン警視は、作者にとって一番愛着を感じる登場人物だったのであり、思い入れも博士から警視のほうに移っていったのかもしれない。そう考えると、やはり退屈の象徴とも思える中間部分は、決して紙数を増やすための埋め草ではなく、ロードが推理小説で本当に書きたかったことだったのかもしれない。ただ、自分の思いと裏腹に、大衆読者層にどこまで受け入れてもらえたかは別問題だったのだろうけれど。
 ところで、以前の記事でも触れたが、邦訳書の冒頭にある登場人物表の大半は、邦訳が慣行としてサービスで加えているものであり、ナイオ・マーシュのような例外はあるが(演劇に情熱を注いだマーシュは自作でも配役表を好んで掲げた)、原書にはないのが普通だ。ちなみに、『オシリスの眼』も『代診医の死』も、原書に登場人物表はなく、いずれも私が作成したものに編集者さんが手を加えられたものだ。
 何が言いたいのかと言うと、邦訳『吸殻とパナマ帽』では、おそらく訳者も編集者も、すっかり存在感が希薄になってしまったプリーストリー博士を脇役以下の存在としか認識せず、冒頭の登場人物表に載せずにすませているのだ。黄金時代の本格推理小説で、メイン・シリーズ・キャラクターの探偵でありながら登場人物表から落とされてしまった人は空前にして絶後か。

脱線の余談――What’s your name?

 『代診医の死』刊行によせて、ちょっとした余談を。
 そのあとがきでも触れたが、ジョン・ロードが創造した数学者、ランスロット・プリーストリー博士の名前は妙に曖昧で、「ランスロット」は、‘Lancelot’なのか‘Launcelot’なのかはっきりしないし、たぶん誤植だろうが「J・P」というイニシャルが出てくる作品もある。出てくる頻度からすると、‘Launcelot’が最有力に思えるが、初登場の“The Paddington Mystery”の記述はそう軽いものではないような気も。オールドランド医師も、「シドニー」なのか「モーティマー」なのか、よく分からない。
 とはいえ、こんな例は珍しいものではない。海外ミステリのシリーズ・キャラクターには、しばしば名前の混乱がある。一番有名なのは、ホームズの親友、ワトスン医師だろう。『緋色の研究』で表記される「ジョン・H・ワトスン」か、「唇のねじれた男」で妻が呼びかける名の「ジェイムズ・ワトスン」かをめぐっていろんな議論があるのだが、名前がこれほど様々に取り沙汰されるキャラクターもほかにはあるまい。
 ワトスン医師はそれだけでなく、作品間の記述の矛盾を指摘するシャーロキアンたちから「再婚説」も取り沙汰されているのだが、それを言うなら、エルキュール・ポワロの親友、ヘイスティングズ大尉だって怪しいものだ。というのも、『邪悪の家』において、ヘイスティングズはポワロとの会話の中で、妻のことを「ベラ」と呼んでいるからだ。『ゴルフ場殺人事件』を読んだ読者なら、(えっ、まさか・・・?)と思うのではなかろうか。それとも、思い出を大事にして、敢えて(紛らわしくも)そう呼び続けているとでも?
 イニシャルの誤植といえば、ピーター・ウィムジイ卿の妻となるハリエット・ヴェインもそうだ。初登場作『毒を食らわば』で殺人の容疑者として裁判に立つことになる彼女は、第一章で出てくるフィリップ宛ての手紙に、「M」というイニシャルで署名している。MはいかにもHと取り違えそうな気がするし、訳者の故浅羽莢子さんも訳注で誤植の可能性を示唆しているのだが、ファンにとっては、そう簡単には片付けられないものらしい。Mは「殺人(Murder)」の頭文字だ、いやいや、「情婦(Mistress)」の頭文字だ、というセイヤーズ協会会員による議論まである(「ミステリマガジン」1983年5月号より)。いやはや・・・(笑)。
 ソーンダイク博士の助手、ナサニエル・ポルトンは、『オシリスの眼』でも大活躍だが、“Helen Vardon’s Confession”第28章において、なにゆえかソーンダイクは、自分の助手の名を「フランシス・ポルトン」と証言している。同書は、ノーマン・ドナルドスンも指摘しているが、あの緻密なフリーマンにしてはミスが散見される作品で、なにかの事情でよほど注意が散漫になっていたのだろうか。
 以前の記事でも触れたが、ヘレン・マクロイが創造したベイジル・ウィリング博士の娘ギゼラは、“The Long Body”で初登場した時は「エリザベス」という名だった。まさか別人だとでも?
 ジョルジュ・シムノンが創造したジュール・メグレ警視も、名前の混乱という点では人後に落ちない。『メグレの初捜査』によれば、フルネームは「ジュール・アメデ・フランソワ・メグレ」で、リファレンス・ブックやネット情報をはじめ、この名前がいろんなところで採用されているし、ジル・アンリの『シムノンとメグレ警視』でもこの名で紹介されている。ところが、『メグレの拳銃』によると、「ジュール・ジョゼフ・アンテルム・メグレ」という名前らしいのだ。さて、いったいどっちが正しいのだろう?
 ある意味、チェスタトンのように、「J・ブラウン」とシンプルに決めて、それ以上は余計なことを一切言わないのが一番無難なのかも(笑)。

マーティン・エドワーズ“The Story of Classic Crime in 100 Books”

 前の記事に引き続き、エドワーズの標題書を取り上げよう。同書は、エドワーズ自身が監修している「ブリティッシュ・ライブラリー・クライム・クラシックス」の手引きとなることを意図した本のようだ。同シリーズは、ジョン・ビュード、J・ジェファースン・ファージョン、アントニー・ウィンといった、ほぼ忘却の彼方にあった作家たちの作品を次々と再刊し続けている画期的な叢書。
 従って、“The Story of Classic Crime in 100 Books”は、同シリーズに収録された作品と重なる作家・作品も多い。著者序文によれば、二十世紀前半のベスト表を作ったり、自分のお気に入りを選ぶことを意図したわけではなく、ホームズ時代から黄金期の終わりまでの顕著な作品のストーリー解説を通じて、このジャンルの発展を概観できるものにしたかったようだ。
 とりあえず章題は無視して、その100作(実際は102作あるが)を以下にリストアップしておこう。

『バスカヴィル家の犬』アーサー・コナン・ドイル
『正義の四人』エドガー・ウォーレス
『ミス・エリオット事件』バロネス・オルツィ
“Tracks in the Snow”ゴドフリー・R・ベンスン
“Israel Rank”ロイ・ホーニマン
“The Blotting Book”E・F・ベンスン
『ブラウン神父の童心』G・K・チェスタトン
『薔薇荘にて』A・E・W・メイスン
『オシリスの眼』R・オースティン・フリーマン
『下宿人』マリー・ベロック・ローンズ
『マックス・カラドス』アーネスト・ブラマ

『トレント最後の事件』E・C・ベントリー
“In the Night”ゴレル卿
『ミドル・テンプルの殺人』J・S・フレッチャー
“The Skelton Key”バーナード・ケイプス
『樽』フリーマン・ウィルズ・クロフツ
『赤い館の秘密』A・A・ミルン

『スタイルズ荘の怪事件』アガサ・クリスティ
『雲なす証言』ドロシー・L・セイヤーズ
『鑢(やすり)』フィリップ・マクドナルド
“Mr. Fortune, Please”H・C・ベイリー
『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー
“The Mystery of a Butcher's Shop”グラディス・ミッチェル
『牧師館の殺人』アガサ・クリスティ
『今は亡き豚野郎の事件』マージェリー・アリンガム
“Send for Paul Temple”フランシス・ダーブリッジ&ジョン・シューズ

『漂う提督』ディテクション・クラブ
『サイロの死体』ロナルド・ノックス
“She Had to Have Gas”ルパート・ペニー

“The Medbury Fort Murder”ジョージ・リムネリアス
“Murder of a Lady”アントニー・ウィン
『三つの棺』ジョン・ディクスン・カー

“The Secret of High Eldersham”マイルズ・バートン
『ヨット船上の殺人』C・P・スノウ
“The Sussex Downs Murder”ジョン・ビュード
“Sinister Crag”ニュートン・ゲイル

“The Crime at Diana’s Pool”ヴィクター・L・ホワイトチャーチ
『らせん階段』エセル・リナ・ホワイト
“Death by Request”ロミリー&キャサリン・ジョン
“Birthday Party”C・H・B・キッチン

『放送中の死』ヴァル・ギールグッド&ホルト・マーヴェル
『鐘楼の蝙蝠』E・C・R・ロラック
“What Beckoning Ghost?”ダグラス・G・ブラウン

『赤毛のレドメイン家』イーデン・フィルポッツ
“Mystery at Lynden Sands”J・J・コニントン
“Murder in Black and White”イヴリン・エルダー(ミルワード・ケネディ)

“Quick Curtain”アラン・メルヴィル
『三人の名探偵のための事件』レオ・ブルース
『消えた玩具屋』エドマンド・クリスピン

『学校の殺人』グレン・トレヴァー(ジェームズ・ヒルトン)
“Murder at Cambridge”Q・パトリック
『学長の死』マイケル・イネス

“Vantage Striker”ヘレン・シンプスン
“Silence of a Purple Shirt”R・C・ウッドソープ
『病院殺人事件』ナイオ・マーシュ&ヘンリー・ジェレット

『箱の中の書類』ドロシー・L・セイヤーズ&ロバート・ユースタス
“The Young Vanish”フランシス・エヴァートン
“Death of an Airman”クリストファー・セント・ジョン・スプリッグ
“A.B.C. Solves Five”C・E・ベクホファー・ロバーツ

“The Grell Mystery”フランク・フロスト
“The Duke of York’s Steps”ヘンリー・ウェイド
“Hendon’s First Case”ジョン・ロード
『緑は危険』クリスチアナ・ブランド

『試行錯誤』アントニイ・バークリー
『十二人の評決』レイモンド・ポストゲート
『法の悲劇』シリル・ヘアー
『スモールボーン氏は不在』マイケル・ギルバート

『完全殺人事件』クリストファー・ブッシュ
“Death Walks in Eastrepps”フランシス・ビーディング
“X v. Rex”マーティン・ポーロック(フィリップ・マクドナルド)
“The Z Murders”J・ジェファースン・ファージョン
『ABC殺人事件』アガサ・クリスティ

“The House by the River”A・P・ハーバート
『終わりなき負債』C・S・フォレスター
“No Walls of Jasper”ジョアンナ・カナン
“Nightmare”リン・ブロック

“End of an Ancient Mariner”G・D・H&M・コール
“Portrait of a Murderer”アン・メレディス
『迷宮課事件簿1』ロイ・ヴィカーズ

『殺意』フランシス・アイルズ
“Family Matters”アントニー・ロールズ
“Middle Class Murder”ブルース・ハミルトン
“My Own Murderer”リチャード・ハル

『救いの死』ミルワード・ケネディ
“A Pin to See the Peepshaw”F・テニスン・ジェス
“Earth to Ashes”アラン・ブロック
『フランチャイズ事件』ジョセフィン・テイ

“Darkness at Pemberley”T・H・ホワイト
“The Division Bell Mystery”エレン・ウィルキンスン
“Death on the Down Beat”セバスチャン・ファー

『デイン家の呪い』ダシール・ハメット
『タラント氏の事件簿』C・デイリー・キング
『災厄の町』エラリー・クイーン
『赤い右手』ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ
『見知らぬ乗客』パトリシア・ハイスミス

『六死人』スタニスラス・アンドレ・ステーマン
『怪盗レトン』ジョルジュ・シムノン
『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』H・ブストス・ドメック(ホルヘ・ルイス・ボルヘス)

『野獣死すべし』ニコラス・ブレイク
“Background for Murder”シェリー・スミス
“The Killer and the Slain”ヒュー・ウォルポール
『二月三十一日』ジュリアン・シモンズ

マーティン・エドワーズ(現ディテクション・クラブ会長)の『オシリスの眼』評

 “The Golden Age of Murder”(2015)の著者であり、ディテクション・クラブの会長にしてCWA(英国推理作家協会)会長のマーティン・エドワーズ氏が、“The Story of Classic Crime in 100 Books”(2017)を刊行した。
 要は、(序文で著者も述べているように)ジュリアン・シモンズやH・R・F・キーティングなども公表してきたのと同様のクラシック・ミステリの100選というわけだ。エドワーズの言う「クラシック・ミステリ」とは、現代の推理小説ファンが今なお愛着を持ち続けている、1901年から1950年までに刊行された作品を指す。
 全体のリストについては記事を改めて紹介するとして、エドワーズは、R・オースティン・フリーマン『オシリスの眼』も100冊の一つに挙げているので、先ずはそこから。
 「『オシリスの眼』は、マサチューセッツ州ボストンで起きた実際の殺人事件の要素と、法医学、エジプト学、ロマンスを融合させた作品である」という冒頭の要約は、ある意味、簡にして要を得た同作の解説と言えるだろう。
 内容的には、『オシリスの眼』が、米ボストンで起きたパークマン=ウェブスター事件をモデルにしていること、恋愛要素が必ずしも受けなかったこと、レイモンド・チャンドラーから賞賛されたことなど、なにやら私自身のあとがきとオーヴァーラップする点が多いことに気づくが、もちろん、私の訳書のほうが先に出たのであり、エドワーズ氏の解説を私がパクったわけではない(笑)。むしろ、エドワーズ氏も基本的な研究を踏まえて書いたことが、結果的に似た内容になったということではなかろうか。
 エドワーズの選んだ100冊は、キーティングと異なり、ゴレル卿、ルパート・ペニー、アントニー・ウィン、イヴリン・エルダー(ミルワード・ケネディ)等々といった、以前ならコレクターやマニアしか目を向けなかった埋もれた作家たちの作品も含んでいるのが面白い。クラシック・ミステリ・ファンなら、これまでの主だった名作選の中でも、一番親近感を抱きそうな100冊ではないだろうか。

アガサ・クリスティの戯曲に新たな光

 ジュリアス・グリーンの“Curtain Up Agatha Christie: A Life in the Theatre”(2015)は、戯曲作家としてのクリスティの業績を詳細に追跡した研究書で、遺族の了解も得て私蔵文書にも当たり、これまで知られていなかった未刊行の戯曲の存在も明らかにしている。
 作家としてデビューする以前に執筆した‘A Mosque from Italy’や‘The Conqueror’などの一幕物の非ミステリ作品も幾つかあるが、やはり興味深いのは、‘The Last Séance’(「死の猟犬」の戯曲版)、‘The Wasp's Nest’(「スズメ蜂の巣」の戯曲版)、‘Someone at the Window’(「死んだ道化役者」の戯曲版)といったミステリ作品のほうだろう。
 グリーンは、さらに、既刊の作品についても執筆の経緯に光を当てている。興味深いのは、フランク・ヴォスパーが脚色したとされる‘Love from a Stranger’だ。これは従来、クリスティの短編「ナイチンゲール荘」をベースにヴォスパーが単独で脚色したものと考えられてきた。ところが、実際は、クリスティ自身が脚色した‘The Stranger’という未刊行の戯曲があり、ヴォスパーはこれを素材に用いて‘Love from a Stranger’を執筆したのであり、ヴォスパーの創作と考えられていた前半部分も、実はクリスティ自身の戯曲をベースにしたものであることをグリーンは明らかにしている。
 クリスティは、1968年にカリフォルニアのマイケル・プリチャード(孫のマシュー・プリチャード氏とは無関係)という学生からの照会に応じて、書簡で各戯曲の執筆経緯を明らかにしているのだが、その中でも、(不正確ながらも)ヴォスパーの作品が自分の戯曲を基に執筆されたものであることを認めている。
 その一方で、モイエ・チャールズとバーバラ・トイによる戯曲『牧師館の殺人』については、ジャネット・モーガンの『アガサ・クリスティーの生涯』(邦訳は早川書房)が、エドマンド・コーク宛ての書簡を引用しつつ、クリスティ自身が書いた原形にチャールズとトイが手を加えたものであるかのように説明しているのだが、グリーンは、「『アリバイ』、『牧師館の殺人』、『邪悪の家』の戯曲化には関与していない」という上記プリチャード宛て書簡のクリスティ自身の説明を根拠にこれを否定している。
 グリーンは『ゼロ時間へ』について、クリスティが単独で執筆した未刊行の戯曲があることを明らかにしているが、プロデューサー側からクライマックスの設定に注文を付けられ、試験興行も失敗してお蔵入りになった経緯を紹介している。ジェラルド・ヴァーナーとの共作とされる現行版については、ほぼヴァーナーの単独作であり、クリスティは名貸ししただけではないかとグリーンは推測しているのだが、クリスティ自身は、上記プリチャード宛て書簡の中で、「『ゼロ時間へ』では、ジェラルド・ヴァーナーとある程度の共同執筆をした」と認めているし、微に入り細を穿つようなト書きもいかにもクリスティらしく、議論の余地があるように思える。
 『そして誰もいなくなった』の戯曲版についても、結末の変更については、クリスティ自身が自伝の中で、「やがて私はもう一歩踏み出した。これを劇にできたらすばらしいと思ったのだ。はじめは無理だと思えた。説明する者が誰も残らないので、かなり変更を加えなくてはならないからだ。元のストーリーを一点変更すれば、完全に筋の通った戯曲を作れそうだと思った。(以下略)」と述べていて、もっぱら自分の発案だったように語っているのだが、グリーンは、当時の書簡から、実はプロデューサー側からも変更の示唆があったことを明らかにしている。 (余談だが、「はじめは無理(impossible)だと思えた」の箇所は、早川文庫の邦訳(下巻399頁)では、「一見、それは可能のようだった」と意味が真逆になっている。翻訳のミスか、それとも、校正乃至印刷の段階で「不」の字が落ちてしまったのか?)
 そのほか、『アクナーテン』について、イーデン・フィルポッツの娘アデレイドが執筆した同名戯曲との内容の酷似をめぐる議論など、グリーンの研究書は興味深い情報が満載だ。
 遺族の了承が鍵となるだろうが、今後、明らかにされた未刊行の戯曲の公表を期待したいところだ。

ジョン・ロード『代診医の死』刊行

 ジョン・ロード『代診医の死』(1951)が論創社から刊行されました。

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 ロードは、アガサ・クリスティが、エッセイ‘Detective Writers in England’(1945)の中で、「私自身が最も称賛し、同業者の中でも最高と思う作家たち」として挙げた12人の作家の一人であり(ほかは、コナン・ドイル、マージェリー・アリンガム、ドロシー・L・セイヤーズ、H・C・ベイリー、ジョン・ディクスン・カー、ナイオ・マーシュ、F・W・クロフツ、アントニイ・バークリー、マイケル・イネス、グラディス・ミッチェル、R・オースティン・フリーマン)、ミステリの女王も一目置く謎解きの巨匠でした。
 『代診医の死』は、その評価が決して過大なものではないことを裏付けるロードの傑作の一つであり、 “Detective Fiction: The Collector’s Guide”(1995)の共著者の一人、B・A・パイクも「パースナル・チョイス」に選んでいます。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。



               代診医の死

『十人の小さなインディアナン――アガサ・クリスティ戯曲集(仮題)』刊行予定

 このたび、論創社の論創海外ミステリの一冊として、『そして誰もいなくなった』の戯曲版『十人の小さなインディアン』(1946)と、これまで邦訳のなかった戯曲版の『死との約束』(1956)、『ゼロ時間へ』(1957)をご紹介することになりました。
 ミステリの女王アガサ・クリスティは、ロングランの世界記録を今なお更新し続ける『ねずみとり』、映画化により不朽の古典となった『検察側の証人』をはじめ、戯曲作家としても多くの傑作を残しました。
 この分野での彼女の業績は、現在でも熱心な研究の対象となっており、Chimneys(『チムニーズ荘の秘密』の戯曲版)、ジュリアス・グリーンの“Curtain Up Agatha Christie: A Life in the Theatre”(2015)が存在を明らかにしたThe Last Séance(「死の猟犬」の戯曲版)、Someone at the Window(「死んだ道化役者」の戯曲版)など、未刊行の作品にも注目が集まっています。
 クリスティの戯曲には、『蜘蛛の巣』、『評決』、『招かれざる客』などのオリジナル作品のほかに、もともとは長編小説として発表した作品を戯曲化した作品が幾つかあります。
 クリスティは、長編を戯曲化するにあたって、大なり小なり、戯曲版ならではのツイストを加えていますが、特に、最も脂の乗った時期に書かれた『十人の小さなインディアン』と『死との約束』は、元の小説版からプロットを大きく変更しています。とりわけ、『死との約束』は、舞台や登場人物の設定は小説版と概ね共通しているものの、内容的にはむしろまったく別の作品と言うべきものでしょう。同じ設定や背景を用いながらも、新たなバリエーションに挑む女史の実験精神と創作意欲が感じられます。
 これらの作品は、単なる長編の脚色ではなく、それぞれが独立した作品としての意義を持つものなのですが、リファレンスブックなどでも、小説版の焼き直しのように見なされ、しばしば無視されてきたのはいかにも不当な扱いと言わなくてはなりません。
 戯曲版『そして誰もいなくなった』は過去にも邦訳がありますが、『十人の小さなインディアン』は、これまでの邦訳が底本としてきた旧版(1944)ではなく、クリスティ自身による1946年の改訂版を底本とし、『死との約束』、『ゼロ時間へ』は、テクストとして最も信頼のおける英サミュエル・フレンチ社の初版を底本に訳出することとしました。また、これまでの邦訳の類書では省かれがちだった舞台写真、小道具リストや照明の手配等も収録する予定です。
 また、この機会に、ボーナス・ピースとして、単行本未収録のポワロものの短編「ポワロとレガッタの謎」(1936)を収録することとしました。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。


               米改訂版
               『十人の小さなインディアン』米サミュエル・フレンチ社改訂版初版


               「死との」約束初版
               『死との約束』英サミュエル・フレンチ社初版

アントニー・ウィン“The Case of the Green Knife”

 “The Case of the Green Knife”(1932)は、ユースタス・ヘイリー医師が登場する長編。

 メアリ・チョールフォントという若い女性が、ヘイリー医師を訪れる。メアリは、ダイス・チョールフォント卿の姪で、ボブ・ホワイトリーズ卿という貧しい貴族と婚約していた。ダイス卿は、金の流通を操る投資家で、7百万ポンドの資産を有する富豪だった。
 ダイス卿は、メアリの学生時代の友人で、20歳年下のパトリシア(パディ)と結婚していた。ホワイトリーズ卿は、ダイス卿の金の取引の影響で大損を被りそうになっていたため、メアリは、パディに頼んで、ダイス卿の邸、ビーチ・コートに、自分とボブを週末に招待してもらい、そこに、かつてダイス卿が脳炎を患った時に卿の命を救ったヘイリーも招待してもらうことにして、ダイス卿に取引の動きを停めるよう、ヘイリーに説得を依頼したのだった。邸を訪れたヘイリーは、ダイス卿に説得を試みるが拒まれる。
 邸には、メアリ、ボブ、パディのほか、ダイス卿の顧問弁護士のロビン・ディーンと不動産管理人のハリー・デッカーも招かれていた。夕食後、ヘイリーはデッカー、ディーンとともに邸の外の湖に向かって散策しながら話をしていたが、その時、邸のほうから叫び声が聞こえる。三人は執事のフラスク、ボブとともにダイス卿の部屋に向かう。そこへパディも加わり、部屋の中のダイス卿に呼びかけるが、中からは家具を動かしてドアの前にバリケードを張る音が聞こえる。
 彼らがドアの錠を壊し、バリケードを押し返して中に入ると、ダイス卿がベッドの足下に、パジャマ姿のまま、右手に緑色のナイフを握って倒れていた。ダイス卿は、背中から心臓を刺し貫かれていた・・・。

 ウィンの十八番とも言うべき不可能犯罪を扱った作品で、計4件の殺人が発生し、ヘイリー自身も、被害者と同じ状況で密室に閉じ込められ、危機一髪の状況に陥る。そう言うと、いかにも息をもつかせぬサスペンスフルな展開のように聞こえるのだが、実際は、ウィンの拙いストーリーテリングと平板な人物描写もあって、ちっとも盛り上がらない。
 肝心の密室殺人のトリックも、さんざん思わせぶりに不可能興味をかき立てておきながら、最後に種明かしされてみると、落胆ものとしか言いようがない。厳しすぎる言い方かもしれないが、これだけ多くの不可能犯罪ものの作品を著しながら、あまり評価されないのも分かる気がする。
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S・フチガミ

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