クリフォード・ウィッティング “Measure for Murder”

 “Measure for Murder”(1941)はシリーズ・キャラクターのチャールトン警部が登場する作品。タイトルはシェークスピアの『尺には尺を』(Measure for Measure)をもじったもの。

 物語は、1940年のある朝、その日の夕方に「尺には尺を」の上演を予定していたラルバートン・リトル・シアターで、チケット売り場の机に向かって坐っている男が、背中を短剣で刺されてこと切れているのを掃除婦が発見するプロローグから始まる。
 本筋に入ると、ケント州出身の青年、ウォルター・ヴォーン・チューダーの自叙伝的な物語に移り変わる。ヴォーンは学校卒業後、父の意思に従って銀行に勤めるが、車への興味を捨てがたく、銀行を辞めて友人と自動車整備工場で働き始める。ところが、自動車事故で友人を死なせてしまい、田舎暮らしにあこがれていたヴォーンは、ラルバートンという町に移り、自ら始めた不動産業で成功し、大きな収益を上げるようになる。
 ヴォーンは同じ下宿屋に住む仲間たちとアマチュア劇団を結成し、幸運にも賃借料不要で借りることのできた古びた倉庫を改造してラルバートン・リトル・シアターという劇場を立ち上げる。最初に上演したJ・B・プリーストリーの劇はまずまずの好評を得ることができ、今度はシェークスピアの『尺には尺を』に挑むことになった。
 求人広告を見てやってきたヴォーンの旧友、ピーター・リドパスも新たに加わり、リハーサルも順調に進むが、配役をめぐって劇場の所有者が自分の縁故の娘ヒラリーにヒロイン役を譲るよう干渉してくる。受け入れなければ賃貸契約を解消すると脅されたヴォーンたちは、やむを得ずその要求を受け入れ、ヴォーンは恋人でもあるエリザベスを説得して役を降りさせる。ところが、その後、階段でつまずいたエリザベスがヒラリーを突き落とし、あやうく大けがになる事故が起きたり、エリザベスのお金が盗まれるという不審な事件が起きる・・・。

 本作はしばしばウィッティングの代表作に挙げられ、バーザンとテイラーは“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”の一つに選び、ジョン・クーパー&B・A・パイク編“Detective Fiction: The Collector’s Guide”でも、“Catt Out of the Bag”とともに著者のベストとされている。(もっとも、パースナル・チョイスでは、クーパーは“Catt Out of the Bag”を、パイクは“Midsummer Murder”を挙げているのだが。)
 ストーリーは二部構成をとり、前半はヴォーンによる日記形式の叙述で進行していくが、チャールトン警部は第一部の終わり近くになってようやく登場する。
 ストーリー構成と叙述の形式を巧みに組み合わせて、ある仕掛けを設けているのだが、この作品への高い評価は主にその点にあるようだ。確かにちょっとした面白い仕掛けではあるのだが、その点を除けば、ほかにさほど取り柄のある作品とは言えない。前半のヴォーンの叙述にしても、彼自身の自叙伝的な紹介が、中心となる事件と必ずしも直接結び付くわけでなく、さりとて、人物を魅力的に描くことに成功しているとも言えず、共感を抱くほど感情移入ができないため、せっかくの仕掛けがうまく活きてこない。
 事件そのものも、時代背景を感じさせるものではあるが、オチが謎解きとはややかけ離れた方向に行ってしまうのも拍子抜けだし、その結果、せっかく構成に工夫を凝らしながら、叙述の中に手がかりを隠す設定も効果的に活かしきれているとは言い難い。
 劇団の内幕を描くことに偏って、肝心の事件がなかなか起きない前半のもどかしさもさることながら、後半に至っても、ジョン・ロードやナイオ・マーシュのような退屈な尋問場面が延々と続くなど、展開の盛り上がりに欠けるところが作品の魅力を著しく損なっている。せっかくのアイデアが作家としての力量不足ゆえにアイデア倒れにとどまっている典型例の一つと言えるかもしれない。ウィッティングには、ほかにも巧妙なアイデアが光る作品が幾つもあるのだが、黄金時代の他の作家ほど引き立つことなく埋もれてしまったのも、原因はそんなところにありそうだ。
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クリフォード・ウィッティング “Catt Out of the Bag”

 “Catt Out of the Bag”(1939)は、シリーズ・キャラクターのチャールトン警部が登場する作品。“Detective Fiction: The Collector’s Guide”において“Measure for Murder”と並ぶウィッティングの代表作の一つとされ、同書の編者の一人、ジョン・クーパーもパースナル・チョイスに選んでいる。
 タイトルは‘let the cat out of the bag’(秘密を漏らす)という慣用句をもじったもの。

 ジョン・ラザフォードは妻モリーとともに、モリーの友人のデ・フレイン夫妻の招待を受けて、クリスマス期間をポールズフィールドの夫妻の家で過ごしていた。ジョンは内心では早く滞在を切り上げたいと思っていたが、デ・フレイン夫人のおしつけがましい要求に屈して、チャリティ活動のために各戸を回って募金を集めるクリスマス・キャロルのメンバーに加えられ、練習に参加するはめになる。
 ところが、キャロル活動の途中で、メンバーの一人で募金箱を持っていたトマス・ヴァヴァソーが行方不明となってしまう。ヴァヴァソーが募金箱を持ち逃げしたという疑いも生じたが、それなりに実入りのある地方巡回セールスマンだったヴァヴァソーが微々たる募金額のためにそんなことをするとは信じがたかった。
 その後、キャロルで巡回した家の一つの井戸から、鉛配管で撲殺されたヴァヴァソーの死体が発見される。ジョンは、モリーの叔父、チャールトン警部とともにヴァヴァソーの過去を洗い始めるが、地方巡回セールスマンとは真っ赤な偽りで、ヴァヴァソーは実は本名をトマス・キャットといい、幾つもの変名を使い、あちこちに妻を囲って彼女たちから金をせしめていた重婚者だったことが判明する・・・。

 この作品の基礎となるプロット・アイデアは、着想としてはなかなか面白く、ヴァヴァソーが殺害された動機と犯人の意外性がその要をなしている。本作がウィッティングの代表作とされるのも、そのアイデアの独創性にあると思われる。作者の意図が大団円で明らかにされると、うまく考えたものだとそれなりに感心するのだが、それと同時に、その着想が作品全体のプロットとして十分に消化しきれていないことにも気づき、いかにもこの作者らしいアイデア倒れに終わっていることを痛感させられる。退屈な尋問シーンが次々と続いてだれてしまう中間部分もこの作者の悪い癖だ。
 騙された妻たちや家族の証言からヴァヴァソーの過去が次第に明らかになり、彼女たちの中には自殺を図ったり、ひそかに自分で調査を始める者も出てきたりして、そうしたエピソードを交えながら、真相を巧みにカムフラージュしていく手法はそれなりに工夫を感じるのだが、カムフラージュの度が過ぎて真の動機に関わる人間関係が十分に描かれないままに進行してしまうため、せっかく大団円で真相が明らかにされても、背景描写が不十分なために得心できないのである。その点では、“Measure for Murder”と同様の欠点を有するといえるだろう。
 いわば、作家としての力量が足りないばかりに消化不良に終わっているのだが、それだけに実に惜しいと思わせるほどアイデア自体は悪くなく、ちょっともったいないと感じさせるところが、ウィッティングの作品の中でも評価が高い理由かもしれない。

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クリフォード・ウィッティング “Midsummer Murder”

 “Midsummer Murder”(1937)は、チャールトン警部の登場する長編。ウィッティングの長編としては、“Murder in Blue”(1937)に続く二作目にあたるが、それより前に起きた事件という設定になっている。

 事件は、7月7日、ダウンシャーという小さな町のポールスフィールドという広場で起きる。その日は広場に市の立つ日で、大勢の人たちが賑わう中、広場の中央に建つ、馬に跨るショーフォード卿の彫像を清掃していたトマス・アーンショーという作業員が射殺される。広場では恒例の牡牛の解き放ちで人々が騒然とし、工事の空気ドリルの音もあって、射撃音に気づいた者はほとんどいなかった。被害者の銃創の位置や彫像が防壁の役割を果たしていたことから考えて、スナイパーは広場の北側から撃ったものと考えられた。
 チャールトン警部は、北側の建物の住人に尋問するうちに、建物の一つに住むアーチャー夫人という未亡人から、事件の直後、彫像の周囲に集まる群衆を尻目に、一人だけ、なにかを手に持って広場を足早に去っていく男の後ろ姿を目撃したという情報を得る。
 ところが、射殺される直前に清掃をしていたアーンショーの姿を捉えた写真が「イヴニング・メッセンジャー」紙に掲載され、それがアーサー・ランサムという青年写真家がたまたま撮影した写真であることが分かる。ランサムは、偶然、スクープ写真を撮ったことに気づき、急いで写真を持ち込もうと、事件直後にカメラを持って広場を立ち去る姿をアーチャー夫人に目撃されていたのだった。
 二日後の早朝、今度は、そのランサム青年が、広場を横切って行こうするところを背中を撃たれて殺される。早朝だったため、広場に人はおらず、夜警が倒れている青年に気づき、警察に通報する。青年はカメラを家に置いたままであり、そんな早朝に何の目的で出かけたのかは、家族も知らなかった。
 銃弾から、二つの事件に使われた銃は同一であり、第一次大戦中にドイツ人将校により使用されたパラベラムという自動装填式の銃と判明する。
 さらに、その日の夕刻、アントニー・ハンフリーズという隣村のバージェストン在住の男が、やはり広場で頭を撃たれ、瀕死の重傷を負う。被害者の三人を結びつける線は乏しく、チャールトン警部は、狂人による無差別連続殺人の可能性を疑い始める・・・。

 本作は、“Detective Fiction: The Collector’s Guide”の編者の一人、B・A・パイクがパースナル・チョイスに選んでいる作品であり、ウィッティングの代表作の一つである。
 いわゆる連続殺人ものであり、作者が途中で明らかにしているように、最終的に五人が撃たれることになるのだが、そこにも技巧派らしい作者の伏線があり、被害者の選択にも趣向が凝らされているのに気づく。
 一見無関係に思える被害者を結びつけるファクターが何であるかは、それなりに伏線を散りばめてはあるものの、容易に気づけるものではなく、動機の合理性という問題とも相まって、特に謎解き志向の本格ファンには得心し難い面があるだろう。(“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーも、好意的に評しつつも、動機の点に難色を示している。)フェアかどうかを厳密に問えば議論を醸しそうなところではあるが、連続殺人をテーマにしていることもあり、退屈な尋問シーンで中間部がだれることもなく、読み応えという点では、他の代表作である“Measure for Murder”や“Catt Out of the Bag”よりずっと楽しめる。犯人の意外性という点でも、ウィッティングの作品の中では成功している部類に入るだろう。
 結びに、ディテクション・クラブと当時の会長だったE・C・ベントリーへの言及が出てくるところもご愛嬌だろう。無論、ウィッティングも所属していたからだろうが、ディテクション・クラブの厳格な誓約にこだわらない反骨児的なところがウィッティングの持ち味でもあったといえるかもしれない。
 なお、私が所持しているのは1939年版のペーパーバックだが、上記“Detective Fiction: The Collector’s Guide”によれば、1953年に大幅な改訂版が出ているとのこと。私の所有するペーパーバックには、扉に作者ウィッティングの署名が入っている。

Midsummer Murder

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