ガストン・ルルー『ルールタビーユ、ロシア皇帝に招かれる』

 “Rouletabille chez le Tsar”(1913)は、『黄色い部屋の謎』(1908)、『黒衣夫人の香り』(1909)に続く、ジョゼフ・ルールタビーユが登場する第3作。(私が読んだのは英訳“The Secret of the Night”)
 『黒衣夫人の香り』は、ルールタビーユがロシア皇帝から招聘を受け、あまり乗り気でないところに、反体制の革命中央委員会から警告を受け取って、かえって奮起し、サンクトペテルブルクに赴く決意をするという場面で終わる。次作を暗示させるラストを受けて書かれたのが本作である。

 革命中央委員会から、生きてロシアには着けないと警告されていたルールタビーユは、道中の列車の中で、暗殺の命を受けた若者をすぐに見破り、意気投合して籠絡してしまい、無事ロシアに到着し、皇帝に謁見する。ルールタビーユは、皇帝アレクサンドル二世の要請を受けて、皇帝の信頼厚きトレバソフ将軍を警護するために、将軍が静養するイレス荘に派遣される。
 職務とはいえ過去に革命分子の弾圧を行ったことのある将軍は、これまでに三度、命を狙われていた。最初は、モスクワで将校に鞭打たれていた青年と子どもを助けようとして、名を名乗って中止を命じたところを、その青年に銃で撃たれそうになる。二度目は、そりに爆弾を仕掛けられ、あやうく難を逃れるが、将軍は爆発で右足に重症を負う。使用人に革命分子と通じた裏切り者がいたと分かり、将軍は療養も兼ねて、モスクワを離れて別荘のイレス荘に滞在していたのだった。
 イレス荘には、トレバソフ将軍のほか、妻のマトリーナ・ペトロヴナ、前妻との間に儲けた二十歳になる美貌の娘ナターシャが滞在していた。別荘はクープリアネ警察局長指揮下の警察により厳重に警護され、妻マトリーナも、家族や親しい友人以外は将軍に近づかないよう眼を光らせていた。
 だが、三度目の襲撃はイレス荘で起きた。警察局長の進言により、時限爆弾を仕掛けられないよう、音のする時計類はすべて取り外してあったが、ある晩、マトリーナは、屋内でチクタクと音がするのに気づき、将軍が寝ている寝室のテーブルにあった花束に時限爆弾が仕掛けてあることに気づく。爆弾は花束を窓から投げ捨てたとたんに爆発し、マトリーナは手に怪我を負う。
 爆発事件の翌日、マトリーナは一階の床から音がするのに気づき、食堂のカーペットのすみが乱れていて、その下の床の釘が何本か抜かれているのを発見する。クープリアネ警察局長とともに調べると、物を隠せるだけの空洞があることが分かる。その三日後、マトリーナが再び調べてみると、釘はさらに抜かれていて、空洞も大きくなっていた。その三日間に食堂に入ることができたのは、マトリーナのほかには、娘のナターシャしかいなかった。しかも、ナターシャは、爆発事件のあった晩だけ、知人の家に泊っていて別荘を不在にしていたのだった。
 マトリーナからそれまでの経緯を聞いたルールタビーユは、警察を別荘から遠ざけるよう進言するが・・・。

 当時の連載小説の体裁らしく、『黄色い部屋』も『黒衣夫人』も、次作を暗示させる終わり方で読者の関心をつなぎとめる手法をとっていて、いくらその後の作品は著しく質が劣ると解説されても、作者の術策にはまってつい読んでみたくなるのが人情というものだ。
 『オペラ座の怪人』に代表されるように、ルルーの作風は次第に冒険物やスリラー物に傾斜していったとされるが、本作も、ナターシャを連れ去った革命分子を追う追跡劇や、ルールタビーユが革命中央委員会に捕まり、死刑宣告を受けて縛り首にされそうになる寸前に事件解決のひらめきに打たれる場面など、随所にそうした性格が色濃く出ている。最後に、ルールタビーユがアレクサンドル二世に謁見し、その御前で謎解きを披露してみせる場面なども、この作者らしい演出といえるだろう。
 しかし、そこは『黄色い部屋』の作者、ちょっとした不可能興味を盛り込むことも忘れてはいない。将軍とマトリーナの二人がウォッカを飲んだとたんに気分が悪くなり、毒が仕込まれていたらしいことが分かる。一緒にいたナターシャとルールタビーユはグラスに口を付けただけで飲まなかったため、ルールタビーユはウォッカの瓶に毒が仕込まれていたと考え、瓶とグラスを検査させるが、毒が盛られていたのは将軍とマトリーナのグラスだけで、瓶からもナターシャとルールタビーユのグラスからも検出されない。四人がいたあずまやはほかに誰もおらず、毒を盛った犯人はナターシャ以外に考えられないというシチュエーションだ。もっとも、その解決はどちらかといえばたわいもないもので、『黄色い部屋』の大団円のようなものを期待すると肩透かしを食うだけだろう。
 私事ながら、『黄色い部屋』と『黒衣夫人』を読んだのは中学生の時だけれど、ストーリーよりもなによりも、「あのルールタビーユにまた会えた」というのが、本作を読んだ時の一番の感動だったと言えるかもしれない。前二作への言及もところどころ出てくるし、革命中央委員会から死刑宣告を受けたルールタビーユが母親の「黒衣夫人」に手紙をしたためるシーンなども前作を想起させる。ありがたいことに、本作には、前二作のように、次作を暗示させるような思わせぶりなラストの場面もなく、余計な夾雑物なしに、そんな懐かしさに素直にひたることができたせいか、(出来不出来は度外視して)個人的には意外と楽しめた作品だった。
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ガストン・ルルー『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』

 “Rouletabille chez Krupp”は1917年から18年にかけて雑誌に連載され、1920年に単行本化されたルールタビーユものの第5長編である。実際は、第4長編の“Rouletabille à la guerre”(戦時のルールタビーユ)(1914)が二つの作品を合本したものなので、6番目の冒険譚に当たる。

 第一次大戦のさなか、ヴェルダンの前線から呼び戻されたルールタビーユ伍長は、「エポック」紙の編集長から、フランス政府首脳の集まる秘密の会合に自分と一緒に同席するよう求められる。
 警察庁長官の部屋で行われた会合の席上、ルールタビーユは驚くべき話を聞かされる。ラジウムの研究に携わっていた科学者、テオドル・フルベールは、ベルリン規模の都市をほんの数分で壊滅させる兵器の開発に成功した。フランス政府に相手にされなかったフルベールは、イギリスの研究所と資産家の協力を得て、「ティタニア」と名付けられたその最終兵器ミサイルの小型モデルの製造を進める。
 完成した兵器の実験が、資産家が所有する、マン島から二百キロ離れた小島で行われた。島の住民は事前に避難させられ、五十頭の牛と三百頭の羊が実験用に残されたが、「ティタニア」の爆発後、村も森も家畜もすべて消滅し、ただの灰燼と化していた。
 ところが、その実験の翌日、フルベールは仕事場に姿を現さなかった。マン島の彼のコテージに赴くと、フルベールの妻がベッドに意識を失って縛られていた。フルベールは、娘のニコル、二コルの婚約者で助手のポーランド人、セルゲイ・カニエフスキーとともにドイツ人に誘拐され、潜水艦で連れ去られたと分かる。「ティタニア」の設計図も一緒に持ち去られていた。
 エッセンにあるクルップの工場から脱出してきたヌリという男の証言から、フルベールたちがそこで「ティタニア」の製造に従事させられていることが判明する。盗まれた設計図には兵器のおおまかな設計が描かれているだけで、製造に不可欠な化学式はフルベールとセルゲイしか知らなかった。
 セルゲイがニコルを心底愛していることを知ったドイツ側は、ニコルに食事を与えず、餓死寸前にまで追い詰めることで、ついにセルゲイを屈服させ、「ティタニア」製造に協力させる。しかし、セルゲイは間違った数式を教えてドイツ側を欺いていた。
 ミサイルの製造が進めば、いずれはその数式が嘘であることが露見する。欺き通せるのも4、5か月が限度だった。フランス政府の要請を受け、ルールタビーユは、二人の仲間とともに、エッセンのクルップの工場に乗り込んでいく・・・。

 前作“Rouletabille à la guerre”で、ブルガリアの美女、イヴァナ・ヴィリチコフと結婚したルールタビーユだが、本作では、イヴァナは言及されるだけで登場しない。
 『黄色い部屋の謎』、『黒衣夫人の香り』は本格謎解き小説としての体裁を保っていたし、『ルールタビーユ、皇帝に招かれる』も、まだ謎解き的要素を含んでいたが、本作はほぼ完全にエスピオナージュとなっている。不可能犯罪の謎解きをする名探偵としてデビューしたルールタビーユは、ドイツ政府のパリ壊滅の陰謀を未然に阻止する救国の英雄となったわけである。
 クルップは現在でも、ティッセンクルップとして操業を続けるドイツ有数の重工業企業であり、日本にも拠点があるが、戦前は軍需産業として発展したため、「死の商人」と呼ばれたこともあった。まして、本作が書かれた当時は第一次大戦の最中であり、戦時プロパガンダ的性格もあってか、ドイツ人やクルップがことさら悪者に描かれているのは否めない。
  『ルールタビーユ、皇帝に招かれる』では、ロシア皇帝アレクサンドル二世を登場させたルルーだが、本作でも、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世が登場し、演説をぶつシーンを設けている。本作に登場するヴィルヘルムは、いかにも残忍で悪魔的な存在に描かれているが、これも時代的制約を理解しながら読む必要があるのは言うまでもない。
 本作で描かれる「ティタニア」は核兵器の出現を先取りしていたかのような印象も受けるが、当時、似たような最終兵器を描いたSFなどは珍しいものではなかったらしい。いずれにせよ、仮に時代的制約を斟酌するにしても、全体として些か荒唐無稽なストーリーであることは否めず、今日では、ルールタビーユのファン以外にはほとんど関心を呼びそうにない作品だろう。
 そうは言っても、そこは『黄色い部屋』の作者らしく、ちょっとした意外性もクライマックスに盛り込むことを忘れてはいない。ルールタビーユは、拉致された三人を脱出させる瀬戸際に、いきなりニコルを撲殺してしまう。その謎とこれに続く展開がクライマックスのテンションを高め、それまでの月並みな冒険小説的展開の退屈さをかなり救っているのも確かだろう。
 次作“Le Crime de Rouletabille”(ルールタビーユの犯罪)(1921)では、ルールタビーユは、妻のイヴァナ殺害の犯人にされ、再び謎解きの本領を発揮することになる。“Rouletabille chez les bohémiens”(ルールタビーユ、ジプシーの町に行く)(1922)ともども、いずれまた当ブログでご紹介することにしよう。

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ガストン・ルルー『ルールタビーユの犯罪』

 “Le Crime de Rouletabille”(1921)は、ジョゼフ・ルールタビーユが登場する第6長編。
 『黄色い部屋の謎』の語り手、サンクレールが再び語り手を務めているほか、『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』に登場した仲間たちも捜査の協力者として再登場している。

 ルールタビーユの妻、イヴァナは、第一次大戦後、医学の研究に復帰し、ロラン・ブーランジェの研究所で結核の治療法の研究を手伝っていた。ところが、ブーランジェは名うての女たらしで、夫人のテレーズを悩ませていた。テオドラ・ルイジという悪名高い女とも交際していたが、テオドラはその時ちょうど、アルバニアのヘンリー王子とともにフランス国外に去っていた。ブーランジェは、助手のイヴァナにも目を付けるようになっていた。
 ブーランジェ夫妻は、ルールタビーユ夫妻とサンクレールを、ドーヴィルにある彼らの邸、「茅葺き荘」に滞在するよう招待する。ところが、そこへテオドラがヘンリー王子とともに帰国し、カジノでブーランジェと再会する。
 ブーランジェはテオドラの誘いを受けて、彼女が借りている海沿いの別荘「サン・アドレス荘」に赴く。ところが、夫の様子を探りに別荘に赴いたテレーズ夫人が、テオドラと一緒に滞在していたヘンリー王子に誤って銃で撃たれるという事件が起きる。弾は急所を外れ、テレーズは一命をとりとめるが、事態を恐れたらしいヘンリー王子は崖から身を投げて自殺したようだった。警察はテレーズ夫人の事故もヘンリー王子の自殺もともに事故として処理し、スキャンダルを回避するが、ルールタビーユは事件の状況に不審を抱く。
 事件後、ルールタビーユはイヴァナとともにフランスを去って小アジアに行くことに決めるが、彼女は再びブーランジェの研究を手伝うようになる。ブーランジェは、ラ・ローシュ路地に仕事からの息抜きのために過ごす家を借りていたが、イヴァナはブーランジェの誘いを受けてその家に赴く。ルールタビーユはひそかにあとをつけ、二人の様子を探るが、そのまま家を立ち去る。
 ルールタビーユが自分の家に戻ってくると、サンクレールとテレーズ夫人が待っていたが、そこに警察がやってきて、イヴァナとブーランジェがラ・ローシュ路地の家で殺されたことを告げる。二人はそれぞれ二発ずつリボルバーで撃たれ、ブーランジェは即死、イヴァナはまだ息があったが、警察とともに現場に急行したルールタビーユの目の前で息を引き取る。
 目撃情報から、ルールタビーユがその家を立ち去ったのが5時だったと判明するが、ブーランジェの腕時計は5時5分前を指した状態で壊れて止まっていた。ルールタビーユは殺人の容疑者として逮捕され、ラ・サンテ刑務所に拘留される・・・。

 前作『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』でルールタビーユにスパイもどきの活躍をさせたルルーだが、本作では、再び純粋な謎解きに回帰している。『黄色い部屋』で語り手を務めたサンクレールを久しぶりに登場させ、再び語り手として起用したのも、これを意識してのことだろう。ルパンもどきの脱獄劇や変装もあったりはするが、ルールタビーユの捜査ぶりを描写しながら『黄色い部屋』を想起させるなど、もう一度謎解きの本流に戻って傑作をものしてやろうという作者の意気込みが随所に感じられるし、ルールタビーユ夫人のイヴァナを犠牲に供してまでもプロットを構築したところにも決意のほどが窺える。
 傑作『黄色い部屋』と比較してはさすがにつらいし、独創性の高いトリックがあるわけでなく、フェアプレイの点でも弱さはあるが、「サン・アドレス荘」の事件では、潮の干満から真相を見抜き、ブーランジェとイヴァナの殺害事件では、足跡の分析や時計とアリバイをめぐる議論を展開するなど、ルールタビーユも再び黄金時代の名探偵らしい推理を披露している。容疑者が限られているため、慣れた読者には見抜きやすいが、フーダッニトと犯人の意外性の面でも見るべきものがあるし、プロットや解決もうまくまとまっていて、出来栄えとしては、スリラー的性格の強い『黒衣夫人の香り』より上位に置いても決しておかしくないだろう。
 クライマックスも、『黄色い部屋』と同じく、舞台は法廷であり、被告不在のまま開始した裁判に姿を現したルールタビーユは、判事や傍聴人の前で事件の真相を明らかにする。真犯人を暴いて追い詰めていくシーンもなかなかドラマチックで読み応えがあるし、この法廷シーンの迫力は『黄色い部屋』と比較しても遜色がない。
 ルールタビーユのシリーズは、『黒衣夫人』以降、次第に安手の冒険小説的性格を強めていったこともあり、この頃になると注目度も薄れていたせいか、本作も正当に評価されないまま埋もれてしまった感があるが、本作を謎解きものとして一定の評価を与えている海外の評者もいる。『黄色い部屋』と『黒衣夫人』以外の作品については、ハワード・ヘイクラフトの『娯楽としての殺人』を含め、ほとんど内容も紹介せずに黙殺している例が多いが、ルールタビーユが探偵としての本領を発揮した長編がほかにもあったことはもっと認識されてもよさそうだ。

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ガストン・ルルー『ルールタビーユ、ジプシーの町に行く』

 “Rouletabille chez les bohémiens”(1922)は、ジョゼフ・ルールタビーユの登場する第7長編。シリーズ最後の作品であり、ノレ・ブリュネルによる遺族の公認を得た続編を除けば、ルールタビーユは本編をもって読者に別れを告げる。

 ルールタビーユは、妻イヴァナを失った悲劇的な事件のあと、フォーブール・ポワソニエルの古いアパートに住んでいた。友人のジャン・ド・サンチェルヌがアパートを訪ね、従僕の制止を振り切って書斎に入ると、本や書類が散らかり、三十代くらいの女がいた。女はジャンを認めると、ルールタビーユの寝室に通じるドアから出て行ってしまう。ジャンは、その女が警察と手を組むこともある女悪党で、「ピューヴル(たこ)」という異名で知られるマダム・ド・メイレンと気づく。
 しばらくすると、ルールタビーユが出てきて、深夜過ぎに戻って就寝したあと、何者かが書斎に侵入して荒らしていったのだという。侵入者たちは、気づいたルールタビーユを殴り倒し、猿轡をかませてベッドに縛り上げたが、同僚記者の来訪を知って退散したという。ルールタビーユによれば、あとで調べても、盗まれた書類はなかった。
 ジャンは、婚約者のオデットのことを相談しにルールタビーユを訪ねたのだった。ジャンは、二年前に知り合ったジプシー女のカリスタと恋に陥ったが、ジャンは、ド・ラヴァルダン氏の娘、オデットを愛するようになり、カリスタと別れて、結婚しようと考えていた。ところが、ド・ラヴァルダン家の館の隣に住むユーベル・ド・ロリアックという、かつてオデットに求婚した男が彼女に付きまとっているという。カリスタも、ジャンとオデットの婚約を知って、ド・ラヴァルダン家のあるレ・サンテ・マリーに向かったらしかった。
 ルールタビーユは、ジャンとともにレ・サンテ・マリーに向かうが、そこで事件が起きる。ルールタビーユたちは、ド・ロリアックの邸の庭でオデットのショールを発見するが、彼女は、ド・ロリアックから脅迫めいた呼び出し状を受け取り、その夜、ド・ロリアック邸の庭に赴いたらしかった。ところが、その現場に近い、ド・ロリアックの地所との境界をなす門のそばでド・ラヴァルダン氏の死体が発見される。
 ド・ラヴァルダン氏はこめかみを殴打され、血まみれになっていた。衣服が乱れ、シャツの襟首が破れるなど、氏の死体には明らかに格闘の跡が残っていた。手には、オレンジ色の繊維の切れ端が握られていて、それはド・ロリアックのネクタイの切れ端と分かる。オデットは、その夜の間に何者かに拉致され、行方不明となっていた。警察はド・ロリアックを逮捕する。
 ジャンは、ド・ロリアックが、呼び出したオデットを無理やり自分の邸に連れ込もうとし、娘の声を聞きつけたド・ラヴァルダン氏と格闘になり、氏を殺害した上で、オデットを拉致したものと考える。しかし、ルールタビーユは、ド・ラヴァルダン氏はオデットより先に現場に赴いたのだと主張し、殺人犯は決して捕まることはないと言う・・・。

 出だしは、ド・ラヴァルダン氏の殺害事件を中心に展開し、本格的な謎解きのような期待も抱かせるのだが、殺人事件の謎はストーリーの半分も行かぬうちに解き明かされ、その真相も拍子抜けするほどあっけないものだ。
 その後のストーリーは、オデットの出生の謎や、『祖先の書』と呼ばれるジプシーの予言の書の探求などが絡みながら、拉致されたオデットの追跡劇や、ジプシーの町に乗り込んで囚われの身となってしまうジャンの救出劇などに費やされる。釈放されてオデットの追跡劇に加わったド・ロリアックとジャンの葛藤、ジャンを取り戻すためにオデットをド・ロリアックと結ばせようともくろむカリスタ、カリスタを愛する同じジプシーのアンドレア、オデットを女王に据えようとするジプシー集団という具合に、ストーリーは、恋あり、嫉妬あり、陰謀ありの、ライダー・ハガードかアンソニー・ホープばりの冒険活劇へとなだれ込んでいく。
 しかも、いかにも連載小説を単行本化したものらしく、各章は短い上に(全部で61章!)、次に期待を持たせるような章の締めくくり方を繰り返すものだから、場当たり的な変転の連続のせいで、複雑な人間模様も絡んで、ややもすると方向が分からなくなりそうなくらいストーリーが錯綜する。もしかすると、最初は、ド・ラヴァルダン氏殺害を中心にした謎解きを書くつもりが、連載の途中から、それでは間が持たないことに気づき、発想を膨らませて冒険小説に仕立て直してしまったのではないかと思えるほどだ。起伏があって面白い面もあるが、プロットが比較的よくまとまっていた前作『ルールタビーユの犯罪』に比べると著しく見劣りがするのは否めない。
 ただ、そこは『黄色い部屋』の作者らしく、ちょっとした叙述のミスディレクションとサプライズを盛り込むことも忘れてはいない。随所にルールタビーユの日記からの抜粋が挿入され、出来事の推移がルールタビーユの一人称で描写されるのだが、実はそこに仕掛けがあることがのちに分かるのだ。謎の女、「ピューヴル」の正体は、真面目に考えると荒唐無稽に思えるが、いかにもルルーらしい読者サービスとも言える。ルルーのもう一人のシリーズ・キャラクター、シェリ・ビビのエピソードが途中に出てくるのもご愛嬌だ。
 ラストは、ジャンとともに、『ルールタビーユ、クルップに乗り込む』や『ルールタビーユの犯罪』などにも登場した仲間たちを相手に、事件の真相を語りながら夕食会を楽しんでいるところに、謎めいた事件の発生を告げてルールタビーユを呼び出す電話がかかってくる場面で閉じられる。しかし、新たな事件は語られることのないまま、ルールタビーユのシリーズは本作をもって終結することになったわけである。

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