生みの親が寄せた探偵たちの略歴 “Sleuths”

 ケネス・マクゴワン編のアンソロジー“Sleuths”(1931)は、著名な探偵たちが活躍する23の短編を収録したアンソロジーである。と言えば、ごく当たり前のアンソロジーでしかないように聞こえるが、実は、この本には特別なボーナスが付いている。
 マクゴワンは、このアンソロジーのために、現役の作者たちに対し、それぞれの探偵の略歴の提出を依頼し、回答を得たものについては、各短編の冒頭に掲載したのだ。
 作家自身が寄せた略歴が掲げられているのは、マーティン・ヒューイット(作者:アーサー・モリスン)、クレイグ・ケネディ(アーサー・B・リーヴ)、ソーンダイク博士(オースティン・フリーマン)、アストロ(ジェレット・バージェス)、フィリップ・トレント(E・C・ベントリー)、マックス・カラドス(アーネスト・ブラマ)、フォーチュン氏(H・C・ベイリー)、ジム・ハンヴィ(オクタヴァス・ロイ・コーエン)、ウィルスン警視(コール夫妻)、ピーター・ウィムジイ卿(ドロシー・セイヤーズ)、ポジオリ教授(T・S・ストリブリング)の11人。
 11人にとどまっているのは、ポーのように既に物故していた作家はもちろん、現役の作家でも回答を得られない場合が多かったからのようだ。ポアロの具象化を嫌ったクリスティもやはり回答を寄せていない。回答がない場合には、編者が登場作品のデータなどを元に自ら略歴を作成して掲載していて、これもなかなかよく調べてあるのがうかがえる。
 意味深なのはブラウン神父で、編者は、過去も出自も含めてすべてが謎だとした上で、「チェスタトン氏は、ブラウン神父を謎のままにしておくことを望んでいる」と言及し、いかなる略歴も記さないことが作者自身の希望であることを明らかにしている。
 作家自身が作成した略歴には、実際の登場作品では得られない情報も豊富に載せられているのが興味深い。
 例えば、ソーンダイク博士については、生年月日が1870年7月4日、最初の事件は1897年のガマー事件とされているが、登場作品のどこを見てもこんな情報は出てこない。「生者および死者の人的特性を識別する方法」という研究論文があることも記されている。
 フィリップ・トレントも、フィリップ・マーシャム・トレントとフル・ネームが載っている。1881年4月11日生、出生地はシチリア島のタオルミーナ。画家だったという父親の名前も出ている。『トレント最後の事件』で結ばれた夫人との間には二男一女があったようだ。学歴や探偵としての経歴も詳しく記されていて、最初の事件はゲンメル列車殺人事件なのだそうな。どんな事件だったのか興味津々。
 『カリブ諸島の手がかり』でおなじみのヘンリー・ポジオリ教授の略歴は、1888年、ボストン生まれとされ、これも両親の名前、学歴や経歴などが詳細に記されたあと、最後に、「トリニダードにおいて、ヒンドゥー教徒、ブードマン・ラールの妻殺害の容疑で誤って有罪判決を受け、1929年1月20日、絞首刑」と結ばれている。
 ストリブリングの書誌を確認すると、この事件の記録が発表されたのは1926年なのだが、事件はそれよりあとに起きたことになる。その後の活躍とも併せて、ポジオリ教授の経歴は実にミステリアスなのだが、この略歴を見ると、さらに困惑させられる。まるで異次元ワールドに属するみたいな、本当に不思議な探偵だ。
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作者による探偵たちの紹介 “Meet the Detective”

 マクゴワン編“Sleuths”は、アンソロジー収録作品への導入を目的とした探偵たちの略歴紹介だったが、“Meet the Detective”(1935)は、名探偵が創造されるに至った経緯、その魅力や特徴などを作家自身が紹介するという趣向の本である。
 もともとBBCラジオで放送されたシリーズ企画をテープ起こししたものであり、時にはラジオならではの面白い趣向も取り入れられている。(ある人が調べたところによると、セイヤーズもBBCから参加を呼びかけられたが、断ったらしい。)
 収録作品を列記すれば以下のとおり。(章題のオリジナルは、‘Meet Bull-dog Drummond’という具合に、いずれも‘Meet ○○○’で統一されている。)

 はじめに  セシル・マッデン
 1.ブルドッグ・ドラモンド      「サッパー」
 2.アノー               A・E・W・メイスン
 3.フー・マンチュー博士      サックス・ローマー
 4.紅はこべ             バロネス・オルツィ
 5.ガン・コットン           ルパート・グレイスン
 6.タイガー・スタンディッシュ   シドニー・ホーラー
 7.ウェルズ博士           フランシス・D・グリアスン
 8.フレンチ首席警部        フリーマン・ウィルズ・クロフツ
 9.フォーチュン氏          H・C・ベイリー
 10.トレント              E・C・ベントリー
 11.フィニアス・スピネット      アンドリュー・スーター
 12.ウィルスン警視          G・D・H&M・I・コール
 13.ソーンダイク博士        R・オースティン・フリーマン
 14.ザ・セイント            レスリー・チャータリス
 15.ユースタス・ヘイリー博士    アンソニー・ウィン


 今こうして見ると、既にほとんど忘れ去られた探偵(作家)も少なくない。オルツィは、隅の老人でもレディ・モリーでもなく、より有名な冒険小説の主人公のほうが取り上げられている。
 マッデンの前書きでは、偉大なシャーロック・ホームズを加えなくては完全なものにならないとして、ホームズ誕生のエピソードを語るドイルの残した録音も掘り起こして紹介されている。
 ドイルは、恩師ベル博士やポーの影響を受けてホームズを創造したという、よく知られた話に触れた上で、彼を実在すると信じた世界中の人びとからたくさんの手紙を受け取り、中には結婚の申し込みすらあったというエピソードを紹介している。
 生真面目な紹介が多い中で、フレンチ警部の章は、作者のサービス精神とユーモアが溢れていて面白い。
 クロフツは、ホームズを受け継いだような知的で個性的な探偵は既にたくさんいるし、そんな人物を一貫した存在として描くのは困難だという理由から、敢えてフレンチを平凡で退屈な人物に創造したと語っている。
 クロフツは、「彼本人をマイクの前に連れてくるほうが皆さんに理解してもらいやすいだろう」と語り、ラジオというメディアを活かして、フレンチ本人をスタジオに呼んで語らせるという趣向を取り入れている。初めのほうではフレンチを隣の部屋に待たせておいてクロフツ一人が語り、途中からフレンチをスタジオに招き入れて、二人でトークするという展開になる。フレンチは、クロフツから、君の最悪の5分間について語ってくれと求められ、『英仏海峡の謎』であやうく殺されそうになったエピソードを語る。
 なお、フリーマンによるソーンダイク博士の章は、パシフィカから出ていた『名探偵読本5 シャーロック・ホームズのライヴァルたち』に「ソーンダイク博士をご紹介」という題で邦訳が掲載されている。
 いかにも黄金時代にふさわしい遊び心と趣向を感じさせる企画であり、古き良き時代へのノスタルジーを感じさせるだけでなく、今読んでもけして古臭くない面白さを保っている。

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作家たちの未解決事件への挑戦 “Great Unsolved Crimes”

 ディテクション・クラブによる犯罪実話を紹介した機会に、もう一つの犯罪実話集にも触れておきたい。
 “The Anatomy of Murder”が出る前年に、“Great Unsolved Crimes”(1935)という未解決事件の実話集が英ハッチンスン社から出ている。前者に比べると各篇は短めで、全42篇が収録されている。それぞれ異なる執筆者が寄稿しているが、元警視もいれば、著名な推理小説作家も多数含まれている。
 ドロシー・セイヤーズは‘The Murder of Julia Wallace’を寄稿しているが、これは“The Anatomy of Murder”に収録されたものの初稿に当たり、それよりずっと簡潔だが、こちらにはウォーレス夫妻の写真が掲載されている。
 これだけでなく、全篇にわたって写真が加えられていて、オースティン・フリーマンの‘The Peasenhall Mystery’にも、のちに“The Dead Hand and Other Uncollected Stories” (1999)に収録された際には省かれた写真が3枚載っている。
 ほかに、執筆者の中でも有名どころを挙げていけば、フランシス・アイルズの‘Was Crippen a Murderer?’、ベロック・ローンズの‘Who Poisoned Charles Bravo?’、テニスン・ジェスの‘The Trial of Madeleine Smith’、J・S・フレッチャーの‘The Maybrick Poison Trial’、アントニイ・バークリーの‘Who Killed Madame “X”?’、ミルワード・ケネディの‘The Camden Town Murder’、フリーマン・ウィルズ・クロフツの‘The Gorse Hall Mystery’、ヘンリー・ウェイドの‘The Merstham Tunnel Mystery’、マーガレット・コールの‘The Trial of Oscar Slater’が含まれている。
 バークリーが筆名を使い分けて2篇も寄稿しているのはご愛嬌か。各篇は短いながらも、それぞれの作家が事件の概要を説明したあと、自分なりの解決案の推理を披露しているのが興味深い。

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著者の署名にもいろいろ

 著者の署名入り本を幾つか紹介してきたけれど、同じ著者の署名入り本でも、書き込まれるにはいろいろな経緯がある。
 エラリー・クイーンは、編集者・アンソロジストの立場で出版に自ら携わっていたこともあり、通し番号の付いた記念出版本などに署名をする機会が多かったようだ。このため、意外とクイーンの署名入り本は市場によく出回っているのを見る。
 いわば、1番から○○○番まで番号の付いた本の扉などに、はい次、はい次、という感じで署名をしていった本というわけだ。以前紹介したバーザンとテイラーの“A Book of Prefaces”も同じ種類ということにになろう。
 以下は、エラリー・クイーンの“The Detective Short Story: A Bibliography”に書き込まれた署名。

エラリー・クイーン


 次は、ロス・マクドナルドの“A Collection of Reviews”に書き込まれた署名。

ロス・マクドナルド


 これらはいずれも通し番号がついている。こうした署名入り本は、数が多いのもさることながら、相手が誰かを考えずに、いわば商業的な意図で署名したものだからか、さほど値打ち物とは見なされない傾向があるようだ。

 これに比べると、友人など特別な相手に対して、その本を贈呈したり、あるいは求められて署名したりした本は、希少価値があるといえる。特別な献辞などが書き込まれていると、まさに唯一無二の本ということになろうか。なかには、以前紹介したヘレン・マクロイがアルフレッド・アイゼンスタットへの献辞を書き込んだ本のように、その本の成立の経緯に触れているようなものもある。
 以下は、スタンリイ・エリンが“The Specialty of the House and Other Stories”に書き込んだ献辞。

スタンリイ・エリン


 次は、ジョン・ディクスン・カーが『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』にクリスマスの贈呈本として書き込んだ献辞。

ディクスン・カー


 自分の私蔵本に書き込んだ署名も時にはある。この場合は、単に署名だけだったり、場所や日付が付記されているような簡潔なものが多いようだ。以前紹介したマクドネル・ボドキンの“Paul Beck The Rule of Thumb Detective”もこれに当たる。
 以下は、エドマンド・クリスピンが『永久の別れのために』のペーパーバック版に書き込んだ署名。チェルトナムという地名と年が書き添えてある。

エドマンド・クリスピン

 
 署名入り本に特別こだわりがあるわけでも、集めているわけでもないのだけれど、たまたま廉価で市場に出ていると、つい買ってしまうことがある。手元にあるものの大半はそうやって入手したものなのだが、それでも、そこに添えられたメッセージから、時として、著者の肉声が聞こえてきそうな親しみを感じるのも事実である。

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脇道雑話 英語と米語のとんちんかん

 このブログの中身が「濃い」というご意見をいただき(もちろん誉めていただいたのだろうけれど、実は自分ではそんなつもりないんです)、イメージ払拭というのでもありませんが、脇道にそれてちょっと軽めのお話をしてみたいと思います。
 「刑事コロンボ」のピーター・フォークが亡くなりましたが、私も子どもの頃にテレビで感動したシリーズでした。新シリーズも含めたブルーレイが出るとのことで、これはもう即買いですね。
 そのコロンボが視察でロンドンを訪れるという設定の作品が「ロンドンの傘」。コロンボがおのぼりさん丸出しでバッキンガム宮殿やタワーブリッジを観て回るシーンは、私も改めて観て懐かしく思いました。
 面白いのは、英米の言葉や習慣の違いがあちこちで出てくること。コロンボ自身もパリならぬ「ロンドンのアメリカ人」という立場で微妙な戸惑いを示すシーンがけっこう出てきます。
 コロンボの肩書は‘lieutenant’で、正確には警部補ですが、アメリカ英語では「ルーテナント」のように発音します。ところが、イギリスでの発音は「レフテナント」。陸軍の階級では中尉を意味しますが、映画「アラビアのロレンス」でも、ピーター・オトゥール演じるロレンス中尉は「レフテナント・ロレンス」と呼ばれていました。カナダも基本的な発音はアメリカ式なのですが、英連邦に属していて、名誉職で任命される副総督(lieutenant governor)は「レフテナント・ガヴァナー」と発音していましたね。
 なので、コロンボが空港に到着すると、出迎えたスコットランド・ヤードの職員はいきなり「レフテナント」と呼びかけ、コロンボはその後もずっと「レフテナント」と呼ばれ続けます。
 被害者の邸を訪れると、土地の警官がすでに来ていて、これがコックニー訛り丸出しでしゃべるもんだから、コロンボは理解できず、同行の首席警視に「何て言ってるの?」とたずねるシーンも笑えます。
 コロンボが犯人を相手に車に雨の降った痕が残っているのを説明すると、「‘hood’に雨?」と不思議がられ、「ああ、ボンネット(bonnets)ね」と気づくシーンも絶妙でした。クラブハウスでコロンボが戸惑うシーンも含め、ほかにもいろいろあるのですが、あとはぜひ直接観てほしいと思います。ただ、残念なことに(というより無理か)、吹き替えにはこうした微妙なニュアンスの違いは活かされていないので要注意。

 コロンボはともかくとして、そもそも、ミステリというジャンル自体が英米では表現が異なります。書店に推理小説を探しに行けば、アメリカの本屋なら‘Mystery’という書棚にありますが、イギリスなら‘Crime’という書棚。イギリスでは‘crime fiction’という言い方のほうが普通で、その違いはそれぞれの推理小説作家協会の名称にも表れていますね(アメリカは‘Mystery Writers of America’、イギリスは‘Crime Writers’ Association’)。
 ジョセフィン・テイの『列のなかの男』は、原題は“The Man in the Queue”ですが、チケット購入などで並ぶ列のことを‘queue’というのは、まさにイギリス式で、アメリカなら‘line’。‘Follow the queue!’(列に並んでください)と言われて戸惑った私の知り合いのアメリカ人は、「あれはunusualな言葉だ」と言っていました。
 クリスティの『忘られぬ死』の原題“Sparkling Cyanide”も、北米の人にはピンとこないはず。イギリスでコンビニに行けば、炭酸は‘sparkling’、非炭酸は‘still’と表示されている飲み物が並んでいますが、北米の人に「‘still’はイギリスで非炭酸飲料(non-carbonated)のこと」と説明すると驚く人が少なくありません。イギリスでしか通用しそうにないタイトルの作品は、米版ではたいてい別題が付けられていますね。
 トイレも、北米では‘restroom’か‘washroom’ですが、イギリスなら‘toilet’か‘lavatory’。「使用中」の表示も、北米なら‘occupied’ですが、イギリスでは‘engaged’。知り合いのカナダ人女性はイギリス旅行の際に、(あたし、こんなところでengageしないわ・・・)と思ったそうな。紳士用を意味する‘gent’という略語もイギリスならではですね。(いつの間にかトイレの話になってしまった・・・)。
 警察の階級の違いも紛らわしく、‘inspector’はイギリスでは警部ですが、アメリカなら警視。アメリカの警部は‘captain’で、イギリスの警視は‘superintendent’。クイーンの親父とロデリック・アレンは、名称は違っても同じ警視というわけで、私自身、引用などの際にこれらの肩書をうっかり間違えそうになることしばしばです。(『クイーン警視自身の事件』がポケミスでは『クイーン警部自身の事件』となっていたのも、案外この手の混同なのかも。)
 時には、こうした英米の表現の違いをプロットの中に巧みに活かした作品もあります。ご存知の方も多いと思いますが、アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』。映画でもうまく活用されていましたね。ただ、これも日本語訳としてはなかなか活かしにくいのが難点です。
 イギリスの女性に電話がかかり、交換手から‘There is a long distance from the United States.’と言われて、「当たり前じゃないの」と切ってしまう笑い話がありますが、イギリス人にとっては、そんな話を通じてなじみのある英米語の違いのひとつだったのかも(イギリスでも‘trunk call’という言い方はすたれつつあるようですが)。それをプロットに織り込む巧みさには、さすがミステリの女王と思うじゃないですか。

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