F・W・クロフツ ‘The Gorse Hall Mystery’

 『フレンチ警視最初の事件』が創元社から新訳で出たことで、クロフツの長編は邦訳がほぼ出そろったようだ。それにしても、(近年、ペーパーパックがまとめて出たこともあったが)英米ではほとんど忘却に近い扱いを受けてきた作家なのに、我が国では、クリスティやクイーンに次ぐほどの人気があるのが面白い。
 このブログでも、クロフツを直接の主題として取り上げたことはなかったが、他の主題の記事の中で、“The Anatomy of Murder”に収録された犯罪実話‘A New Zealand Tragedy’、“Meet the Detective”に収録されたクロフツとフレンチのトーク‘Meet Chief-Inspector French’を紹介してきたし、“Great Unsolved Crimes”に収録された未解決事件の犯罪実話‘The Gorse Hall Mystery’、“Detection Medley”に収録された‘The Match’(短編「狩猟舞踏会」の別バージョン)にも言及してきた。
 上記の作品の多くは、ネット等で掲載されているクロフツの書誌にも意外と出てこない。クーパー&パイク編“Detective Fiction: Collector’s Guide”によれば、ほかにも、‘Fingerprints’(「指紋」という題で邦訳が雑誌「別冊宝石」に掲載されたことがある)、‘The Faulty Stroke’、‘The Target’、ロビン・ブランド物の‘Danger in Shroude Valley’という未収録短編があるようだ。これほどクロフツが人気のある国なのだから、こうした残った未紹介作品も、今後なんらかの形で紹介される可能性があるかもしれない。
 ささやかながら、この記事では、上記の犯罪実話‘The Gorse Hall Mystery’を紹介しておきたい。
 ここでクロフツが取り上げているのは、1909年11月に起きた、ジョージ・ヘンリー・ストーズ氏殺害事件である。
 ストーズは、裕福な建築業者、工場主であり、ゴース・ホールという大きな邸に、妻とその姪と同居していた。妻とは仲睦まじく、夫婦と姪の関係も良好であり、家庭は円満だった。
 9月のある夜、家族がダイニングで夕食をとっているところに、突然、窓から弾丸が撃ち込まれる。さいわい、弾は誰にも当たらなかったが、ストーズは窓のブラインドを上げて、逃げていく男の姿を見る。ところが、問われても、やや口ごもりながら、知らない男だと答えるだけだった。夫を気遣う夫人は、警察に家の監視を依頼し、屋根に警報を設置して、鳴ればすぐ駆けつけてもらうよう了解を得る。
 その後、七週間ほどは何事もなかったが、ストーズがなにか起こると確信して警察に警戒を強めるよう依頼した10月のある晩、深夜に警報が鳴り、警察が駆けつけるが、ストーズは警報が機能するか試したかったのだと釈明する。
 その数日後の晩、リボルバーを持った男が家に侵入し、女中に見つかって騒ぎとなり、駆けつけたストーズの姿を見た男は、「とうとう見つけたぞ!」と叫び、二人の間で格闘となる。
 ストーズ夫人と姪も駆けつけ、夫人は男からリボルバーを取り上げることに成功するが、男がナイフを取り出したのを見て、夫人は警報を鳴らしに走り、姪は助けを求めに外に走り出る。しかし、救助が来た時には、男は既に逃走し、ストーズは15か所も刺されて瀕死の状態にあり、なんの説明もしないままに息を引き取った。
 殺人者を目撃した家人たちは、男が若く、身なりがみすぼらしく、わずかに口ひげを生やして、長髪だったことは認めたが、ほかに目立つ特徴もなく、残されたリボルバーも安手の物で手がかりにならなかった。
 その後、ストーズの従弟が逮捕され、夫人と姪は、裁判の場で彼が犯人だと証言するが、結局、無実であることが証明される。さらに、数か月後に逮捕された二人目の容疑者も無罪放免となり、事件はそのまま迷宮入りとなる。
 クロフツは、犯人を仮に「ジョン」と名付けて、事件の経緯から推理を組み立てていく。
 「ジョン」が「とうとう見つけたぞ」と叫んだことや、何度も執拗に刺していることなどから、動機を怨恨と推理し、ストーズが「ジョン」を知っていたらしいこと、進んで警察に知らせようともしなかったし、警報が鳴った時も、事前に事件が起きることを予測していながら、実は「ジョン」が侵入したのに何事もなかったふりをしたらしいことなどから、事情を秘密にしたがっていたものと推測している。
 こうした推理を基に、クロフツは、奥歯に物が挟まったように曖昧な言い方をしているだけだが、「ジョン」がストーズの従弟と容貌が似ていたらしいことなどから、どうやら「ジョン」がストーズの隠し子ではなかったかと示唆しているようだ。
 私生児として見捨てられた怨恨が動機であり、ストーズが幾度も襲われながら、「ジョン」をかばい、逃げる時間を与えてやったり、事情を決して明らかにしようとしなかったのも、ストーズが「ジョン」を我が子と知り、哀れに思っていたためではないかと推測しているようなのだが、字面だけ読んでも、そうはっきりとは書いていない。同書が刊行された1935年当時は、まだ関係者が存命だったりなどして、明言が憚られたのかもしれないが、むしろ、いかにもクロフツらしい慎重さの表れとも思える。
 実際、クロフツは、この事件の再構成を「思弁的で、直接証拠の裏付けはない」と慎重に構えて断定を控えているのだが、そうは言っても、コツコツ型の調査を描くのが得意な作家にしては、大胆な推理を組み立てているのがなかなか面白いところだ。
 なお、本編には、ゴース・ホールの写真が挿入されている。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

『ヴォスパー号の遭難』へのシモンズの序文

 クロフツを取り上げたついでに、1980年にコリンズ社のクライム・クラブ50周年記念として復刊された『ヴォスパー号の遭難』にジュリアン・シモンズが寄せた序文も紹介しておきたい。
 “Bloody Murder”では、クロフツを「退屈派」にカウントしていたシモンズだが、そのレッテルを貼った作家の中でも、唯一まともに論じる対象として取り上げた作家であり(ジョン・ロード、ヘンリー・ウェイドなどは名前に言及しているだけ)、『樽』のほか、『ヴォスパー号の遭難』を「フレンチ物のベストの一つ」として言及している。
 その復刊の序文では、クロフツは人物造形が弱かったために、技師としての専門性にますます依存していくようになり、鉄道システムの盲点や、列車、船の時刻表の辛抱強い検討からアリバイを崩すというパターンに陥り、同じ本を何度も読んでいるような気分になると、手厳しい評価を下している。『ヴォスパー号の遭難』を復刊対象に選んだ理由は、それがアリバイに依存せず、冒頭章に見られるように、クロフツの長所の一つである、アクション・シーンが見事に描かれているからだとしている。
 シモンズは、クロフツ個人について、誰に聞いても、謙虚で親しみやすい、ごく普通の人だったとし、グラディス・ミッチェルが語ったエピソードを紹介している。それによると、ディテクション・クラブの新会員加入の儀式に際して、ミッチェルは剣を持ち、クロフツはリボルバーを持って短い口上を述べたのだが、それがあまりにも小声だったのだそうだ。ミッチェルの見るところでは、そんな儀式を馬鹿げたものと思っていたためではないかという。そうした分別臭い態度は、いかにもクロフツらしかったとのことである。
 コツコツ型のフレンチ警部の造形や、丹念に調査と検討を重ねることでアリバイを崩していくプロットの特徴からも窺えるように、クラブの儀式でも茶目っ気を見せたセイヤーズやバークリー、カーが持っていたような遊び心とは、およそ無縁の生真面目な性格だったことが伝わってきて、それなりに納得できてしまうところが面白い。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

F・W・クロフツ 『樽』への著者序文

 クロフツの『樽』は、1920年に英コリンズ社から初版が出た。その後、ヴァン・ダインによる長編ベスト7(1928)、エラリー・クイーンによる「黄金の20」(1943)、ジェームズ・サンドーの名作表(1944)、レックス・スタウトによるベストテン(1956)に挙げられるなど、『樽』は推理小説の古典としての地位を不動のものにしてきた。
 第二次大戦後に、コリンズ社は、『樽』をLibrary of Classics叢書の一冊に入れており、その機会に、クロフツはコリンズ社の依頼に応じて序文を寄せている。同叢書は、ミステリの古典ではなく、文学作品全般の古典を入れた叢書であり、ディケンズやウォルター・スコットなどの文豪の代表作も並んでいる。そこに『樽』が加えられたことについて、クロフツが「これは推理小説に与えられる大きな栄誉」と書いているのもそのためだ。
 クロフツは、この序文において、『樽』が完成するまでの経緯を紹介している。鉄道技師だったクロフツは、病気療養中の退屈をまぎらすために、思いついた途方もないアイデアを書きとめていった。二日目の朝に一章を書き上げ、妻に読んで聞かせたところ、好評だったので書き続けたが、仕事に復帰したあと、書いた原稿を片付けて、ほとんど忘れてしまったという。
 ところが、しばらくして読み直してみると、これはいけるかもしれないと思い、手を加えて書き直し、一章を書き終えるごとに隣人に読んで聞かせ、おかしいと思ったところを指摘してもらったという。その隣人というのが、献辞に名の挙がっているアダム・マザーズ医師だ。書き上げたあと、著作権代理業者に送り、固唾をのんで待っていると、コリンズ社の原稿読みを担当しているベレズフォード氏から、第一部、第二部はいいと思うが、第三部は書き直してほしいという趣旨の手紙が届いたとのことである。
 このあたりの経緯は、これまでも紹介されてきたところだが、この序文では、元の第三部がどんな内容だったのかも説明されている。オリジナル原稿では、第三部は、殺人事件の裁判の場面が描かれていて、証人席で真の殺人者が追い詰められて真相が明らかになり、犯人が告白して自殺するという設定になっていたようだ。
 序文では、元の第三部を最近読み直してみたが、今では、自分が描いていたような裁判は現実にはあり得ないと分かるし、ベレズフォード氏の判断は正しかったとしている。ともあれ、クロフツは、新たな第三部を書き上げ、コリンズ社はこれを受け入れて、出版の運びとなったようである。タイトルについても、当初はディケンズの『二都物語』にちなんで“A Mystery of Two Cities”にしようと考えていたが、出版社の助言に従って『樽』に落ちついたようだ。このあたりの経緯も既に知られているところだろう。
 クロフツは、自分の創作過程についても解説していて、それによると、新しい作品を書く時は、(a)殺人の方法、(b)犯人が嫌疑をかわすためにとる手段、(c)探偵が犯人を最終的に明らかにする過程の三点に留意しながら、細部に至るまでプロットを練り上げる。最後の(c)が一番難しいとのことである。さらに、登場人物の詳細や経歴の一覧表、出来事の順序を示す時系列表を準備し、こうして詳しい摘要が出来上がると、作品を書きはじめるそうだ。
 ところが、『樽』は思いつくままに書いていったため、しばしば前後に矛盾が生じたりして、脱稿するまでに少なくとも五回は書き直すはめになったとしている。『樽』は12万語ほどの分量の作品だが、8万語でも同じだけの印税がもらえることがあとで分かったとして、4万語も無駄にしたと悔やんでいる。今『樽』を書いていたら、随分と違った作品になっただろうし、樽がロンドンを移動していく過程は無用な埋め草で、省くべきだったとし、もっと登場人物の性格に興味を持たせるようにすべきだったとしている。

 この序文によると、オリジナルの第三部の原稿は、当時もまだ残っていたようだが、実際にどんな内容だったのか、なかなか興味深い。それにしても、印税収入を理由に、もっと短くすればよかったと悔やんでいるのは、正直、呆気にとられるし、樽の移動過程を一部省いたり、人物描写にもっと力を入れたりしたほうがよかったとしている点については、意見を異にする読者のほうが多いのではないだろうか。案外、こんなところに、クロフツがその後、『樽』を越える作品を書くことができなかった秘密があるような気もしてしまう。
 なお、このLibrary of Classics版には、マッケイという画家による挿絵が7枚挿入されている。以下は、その中の口絵。

Library of Classics


この機会に、“The S.S. Van Dine Detective Library”の『樽』の口絵も以下に掲載しておく。

Van Dine Library


さらに、以下は『樽』のコリンズ社初版の扉である。

British first edition

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

F・W・クロフツ ‘Danger in Shroude Valley’

 クロフツは、1947年にジュヴナイル物のミステリとして『少年探偵ロビンの冒険』を出版している。‘Danger in Shroude Valley’は、同作の主人公、ロビン・ブランドとジャック・カーを再登場させた短編であり、“The Golden Book of the Year”(1950)というジュヴナイル物のアンソロジーに収録されている。

 はしかの流行のせいで学校が休みになり、ロビン・ブランドは、友人のジャック・カーの家族と一緒にスウィンレイという町で休日を過ごしていた。ジャックの父親は技師であり、スウィンレイの鉄道の改修工事に携わっていて、その町に家を借りていたのだった。
 ある晩、ロビンはジャックに誘われて、柵をくぐってバスステーションの建築現場に忍び込む。ところが、そこで二人の男が犯罪を企んでいるらしい話をしているのを聞いてしまう。ロビンたちが男たちを見下ろせる足場の上に上ると、さらに二人の男が加わり、ボスらしい男が犯罪の段取りを説明し出す。どうやら、信号を操作して列車を停め、車掌を捕えて縛り上げる計略のようだった。
 ロビンたちは、一味の一人、バーケットのあとをつけることにしたが、途中で見失ってしまう。そこで二人は、ジャックの父親、カー氏に経緯を話すが、カー氏は、彼らが列車を爆破して、なにかを奪おうとしているのではないかと推測する・・・。

 『ロビンの冒険』もそうだったが、謎解きというより、少年たちが巻き込まれる冒険ものである。とはいうものの、そこはクロフツらしく、「ボックス」という言葉の意味など、謎解き的な要素を盛り込んだり、現場の見取り図も挿入するなどしてミステリらしい興趣を添えている。ただ、発端からして『ロビンの冒険』に設定がそっくりで、事件の展開はまるで違うものの、前作を読んだ者には、なにやら焼き直し的なところが目につくかもしれない。
 前作には、フレンチ主任警部も顔を出していたが、この短編には登場せず、代わりにグリーア警部という警察官が捜査に関わる。少年たちによる自転車の追跡劇あり、間一髪の転轍機操作ありと、見せ場を幾つも設けてストーリーを盛り上げ、いかにもジュヴナイル向けの冒険ものらしい読み物となっている。
 この頃のクロフツは既に作品の発表頻度も落ちていて、『列車の死』のようなエスピオナージュものを書いたり、四福音書のリライト版を執筆したりと、次第に目立ってきたマンネリ化の傾向を打開すべく試行錯誤している様子も窺える。ジュヴナイルものに手を染めたのも、そうした試行錯誤の一つと見ることもできるが、そんな穿った見方をするより、(『ロビンの冒険』の見事な解説で霞流一氏が述べているように)「クロフツによるトム・ソーヤ・ミステリ」を素直な心で楽しむべきなのかもしれない。
 挿絵がふんだんに入っているのもジュヴナイルものらしい。画家はG・アーネスト・ラング。



Shroude Valley

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

F・W・クロフツ『フレンチ警視最初の事件』

 一度原書で読んだものは、邦訳が出ても買わないことが多いので、クロフツも学生時代以来邦訳は買ったことがなかったのだけれど、唯一未読のままだったのが『フレンチ警視最初の事件』(1949)。折よく邦訳が出たのは知っていたが、ようやく読むことができた。
 邦訳があるのであらすじは省かせていただくが、結論から言えば、この時期の作品らしく、質の衰えとマンネリ化を打開しようとする作者の試行錯誤を感じさせる作品だった。
 シモンズが「退屈派」と呼んだ作家の中でも、ジョン・ロードなどは、中期以降になると、人物描写の努力などあっさり放棄し、開き直って、ひたすらプロットだけで勝負している感があるのだが、クロフツの場合は、後年の作品になるほど、下手なら下手なりにも、登場人物の性格描写や人間関係にふくらみを持たせようと骨を折っているのが痛いほど伝わってくる。その点では、犯罪小説重視のシモンズのような辛口の批評家が、クロフツには一定の評価を与えようとしていたのもそれなりに理解できる。
 本作でも、ダルシーとフランクという恋人同士の関係を中心に据え、特にダルシーの性格描写に力を入れたことがよく分かる。欺瞞的な恋人を救おうと思ううちに自分も犯罪に手を染めて泥沼にはまっていき、相手の裏切りを察した彼女が今度は恋人の罪を暴こうと画策する展開には、ダルシーという女性の葛藤する心理がそれなりに描かれていて興味を引くし、ストーリー展開に起伏を与える効果も持っている。
 ところが、いざ物語が完結してみるとほとんど印象に残らないのは、そんな心理描写自体が、特別独創的でもなく、紋切型の枠にとどまっているからであり、さらには、その証拠に、簡単な説明だけでハッピーエンドで丸く収まってしまい、あまりのあっけなさに拍子抜けしてしまうからだ。邦訳解説者の言う「衝撃的な人間ドラマ」はいかにも大げさではなかろうか。
 第九章の末尾に、「原註」として読者への注意喚起を加えてフェアプレイの姿勢を見せていることについても、これを称賛する向きもあるのだが、実はとってつけた感が強く、鮮やかな論理性があるわけでもないし、この「原註」があろうとなかろうと、作品の質にはほとんど影響しないと思われる。はやりの「読者への挑戦」を書き加えて、黄金期の謎解き物らしい雰囲気をまとわせたにすぎないのではないだろうか。苦心のトリックもメカニカルな仕掛けにとどまり、さほどの独創性もなければ、爽快なサプライズも味わえない。
 “A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーは、「フレンチが最終的に事実を突き止める頃には、読者のほうがとっくに要点を捉えて、もっと手際よく解決してしまっているだろう」と評しているが、確かに、真犯人の隠し方も見え見えで、慣れた読者なら早い段階で見当をつけてしまうだろうし、仕掛けについても正確には見抜けないとしても、およそそんなものと予測してしまえるようなものだ。
 残念ながら、邦訳の解説者ほど手放しでお勧めする気にはなれないのだけれど、クロフツの後期の作品には、人物描写や事件設定も含めて、(成功しているかどうかはともかく)作者なりに新機軸を打ち出そうと努めた跡が窺われ、ロードのように、肝心のプロットの才が冴えを失った途端に読むに堪えない代物が目白押しになるということがない。「極端なハズレや駄作はない」という意見もそれなりに頷ける。なにより、久しぶりにフレンチに出会えたことが本作を読めた一番の喜びだったかもしれない。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示