「オベリスト」とはなにか

 チャールズ・デイリー・キングには、『海のオベリスト』、『鉄路のオベリスト』、『空のオベリスト』というオベリスト三部作と呼ばれる作品群がある。この‘Obelist’とは何に由来するのだろうか。
キングはほかにも‘Thanatophony’のような造語をしているし、登場人物の名前も心理学の用語をもじって付けるという遊びをやっているので、同様の趣向が隠されているに違いない。
 手掛かりは、英ヘリテイジ社の『海のオベリスト』初版で「ほとんど全く価値のない人」‘a person who has little or no value’、その後の米クノップ社版では「疑いを抱く者」‘one who harbours suspicions’という説明が付されていること。


英初版



米初版



 まるで異なる二つの説明があるため、ますます混乱させられる。なぜ説明が変化したのか。
これはあくまで推測だが、タイトル・ロールと言うべき登場人物達が「無価値」というのでは、読者受けがいいとはいえない。なので、出版社の勧めなどにより変えた可能性が考えられる。確かに、捜査に従事する者は「疑いを抱く」者でなければならないが、そんなのは当たり前すぎて、わざわざ造語をしてまで表現したいことなのかという疑問を感じる。とすれば、英初版の説明の方が、意表を突くものだけに、本来の着想である可能性が高いのではないか。
 そこで、‘Obelist’という言葉から連想される言葉は何かを考えると、‘obelisk’が最も近い言葉といえるだろう。語尾のistは、‘tourist’や‘specialist’などと同様に、人を表す語尾変化と考えられるので、意味を度外視して考えれば、‘obelisk’を人に転化させたものと推測できる。
 オベリスクは、言うまでもなく、古代エジプトの方尖塔。これを英初版の説明に即して考えると、難解なわりには実用性のない心理学の知識や用語をひけらかして捜査を混乱させる勿体ぶった心理学者達を、意味不明の象形文字がたくさん刻まれた、実用性のない巨大な古代の遺物になぞらえたという解釈が可能になる。一作目のタイトルで使われた‘at sea’(途方に暮れる)という表現もこれを裏付ける。
 ‘obelisk’には古写本の疑句標(†)の意味もあり、「EQ」掲載の『鉄路のオベリスト』に付された解説では米初版における意味の由来をそこに求めている。しかし、この記号は‘dagger’(短剣符)と呼ぶのが普通であり、脚注や没年などを表す際に用いるのが一般的で、そんな二次的な用例に根拠を求めるのはこじつけに近い。おそらく作者は、言葉の解釈変えを行うに当たって、仕方なくそこに強引に根拠を求めたのではないだろうか。
 ということは、オベリストとは、あくまで推理合戦を繰り広げる心理学者達を指すことになる。マイケル・ロード警部補はそこにカウントされないとみるべきだろう。様々な立場を代表する心理学者達が、自分達の知識を駆使して捜査に寄与しようとしながら、実はますます混乱させていくという全体の構成こそが、謎めいたタイトルで表そうとしたものだったのではないだろうか。
 しかし、その構成も『空のオベリスト』以後になると維持されなくなってくる。キングがその後この言葉を用いなくなったのは、こうした構成に縛られずに作品を書くために不可避だったといえる。
 もともと中心的な役割を割り当てられていたのは「オベリスト」、つまり、これら心理学者達だったのであり、彼らのナンセンスな心理学論議こそがプロットの要だったとすれば、『海のオベリスト』で「ばね仕掛けの神」よろしく最後の収拾のためにようやく前面に出てくるロード警部補が没個性的にしか造形されなかったのも、それなりに必然性があったといえる。
 それが、回を重ねるごとに役割の重みが増し、恋愛あり、銃撃場面ありと、次第に厚みのある存在に変わっていくのが面白い。なにしろ、初登場作では本名すら明らかではなかったのだから。
 しかし、こんな推測が当たっているとすると、キング自身、自分が専攻していた心理学という学問に対していささか懐疑的で、実用性のない無用の長物になり下がってしまっているという告発を込めていたのではないかという穿った見方も可能になる。キングの心理学関係の著作は読んだことがないので、そこまでは詳らかにし得ないが、キングの推理小説は、そうした意味でも、彼自身の専攻における問題意識と密接な接点を持っていたのかもしれない。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

登場人物たちの名前

 10年以上前にニフティの投稿にも書いたことがあるが、キングの小説に登場する心理学者達の名前には隠された意味がある。『海のオベリスト』でいえば、Dr. John B. Hayvier(米版:Dr. Frank B. Hayvier)は‘behavior’(行動)、Dr. Rudolf Plechs(Dr. Malcolm Plechs)は‘complex’(コンプレックス)、Prof. Knott Mittle(Prof. Knott Coe Mittle)は‘middle’(中庸)、Dr. L. Rees Ponsは‘response’(応答)という具合にだ。
 その後参照した、米版に基づく『海のオベリスト』の邦訳解説では、ミトル教授の名前は‘non-committal’(言質を与えない)に由来するとしているが、そうかもしれない。とはいえ、ミトル教授が推理を展開する章の標題は、Middle grounding(中庸の根拠づけ)となっているし、英版の名前では必ずしもピンとこないので、どちらか確信は持てない。
 かつての投稿では心理学者の名前にしか触れなかったが、実は、他の登場人物達も意味深な名前を持っている。Coralieは‘corollary’(推論)、John I. Gnosensは‘gnosis’(認識)、Bering Y. Standerは‘bystander’(傍観者)という具合だ。ロード警部補の偽名Younghusbandも「若い夫」という意味だが、独身のロードがこんな偽名を名乗っていたのは、一種の自己韜晦なのだろうか。
 『鉄路のオベリスト』は翻訳しか持っていないので、原語のスペルがよく分からないが、メイボン・ラケット博士、アイヴァ・ポパス博士、ゴットリープ・イルトゥーム教授という名も、それぞれ意味があるように思える。おそらく‘racket’(騒ぎ)、‘purpose’(目的)、‘Irrtum’(ドイツ語で「誤り」)に由来するのではないだろうか。
その後の作品では、“Careless Corpse”の登場人物の名前も、なんとなく実在の人物を連想させるものがある。エリック・スターンというのは、バイオリニストのアイザック・スターン、アレーム・ゴムスキーというのは、言語学者のノーム・チョムスキーを連想させるのだが、いずれも当時存命中の人達だと思うし、さて、ただの偶然なのだろうか。
この作品はクラシック音楽をモチーフにしているので、章題を楽章構成にするという趣向が凝らされている。副題の‘Thanatophony’という言葉は、‘Thanatology’(死亡学)と‘Symphony’(交響曲)を組み合わせた造語と思われるが、仮に訳すとすれば、「交響死」、「響死曲」とでもするか。「作品番号4」(Opus Four, Number Four)と書かれているのもご愛嬌だ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

文豪とキング

 ボーヴォワールがサルトルに宛てた手紙の中で、キングに言及している。“Letters to Sartre”という書簡集に収録されている1938年の手紙で、英訳では次のようになっている。

 ‘I forgot to tell you that the novel by Mr. Daly King is vaguely entertaining, but scientific. The novel by M. Boileau is appalling, unreadable, but contains a neat problem with an elegant solution. I’ve already lost the little guidebook - and also my soap and toothbrush. I’ll buy some more soap, but as for the guidebook I knew it by heart.’

 38年ということは、当時未刊の“Bermuda Burial”を除き、同年発表された“Arrogant Alibi”までのいずれかの作品を指していると思われるが、タイトルを挙げていないので分からない。
 「何となく面白いけれど科学的」とは言い得て妙だが、「科学的」という評からすると、“Careless Corpse”の青酸発生にかかる科学知識を指しているのかもしれない。ちょうど38年に“‎Symphonie en Crime Majeur‎”(大罪のシンフォニー)という同作品の仏訳が出ているので、その可能性はある。もちろん心理学の知識を詰め込んだ初期のオベリスト物も十分「科学的」と言えるので、どれを指すのかは確信が持てない。
 ボアローは、ピエール・ボアローを指すと思われるが、これもどの作品を指すのかは不明。年からすると、同年刊行の『三つの消失』かもしれない。「ひどくて読むに耐えないけれど、巧みな謎と素敵な解決を含んでいる」という評も、確かにこの作品の評としては全く同感だ。
 いずれも、題名が引用されていないことから考えて、相手が作品を承知していることが前提されているので、サルトルの勧めでこれらの作品を読み、感想を知らせたものと思われる。つまり、サルトル自身もキングを読んでいたわけだ。
 彼らのような文豪がキングやボアローを読んでいたというのは興味津々といえるだろう。ガイドブックを持っていたというだけでなく、暗記していたというのだから相当なミステリ通だと分かる。意外というだけでなく、なんとなく嬉しい気持ちになる。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

キングの英語表現

 チャールズ・デイリー・キングの“Careless Corpse”を読んでいると、米版の“The Curious Mr. Tarrant”を読んだ時にも気づいたことだが、キングはアメリカ人のはずなのに、スペルがcolour、honour、specialityという具合に、しばしばイギリス式になっているのに気づく。
 スペルだけでなく、トイレがlavatory、ズボンがtrousersと、単語までがイギリス英語になっていて、魔法瓶も、thermos bottleではなく、thermos flaskとなっているのを見ると、これはかなり徹底していることが分かる。
しかし、その一方で、舞台はアメリカだし、登場人物、特に警察関係者などは、アメリカ人らしい口語表現を使っているものだから、なおのこと違和感があるのだ。
 同じことは、“Arrogant Alibi”にも当てはまり、やはりイギリス式表記が目につく。しかし、realise、materialise、despatchといったスペルやground storeys(アメリカならfirst floors)、mackintosh(アメリカならraincoat)といった言葉が出てくる一方で、windshield(イギリスならwindscreen)やflashlight(イギリスならelectric torch)という単語も出てくるところを見ると、必ずしも徹底されているわけではない。会話もいかにもアメリカ的だ。アメリカ式の文体の中に、ぎこちなくイギリス式の単語や表現をちりばめているという感じなのだ。
 これは、キングの作品の大半がイギリスから初版が出て、米版がなかなか出なかったという事情と関係があるのかもしれない。考えられる可能性は二つある。(1)コリンズ社の校正係が敢えて几帳面にイギリス式の訂正を行った。(2)キング自身が、出版社からの要請に応じて、あるいは、イギリスでの出版を意識してそうした、というものだ。
 もし著者自身の意図だとすれば、キングは、本格的な探偵小説はアメリカよりイギリスの市場の方がふさわしいと考えていたのかもしれない。だから、かえってアメリカの版元を見つけにくくなってしまったのかもしれないし、そもそもがアメリカでの出版にさほど積極的でなかったことも考えられる。
 この可能性を示唆するのは、“Bermuda Burial”のダスト・ジャケットの見返し。そこにはこう書かれている。
「C・デイリー・キングはニューヨーク出身だが、ロンドンでの出版を優先して小説を書いている。わくわくするプロットを展開する彼の抜きん出た才能は、魅力的で上品な人々を感動させるものであり、現代ミステリ小説の本場であるイギリスにおいて幅広い読者を獲得した」。
 つまり、キングは自分の小説がミステリの本場イギリスの読者層にこそアピールするものと考え、意図的にイギリスでの出版を優先していたことが示唆されているのだ。(もっとも、これも帯の惹句のようなものだから、どこまで本当かは心もとない。)
 ただ、もう一つの可能性も捨てたものではない。というのも、ヘレン・マクロイの作品の英ゴランツ社版を読んでいても気づくのだが、これまたスペルがしばしばイギリス式に改められているのだ。これは明らかにゴランツ社の校正係が手を入れた結果だろう。案外、キング作品の英国式表現も、コリンズ社の校正係が律義に手を入れた結果なのかもしれない。米版でもそのまま反映されているのは、アメリカの出版社がそれほど神経質ではなく、キングもこだわりを持たなかったので、英版をそのまま転用したのかもしれない。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

6長編を振り返って

 マイケル・ロードが登場する全6長編を振り返ってみると、やはり一番面白いと思ったのは『空のオベリスト』。ジュリアン・シモンズや“1001 Midnights”のエドワード・ホックをはじめ、諸氏が絶賛しているように、確かにこれは優れたギミックを駆使した作品で、おなじみの手掛かり索引もそれ自体をプロットに織り込んで見事に活用した作品だった。
 (余談だが、この作品が再評価されるきっかけになったのは、コリンズ社のクライム・クラブ創刊50周年記念復刊の一冊として、1980年に再刊されたことなのだが、その対象となった12作品を選んだのはシモンズだった。
 邦訳のあるものでは、キング『空のオベリスト』、クリスティ『ABC殺人事件』、クロフツ『ヴォスパー号の遭難』、ブレイク『殺しにいたるメモ』、シェリー・スミス『午後の死』、フィリップ・マクドナルド『迷路』、アンドリュー・ガーヴ『落ちた仮面』、未訳では、Nina Bawden“The Odd Flamingo”、Elizabeth Ferrars“Enough to Kill a Horse”、Ngaio Marsh“Spinsters in Jeopardy”、Rex Stout“Even in the Best Families”、L. A. G. Strong“Which I Never”で、いずれもシモンズの序文が巻頭に付されている。
 不思議なのは、キング、マクドナルド、スミスの作品は、この復刊がきっかけで邦訳が出たはずなのに、なぜか我が国の出版社はシモンズの序文を収録していないこと。鋭い洞察を含む序文だけに惜しいと思う。それとも、著作権の問題があるのだろうか。)
 オベリスト三部作の中では、『海のオベリスト』がこれに次ぐ出来栄えで、心理学者同士の推理合戦という最初の試みだけにプロットも新鮮で、死体の隠し場所や探偵探しの興味など、全体のプロットもまずまずだった。
 三部作の中では『鉄路のオベリスト』が一番月並みで、豪華な大陸横断列車という魅力的な舞台設定にもかかわらず、質が著しく落ちると感じた。邦訳解説でも出来不出来の差が激しいとされているが、よりによって一番出来の悪いものを最初に紹介していたわけで、さほど評判にもならず、他作品の紹介につながらなかったのもそのせいではないかと穿った見方をしてしまう。
 ABC三部作の中では、“Careless Corpse”と“Arrogant Alibi”が双璧だ。エド・ホックは、『空のオベリスト』をベストとし、“Arrogant Alibi”を次点に推しているが、個人的には“Careless Corpse”と甲乙付けがたい。
 “Careless Corpse”のトリックについて、専門知識を要するという理由で難色を示す人もいるが、“Arrogant Alibi”のアリバイも、特殊なメカニズムを利用していて、一般知識に基づいて推理できるような事柄ではないし、今日的視点では時代遅れとすら言える。
 むしろ、ケアレス・キャッスルという舞台設定や洪水で閉じ込められるシチュエーションの面白さ、プロットの展開も、一人一人の容疑者を不利な要素と有利な要素を書き出して比較するくだりといい、いかにも黄金時代の謎解きの雰囲気そのもので、好感が持てる。
 中心となるトリックは、専門的かどうか以前に、そもそも本当に成り立つのかどうかを疑ってしまう。化学の専門家にでも聞きたいところだが、身近なところで偶然に起きても不思議ではないと思うからだ。
 “Arrogant Alibi”もこれに負けないくらい面白い。短剣の象形文字の解読をはじめ、エジプト学が随所に出てくるのも興味深い。各章のタイトルも、「第一の書」、「第二の書」という具合に、まるで古代エジプトの死者の書か魔術書を模倣したようだし、ヒエログリフに基づく数字の象徴も添えて雰囲気を出している。“Careless Corpse”では楽章構成で章の標題を表していたが、作者の遊び心が感じられて楽しい。
 その蘊蓄もけしてでたらめではなく、著名なアメリカのエジプト学者ジェームズ・ブレステッドの名前も出てくるなど、それほどペダンティックに論じているわけではないが、筋を妨げない程度に知識をちりばめているのが興を添える。
 タイトルにある「アリバイ」は、先にも述べたように、現在の状況では時代遅れの感があるが、ロバート・エイディが“Locked Room Murders”で紹介している密室トリックは第二の殺人に用いられたもので、こちらはシンプルで納得できるものがある。
 “Careless Corpse”では、マイケル・ロードは『空のオベリスト』での功績を評価されて警視(deputy-inspector)に昇進している(もっとも本人は、事件の真相が別にあったことを知って不本意だったようだが)。ロード警視が一日に百本も吸うヘビー・スモーカーだとか、ハーヴァード大出だという情報も出てくる。個性のない探偵だとあちこちで書かれているが、登場した時自体が探偵探し的趣向から個性を消されていたようなものだし、確かに目覚ましい特徴があるわけではないが、次第に人間らしく造形されていったのがうかがえる。
 悲恋に見舞われ続けるのが、作者がロードに課した運命だったようだ。『空のオベリスト』での恋も不首尾に終わったことが“Careless Corpse”で明らかになるし、次の“Arrogant Alibi”では、まさに悲劇が待っている。最後の“Bermuda Burial”でも恋に陥るが、その行方も結局はよく分からないままにシリーズが終ってしまう。
 一番がっかりだったのは、その“Bermuda Burial”。オットー・ペンズラーが“Encyclopedia of Mystery and Detection”で触れているように、推理小説というよりは作者が愛したバミューダの「旅行記」と呼ぶ方がふさわしい。半ばまで来てようやく事件らしい事件が起きるが、それまでは、バミューダに関心のない者にとってはどうでもいい筋が多すぎて退屈きわまりない。
 後半になってようやくミステリらしくなるが、プロットはたいしたことがなく、せっかく、犯罪も少なくて隠れる場所もないという一種の広い密室といえるバミューダを舞台に用いながら、誘拐した赤ん坊をどこに隠したのかという謎を効果的に活かすことはできなかったようだ。
 ポンズ博士が最後の方になって登場するのもご愛嬌ではあったが、見せ場もないし、著者自身が描きたかったバミューダの風物もさほど絵画的に描かれているわけでなく、行ってみたいと感じさせるほど魅力を提示し切れていないように思う。キングの長編の中では、『鉄路のオベリスト』より始末の悪い、どっちつかずの凡作だったと思う。
 それにしても、キングという人は、専門の心理学もさることながら、音楽に毒物学、エジプト学と、なかなかいろんな分野に詳しく、それをプロットに活かす手際も巧みだったようで、もっと作品を残さなかったのが悔やまれる。


Arrogant Alibi


Careless Corpse

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示