ピーター・ゴドフリー ロルフ・ル・ルーの事件簿

 ピーター・ゴドフリーが創造したロルフ・ル・ルーは、異常心理学の学位を持つ弁護士で、パイプと顎鬚がトレードマーク。ケープタウン警察のディルク・ジュベール警部補(作品によっては警部)を甥にもち、捜査に協力しながら事件を解決する。レギュラー・メンバーにはほかに、ジュベール警部補の部下、ジョンスン部長刑事がいる。

 第一短編集“Death Under the Table”(1954:S. A. Scientific Publishing Co.)の収録作は以下のとおり。

 Leopard by Night
 Time Out of Mind    「空白の時間」(EQ1998年11月号) 
 The Fifth Dimension
 And Turn the Hour   「そして、ときは変わった」(ミステリマガジン2003年6月号)
 Out of This World    「この世の外から」(ミステリマガジン1988年12月号)
 Wanton Murder

 第二短編集“The Newtonian Egg and Other Cases of Rolf le Roux”(2001:Crippen & Landru)は、再録作品を除けば、以下の作品が新たに収録されている。

 The Newtonian Egg   「ニュートンの卵」(『密室大集合』早川書房)
 Kill and Tell
 Angel of Death
 The Face of the Sphinx
 Little Fat Man
 The Flung-Back Lid
 The Perfumes of Arabia

 “Death Under the Table”は、ゴドフリーの出身国、南アフリカで出版されたという経緯もあり、入手困難になっているが(私も南アフリカの古書店から入手した。過去の取引先の中では最遠隔か)、第二短編集に「空白の時間」、‘The Fifth Dimension’、「そして、ときは変わった」が再録され、容易に読めるようになった。(「この世の外から」は、‘The Flung-Back Lid’がその改稿版であることから、重複を避けるために省かれたのだろう。‘Leopard by Night’、‘Wanton Murder’の二篇は中編サイズのため、紙幅の関係から割愛されたのかもしれない。)
 それまでは、エドワード・D・ホック編『密室大集合』やダグラス・G・グリーン&ロバート・エイディ編の密室物アンソロジー“Death Locked In”(「この世の外から」収録)などの収録作品でしか身近に読めなかったため、ゴドフリーは、エドワード・D・ホックやジョゼフ・カミングズなどと同傾向の不可能犯罪物を得意とした短編作家とみなされがちだったようだ。
 しかし、実際に読んでみると、不可能犯罪を扱っている作品は一部にすぎないし、扱っている場合でも、その手のトリックを主眼としているわけではないことにも気づく。ル・ルーが異常心理学の学位を有するという点にも表れているが、ゴドフリーが得意としたのは、むしろ、犯行の動機や人間心理の特異性を要に据えたプロットだ。(といっても、ヘレン・マクロイのように専門知識を駆使しているわけではなく、もっと常識的な次元の心理分析だが。)
 「空白の時間」は、精神障害者の心理的こだわりが手がかりになっているし、「そして、ときは変わった」は、記憶喪失のメカニズムが鍵となっている。精神病院から逃亡した爆弾魔の爆発予告を描いた‘The Fifth Dimension’は、爆弾の隠し場所の面白さよりも、犯人の異常心理の解明から隠し場所が明らかになるプロセスが主眼だし、「ニュートンの卵」にしても、毒殺のトリックではなく、殺人の動機とその解明こそが大団円をなしている。
 ある作家の推理小説のプロットどおりに殺人が起こる‘Kill and Tell’は、某有名作品のフーダニットのプロットを再利用しているが、ここでも主眼は動機の解明にあるし、ドックで殺された警官の謎を描く‘Angel of Death’はクロスワードパズルからの連想に犯人の手がかりを設定し、猛犬を連れた黒人による連続襲撃事件が起きる‘The Face of the Sphinx’では、複数人の証言の一致にひそむ心理的不自然さを捉えている。
 アパルトヘイト時代の南アフリカが舞台となっているが、豹に襲われて殺された男の謎をめぐる‘Leopard by Night’などで描かれるケープタウンの土地柄や、‘oom’(叔父)、‘skolly’(黒人の暴漢)などの南アフリカ特有の語彙や表現に興味を惹かれることはあっても、アパルトヘイトに抗議する意図で書かれた‘The Face of the Sphinx’を除けば、人種差別や政治問題が前面に出ることはほとんどない。特殊な背景に制約されることなく、純粋にミステリとして楽しめるところにも好感が持てる。
 作品数こそ少ないが、アメリカの青年が行く先々で謎の男につきまとわれる‘Little Fat Man’をはじめ、考え抜かれたプロットが光る良質の作品が多く、なかなかの掘り出し物のシリーズといえる。なかでも、若い女性を狙った連続殺人を描く‘Wanton Murder’は、シリーズ最大のボリュームを持ち、ル・ルーによる心理分析の鋭さと意外な犯人、サスペンスを高める演出の巧みさなど、ゴドフリーの特徴が最もよく表れた佳作だ。
 余談だが、“Death Under the Table”のダスト・ジャケットの裏面にはゴドフリーの写真が載っていて、髭こそないものの、小太りで丸顔の紳士に、なんとなくロルフ・ル・ルーの面影を見てしまいそうになる。


Death under the Table
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ピーター・ゴドフリー ロルフ・ル・ルーの事件簿:追記

 以前書いた記事はhttp://fuhchin.blog27.fc2.com/blog-entry-90.html

 ゴドフリーのロルフ・ル・ルー物には単行本に未収録の作品が幾つか残っているようだ。エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン掲載作品で気づいた限りでは、1951年3月号収録の‘A Dagger of the Mind’と1952年4月号収録の‘Shoemaker's Last’がある。南アフリカで刊行された雑誌等にはほかにもまだ残っているものがあるかもしれない。
 上記二作はいずれもなかなかの佳作であり、クリッペン&ランドリュが“The Newtonian Egg and Other Cases of Rolf le Roux”(2001)でこの二篇を再録しなかった理由はよく分からない。
 ‘A Dagger of the Mind’は、消えた凶器の謎を扱っている。男が四階の部屋に侵入して被害者の喉を鋭利な刃物でかき切って殺害するが、第三者に見つかってしまい、外から鍵をかけられて犯行現場から逃げられなくなる。警察が来て、被害者の死体とともに犯人を確保するが、どこを探しても凶器らしきものが見つからない。犯人はほかにいるとうそぶく男の主張に、ジュベール警部は叔父のロルフ・ル・ルーに助けを求めて現場に連れてくる。凶器の隠し場所の面白さもさることながら、鋭利なナイフという、凶器に対する先入観に潜む心理的盲点をプロットに活用しているところが巧みだ。
 ‘Shoemaker's Last’は、片方だけ靴を履いていた被害者の謎を扱っている。靴屋が殺されて藪の中に遺棄されているのが発見されるが、靴屋はなぜか左足の靴だけを履いていた。履いていた左の靴がきちきちだったことから、右足の靴は自然に脱げたのではなく、犯人が持ち去ったと思われた。事故で左足を失い、松葉づえをついていた死体発見者のホームレスが容疑者に浮上するが、ル・ルーは靴の謎を手がかりに真犯人を特定する。犯人がなぜ両方の靴ではなく片方だけを持ち去ったのか、その動機の解明がプロットの要をなし、まるでエラリー・クイーンの国名シリーズを連想させるような推理が面白い。
 この二篇を合わせても、わずか15作にすぎないが、実に楽しい粒ぞろいのシリーズであり、ほかにも埋もれている作品があるのなら、ぜひ発掘して新たな短編集にまとめてほしいものだ。


EQMM1951年3月号

EQMM1952年4月号

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ピーター・ゴドフリー ‘The EQMM Mystery’

 ‘The EQMM Mystery’は、本国版EQMMの1977年2月号に掲載された短編。ノン・シリーズ物であり、おなじみのロルフ・ル・ルーもジュベール警部補も登場しない。ストーリーは一人称で、語り手が読み手に向かって語りかける体裁で進行していく。

 語り手は、連続殺人事件の顛末を語る。最初の犠牲者は、ルーシー・スミスという、6歳のダウン症の女の子。家の裏庭で一人で遊んでいる時に行方不明になり、その三日後に、農夫がウサギ狩りをしていて死体を見つける。死体には、雑草、野草などがあたかも供花のようにかけられていた。農夫は現場に手を触れずに、最寄り警察のオットー・クーガン警部に連絡する。ルーシーは、細い革紐で絞殺されていて、死亡推定時刻は失踪直後と判明する。その三日後の朝、警察本部長宛てに、紫色の鉛筆でルーシー殺害を暗示する詩の引用が書かれた手紙が届く。
 事件の5週間後、今度は、グレイニー・パートリッジという、町はずれの掘立小屋に住む90歳を優に超えた老女が同じ手法で絞殺される。クーガン警部は、パニックが起きるのを恐れて公表を伏せるが、同じく紫の色鉛筆で書かれたグレイニー殺害を暗示する詩の引用が書かれた手紙が届く。
 その18日後に、またもや手紙が届くが、引用の詩に暗示された死体は未発見だった。詩を手がかりに、海か狩りに関係のある障害者の男の捜索を行うと、スキッパーというあだ名の、両腕に錨などの航海を象徴する刺青をしたアル中の乞食が行方不明と分かる。警察は、目撃者の証言から、小溝の中に両側の土手の土をかぶせられていたスキッパーの死体を発見する。
 さらに、その15日後、公園で ガナー・サーセンという8歳の男の子と、その双子の妹が、やはり同じ手法で殺害されて発見される。彼らは、スカンジナヴィアからの移民の子で、彼らだけでかくれんぼをして遊んでいるところを襲われたのだった。
 その3週間後、クーガン警部は語り手の許を訪れる。彼の妹のローズが、一週間行方不明になっていて、語り手が電話で病院に照会をしたという情報を得たからだ。警部は、ローズを暗示する詩が書かれた手紙を見せる。警部は、州立大学の心理学教授から語り手を紹介され、専門家としての意見を聞くようにも勧められていた。ローズは、流産を繰り返したことから結婚生活が破綻し、アルコール中毒になっていたという・・・。

 ロルフ・ル・ルー物の短編でも、作者は心理学を応用したプロットを得意としていたが、本作はその特徴が最も如実に表れた作品である。作中には、ジキルとハイドへの言及や、フロイトの著書の引用をはじめ、異常心理に関する知識や関心がちりばめられ、一歩間違えると古臭いトリックの焼き直しになりかねないところを、巧緻なストーリーテリングと心理学上の知識をうまく織り交ぜることで、綱渡り的なギミックを仕掛けることに成功している。
 ル・ルー物の短編では、心理学といっても、専門的な知識というより、もっと常識的な次元の心理分析を用いている例が多かったが、本作では、心理学への関心が叙述やプロットとうまく融合して効果を上げており、マクロイの有名作を連想させるほどだ。謎解きとは次元の違う作品だが、プロットの巧みさという点では、ゴドフリーの作品の中でもピカイチの出来栄えかもしれない。


EQMM1977-2

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ピーター・ゴドフリー ‘Hail and Farewell’

 ‘Hail and Farewell’は、EQMM誌1954年11月号に掲載されたゴドフリーのノン・シリーズ物の短編。同号はコンテスト受賞作として3つの短編を掲載しており、ゴドフリーの本作はその一つ。

 バーのカウンターでカクテルを飲んでいる男の隣りに、新たに店に入ってきた女が座り、カクテルを注文する。女は、ぼんやりとグラスをくゆらせている男の腕に手を触れて注意を引き、時間を尋ねる。男は腕時計を見て6時6分前と答え、正確かどうかを問う女に、この5年間狂ったことはないと断言する。
 女は友人と待ち合わせの約束があるが、カクテルを飲むくらいの時間があるか確かめたかったのだという。女と男はさらに少しばかり会話を交わし、女は別れ際にもう一度時間を尋ね、男は6時2分前と答える。女がドアに向かって去っていくと、男は「また会えるかな?」と聞き、女はにっこり笑って「だめよ」と答え、「さよなら」と告げる。男は最後にフランス語で「さよなら(Au revoir)」と言う・・・。

 ほんの4分ほどの男女の何気ない出会いと別れを冒頭で描くのだが、続けて、女の心理描写を交えながら同じ場面を再現し、実は女が自分を捨てた男を殺してきたことが明かされる。女は、殺した男の腕時計の針を6時5分前に動かしてから壊し、アリバイ作りのために、バーでたまたま隣り合わせになった男に執拗に時間を尋ねたのだった。
 これに続けて、今度は男のほうの心理描写を交えながら、もう一度同じ場面が描かれるのだが、最後にシニカルな結末が待ち受けている、というストーリー。
 冒頭の編者解説にもあるように、「空白の時間」や「そして、ときは変わった」など、ゴドフリーには、時間という要素をプロットのかなめに用いた佳作が幾つかあるが、本作もその一つ。「その4分のなかに人生全体の歳月が凝縮しているようだ」という編者の評は本作の特徴をうまく言い表しているといえるだろう。
 ロルフ・ルルー物のような謎解きではなく、犯罪小説というべきものだが、短いながらもゴドフリーの本領が発揮された面白い作品だ。


EQMM1954-11

テーマ : ミステリ
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ピーター・ゴドフリー ‘Checkmate’

 ‘Checkmate’は、英「サスペンス」誌1960年1月号に掲載された、ゴドフリーのノン・シリーズ物の短編。

 私立探偵マイク・コルターの事務所をジーン・ハンターという娘が依頼人として訪れる。ジーンは、自分の旧友の女性が恐喝されている件を相談に来たのだ。
 その女性は、3年前、夫を残して一人旅に出た際、旅先の船上で、ある青年と道ならぬ恋におち、下船後に手紙を1通、青年宛てに書いた。その青年はのちに亡くなったが、手紙はなぜかジェイミスンというゆすり屋の手に落ち、その女性は手紙と引き換えに300ポンドを要求されていた。
 マイクは、警察に行ったほうがいいし、警察なら秘密を守るはずだと忠告するが、ジーンは、その旧友がヨハネスバーグ警察犯罪捜査課のブレンダン警部の妻であることを明かし、警察に話せばおのずと夫に知られることを説明する。
 マイクは、ジーンに高価な宝石類を持っていないか聞くと、彼女は母親の所持品だったダイヤのブローチを持っていることを明かす。マイクはそのブローチを借り受けると、偽造紙幣のプロ、リトル・ジョーに相談を持ち掛ける・・・。

 舞台がヨハネスバーグというのが南アフリカ出身のゴドフリーらしいが、ストーリーはいかにも軽妙洒脱。ちょっとした計略でゆすり屋をものの見事にはめるところは、まさにタイトル通りの「王手詰め」で、なかなか痛快だ。短い作品だけに、キャラクターを十分描き切れているわけではないが、落ち着きのあるロルフ・ル・ルーとは対照的な、ハードボルイド・タイプの探偵を主役にしているのも面白い。
 なお、同号には、シリル・ヘアーの単行本未収録短編‘Uncle John’も掲載されている。


Suspence1960-1

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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