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リチャード・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集 Ⅰ 歌う骨』が刊行

 リチャード・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集Ⅰ 歌う骨』(国書刊行会)が刊行されました。
 
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 『ソーンダイク博士短篇全集』は、リチャード・オースティン・フリーマンの創造したジョン・イヴリン・ソーンダイク博士の登場する全中短篇42篇を集大成するものです。全三巻の予定であり、第二巻『青いスカラベ』、第三巻『パズル・ロック』も今後順次刊行してまいります。
 『オシリスの眼』、『キャッツ・アイ』(以上、ちくま文庫)、『ポッターマック氏の失策』、『ニュー・イン三十一番の謎』(以上、論創社)など、近年、代表的な長篇の紹介が相次ぎ、次第に読者の関心が高まるとともに、シリーズの全貌が明らかになってきたところであり、この機会に中短篇をまとまった形で紹介する意義は大きいと考えております。
 「あらゆる時代を通じて最も偉大な法医学者探偵」(クリス・スタインブラナー&オットー・ペンズラーEncyclopedia of Mystery and Detection)とされるソーンダイク博士は、1907年に長編『赤い拇指紋』でデビューしました。この長篇である程度の手応えを感じたフリーマンは、当時の人気スリック雑誌の一つ、〈ピアスンズ・マガジン〉にソーンダイク博士の短篇シリーズ8篇を売り込み、1908年12月号の「青いスパンコール」を皮切りに連載を開始しました。
 中短篇を通じて知ることのできるソーンダイク博士は、シリーズ全体のほぼ前半の時期に限られるのですが、脂の乗った時期の傑作が集中していて、長編以上にトリックの創意工夫が顕著であり、カーター・ディクスンに影響を与えたとされる密室ものの傑作「アルミニウムの短剣」、レイモンド・ボンド編『暗号ミステリ傑作選』に選ばれた暗号ミステリの傑作「パズル・ロック」をはじめ、不可能犯罪、毒物、アリバイ、暗号など、謎解き推理小説における様々なジャンルの代表的傑作が目白押しとなっています。
 科学的実証性を重んじたフリーマンは、作中のトリックや仕掛けの大半を自ら実験して実効性を確かめただけでなく、自ら描いた図版のほか、髪の毛や綿埃などの顕微鏡写真、印章や足跡の石膏型などの証拠品の写真を多くの短篇に挿入しました。
 ところが、雑誌掲載時に掲載されていたこれらの写真の多くは、単行本には収録されませんでした。スケッチや図版を別にしても、全42編の中短篇中、実に半数近い20篇に顕微鏡写真などの写真が挿入されています。このうち、単行本に再録さたれ写真は、第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』英チャトー&ウィンダス社初版(1909)収録の3篇と、『パズル・ロック』英ホダー&スタウトン社初版(1925)収録の1篇のみです。そのほかにも、単行本では、写真をイラストに差し替えたり、図版を簡略化するなどの手を加えられた例があります。
 また、〈ピアスンズ・マガジン〉の掲載作には、全篇、当時の第一線の挿絵画家による挿絵が加えられていました。なかでもよく知られているのが、計14作で挿絵を担当したヘンリー・マシュー・ブロック(1875―1960)で、ドロシー・L・セイヤーズは、「おそらく小説に登場する最もハンサムな探偵」(Great Short Stories of Detection, Mystery and Horror(1928)の序文より)とソーンダイク博士を評しましたが、この評にはブロックの挿絵の影響もあるでしょう。
 本全集では、〈ピアスンズ・マガジン〉掲載時に挿入された写真、図版、挿絵は原則としてすべて収録することとし、同誌に掲載されなかった作品については、可能な限り、他の初出誌や初期の刊行本から挿絵を収録する方針です。
 この全集を通じて、英国推理小説作家の重鎮として古典期から黄金期にかけての本格謎解き推理小説を牽引したフリーマンの作品の魅力を知っていただくとともに、後世の作家たちに与えた巨大な影響の片鱗に触れていただくことができれば幸いです。


          Pearson's Magazine
       ピアスンズ・マガジン1908年12月号(「青いスパンコール」の掲載号)


          モアブ語の暗号
             「モアブ語の暗号」のH・M・ブロックによる挿絵
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集Ⅰ 歌う骨』が予約開始

 リチャード・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集Ⅰ 歌う骨』(国書刊行会)の予約受付が始まっています。

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 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。


 ジョン・ソーンダイク博士は、20世紀初めに数多登場したシャーロック・ホームズのライヴァルたちの中でも最も人気を博した名探偵である。当時最新の科学知識を犯罪捜査に導入、顕微鏡をはじめ様々な実験器具を用いて証拠を調べ、事件の真相をあばいていく法医学者ソーンダイクの活躍は読者の喝采を浴びた。また短篇集『歌う骨』では、最初に犯人の視点から犯行を描き、次に探偵が手がかりを収集して謎を論理的に解き明かす過程を描く「倒叙ミステリ」形式を発明した。真相解明の推理のロジックに重きを置いた作風は、現在も高く評価されている。本全集は、ソーンダイク博士シリーズの中短篇42作を全3巻に集成、 初出誌から挿絵や図版を収録し、完全新訳で贈る、探偵小説ファン待望の決定版全集である。
 第1巻は、「アルミニウムの短剣」他の有名作を含む記念すべき第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』(1909)と、倒叙形式の発明でミステリ史における里程標的短篇集『歌う骨』(1912)に、作者自身による名探偵紹介「ソーンダイク博士をご紹介」を収録。(国書刊行会のホームページより)


       歌う骨

脱線の余談――名探偵たちと「33のジンクス」

 このところあれやこれやと忙しくてブログの更新がままならず、本の感想などは手間がかかるので、どうしても先送りしてしまうし、このままではいつまでたっても更新できないと焦っていた。ただの埋め草になるかもしれないが、この際、か~るいネタでお茶を濁してしまおう。九割がた冗談ネタと思って読んでいただければ幸いでございます(じゃあ一割はマジメなのかって? まあそう突っ込まないでちょうだい)。

 クラシック音楽の世界では、「第九のジンクス」なるものがある。簡単に言えば、著名な作曲家は交響曲を第九番まで作曲するとあの世行きというジンクスである。よく例に挙げられるのは、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザーク、ブルックナー、マーラー。あまり知られていないが、英国のラルフ・ヴォーン=ウィリアムスも、実は第九番で打ち止めだ。
 マーラーがこのジンクスを気にして、交響曲「大地の歌」に番号を振らなかったエピソードも有名で、皮肉にも、その次に作曲した第九番がマーラーの完成された最後の交響曲となり、ジンクスを我が身に引き受ける結果となってしまった。死を予感したとも思える第九番の暗い曲想は誰しも気づくところだろう。
 今は学術的研究も進んで、シューベルトの交響曲の数え方も変わったが、マーラーの時代は、「ザ・グレート」が最後の第九番とされていたし、厳密に言えば、ブルックナーの第九番は未完成なので、それならマーラーも第十番があるじゃないかという話にもなるのだが、これもそうマジメに論じてみても仕方がない。とにかく、そういうジンクスがあるのだ。
 ハイドンは交響曲を百曲以上作曲したし、モーツァルトも旧ケッヘル番号で41曲もあるが、ベートーヴェンが交響曲を「器楽の王者」の地位に押し上げて以来、作曲家たちは軽々に交響曲を作曲しなくなり、おのずと曲数が減るようになってしまったので、それ以降は一桁の曲数の人が多くなる。ブラームスは4曲、チャイコフスキーは6曲だ。ショスタコーヴィチのように15曲の人もいるが、それでも少ない。だから、第九番で終わったとしても、そんなに目くじらを立てる話でもないのだろうが、それにしても、よくこれだけ揃ったものだと思う。

 なぜこんなことに触れたのかというと、探偵小説の世界にも同じようなジンクスがあるのでは、と、ふと気づいてしまったからだ。それが「33のジンクス」。
 これは、誰かに教えてもらったわけでも、何かの参考書に書いてあったものを目にしたわけでもなく、自分で気づいたのだが、誰かほかにも言及している人がおられるのかどうかは知らない。
 話は中学時代に遡る。今後の読書計画を立てるのも兼ねて、戯れに、文庫解説などに載っている作品リストなどを参考に、名探偵たちの作品リストを自分なりに作ってみたことがあるのだ。
 すると、エルキュール・ポワロ、エラリー・クイーン、ネロ・ウルフの長篇が、いずれも33作であることに気づいた(クイーンは、今では『間違いの悲劇』もあるが、シノプシス段階のものなので、長篇にはカウントしにくい)。ついでに言えば、クロフツの長篇も(フレンチ警部の登場作ではなく、作家としての作品数だが)、33作であることに気づいたのだ(ジュブナイルものの『少年探偵ロビンの冒険』は、『四つの福音書の物語』などと同じく、別カテゴリーになっているリストが多かった)。
 当時は、面白い偶然だな、程度にしか思わなかったのだが、おふざけ半分に、自分で勝手に「33のジンクス」と名付けていたものである。
 ところが、最近になって、このジンクスが妙に広がりを持つことに気づいた。
 ナイオ・マーシュのロデリック・アレン警視は、もともと長篇が32作で、内心(惜しいな)と思っていたのだが、第二次大戦中に執筆した未完のアレン警視ものの長篇“Money in the Morgue”が、ステラ・ダフィによる補筆完成版として2018年に刊行され、「33」の仲間入りを果たしてしまった。
 ここまでは、長篇の数だが、視点を変えて登場作品数で見ると、このジンクスはさらに広がりを持つことが分かる。
 ドロシー・L・セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿の登場作は、長篇11、短篇21の32篇だったが、1998年にジル・ペイトン・ウォルシュによる補筆完成版のThrones, Dominationsが刊行され、これを加えると、長篇は12となり、計33篇となった。(番外編の「若きピーター卿、ホームズの依頼人となる」やWimsey Papersを数えるかどうかは議論の余地がありそうだが。)
 そして、ミス・マーブルの登場作も、従来は、長篇12、短篇20の計32篇だったのだが、2011年に刊行されたジョン・カランの“Agatha Christie’s Murder in the Making”に、「管理人の事件」の別バージョン‘The Case of the Caretaker’s Wife’が収録されたことで短篇は21となり、やはり計33篇となった。
 さらに、ジョン・ディクスン・カーのギデオン・フェル博士の登場作は、長篇23、短篇5だが、ラジオドラマ台本が5本あり(「だれがマシュー・コービンを殺したか?」、「暗黒の一瞬」、「絞首人は待ってくれない」、「死者の眠りは浅い」、「あずまやの悪魔」)、これをカウントすれば、33篇となる。

 数え方にもよるとはいえ、これだけ「33」が並ぶと、何かあるんじゃないの、と思ってしまうのは自然な連想というものだろう。それも、巨匠クラスの作家とその名探偵たちばかりで、偶然と呼ぶにはあまりに出来すぎだ(ソーンダイク博士なら、「この偶然は実に顕著なものです」と言いそうな。ちなみに、博士の登場作は、『オシリスの眼』初稿を含めて長篇22、中短篇42。あーよかった)。
 調べていけば、もしかすると、もっとほかにも出てくるのかもしれないけれど・・・映画「八つ墓村」の渥美清・金田一のセリフをお借りすれば・・・「調べるのやめました」。

バーナード・ケイプス “The Skeleton Key”

 “The Skeleton Key”(1919)は、ロマンス小説やゴースト・ストーリーなどで知られるバーナード・ケイプスの遺作にして唯一の推理小説。作者は、本書刊行の前年にインフルエンザで亡くなっている。原著は“The Skeleton Key”のタイトルで刊行されたが、のちに版元のコリンズ社の判断により“The Mystery of the Skeleton Key”と改題された。

 ヴィヴィアン・ビカーダイクは、友人のヒューゴー・ケネットとパリで待ち合わせる予定だったが、ヒューゴーは時間にルーズでなかなかパリに現れず、ヴィヴィアンはしびれを切らし、コスト高のリッツを引き払って安い下宿に移るか、一人で帰国することを考えていた。
 ある日、カフェに入って席に座ると、近くのテーブルに座っている男が、通りかかる女性の目立つ帽子を手際よくスケッチしているのに気づいた。その時、気づかぬうちに自分のそばに座った男に話しかけられる。
 その男はル・サージュ男爵といい、ヴィヴィアンに自分の住むオテル・モンテスキューに移ってはどうかと勧める。すると、外から騒ぎが聞こえ、帽子をスケッチしていたさっきの男が外に出て、道路でタクシーにはねられてしまったと分かる。ル・サージュ男爵は、男をはねたタクシーに乗って、スケッチの男を病院に連れて行く。
 その後、ヴィヴィアンは、ロンドンの店で、チェスをしているル・サージュ男爵と再会する。驚いたことに、ウォータールー駅でも男爵に出くわし、ヴィヴィアンと男爵は行き先が同じワイルドショット荘だと分かる、ヴィヴィアンは、友人のヒューゴー・ケネットのところに行く予定だったのだが、実は男爵は、ヒューゴーの父親、カルヴィン・ケネット卿の知り合いだという。
 その滞在先のワイルドショット荘で殺人が起きる。男爵とケネット卿がいる書斎に、ヒューゴーが飛び込んできて、ワイルドショット荘に通じる道のビショップス・ウォークで、女中のアニー・エヴァンズが射殺されたと告げる。ヒューゴーはそこでアニーと出くわし、十分ほど立ち話をして、家に向かった。ところが、持っていた銃を雑木林に置き忘れたのを思い出し、取りに戻ると、アニーがうつ伏せに倒れて死んでいるのを見つけたという。アニーは、ヒューゴーが置き忘れた銃で背後から後頭部を撃たれていた。
 捜査にはジョン・リッジウェイ巡査部長が当たり、警察はアニーと色恋沙汰でトラブルを起こしていた、男爵の従者ルイスを容疑者として逮捕する。しかし、検死審問の証言から、銃声が聞こえた時刻が明らかになり、ルイスにはその時刻のアリバイがあり、むしろ、その時刻はヒューゴーが女中と別れて立ち去った頃であることが判明する・・・

 同書にはG・K・チェスタトンが序文を寄せ、ケイプスの逝去を惜しみつつ作品への賛辞を述べている。ジュリアン・シモンズも、“Bloody Murder”で同書を「見過ごされてきた離れ業」と呼んでいるが、マーティン・エドワーズも“The Story of Classic Crime in 100 Books”で取り上げており、ハーパー・コリンズ社が刊行百周年の復刊を行うなど、再び注目が集まりつつあるようだ。
 検死審問の場面は緊張感が漂い、場面としてなかなか読ませるが、全体としては展開が鈍くて少々だれる。フェアプレイの謎解きにこだわる向きであれば、あれこれと突っ込みそうなところが多いが、真相にはそれなりの意外性があって、一見無関係そうなエピソードも含め、作者なりにプロットをよく練って伏線をちりばめたことが窺える。最後にまとめて一気に説明される謎解きは、駆け足感が強くて若干拍子抜けの面もあるし、必ずしも伏線が十分張られていたわけでもなく、意外性を演出するためにやや強引なプロットを組み立てた印象もある。とはいえ、ガチガチの謎解きに固執しない限りは、それなりに楽しめる古典だ。クライマックスの犯人捕縛の場面もなかなかの見せ場と言えるだろう。探偵役も個性的で印象深く、作者の死によりシリーズとして続かなかったのが惜しいほどだ。

リチャード・オースティン・フリーマン ‘Mutiny on the “Speedwell”’

 以前の記事で、フリーマンには、ジャック(ジョン)・オズモンドを主人公にした未収録短篇‘The Gun Runner’(〈ノヴェル・マガジン〉1914年6月号掲載)があることを紹介した。
 オズモンドを主人公とする短篇は、実はもう一篇ある。今回ご紹介する‘Mutiny on the “Speedwell”’で、短篇というより、分量からすると中篇だ。
 これは、もともと〈ピープルズ・マガジン〉1914年10月号に掲載され、のちにラファエル・サバティーニ編A Century of Sea Stories(1935)というアンソロジーに収録された。
 ‘Mutiny on the “Speedwell”’は、‘The Gun Runner’と同様、のちに長篇A Certain Dr. Thorndyke(1927)に組み入れられ、同長篇の第3章から第7章の途中までに相当する。その際、とりわけ第7章にかなりの加筆がなされているようだ。ちなみに、‘The Gun Runner’は、第9、10章に相当する。
 1914年といえば、フリーマンは長篇A Silent Witnessを刊行しているが、翌年、第一次大戦のあおりを受け、軍医として招集されている。ソーンダイク博士ものの長篇は、その後、1922年のHelen Vardon's Confessionまで途絶え、短篇の分野でも、Flighty Phyllis収録作の連載などを執筆していて、フリーマンはしばらくソーンダイク博士から遠ざかっていた。
 おそらく、この頃(1914年)、フリーマンは、オズモンドを主人公とするシリーズを書こうと考えていたと思われるが、掲載された雑誌もバラバラで、いずれもパルプ雑誌であり、二篇にとどまることを考えると(未発見の作品がほかにもある可能性も否定はできないが)、ミステリ作家として地歩を確立した当時、海洋冒険小説はもはやなかなか受け入れてもらえなかったのかもしれない。
 これで、グリーン&メダワー編The Dead Hand and Other Uncollected Stories(1999)にも未収録の中短篇が二篇も出てきたわけで、The Coastwise Lights of Englandなどのノン・フィクションのエッセイ等とあわせて、続刊ないし増補改訂を期待したいところである。

リチャード・オースティン・フリーマン「瓦礫で集めた情報」

 フリーマンは、1910-11年に、米〈マクルーアズ・マガジン〉に短篇を連載した。その中には、「練り上げた事前計画」のように、同誌が英〈ピアスンズ・マガジン〉に先行して初出誌となった作品もある。同誌で挿絵を担当したのは、このブログでも紹介してきたが、ヘンリー・ローリーという挿絵画家である。
 フリーマンは、1924年から27年にかけて、米〈フリンズ・ウィークリー〉という週刊誌にもソーンダイク博士ものの短篇を連載している。詳細は以下のとおり。

1924年10月25日号 The Mysterious Visitor
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1924年11月号 同タイトル)
    (邦題「謎の訪問者」)
1924年11月29日号 Little Grains of Sand
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1924年12月号 The Mystery of the Sandhills)
    (A Mystery of the Sand-Hillsと単行本化の際に改題。邦題「砂丘の謎」)
1924年12月27日号 Rex vs. Burnaby
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1925年1月号 The Strange Case of Burnaby's Wife)
    (邦題「バーナビー事件」)
1925年1月31日号  Nebuchadnezzar's Seal
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1925年1月号 The Seal of Nebuchadnezzar)
    (邦題「ネブカドネツァル王の印章」)
1925年2月28日号 The Puzzle Lock
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1925年3月号 同タイトル)
    (邦題「パズル・ロック」)
1925年3月28日号 The Green Check Jacket
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1925年4月号 同タイトル)
    (邦題「緑のチェックのジャケット」)
1926年10月9日号 The Magic Casket
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1925年10月号 同タイトル)
    (邦題「魔法の小箱」)
1926年11月6日号 The Trail of Behemoth
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1926年11月号 同タイトル)
    (邦題「巨獣の手がかり」)
1926年12月11日号 The Naturalist at Law
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1926年12月号 The Clue of the Lesser Duckweed)
    (邦題:法廷の自然学者)
1927年1月8日号   Written in Blood
    (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1927年1月号 Thorndyke to the Rescue)
    (Pathologist to the Rescueと単行本化の際に改題。邦題「急を救う病理学者」)
1927年2月5日号 Mr. Ponting's Alibi
     (英初出:〈ピアスンズ・マガジン〉1927年2月号 同タイトル)
     (邦題「ポンティング氏のアリバイ」)
1927年3月12日号  Left by the Flames
    (Gleanings from the Wreckageと単行本化の際に改題。邦題「瓦礫で集めた情報」)

 このように、ほとんどは英〈ピアスンズ・マガジン〉とほぼ同時に掲載されていて、どちらが初出か判断が難しいほどだ。
  問題は、最後の「瓦礫で集めた情報」(旧訳タイトルでは「バラバラ死体は語る」)だ。これは、〈ピアスンズ・マガジン〉には掲載されなかった短篇で、〈フリンズ・ウィークリー〉にのみ掲載された。従って、同誌が確実に初出となる。
 この当時の〈ピアスンズ・マガジン〉の挿絵画家は、フランク・ワイルズとレジナルド・クリーヴァーなのだが、従って、この短篇だけは〈ピアスンズ〉の挿絵がない。
 他方、〈フリンズ・ウィークリー〉のほうには挿絵がある。但し、パルプ雑誌なので、〈ピアスンズ〉に比べると、絵がやや雑で、画家の名前も入っていない。ただ、「ろくでなしのロマンス」や「白い足跡の事件」のように、〈ピアスンズ〉も米誌も掲載がなく、挿絵がまったくない結果にはならないようだ。(追記:「白い足跡の事件」は初出の〈デイリー・クラフィック〉を突き止め、挿絵があることも判明。)

          Left by the Flames

リチャード・オースティン・フリーマン ‘The Gun Runner’

 リチャード・オースティン・フリーマンには、まだ突き止められていない「幻の作品」がいくつかある。

 The Dead Hand and Other Uncollected Stories(1999)の序文に挙げられたものだけでも、

A Crusader’s Misadventures
The Adventures of Jack Osmond
The Adventures of Corporal Sims
The Haarschneide Machine
The Auchtermuchtie Burglary
The Gun Runner
La Belle Anglaise
The Cavern
The Horologist at Large
The Surprising Experiences of Solomon Pike
A Corpse in the Case

というタイトルがある。

 The Adventures of Jack Osmondは、おそらくA Certain Dr. Thorndyke(1927)のオリジナル・タイトル、The Horologist at Largeは、Mr.Polton Explains(1940)のことであり、The Surprising Experiences of Solomon Pikeは、The Surprising Experiences of Mr. Shuttlebury Cobb(1927)のことだろうと推測されている。
 これらの「幻の作品」のうち、近年、存在が確認されたのが、The Gun Runnerだ。
 これは、ピアスン社が刊行していたパルプ雑誌〈ノヴェル・マガジン〉1914年6月号に掲載されたもの(同誌には、ソーンダイク博士ものの「おちぶれた紳士のロマンス」も、1910年8月号に掲載されている)。内容は、ジャック・オズモンドを主人公とする冒険小説で、のちに、長編A Certain Dr. Thorndykeの第9、10章に組み込まれた。
 “A Certain Dr. Thorndyke”は、前半部分で、ゴールド・コーストを舞台に、ジョン・オズモンドという冤罪を着せられて逃亡した青年の冒険を描き、後半では、英国を舞台に、ソーンダイクが犯罪の謎解きをしてオズモンドの冤罪を晴らすというストーリーの長篇。
 ところが、前半の冒険小説部分と後半のソーンダイクが登場する謎解き部分とでは年代が大きくずれていて矛盾が生じている。おそらく、本来、ノン・シリーズの冒険小説として書き始めたものを途中で考え直し、ソーンダイク博士物のミステリに切り替えたことが、構成上、歴然としているのだ。
 The Gun Runnerという、オズモンドを主人公にした単独の作品が発見されたことで、その推測はほぼ裏付けられたことになる。長編に組み込まれた際に、全体の流れに合うように、かなりの加筆修正が行われていることも分かった。
 気になるのは、これらの「幻の作品」の中にソーンダイク博士ものがあるのか、ということだ。今でもこうして新たな作品が発掘されて出てくるくらいだから、博士登場の新発見の作品が今後出てくる可能性も否定はできないだろう。

          The Gun Runner

フリーマン『ニュー・イン三十一番の謎』米初版の挿絵

 リチャード・オースティン・フリーマンの第三長編『ニュー・イン三十一番の謎』は、複雑な経緯をたどった作品だ。
 本来、ソーンダイクものの最初に書かれた作品は、1905年頃に書かれたとされる‘31 New Inn’という中編で、米アドヴェンチャー・マガジン1911年1月号に掲載された。
 但し、この時既に最初の長編『赤い拇指紋』(1907年)が刊行されていたため、フリーマンは同誌掲載にあたって、『赤い拇指紋』のホーンビイ事件よりあとの設定となるように多少改稿の手を加えている。
 この中編をさらに拡大して改稿した長編が、邦訳のある『ニュー・イン三十一番の謎』(1912)である。
 この長編の米初版は、ジョン・C・ウィンストン社から1913年に刊行された。米ドッド・ミード社の初版はこれよりずっとあとの1930年に刊行されている。
 ウィンストン社初版には、エドウィン・J・プリティーによる挿絵が4枚挿入されている。おそらくジャーヴィスをこれほどハンサムに描いているものはほかにないだろう。ピアスンズ・マガジンののちの挿絵では、口髭を蓄えたジャーヴィスが多いのだが。
 ここでは、最初の二枚の挿絵をご紹介しておく。


         31 New Inn 一


         31 New Inn 二

トニー・メダワー編“Bodies from the Library 2”

 昨年刊行されたトニー・メダワー編“Bodies from the Library”の続刊“Bodies from the Library 2”が刊行された。前回と同じく、過去に一度掲載されただけか、一度も日の目を見たことのない、黄金時代の巨匠たちの短編を集めるという方針のアンソロジー。
 収録作品は以下の15編。

クリスチアナ・ブランド No Face
ピーター・アントニイ Before and After  使用前、使用後(EQ97年5月号収録)
ヘレン・シンプスン Hotel Evidence
Q・パトリック Exit before Midnight
マージェリー・アリンガム Room to Let
ジョナサン・ラティマー A Joker’s a Joke
アガサ・クリスティ The Man Who Knew
S・S・ヴァン・ダイン The Almost perfect Murder Case  ほとんど完全犯罪─ヴィルヘルム・ベッケルト事件(『ファイロ・ヴァンスの犯罪事件簿』論創社収録)
エドマンド・クリスピン The House of Darkness
E・C・R・ロラック Chance is a Great Thing
クレイトン・ロースン The Mental Broadcast
エセル・リナ・ホワイト White Cap
ジョン・ロード Sixpennyworth
C・A・アリントン The Adventure of the Dorset Squire
ドロシー・L・セイヤーズ The Locked Room

 主だったものだけ出典等を紹介すると、クリスティのThe Man Who Knewは、ジョン・カラン編Agatha Christie’s Murder in Making(2011)所収の再録。
 クリスピンThe House of Darknessは、ジャーヴァス・フェン教授登場の未刊の中編。
 ロースンThe Mental Broadcastは、ジェイムズ・G・トンプスン編My Best: The Best Tricks from the Best Brains in Magic(1945)所収のマーリニものの短編で、マーリニものの中短編を集めたThe Great Merlini(1979)には未収録。
 ロードSixpennyworthは、地方のアマチュア演劇団のために書かれた台本で、ワグホーン警部と妻のダイアナが登場。
 セイヤーズThe Locked Roomは、米イリノイ州ウィートン大学に収蔵されていた未刊のウィムジイ卿ものの短編。

 さらに注目されるのは、クリスチアナ・ブランドには、死の直前まで取りかかっていたコックリル警部ものの未完作があり、2020年にクリッペン&ランドリュから刊行が予定されているというアナウンスか。

オースティン・フリーマン “The Exploits of Danby Croker”

 オースティン・フリーマンには、非ソーンダイクもののシリーズ・キャラクターが何人かいるが、ダンビー・クローカー氏もその一人。クローカー氏は犯罪者で、ナゲットという自分とそっくりの青年にすり替わった結果、自分がやってもいない強盗の罪で刑務所にぶち込まれるが、指紋を採取される前に脱獄。チェリーニのメダリオンを偽造したり、ナゲットの指紋を偽造して老婦人の家に押し入ったりと悪事を重ねる。全12編からなるシリーズ。
 1911年に「レッド・マガジン」というパルプ雑誌に連載され、1916年にダックワース社から単行本として刊行された。
 雑誌版で挿絵を描いているのは、ゴードン・ブラウン。ここでは、「レッド・マガジン」1911年2月15日号に掲載された第一篇‘The Changeling’の挿絵をご紹介しておく。


        Danby Croker 1


        Danby Croker 2


        Danby Croker 3
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