言外に込められた作者の工夫 クレイトン・ロースン『帽子から飛び出した死』ほか

 ミステリの仕掛けは、作家がペンやタイプライターで記した本文の中にのみあるとは限らない。挿入されたイラストや写真などはもちろん、装丁やダスト・ジャケットにまで作者の意図が込められている場合がある。
 コレクターの中にはジャケットを珍重する人がいて、ジョン・クーパーとB・A・パイクの“Artists in Crime”(1995)のように、集めたジャケットの写真を紹介するリファレンス・ブックまで世に出している例もある。
 このあたりになると個人的な趣味の領域になるので、善し悪しをとやかく言うのは憚られるが、実際に眺めてみると、こうしたジャケットのデザインは、断末魔の苦悶に顔をゆがめる被害者、血を流して横たわる死体、色っぽい目つきをしたグラマーな女性・・・などなどと、扇情的で俗悪なものも少なくないと感じる。時には作家自身もそんなデザインを嫌っている場合もある。
 しかし、中には、作家自身が肝いりで装丁やジャケットを考案し、本全体が一体となって作者の意図を表している作品もある。そこには、作品に対する作家の思い入れが感じられるだけでなく、内容の理解を促すための工夫が施されていたりもする。
 例を挙げれば、オースティン・フリーマンの“Mr. Polton Explains”(1940)。その英初版のジャケットには、作品に登場するポルトン氏の時計をフリーマン自身が描いたイラストが使われている。


ポルトン氏の時計


 また、“The Eye of Osiris”(1911)の英初版には2種類あることが知られていて、150部限定の特別な版の装丁には、フリーマン自身が大英博物館で描いた水彩画をベースに、表部分にはオシリスの眼、背部分には円柱のデザインが描かれている。(表部分は、このブログの「フリーマンのベスト長編」という記事にアップしてある。ここでは背部分をアップ。)


オシリスの眼


 中でも凝っているのは、クレイトン・ロースンの『帽子から飛び出した死』。
 米パットナム社の初版(1938)には、シルクハット、マジック用ステッキ、頭がい骨を組み合わせたシンボルが、ジャケットには写真、装丁にはイラストとして使われている。この写真とイラストはロースン自身が作成したもので、ジャケットの左隅には署名も添えられている。これは、その後の長編の初版にも使われていて、マーリニ物のシンボル・マークとなっている。(ここでは装丁のイラストをアップ。)


ロースンのシンボル



 さらに(文庫で出ている邦訳には残念ながら載っていないが)、冒頭に、サバット博士殺害のアパートの現場写真、第9章の前に、サーガットの木版刷りのイラスト、第14章に、デュヴァロ殺害のアパートの現場写真が挿入されている。


サバット現場


サーガット


デュヴァロ現場



 これらの写真は謎解きの手がかりとしても重要であり、作者が苦心して作成し、作品に立体感を与えるために加えた資料を、その後の版や翻訳が取り入れていないのは残念なことだ。
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クレイトン・ロースン “The Great Merlini”

 クレイトン・ロースンの“The Great Merlini”(1979)は、マジシャン探偵グレート・マーリニの登場する全短編を収録した短編集。(以下のとおり、雑誌掲載も含めれば全て邦訳があるようだ。ミステリマガジン97年11月号の掲載作品総目録等を参照。)
 なお、カナダのバタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスから2004年に出た“The Magical Mysteries of Don Diavolo”(スチュアート・タウン名義の全作品を収録)と合わせれば、ロースンの短編ミステリはほぼ全て単行本で読むことができる。(但し、こちらは『虚空から現れた死』(原書房刊)の収録作など、一部しか翻訳・紹介されていない。)

 “The Great Merlini”の収録作は以下のとおり。

 Introduction   エリナー・サリヴァン
 The Clue of the Tattooed Man      入れ墨の男と折れた脚(『名探偵登場5』早川書房)
 The Clue of the Broken Legs         〃
 The Clue of the Missing Motive     動機なき殺人(ミステリマガジン96年12月号)
 From Another World            この世の外から(『密室大集合』早川書房ほか)
 Off the Face of the Earth         天外消失(『天外消失』早川書房)
 Merlini and the Lie Detector       マーリニと嘘発見器(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン60年6月号)
 Merlini and the Vanished Diamonds  消えたダイヤモンド(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン60年7月号)
 Merlini and the Sound Effects Murder 音響効果殺人事件(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン60年8月号)
 Nothing is Impossible           世に不可能事なし(『密室殺人傑作選』早川書房)
 Miracles-All in the Day’s Work     奇蹟なんぞはいつでも起る(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン59年7月号)
 Merlini and the Photographic Clues  マーリニと写真の謎(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン69年11月号)
 The World’s Smallest Locked Room  世界最小の密室(エラリイ・クイーンズ・ミステリマガジン71年11月号)

 ほとんどはショート・ショート・サイズの作品で、プロットも小ネタの域にとどまっているものが多い。「世に不可能事なし」のトリックなどは、子どもの頃に読んだ雑誌付録の類にも出てきたが、今にして思えば、まさに子供だましの遊びネタみたいなものだ。
 だが、「この世の外から」と「天外消失」の二篇は質・量ともに抜きん出ていて、いずれもマジシャンらしいミスディレクションを見事に活用した佳品。序文を書いている、当時のEQMM編集者エリナー・サリヴァンも、この二作をベストに推している。
 ロースンは1963年以来、EQMMの編集者を務め、サリヴァンは1970年にその後任として仕事を引き継いだ。サリヴァンは序文の中で、ロースンの人柄や引き継ぎの指導を受けた際のユーモア溢れるエピソードを紹介している。
 サリヴァンはさらに、遺作「世界最小の密室」がEQMM1971年8月号に掲載された際にフレデリック・ダネイが付した紹介文に触れ、ダネイは、もしマーリニ物の短編集が出たら、「文句なしに『クイーンの定員』に選ばれることになる」と述べていたという。
 『クイーンの定員』は1951年に初版、1969年に改訂増補版が出され、後者で新たに選ばれた最新の作品はハリー・ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』(1967)だった。結局、1982年にダネイが亡くなるまで新たな改訂版が出ることはなく、1979年刊の“The Great Merlini”は、言わば幻の「定員」となったわけである。
 ロースンとディクスン・カーが互いに不可能犯罪の解決を挑戦し合ったことはよく知られていて、内側から目張りした密室というテーマをベースに、ロースンが「この世の外から」を、カーが『爬虫類館の殺人』を書いたことも不可能犯罪ファンなら周知のこと。ロースンはマジシャンらしい心理的ミスディレクションを応用し、カーはもっと技術的な仕掛けを用いていて、どちらが優れているかは容易に甲乙付けがたいが、それぞれ両者の持ち味を表しているようで興味深い。
 この両作に比べるとあまり知られていないが、実は「天外消失」も、カーからの挑戦にロースンが応じた作品だ。カーの挑戦は、「男が普通に電話をかけるために電話ボックスに入り、消えてしまう。ボックスに事前の細工はない。この問題を解決せよ」というものだった(ダグラス・G・グリーン、ロバート・エイディ編“Death Locked In”の解説より)。同解説にもあるとおり、ロースンの解決は見事というほかない。他方、カーは同じ問題に「刑事の休日」(『ヴァンパイアの塔』創元文庫収録)で取り組んだようだが、こちらは明らかにロースンのほうに軍配が上がりそうだ。(グリーンの『奇蹟を解く男』によれば、カー自身もこの作品の解決には不満だったようだ。)
 かつては入手困難だった「天外消失」も今では単行本で読めるようになったが、個人的に一番のお気に入りは長編“The Headless Lady”(1940)。かつて『首のない女』という邦訳があったそうだが、こちらも埋もれさせておくには惜しい佳作である。


The Great Merlini

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脱線の余談――クレイトン・ロースンと『オリエント急行の殺人』

 前回の記事でリチャード・ダルビーによるクリスティの書誌研究について触れたが、‘Agatha Christie’s Hercule Poirot’にはもう一つ興味を引く情報がある。それは米版の『オリエント急行の殺人』。
 英版の原題は“The Murder on the Orient Express”であり、邦題もこれに基づいているが、ドッド・ミード社から刊行された米初版は、“The Murder in the Calais Coach”となっていた。これには、二年前に出版されたグレアム・グリーンの(同じくオリエント急行を舞台とした)『スタンブール特急』(Stamboul Train)と紛らわしいために改題されたという事情があるらしい。
 この米初版のダスト・ジャケットのデザインを手がけているのは、なんと、アメリカのミステリ作家で、マジシャンとしても知られるクレイトン・ロースン。言わずと知れた、『帽子から飛び出した死』や『首のない女』、「天外消失」などの作者である。
 ダスト・ジャケットのファクシミリを販売しているサイトがあるので、ネット上でも、このジャケットがどんなものだったかは参照できる。よく見ると、左上に、小さいながらも、ロースンの署名があることも分かるだろう。
 『オリエント急行の殺人』は1934年の刊行、そして、ロースンのデビュー作『帽子から飛び出した死』は1938年の刊行なので、この頃、ロースンはミステリの分野ではまだ知られていなかった。
 マイケル・カニックの“Clayton Rawson: Magic and Mystery”(1999)によれば、ロースンはもともとアートを学び、初期の頃は、イラストレーターやアート・ディレクターとして、広告やカタログなどのデザインも手がけたという。同書でも、ロースンが『オリエント急行』米版のデザインを手がけたことが触れられている。まだミステリ作家ではなかったことを考えると、おそらくは、プロのイラストレーターとして請け負った仕事の一つだったのだろう。
 ダルビーによれば、このジャケット付きの米初版は、2000年に行われたオークションにおいて1,195ドルで落札されたとのこと。他の作品の米初版と比べても破格のお値段だったらしい。

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