クリスティも使わなかったトリック アリンガム “Police at the Funeral”

 マージェリー・アリンガムはお気に入りの作家の一人なのだけれど、以前は紹介されている作品が極端に少なかった。それが、続々と翻訳が出るようになり、もはや未知の作家とは言えなくなったようである。
 アリンガムは様々なジャンルに挑戦した人でもあり、これまで紹介されてきた作品を見るだけでも、冒険物(『甘美なる危険』、『検屍官の領分』)、スパイ物(『反逆者の財布』)、風俗小説(『クロエへの挽歌』、『屍衣の流行』)、スリラー(『霧の中の虎』、『殺人者の街角』)など、その芸域の広さを感じ取ることができる。
 とはいえ、いわゆる「ビッグ4」(他の3人はクリスティ、セイヤーズ、マーシュ)の中でも、バラエティに富んでいる半面、かえって本格的な謎解き物にめぼしい物が少ない印象があり、我が国における人気もいまひとつ盛り上がりに欠けているように思える。
 彼女の作品の中で謎解き物といえば、『幽霊の死』や『判事への花束』が当てはまるように思えるが、プロット構成やトリックの独創性に重きを置いた作品とは言い難く、その点で高い評価を与える人は少ないだろう。
 ところが、アリンガムの作品の中には、とびきりの謎解きの古典が含まれているのである。それが、“Police at the Funeral”(1931)。(かつて『手をやく捜査網』という邦題で抄訳が出たことがあるらしい。) 探偵役はもちろんアルバート・キャンピオン。スタニスラス・オーツ警部が脇役を務める。

 事件は、ケンブリッジの旧家であるファラデー家のメンバーを次々と襲う謎の連続殺人。最初の犠牲者は同居の親戚アンドリューで、行方不明になったあと、頭を銃で撃たれ、手足を縛られた状態の死体となって川で発見。第二の犠牲者のジュリアは、朝飲む習慣のお茶に毒ニンジンを仕込まれて殺害。容疑者に浮上したウィリアムも何者かに襲われ、さらに、いとこのジョージも青酸を仕込まれたパイプを口にして毒殺・・・。

 ロバート・バーナードは、アガサ・クリスティを論じた“A Talent to Deceive”(邦訳『欺しの天才』秀文インターナショナル)の中でこんなことを書いている。
 「今日の作家が思いつく限りで、クリスティが用いなかったただ一つのバリエーションは、マージェリー・アリンガムの“Police at the Funeral”(1931)がベースとしているものだ。クリスティがこれを用いようとしなかったのは、模倣者よりは創造者でありたいという当然の思いからだろう。」
 さらに、「真相がそれまでの出来事の論理的で唯一可能なクライマックス」となるような「最も納得のいく探偵小説の解決」の例として、セイヤーズの『毒を食らわば』、クリスティの『五匹の子豚』と並んで挙げているのも、この作品である。
 実は同様の指摘をしているのはバーナードだけではない。ジム・ホァン編『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』(早川書房)でも、“Police at the Funeral”は「ミステリのある伝統を完全に覆した驚くべき作品」(ディーン・ジェイムズ:白須清美訳)と呼ばれている。
 クリスティすら使わなかった独創的なトリックとは、一体どんなものなのか、本格謎解きファンならば興味をくすぐられるのは当然だろう。(個人的には国産ミステリをあまり読まないので確認できていないのだが、ある日本のミステリ作家の作品に同様のプロットを用いたものがあるようだ。もちろん、先駆はアリンガムのほうだが、その日本人作家がアリンガムのこの作品を事前に知っていたかどうかは分からない。)
 今日では入手困難なかつての邦訳がどのくらいオリジナルの魅力を再現しているのかは知らないが、大戦前のケンブリッジの雰囲気や個性的な人々が揃ったファラデー家の描写も印象深い。ファラデー家の家系図や邸宅「ソクラテス・クローズ」の見取り図も載せて背景に立体感を与え、興趣を添えている。なお、ウィリアム・ファラデーは、その後の作品にも名前が出てきたり、登場したりしている。
 アリンガムには、ほかにも、クイーンやクリスティが用いたトリックの先駆とされる(ジョン・カランも『アガサ・クリスティーの秘密ノート』[邦訳:早川文庫]で指摘している)“The White Cottage Mystery”(1928)や、ちょっとしたトリックが面白い“The Case of the Late Pig”(1937)のような佳作もあるが、残念ながら、いずれも翻訳は出ていない。これまで光の当たらなかった、アリンガムの謎解き作家としての力量を示す作品が紹介されることを期待したいものである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

マージェリー・アリンガムのベスト長編は?

 アリンガムはお気に入りの作家なのだけれど、バラエティに富んだ作品を書く人だけに、人によって評価が随分異なるのに驚かされることがある。我が国でも翻訳・紹介が進んだことだし、この機会に、読書ガイドも兼ねて海外の批評家たちが推す彼女の長編が何かを紹介してみたいと思う。

 アート・ブアゴウ(“The Mystery Lover’s Companion”)は、『霧の中の虎』(1952)に最高評価(真の古典)の短剣5本を与え、「キャンピオン最高の冒険」と称賛している。次いで、“The Crime at Black Dudley”(1929)、『甘美なる危険』(1933)、『判事への花束』(1936)、“More Work for the Undertaker”(1949)に短剣4本(傑作)を与えている。
 メルヴィン・バーンズ(“Murder in Print”)は、『幽霊の死』(1934)、『クロエへの挽歌』(1937)、『霧の中の虎』を挙げ、なかでも『霧の中の虎』をベストに推している。
 スーザン・オレクシウ(“A Reader’s Guide to the Classic British Mystery”)は、「ジャンルの古典100選」に非シリーズ物の“Black Plumes”(1940)を選んでいる。
 H・R・F・キーティング編“Whodunit?”では、“More Work for the Undertaker”、『霧の中の虎』、“The Beckoning Lady”(1955)が取り上げられ、特に『霧の中の虎』に高い点数が与えられている。
 キーティング自身は、『海外ミステリ名作100選』(邦訳は早川書房)で、“More Work for the Undertaker”と『霧の中の虎』を選んでいる。
 もう一方の英国人批評家の雄、ジュリアン・シモンズ(“Bloody Murder”)も、『霧の中の虎』を「彼女の全作品中のベスト」と呼んでいる。
 ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”では、トマス・ベアドが『幽霊の死』、『反逆者の財布』(1941)を挙げ、『幽霊の死』のほうに高評価のアスタリスクを付けている。
 ブルース・F・マーフィー(“The Encyclopedia of Murder and Mystery”)は、『幽霊の死』、『霧の中の虎』、“The Case of the Late Pig”(1937)を個別項目として取り上げ、なかでも『霧の中の虎』を「アリンガムのベスト・ミステリ」としている。
 ジム・ホァン編『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』(邦訳は早川書房)でも、『霧の中の虎』が選ばれている。
 CWA会員によるアンケート結果に基づくベスト100を挙げた“Hatchards Crime Companion”では、『霧の中の虎』が26位に選ばれ、人気女性作家ベスト20では6位、人気男性探偵ベスト15でもアルバート・キャンピオンが5位に位置づけていて、イギリスでの人気ぶりがうかがえる。
 “Campion's Career”の著者であり、“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でアリンガムの項目を執筆しているバリー・A・パイクは、パースナル・チョイス(“Detective Fiction: The Collector’s Guide”)として、“More Work for the Undertaker”を挙げている。“Detective Fiction: The Collector’s Guide”の共著者ジョン・クーパーのほうは、『幽霊の死』を挙げている。
 ジャック・バーザンとW・H・テイラー(“A Catalogue of Crime”)は、『屍衣の流行』を「マージェリーの傑作」とし、『クロエへの挽歌』を「僅差で二番目の傑作」としているが、ベスト50には後者のほうを選んでいる。
 アリンガム・ファンを自認するロバート・バーナードは、‘The English Detective Story’(キーティング編“Whodunit?”収録)で、“More Work for the Undertaker”、『霧の中の虎』、“Police at the Funeral”(1932)、『殺人者の街角』(1958)、『陶人形の幻影』(1962)を挙げている。
 以前紹介したように、バーナードは“A Talent to Deceive”(邦訳『欺しの天才』)では、謎解き小説の意義を評価する視点で論じていたためか、“Police at the Funeral”を推していたが、“The Armchair Detective: A Book of List”では、“More Work for the Undertaker”をベスト・テンの一つに選んでいる。『欺しの天才』では、同作について、話題にしても「誰が殺人者だったか忘れてしまっている」、「設定が特殊でありすぎ、登場人物たち特有の変人ぶりに執着しすぎたために普遍性を失っている」と批判的に論じていたことを考えると、どうやらこの人、視点によって評価が変わるようだ。
 面白いのは、バーナードは、『欺しの天才』では『屍衣の流行』を「思わせぶりでもったいぶった作品」、‘The English Detective Story’では『クロエへの挽歌』を「アリンガムの最も退屈な作品の一つ」とこき下ろし、バーザンとテイラーとはまるで正反対の評価を示していること。これも人の見方は千差万別という好例といえる。(個人的にはバーナードの選択と評価が一番自分に近いと感じる。)
 “The Armchair Detective: A Book of List”では、ほかに、マイケル・ギルバートが『屍衣の流行』を、シャーロット・マクラウドとサラ・パレツキーが“More Work for the Undertaker”をベスト・テンの一つに選んでいる。なお、パレツキーはアリンガム生誕100周年記念として出版された“Margery Allingham: 100 Years of A Great Mystery Writer”に序文を寄せている。
 こうして見ると、一般的にポピュラーなのはスリラー系の『霧の中の虎』だが、B・A・パイク、ロバート・バーナード、サラ・パレツキーのような筋金入りのファンは、個性的な登場人物たちの造形と描写で際立つ“More Work for the Undertaker”を選ぶ傾向があるようだ。
 なお、夫のフィリップ・ヤングマン・カーターによれば(“The Allingham Case-Book”序文)、アリンガム自身のお気に入りは“The Beckoning Lady”だったようである。キャンピオン夫妻の息子ルパートの成長ぶりが楽しめる作品で、これも紹介が期待されるところ。

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マージェリー・アリンガム ‘Meet Albert Campion’

 知人からの情報によれば、創元文庫から『キャンピオン氏の事件簿』が刊行予定だという。創元のメールマガジンにはそんなこと何も書いてなかったのだが、本当なら嬉しいニュースだ。(追記:新たに届いたメルマガの近刊案内によれば、『窓辺の老人』(The Case of the Old Man in the Window and other stories)という、オリジナル短編集とのこと。著者エッセイも収録とあるから、‘My Friend Mr. Campion’あたりが収録されるのかもしれない。)
 BBCラジオで放送された“Meet the Detective”というシリーズ企画については、以前ご紹介したし、その中の「フレンチ首席警部ご紹介」も当ブログに掲載した。ある人がこのシリーズについてBBCに直接照会するなどして、セイヤーズが参加を断ったとか、音源はもうBBCには残っていないということまで突き止めたようだ。
 しかも、どうやら1935年に単行本化された際に収録されなかった幻の記録もあるようなのだ。例えば、ジョン・ロードの‘Meet Dr. Priestley’もあったらしいのだが、放送の記録があるだけで中身は不明。音源が残っていないとなると、あとは、著者自身の遺稿の中に原稿が残っているのを期待するほかない。
 アリンガムにも‘Meet Albert Campion’があるのだが、これは幸いにも、マージェリー・アリンガム協会が2000年にアルバート・キャンピオン生誕100年記念として刊行した“The Albert Memorial”に収録されている。(『甘美なる危険』にも載っているように、キャンピオンは1900年5月20日生まれなのだ。)おそらく原稿が残っていたのだろう。J・E・モーパーゴー編“The Return of Mr. Campion”(1989)収録の‘My Friend Mr. Campion’はこれに手を入れたもので、内容的にはほぼ同じだが、‘Meet Albert Campion’のほうがオリジナルのテキストのようだ。
 「アルバート・キャンピオン」というのが偽名で、その出自についても謎に包まれていることはファンの間ではよく知られている。初登場作の“The Crime at Black Dudley”(1929)では、第10章で貴族の家の出であることが明かされ、第24章では、同作で主役を務めるジョージ・アバーショウから正体を聞かれ、「僕の母が誰か知ってるかい?」とアバーショウに秘密を耳打ちして驚かせるが、それ以上の情報は明らかにされない。次作『ミステリー・マイル』(1930)では、正体を知る敵から「ルドルフ・K――」という名前で呼ばれ、本名の一端が明かされる。“Police at the Funeral”(1931)では、父方の祖母のエミリーが貴族の未亡人とされているし、やはりキャンピオンの正体を知るファラデー夫人から「ルドルフ」と呼ばれている。『屍衣の流行』(1938)でも、姉のヴァルをはじめ、手がかりがいろいろ出てくるが、やはりはっきりしたことは分からない。
 ロジャー・ジョンスンが、上記“The Albert Memorial”に収録された‘Oh! K-! Thoughts on Mr. Campion and His Family’で、各作品に出てくる手がかりを詳細に跡づけ、キャンピオンは子爵(Viscount)の家の出だとして、詳細な家系図まで載せているが、このように、キャンピオンの正体はそれだけで立派な研究のテーマになってしまうほどなのだ。
 もっとも、アリンガム自身は、‘Meet Albert Campion’の中で、「彼が何者で、本名を何というかは、勝手に打ち明けるわけにいかないというだけでなく、私もそもそも知らないのだ」とあっさり認めている。「私は彼が好きだし、自分は彼の親友だと思っているけれど、私にとっても彼はいまだに謎なのだ。」
 アリンガムは、このエッセイの中で、1927年初めから取り組んだ“The Crime at Black Dudley”執筆の経緯を明らかにしながら、キャンピオンというキャラクターを造形していった過程について語っている。その後、『ミステリー・マイル』、“Look to the Lady”(1931)、“Police at the Funeral”、『甘美なる危険』(1933)、『幽霊の死』(1934)と続く彼の冒険譚を紹介していくが、キャンピオンが本格的な謎解きに取り組むのは、ようやく5作目の“Police at the Funeral”になってからであり、それ以前の作品はいずれもスリラー小説か冒険小説と呼ぶべきものだった。アリンガムは、同作を執筆するまでは、キャンピオンに殺人の謎解きをさせようとは思っていなかったし、その役割はスコットランド・ヤードのスタニスラス・オーツ警部にさせるつもりだったと打ち明け、キャンピオンが「窮地や恐るべき敵の手から脱する生来の能力を持つだけでなく、まぎれもない観察や推理の能力を発揮する頭脳を持っていると知って嬉しく思ったし、驚きもした」と述べている。
 “Meet the Detective”のシリーズの放送は1935年のことであり、アリンガムはこのエッセイの中で、その時点で『判事への花束』(1936)の執筆に勤しんでいることに言及している。アリンガムは、最後に再び、キャンピオンの本名も家柄も知らないと繰り返しつつも、彼は軽率に口を滑らすこともあるから、と含みを持たせながらこのエッセイを締めくくっている。

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Author:S・フチガミ
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