ディクスン・カーが選ぶコナン・ドイル傑作集

 ジョン・ディクスン・カーは、シャーロック・ホームズの生みの親、アーサー・コナン・ドイルを崇拝し、遺族の協力を得て『コナン・ドイル伝』を執筆したり、ドイルの子息エイドリアンとの共著でパスティーシュ集『シャーロック・ホームズの功績』を書いたことでも知られる。
 カーは、さらに、1959年にドイル生誕百周年記念として出版されたドイル作品のアンソロジー“Great Stories”(ジョン・マーレイ社)の編者を務めている。カーは出版社からの依頼に応じて、以下の計11篇の短篇を選び、序文を寄せている。

  クロックスリーの王者           『ドイル傑作集4 陸の海賊』(創元社)所収
  唇のねじれた男               『シャーロック・ホームズの冒険』所収
  地球の悲鳴                 『毒ガス帯』(創元社)所収
  消えた臨時列車              『ドイル傑作集1 まだらの紐』(創元社)所収
  大空の恐怖                 『ドイル傑作集2 北極星号の船長』(創元社)所収
  The Three Correspondents
  准将が勲章をもらった顛末        『勇将ジェラールの回想』(創元社)所収
  シルヴァー・ブレイズ号事件       『シャーロック・ホームズの回想』所収
  樽工場の怪                 『ドイル傑作集2 北極星号の船長』(創元社)所収
  准将がイギリスで勝利を収めた顛末  『勇将ジェラールの冒険』(創元社)所収
  The Last Galley

 カーのことだから、ホームズ物をはじめとするミステリに選択が偏りそうな気もするが、そこは編者としてのバランス感覚を発揮して、二篇のホームズ物のほか、チャレンジャー教授譚を含むSF物、ジェラール准将譚を含む冒険物、ホラーや歴史物など、各分野から満遍なく作品を選んでいる。
 カーは序文の中で、万人を満足させることは望みえないし、なぜ他の作品を選ばなかったのかと腹を立てる者もいるだろうと述べる一方で、超自然的な恐怖が合理的な解決によって一掃される「消えた臨時列車」と「樽工場の怪」といった一見「奇跡」風のミステリや、ジェラール准将物のようなコメディに重きを置きすぎたかもしれないし、厳密な推理と夜間の犬をめぐる不滅の会話を含む「シルヴァー・ブレイズ号事件」にはおおむね賛同が得られるだろうが、「唇のねじれた男」には異論もあるだろうとしている。
 カーは、こうして作品の選択について弁明しているのだが、その弁明からは、一見バランスのよい公平な選択に努めたようでありながら、実はいかにもカーらしい好みも働いていることがうかがえる。
 超自然的に見える謎を合理的に解決するのは、まさに「奇跡を解く男」カーの本領だったし、『魔女が笑う夜』などのようにコミカルな場面が楽しめるのもカーの作品の特徴だからだ。そして、「唇のねじれた男」は、『地上最高のゲーム』の中で、この作品のクライマックスを回想しながら、思わず‘Hola! Wow!’と叫び声を上げたほどのカーのお気に入りだったことは、カー・ファン周知のことである。
 「この選集は、我々のような年寄りほど本書の冒険物語になじんでいない若い読者をある程度想定したものだ」とカーは語っているが、その言葉には、ドイルの作品から新鮮な驚きや感動を受けた自らの若き日の経験が重ねられているのかもしれない。


Great Stories
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

カーの戯曲集 “13 to the Gallows”

 前の記事で今月の「ミステリマガジン」の話題に触れたが、そもそも今月号は「カーと密室」という特集。以前ご紹介した“50 Howdunits: The Ultimate Locked Room Library”にも挙げられていたポール・アルテの「狼の夜」も訳載されていて、フランス語の苦手な私としてはありがたい限りだ。
 『三つの棺』の新訳も話題になっているし、カーのラジオ・ドラマについての論考も載っているが、なにゆえか未だに邦訳が出ないまま放置されているのが、“13 to the Gallows”。カーのファンなら知っている人も多いだろうから、今まで特に言及しなかったが、なにやら不当に無視されている気もして敢えて記事に取り上げることにした。カーといえば、ラジオ・ドラマがよく知られているし、邦訳もかなり出ているが、実は戯曲も残しているのだ。
 2008年にクリッペン&ランドリュ社から刊行された“13 to the Gallows”には、BBCのプロデューサーだったヴァル・ギールグッドと共作した‘Inspector Silence Takes the Air’、‘Thirteen to the Gallows’、カー単独で執筆した‘Intruding Shadow’、‘She Slept Lightly’の4作の戯曲が収録され、さらに、‘Inspector Silence Takes the Underground’というカーのラジオ・ドラマ台本もパンフレットの形で挟み込まれている。凶器の消失、周囲に誰もいない謎の墜落死、ナポレオン時代の歴史ミステリなど、いかにもカーらしい趣向が凝らされた作品群だ。
 トニー・メダウォーの序文によると、1942年から1945年の間に上演されたこれらの戯曲は、残念ながら必ずしも成功とはいえず、短い地方公演が行われただけで、ロンドンのウェスト・エンドで上演されることはなかった。クリスティの戯曲も、地方で公演が行われてからウェスト・エンドに来るというパターンが多いのだが、カーの最初の戯曲‘Inspector Silence Takes the Air’も、1942年4月にウェールズのスランディドノのパヴィリオン・シアターで上演されたあと、本来はウェスト・エンドで上演されることが想定されていたようだ。初演を引き受けたのは、セント・マーティンズ・シアターの専務取締役、E・G・ノーマンだったというから、地方公演が成功していれば、同劇場で上演された可能性が高かったのだろう。言うまでもなく、1974年から現在に至るまでクリスティの「ねずみとり(マウストラップ)」を上演している劇場だ。
 ミステリ作家で戯曲も手がけた作家は、クリスティやアイラ・レヴィン以外にも、セイヤーズやA・E・W・メイスン、それにアントニイ・バークリーもいるが、実際に目覚ましい成功を収めた人は少ない(バークリーの‘Temporary Insanity’は生前世に出ることもなかった)。カーも残念ながら、ラジオ・プレイとは裏腹に舞台では成功しなかったのだが、序文でメダウォーが述べているように、アガサ・クリスティはカーのことを「ミスディレクションのキング」と呼んでいたし、その技能は戯曲でも遺憾なく発揮されているといえるだろう。実際の舞台では受けなかったのかもしれないが、読み物として読む分にはいずれも楽しい作品ばかりだ。時が経つうちにすっかり話題にものぼらなくなってしまっているが(今回の特集でもどこかで触れられていたのかな?)、旧作の新訳もさることながら、未訳作品が残っていることも忘れないでほしいものである。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジェイムズ・E・キーランズ “The John Dickson Carr Companion”

 カー・ファンにとってはなかなか重宝なリファレンスが出ている。ランブル・ハウスから刊行されたジェイムズ・E・キーランズの“The John Dickson Carr Companion”(2015)は、カーの長編、短編、ラジオ・ドラマ、戯曲、詩、エッセイや書評などの書誌データはもちろん、作品に出てくる登場人物、パブ、レストラン、地下鉄なども項目として取り上げて解説した事典。ラテン語の引用なども詳しく解説してくれているのが便利だ。
 未発掘作品の項目など、ダグラス・G・グリーンの『ジョン・ディクスン・カー〈奇蹟を解く男〉』に依存しているところも大きいが、一巻に手際よく項目別に整理してくれたおかげで読みやすく、カーの作品を読む際に傍らに置いておけば恰好の手引きとなるだろう。冒頭の謝辞によれば、キーランズが同書を執筆したきっかけは、トニー・メダウォーに勧められたことで、メダウォー自身も協力しているようだ。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示