FC2ブログ

日本人画家が描いたソーンダイク博士--『猫眼石』

 R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(ちくま文庫)が来年一月に刊行予定。
 同書は昭和4年(1929)に平凡社から『猫眼石』というタイトルで抄訳が刊行されている。翻訳というより翻案に近いものだが、口絵が興味深い。
 SAMUROという署名があるが、著者の生前に日本人の画家が描いたソーンダイク博士の肖像として貴重なものだ。ピアスン誌で最後に挿絵を描いたのは、1927年2月号で「ポンティング氏のアリバイ」の挿絵を担当したレジナルド・クリーヴァーなので、そのわずか二年後ということになる。
 描かれているのは、『キャッツ・アイ』第17章で、ソーンダイクとアンスティが隠し部屋に閉じ込められてしまう場面。懐中電灯を手にしているのがソーンダイクだ。
 意外に若々しく、ハンサムに描かれていて、H・M・ブロックの描くソーンダイクとはかなりイメージが異なるが、雰囲気的には近いかもしれない。

            猫眼石
スポンサーサイト

脱線の余談――『代診医の死』刊行をめぐるアイロニー

 ちょうどジョン・ロード『クラヴァートンの謎』の校正作業に取りかかった折も折、ある方からメールがあり、ちょっとびっくりするような情報が入る。
 その方曰く、今年の『本格ミステリ・ベスト10』(原書房刊)に、昨年の海外ベスト10のアンケートにミスがあったとのお詫びが載り、昨年のベスト10で8位にランクインしたジョン・ロード『代診医の死』が、実は第5位だったとのこと。
 今年の『本格ミステリ・ベスト10』は未購入(今後買うかどうかも未定)なので、現物を自分で確認したわけではないのだが、併せて教えてもらったツイッターの書き込みを検索したところ、どうやら点数の集計ミスがあったらしく、『代診医の死』だけでなく、他作品の点数集計にもミスがあったらしい。そのツイート自体は随分前の書き込みだったのだが、アンテナの低さゆえに人から教えてもらうまで見逃していたのは私自身の不覚としか言いようがない。
 人のやることにミスは付きものであり、(取り返しのつかない重大なミスはともかく、)間違いがあれば速やかに公表して訂正するのは誠意ある姿勢でもあるし、そのこと自体をとやかく言うつもりは毛頭なく、そんな立場でもない。
 ただ、その件を知って、同『ベスト10』の版元である原書房さんとの『代診医の死』をめぐるいきさつをあらためて思い出し、なにやら運命的なアイロニーを感じて、もやもやした気持ちを抱かずにはいられなかった。
 既にかなりの時を経たので、今だから打ち明けさせていただくが、実は『代診医の死』は、当初、原書房さんに刊行を打診させていただいた経緯のある作品なのだ。
 同書のROM叢書版は、刊行にご尽力いただいた須川さんから、かなりの好評を得たとのお知らせをいただいていた。『あなたは誰?』、『二人のウィリング』、『九つの解決』を商業出版した次の企画として、『代診医の死』を然るべき出版社から刊行したいと希望していた私は、お世話になった須川さんにも相談しながら、当時、ヴィンテージ・ミステリを刊行していた原書房さんに企画を打診する連絡をさせていただいた。
 ところが、残念ながら、返答はなしのつぶてで何のリアクションもなく、痺れを切らしてしまった私は、提案を撤回して他社に提案させていただきたい旨、念のため確認のご連絡をしたところ、今度はすぐに、どうぞというご返答をいただいたのは今も鮮明に憶えているし、メール自体も残っている。
 その後、須川さんの了解も得つつ、論創社さんに打診させていただき、ご快諾いただいて同社から刊行の運びとなったのだが、本格ミステリ・ベスト10の8位に入ったと知った時は、(事実上却下した作品が自社刊行のベスト10本に載るという皮肉な結果になったのは、相手様の立場に立って推し測ると、あまり面白く思われてはいないかも)と、ふと心をよぎったものだ。もちろん、それはごく自然な連想ではあったのだが、忖度のし過ぎだっただろう。
 すると、今度は、その順位自体にもミスがあり、今年の版にお詫びを載せたという(『代診医の死』に直接触れているわけではないようだが)。もちろん、それは私の責任でも何でもないのだが、結果的に、『代診医の死』も一因となって、原書房さんがミスのお詫びまでするはめになったのかと思うと、同書はよほど原書房さんと相性が悪かったのだ、と思わずにはいられない。なにやら、かえってこちらが申し訳ない気持ちにすらなってしまう。もちろん、私が謝るような筋合いのことではないのだが、少なくとも、5位に入っていたら(8位だろうと5位だろうと、限られた投票者の集計なのだし、ちょっと集計が漏れただけで順位が変わってしまうようなものなのだから、そのこと自体、別にどうという話でもないのだが)、一ページを割いて作品紹介することになっていたのだろうし、そうならなかったのは、私としてもちょっと残念でもあるし、それでおあいこということでご容赦願いたい。「アイロニー」を感じるというのはそういうことなのだ。
 それにしても、ヴィンテージ・ミステリは立派なラインナップだったし、だからこそ、私も原書房さんに最初の打診をさせていただいただけに、同叢書が打ち止めになったのは実に惜しむべきことだと思っている。原書房さんには引き続き古き良き時代のミステリを紹介するためにご尽力くださることを心から願っている。

アガサ・クリスティの未刊行作品がリリース

 当ブログでも紹介してきたが、クリスティには、Personal Call、Butter in a Lordly Dishのような未刊行のラジオ台本、Chimneys、A Daughter's A Daughterのような未刊行戯曲のほか、最近、ジュリアス・グリーンがCurtain Up: Agatha Christie: A Life in the Theatreで明らかにした、The Stranger、The Wasp's Nestなどのお蔵入りの戯曲があったが、英サミュエル・フレンチ社がついにこれらの作品の刊行に踏み切った。

A Daughter's A Daughter(『娘は娘』の戯曲化)
A Poirot Double Bill(The Wasp's Nest(ポワロもののテレビドラマ台本)、Yellow Iris(ポワロもののラジオ台本)を収録)
Fiddlers Three(クリスティ最後の戯曲)
Murder in the Studio(Personal Call(ラジオ台本)、Yellow Iris(同前)、Butter in a Lordly Dish(ラジオ台本)を収録)
The Secret of Chimneys(『チムニーズ館の秘密』の戯曲化)
The Stranger(「ナイチンゲール荘」の戯曲化。クリスティ自身によるオリジナル戯曲)
Towards Zero(クリスティ自身によるアウトドア・ヴァージョン)

 これらの中には、グリーンの著書にも出ていない新発見の作品も含まれており、特に興味深いのは、『ゼロ時間へ』を屋外設定に変えたヴァージョンだろう。これは、グリーンが明らかにした、現行版以前にクリスティが単独で執筆したとされる版ではなく、現行版以降に改稿した版らしく、レディー・トレシリアンの邸〈ガルズ・ネスト〉(邸名も変わっているようだ)の庭とテラスで劇が進行する。バトル警視、トリーヴズ弁護士は登場せず、反対に、現行版には登場しないマクワーターが登場している。
 ポワロものの台本も二作あり、ポワロものの作品数はまた増えたようだ。
 グリーンが明らかにした未刊行戯曲はほかにもあり、フレンチ社はどうやら来年以降も刊行を予定しているらしい。クリスティはこれからもまだまだ新作が出るようだ。

31 New Innはソーンダイク博士の初登場作なのか?

 リチャード・オースティン・フリーマンが創造したジョン・ソーンダイク博士の初登場作は何か?
 フリーマンのファンならば、たいていはこう答える。

・おおやけに刊行された第一作は1907年の『赤い拇指紋』。
・しかし、1905年頃に書かれた真の第一作があり、それが中編31 New Inn。
・この31 New Innは、のちに長編に改稿され、The Mystery of 31 New Inn(1912)として刊行。
・以上の経緯については、フリーマンがMeet Dr. Thorndyke(Meet the Detective(1935)収録)の中で言及。
・オリジナルの31 New Innは、米〈アドヴェンチャー〉誌1911年1月号に掲載。
・のちに発見された同中編は、E・F・ブライラー編The Best Dr. Thorndyke Detective Stories(1973)に収録。

 フリーマンの作品の解説等を見ても、ほとんどはそう書いている。だが、つぶさに調べていくと、そう単純ではないと思わざるを得ない。
 というのは、The Best Dr. Thorndyke Detective Stories収録の31 New Innでは、語り手のジャーヴィスは、事件の相談をするために、既によく知っているソーンダイクのもとを訪れるからだ。『赤い拇指紋』では、久しぶりに偶然出会ったように描かれているにも関わらず、である。
 そして、二人は会話の中で、『赤い拇指紋』の事件について触れ、ソーンダイクは、ジャーヴィスが同事件で知り合ったジュリエット・ギブスンのことにも触れる。
 つまり、どう見ても、この〈アドヴェンチャー〉誌版31 New Innは、『赤い拇指紋』よりあとに書かれたとしか思えないのだ。
 
 さらに、同中編の中で、ソーンダイクはジャーヴィスに、自分のジュニア・パートナーにならないかと誘い、ジャーヴィスはいったんはこれをやんわり断っている。
 『オシリスの眼』(1911)では、ジャーヴィスは既にソーンダイクのジュニア・パートナーとなっているし、ピアスン誌1908年12月号から「青いスパンコール」を皮切りに連載された短編でも、ジャーヴィスは既にソーンダイクのパートナーになっている。
 つまり、〈アドヴェンチャー〉誌版31 New Innは、これらの作品より前に書かれたと考えられる。

 以上の点を総合すると、実際に書かれた順序は
 『赤い拇指紋』
 31 New Inn(〈アドヴェンチャー〉誌版)
 「青いスパンコール」等の短編
 『オシリスの眼』
 The Mystery of 31 New Inn(長編)
ということになると思われる。
 
 では、Meet Dr. Thorndyke におけるフリーマンの証言は間違いだったのか。
 実際、Meet Dr. Thorndyke には、ソーンダイクの住所についても間違いがあり、フリーマンが記憶違いをしていたという可能性も、それだけ見れば十分あり得ることのように思える。

 だが、それぞれの作品の内容をつぶさに検証すると、そう単純でもない。
 『赤い拇指紋』第15章に出てくる日付から、同書の「ホーンビイ事件」は1901年の事件と分かる。
 ところが、〈アドヴェンチャー〉誌版31 New Inn第14章の日付から、同中編の「ブラックモア事件」は1900年の事件と分かる。
 さらに、『オシリスの眼』の「ベリンガム事件」は発生年が1902年、ソーンダイクが調査に取りかかるのが1904年だが、同書には「ブラックモア事件」についての言及が出てくる。
 つまり、作中に記載のある事件発生年から捉えると、「ブラックモア事件:1900年」(31 New Inn)、「ホーンビイ事件:1901年」(『赤い拇指紋』)、「ベリンガム事件:1902年」(『オシリスの眼』)の順となり、31 New Innにおけるソーンダイクとジャーヴィスの会話は明らかに事件発生順と矛盾している。

 つまり、そこから帰結することは、実は、存在を確認されていないオリジナル版31 New Innがあったのであり、〈アドヴェンチャー〉誌版31 New Innは、その改稿版だ、ということなのだ。
 フリーマンは、お蔵入りしていたオリジナル版31 New Innを〈アドヴェンチャー〉誌に掲載するにあたり、既刊の『赤い拇指紋』と矛盾しないよう改稿の手を加えたのだが、日付等の細かい点はうっかり訂正し損ねてしまったと考えられる。(ノーマン・ドナルドスンもこの点に気づき、「加筆(interpolation)」のあったことを示唆している。)
 ということは、真のソーンダイク初登場作である〈オリジナル版〉31 New Innは永遠に失われてしまったのであり、それが現在我々の目にする〈アドヴェンチャー〉誌版31 New Innとどの程度異なるものなのかは、もはや検証のしようがないということ。
 従って、作者が本来、オリジナル版31 New Innで描いていたであろうソーンダイクとジャーヴィスの出会いがどんなものだったのか(『赤い拇指紋』にそのまま転用されたのか否か)も、もはや永遠に分からなくなってしまったと言わなければならないのだ。
 ホームズの〈正典〉でこうした日付等の矛盾があれば、きっとシャーロキアンたちは深遠な思弁をめぐらせたことだろう。

フリーマン『キャッツ・アイ』が予約開始

R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(ちくま文庫)の予約受付が始まっています。

Amazon honto 楽天ブックス

「宝石収集家の死、暗号と失われた権利書、隠し部屋探し。複雑に絡み合う謎を解き明かすソーンダイク博士の活躍。英国黄金時代ミステリの名作。 」

 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。

R・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』刊行予定

 リチャード・オースティン・フリーマン『キャッツ・アイ』(1923)が、ちくま文庫から刊行される予定です。
 『キャッツ・アイ』は、ノーマン・ドナルドスン、トーマ・ナルスジャック、トニー・メダワーとダクラス・G・グリーンなどがフリーマンの代表作の一つとして挙げている長編であり、ナルスジャックが推していることからも分かるように、同書のプロットは、フリーマンの作品の中でも最も緻密で錯綜した構造を持っています。大団円における、バラバラとしか思えない様々な手がかりをパズル・ピースのように一つの絵にまとめるソーンダイク博士の推理は、ドナルドスンの言うように、確かに「称賛に値する」ものと言えるでしょう。
 さらに、『キャッツ・アイ』は、本来、「ウェストミンスター・ガゼット」紙に掲載された作品であり、連載小説らしく、めまぐるしいストーリー展開を特徴としています。もう一つの代表作『オシリスの眼』では、失踪したエジプト学者の謎を中心にじっくりと展開していくストーリーでしたが、『キャッツ・アイ』では、サスペンスフルな出来事が次々と起き、ソーンダイク博士物の中でも、これほど起伏のある冒険小説的な展開の作品は稀でしょう。
 なお、『キャッツ・アイ』で語り手となるのは、『赤い拇指紋』でルーベン・ホーンビイの弁護士を務めたロバート・アンスティ弁護士。そのほか、ブロドリブ弁護士、犯罪捜査課のミラー警視、バジャー警部など、他の作品にも繰り返し登場する準レギュラー・メンバーが登場しています。ジャーヴィスはアメリカ出張で不在ですが、ポルトンは新たな発明品を生み出すなど、大活躍しています。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。



        青いスパンコール
  H・M・ブロックが描くソーンダイク博士(「青いスパンコール」より)



        砂丘の秘密
  フランク・ワイルズが描くソーンダイク博士(左)とアンスティ弁護士(右)(「砂丘の秘密」より)

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

戯曲作家としてのアガサ・クリスティ

 最近、戯曲「そして誰もいなくなった(十人の小さなインディアン)」の公演が都内の小劇場で行われた。連日超満員だったようで、我がことのように嬉しく思ったのだけれど、ツイッター等に書き込まれた事後の感想には、相変わらず、演出で小説の結末を変えていたというコメントが目につく。
 アガサ・クリスティが戯曲版の結末を小説版とはまったく異なるものにしたことは、このブログでも、『十人の小さなインディアン』のあとがきでも書いてきたことだが、やはり戯曲版の認知度は小説版にははるかに及ばないことを実感させられたように思う。ルネ・クレール監督による映画など、映像メディアを通じてもある程度は知られているのだけれど、その映画すら、視聴者から「結末を勝手に変えた!」といった批判をしばしば受けているので、やはりそうなのである。その意味では、『十人の小さなインディアン』を世に送り出したことで、少しは戯曲版の存在を認知してもらえればと期待しているところではあるのだけれど。
 しかし、『そして誰もいなくなった』のようなギネス級のベストセラーで、映画化も何度もなされてきた作品でもこんな状況だから、「死との約束」戯曲版に至っては、結末ががらりと変わっていることなど、ほとんど知られてはいないだろうし、仮に上演すれば、「十人の小さなインディアン」以上に、「結末を変えた」というクレームが殺到するのではという気がしてならない。
 それは、戯曲作家としてのクリスティの認知度の低さでもあると言える。クリスティの戯曲は、確かに文庫で出ているものも多いのだけれど、小説版が別にあって、プロットを大きく変更した戯曲は、重複を避けようという考えもあってのことなのか、これまであまり紹介されてこなかった。実際の上演の機会がもっと増えて、戯曲作家としてのクリスティのオリジナリティが、より多くの方々に知られるようになってくれればと心から期待している。なにしろ、映画では、「そして誰もいなくなった」、「検察側の証人」は戯曲版をベースにしているし、「ナイル殺人事件」も戯曲版のアイデアを取り入れているほどなのだから。

ジョン・ロード『クラヴァートンの謎』刊行予定

 ジョン・ロードの『クラヴァートンの謎』(英題:The Claverton Mystery、米題:The Claverton Affair:1933)が論創社の論創海外ミステリから刊行される予定です。
 『代診医の死』のあとがきでも述べましたが、ロードの作品は1940年代以降の作品になると、中間部に延々と尋問や議論の場面が続き、ストーリー展開が滞って退屈さを感じさせる作品が増えてきます。しかし、脂の乗っていた1930年代までの作品には、プロットに覇気があるだけでなく、ストーリー展開や人物描写にも丁寧に取り組んだ作品が多く、『クラヴァートンの謎』はその時期の代表作と言えるでしょう。ハウダニットを得意としたロードの面目躍如たる作品というだけでなく、大団円における降霊術会の演出を含め、ストーリー展開や見せ場、人物描写にも起伏があり、読み応えという点でも秀でた作品です。
 『クラヴァートンの謎』は、“A Catalogue of Crime”の編者ジャック・バーザンとウェンデル・ハーティグ・テイラーが、『ラリーレースの惨劇』、“Hendon’s First Case”、『ハーレー街の死』と並んでロードの代表作の一つに挙げ、ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”でも『ハーレー街の死』とともに挙げられています。また、H・R・F・キーティングが選定したコリンズ社の“The Disappearing Detectives”叢書における復刊書の一つにも選ばれています。
 “1001 Midnights”でも特筆されていますが、他の作品では内面の思考過程を滅多に見せないプリーストリー博士が、同作では心理の動きが事細かに描写され、鬼神のごとき叡知を秘めた名探偵としてではなく、感情の起伏や迷いなどをあらわにするヒューマンな存在として描かれています。また、中期以降の作品に見られるように、土曜の例会で語るだけの不活性化した存在ではなく、人の家やよその町を積極的に訪れ、関係者にも直接聞き込みをするなど、自ら活発に行動する姿が描かれており、それがストーリー展開にもプラスの効果をもたらしています。
 さらに、同作は、レギュラー・メンバーの一人、オールドランド医師の初登場作でもあります。のちの作品の多くでは、土曜の例会の出席メンバーの一人に役割がほぼ限定され、人物描写も平板化してしまいますが、本作では、被害者の主治医として重要な役割を演じているだけでなく、医師の過去や子息の存在も事件に深く関わるなど、個人史的な経緯や人間的な魅力も描きこまれています。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。


        Tragedy at The Unicorn
      ランスロット・プリーストリー博士(Tragedy at The Unicornのダスト・ジャケットより)

マクロイ『牧神の影』の書評が「小説すばる」9月号に

 千街晶之氏によるヘレン・マクロイ『牧神の影』(ちくま文庫)の書評が「霧のように濃くなっていく恐怖」というタイトルで「小説すばる」9月号に掲載されました。
 「暗号の素人であり数学が苦手なアリスンが、数学的な解法とは別の角度から暗号の解き方に迫ってゆくプロセスが本書の大きな読みどころだが、一方で、アリスンがコテージに移住してからのサスペンスの演出も素晴らしい」として、「アリスンを脅かす数々の現象は、恐怖が霧のように濃くなってゆく過程がマクロイならではの繊細な筆致で綴られていて圧巻である」と述べておられます。
 同書のあとがきでも述べましたが、同書の暗号テーマが第二次大戦という時局的背景と密接に関わっている点をしかと指摘していただいているところを嬉しく思いました。ギリシア神話のモチーフ、「なぜ犬は殺されなければならなかったのか」というホワイダニットなど、盛り沢山のファクターを含む同書ですが、緊密に融合されたプロットの中でも、やはり第二次大戦と暗号というテーマが大きな比重を占めているのではないでしょうか。
 引き続き多くの読者の方に楽しんでいただけることを願っております。

黄金時代の巨匠たちの未収録作品集 “Bodies from the Library”

 コリンズ社から最近刊行されたトニー・メダウォー編“Bodies from the Library”は、過去に新聞や雑誌に掲載されただけか、一度も日の目を見たことのない、黄金時代の巨匠たちの短編16編を集めたアンソロジー。
 収録作品は以下の通り。

J・J・コニントン  Before Insulin  投函された遺言状(EQ96年5月号収録)
レオ・ブルース  The Inverness Cape
フリーマン・ウィルズ・クロフツ  Dark Waters
ジョージェット・ヘイヤー   Linckes’ Great Case
ニコラス・ブレイク   ‘Calling James Braithwaite’
ジョン・ロード  The Elusive Bullet  逃げる弾丸(『名探偵登場4』早川書房収録)
シリル・ヘアー  The Euthanasia of Hillary’s Aunt
ヴィンセント・コニア  The Girdle of Dreams
アーサー・アップフィールド  The Fool and the Perfect Murder  名探偵ボナパルト(EQ80年7月号収録)
A・A・ミルン  Bread Upon the Waters
アントニイ・バークリー  The Man with the Twisted Thumb
クリスチアナ・ブランド  The Rum Punch
アーネスト・ブラマ  Blind Man’s Bluff
H・C・ベイリー  Victoria Pumphrey
ロイ・ヴィカーズ  The Starting-Handle Murder  智の限界(別冊宝石59年85号収録)
アガサ・クリスティ  The Wife of the Kenite

 こうして見ると、邦訳のあるものも幾つかある。
 主だったものだけ出典を紹介すると、クロフツのDark Watersは、1953年9月21日付けの「ロンドン・イヴニング・スタンダート」紙に掲載されたフレンチ警部ものの短編で、クーパー&パイク編“Detective Fiction: The Collector’s Guide”にも記載がない。
 ブレイクの‘Calling James Braithwaite’は、1940年7月20、22日にBBCで放送されたナイジェル・ストレンジウェイズもののラジオ・ドラマで、ディテクション・クラブのメンバーによる企画の一つとのこと。
 バークリーのThe Man with the Twisted Thumbは、1933年1月から12月にかけて「ホーム・アンド・カントリー」誌に連載された中編で、コックスの研究者、アーサー・ロビンスンが発見した。
 ブラマのBlind Man’s Bluffは、1918年4月に上演されたマックス・カラドスものの戯曲で、バタード・シリコン・ディスパッチ・ボックス刊のオムニバス“The Max Carrados Portfolio”にも収録されていない。
 クリスティのThe Wife of the Keniteは、以前紹介した、The Woman of Keniteのオリジナルで、オーストラリアの「ホーム・マガジン」1922年9月号に掲載されたもの。イタリア語からの反訳は読めた代物ではなかったが、ようやくオリジナルに接することができた。
プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示