ジョゼフ・カミングズ ‘The Bewitched Terrace’

 ‘The Bewitched Terrace’は、カミングズがモンティ・クレイヴン名義で書いたバナー上院議員物の短編で、Mystery Digest誌1958年7月号に掲載された。

 スザンヌ・ディトマーという女性が、ニューヨーク市警察のバーニイ・ガント警部補を訪ねて相談に来る。その場には、バナー上院議員も居合わせていた。彼女はファーガス・レスリーという葬儀屋と婚約していたが、彼の前妻ジャスミンは事故死していた。
 スザンヌの相談は、マダム・オリンプという霊媒の女が、ジャスミンの霊を降霊術会で呼び出し、ファーガスを信じ込ませて、自分の属する協会に金を出させようとしているので、そのインチキを暴いてほしいということだった。
 彼女の話では、マダム・オリンプの部屋で降霊術会が行われたのだが、ジャスミンがいつも香水でつけていたジャスミンの香りが部屋に立ち込め、明かりがつくと、彼女と一緒に葬られた遺品のイヤリングがテーブルに落ちていて、天井にジャスミンの名が赤い字で書かれていたという。
 ジャスミンは、夫とともにパーク・アヴェニューのペントハウスに住んでいたが、二十階にある部屋の外のテラスから転落死したという。テラスのへりにフラワーボックスを置いて花を育てていたのだが、園芸用の手袋をはめ、テラスには移植ごてが落ちていたことから、誤って転落したものと考えられていた。
 マダム・オリンプがファーガスのペントハウスで再び開いた降霊術会に、バナーとガントも同席する。明かりを消し、マダム・オリンプの降霊術が始まると、外のテラスに透明なドレスを着たブロンドの髪の女の姿が表れ、「私は突き落とされた」と語る。
 バナーが明かりをつけ、皆でテラスに出て調べるが、そこには誰もいない。すると、スミレの植えてあるフラワーボックスが壊れていて、その土に小さな裸足の足跡がついているのに気づく。さらに、通りを隔てた向こうのアパートのテラスに、透き通ったドレスを着て、手を振る女の姿が見える。バナーとガントは現場に向かうが、そこには誰もおらず、そのアパートの借り主を調べると、それは亡くなったジャスミンだった・・・。

 カミングスのバナー上院議員物は、短編集“Banner Deadlines”に一部収録されたが、本作は未収録作の一つ。個人的には、不可能犯罪物というのは、感心する確率が極めて低く、手の込んだトリックやメカニカルな仕掛けを用いた作品ほど、肩透かしに感じることが多い。「Xストリートの殺人」など一部の作品を除くと、カミングスも例外ではなく、本作もさほど印象はよくなかった。
 とはいえ、個人の好みは千差万別、不可能犯罪ファンには、本作のような設定とトリックは堪らない魅力を持っているに違いない。ロバート・エイディも、“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”において、本作について「巧妙、複雑、上出来」と称賛を呈している。が、その一方で、「なぜまたペンネームを?」という疑問も付している。
 実は、本作が掲載されたMystery Digest誌には、本名のカミングズ名義で、‘Counsel for the Damned’という非シリーズ物の中編も掲載されているのだ。カミングズは同誌の編集にも携わっていたので、同じ号に一度に自作を二作も掲載できたのだろうが、職権の濫用と思われるのを憚って、目立たないように名前を使い分けたのかもしれない。しかし、それなら、非シリーズ物のほうにペンネームを使えばよさそうなもので、同誌には過去にもバナー上院議員物を掲載しているから、なおのこと、こちらにペンネームを使ったわけはよく分からない。あからさまに二作載せたという体裁は回避したものの、ファンには、どちらも自分の作品だと知ってもらいたかったのかも・・・。
 その‘Counsel for the Damned’は、グレッグ・ショーという弁護士を主人公にした中編で、殺人の罪に問われた婚約者の無実を証明するために、自ら弁護を引き受けるというストーリー。不可能犯罪のようなトリックもないし、謎解きとしての要素も乏しく、むしろハードボイルド・タッチの作品で、アイロニーに満ちた結末が面白い。リファレンス・ブックやネット等の書誌でも見かけないので、貴重な作品と言えるかもしれない。



Mystery Digest
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョゼフ・カミングズ ‘Nobody Loves a Fat Man’

 ‘Nobody Loves a Fat Man’は、Mike Shayne Mystery Magazine誌1980年6月号に掲載されたバナー上院議員物のショートショート。

 FBIの捜査員が「いなご」という暗号名の共産主義スパイを逮捕するが、その男は、シセロー・ヒルという国務省職員が売国奴であることを告白する。ヒルは、外交政策の秘密を国務省のファイルから盗み出し、「いなご」に渡す手はずだったという。
 ヒルは、その秘密を記録したマイクロフィルムを睡眠薬サイズのカプセルに隠し、一人住まいの自宅に隠しているとの情報を「いなご」から得たFBIは、すぐさまヒルの身柄を拘束し、ヒルの体や衣服はもちろん、自宅も徹底的に捜索するが、マイクロフィルムは見つからない。
 スパイ活動を調査する特別上院委員会の議長だったバナーは、肥満気味の体を押して、自らヒルの自宅に調査に赴くが・・・。

 本編は、3頁ちょっとの分量のショートショートで、タイトルとは裏腹に、量も質も、いかにも軽めの作品だ。「デブを好む者はいないよ」というタイトルは、太り過ぎのバナーにダイエットを勧めた医師のセリフだが、作中の情報によると、バナーの体重は273ポンド(約124キロ)。286ポンド(約130キロ)のネロ・ウルフといい勝負だ。
 この体重が、実は重要な手がかりとなっているのだが、そのマイクロフィルムの隠し場所には、正直、呆気にとられてしまう。真面目に考えるより、単純に笑って楽しむことができれば、それで十分と言えそうだ。



Mike Shayne80.6

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョゼフ・カミングズ ‘Assassination—Middle East’

 ‘Assassination—Middle East’は、Mike Shayne Mystery Magazine誌1981年5月号に掲載されたバナー上院議員物の中編。

 ストーリーは、イスタンブールのアメリカ領事館の職員、ノーマン・クロスが語り手となって進行する。
 クロスは、ペーター・ガイストとその妻に、査証を発給した旅券を渡すために、丘の上にある彼らの家に向かっていた。ガイストは、西ドイツ出身の引退した舞台俳優で、シェークスピアの「テンペスト」のプロスペロー役で知られていた。
 家に近づいてくると、男が家の玄関口のところに立っていて、クロスは、旅券の写真から、それがガイストだとすぐに分かった。ガイストは、白い手袋をはめ、足まで隠れる風変わりなローブを着て立っており、その姿は当たり役だったプロスペローを連想させた。
 クロスが近くまで来ると、ガイストは玄関の中に姿を消してしまい、ドアまで来ると、ガイスト夫人が出てきて、クロスを迎える。クロスは、夫人に、ガイストの査証申請書にサインがないので、目の前でサインしてくれるよう頼むが、夫人とともに家の中を探しても、ガイストの姿はなかった。クロスは、本人のサインなしでは渡せないと、旅券の返還を拒む。
 クロスが領事館に戻ってくると、大騒ぎになっていた。現地の大使や外交官を招いた夕食会の場に、ターブーシュ(イスラム教徒がかぶるフェルト製の赤い縁なし帽)をかぶったハッジ・ハサーンというアラブ人が、リボルバーを持って闖入し、領事を射殺するという事件が起きていたのだ。そこには、同じ夕食会に招かれながら、飛行機が遅れて、あとから現場に来たバナー上院議員も居合わせていた・・・。

 人間消失の謎をテーマにした作品だが、トリック自体は得心できるものとは言い難かった。もっとも、これもあくまで個人的な感想であり、面白いと思う人もいるだろう。
 事実関係も気になるのだが、イスタンブールはトルコ最大の都市ではあるものの、首都はアンカラであり、イスタンブールに総領事はいても、大使はいない。各国大使は、通常はアンカラに駐在しているはずだし、まして、イスタンブール駐在のアメリカ総領事主催の夕食会に集まってきたりするか? まあ、謎解きがメインのミステリなのだから、そんなことに目くじら立てても仕方ないのだが・・・。
 バナーは、ネロ・ウルフ並みの肥満体だというのに、本作ではイスタンブールに来ているし、‘The Fire Dragon Caper’という作品では香港が舞台になっている。ウルフもモンテネグロまで行ったりしているが、バナー上院議員も精力的に世界を飛び回る活動家のようだ。



Mike Shayne81.5

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョゼフ・カミングズ ‘Dressed to Kill’

 ‘Dressed to Kill’は、Mike Shayne Mystery Magazine誌1982年3月号に掲載されたバナー上院議員物の短編。

 ジョージア・ベーコンは、医師の妹で、結婚を約束したレニーという恋人がいた。レニーとダンスを踊った夜、部屋に戻ると、レニーがスコッチ・ソーダを作ってやるが、レニーが帰ったあとにジョージアは気分が悪くなり、そのまま部屋で絶命してしまう。
 兄のクィンシー・ベーコン医師が帰ってきて、妹の死体を見つける。その直後に、フランス人モデルのスリーズ・ボネとデザイナーのルディ・ホリスがやってくる。ベーコン医師は、二人に妹の死を告げる。スリーズは心臓発作ではないかと示唆するが、医師は、妹は健康だったし、外傷もないことから、毒殺されたに違いないと話す。
 医師がレニーに連絡を取るため、彼の母親に電話した直後に、講演後の食事のせいで腹痛を覚えたバナー上院議員が、医師に診てもらおうと現場にやってくる。医師は、死因を確かめるため、妹の胃の内容物を調べるが、毒の痕跡は見つからない・・・。

 本作は、タイトルに示されているように、同じドレスを着た女性が次々と3人、同じく死因不明のまま死ぬという謎を扱っている。不可能犯罪物というのは、だいたいがこうした魅力的な謎の設定を持っているものだが、解決が得心できるものかどうかで評価が分かれることになる。本作も、発端の謎の設定という点では確かに興味をかき立てるのだが、その解決が腹に落ちるかどうかは意見の分かれそうなところだろう。
 ロバート・エイディ編の“Banner Deadlines”でようやくまとまった紹介がなされたカミングズだが、邦訳では、「Xストリートの殺人」のような有名作も雑誌に掲載されたままのようだし、知名度もいま一つ。今後の紹介を期待したいところ。


Mike Shane82.3

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ジョゼフ・カミングズ “The Fire Dragon Caper”

 “The Fire Dragon Caper”は、Mike Shayne Mystery Magazine誌1984年5月号に掲載されたバナー上院議員物の中編。

 舞台は香港。現地に駐在するウォルター・セヴン大佐は、銀行支配人のウィル・テダーズから相談を持ちかけられる。
 化学者のフォントルロイ伯爵が、核分裂によって金の延べ棒の容量を増大させる方法を発見したというのだが、これを知った、銀行の最大の預金者であるインド人のネンブッダ氏が、テダーズ氏の銀行に預けた金でその実験をやらせたいという。協力してくれないのなら、預金を他行に移すというので、テダーズは引き受けることにしたのだが、三万ポンドもの多額の金貨を実験に使うというので、セヴン大佐の協力を請い、その実験の警備をしてほしいということだった。
 実験室には、波止場にある使用されていない倉庫が選ばれ、金貨が運び込まれた。倉庫は、銀行の金庫室のように改造され、ドア一つを除いて出口を封鎖し、周囲は警備員で固められた。作業には二、三か月かかるという。伯爵は、作業が終わるまで実験室に誰も入れさせないという条件を付けたが、伯爵が実験室のドアを出入りする時は必ず全身チェックを受け、銀行が雇った出入りの掃除夫も同じく徹底的にチェックを受けた。
 ある朝、伯爵が姿を見せないのを不審に思ったセヴンは、伯爵が滞在していたホテルに行くと、既に伯爵は姿を消していた。セヴンが実験室に警備員を踏み込ませると、金貨は跡形もなく消え去っていた・・・。

 本作では、密室からの金貨の消失という謎だけでなく、一人しかいないはずの金庫室内での射殺という謎も扱われている。謎解きに取り組むのは、旅行中のバナー上院議員。いずれの謎も、設定自体はいつもながら魅力的なのだが、肝心の謎解きになると、やはり釈然としないものが残る。
 不可能犯罪の謎解きは、心理的な盲点を突くような鮮やかさとシンプルさを伴う場合には感心することが多いのだが、いくら実行可能で、複雑すぎない仕掛けを用いていたとしても、小細工を弄したにすぎないようなトリックの場合には、つまらなさばかりが後味として残ってしまう。不可能犯罪物には、たいていこうしたリスクが伴うもので、他のタイプの謎解き物に比べると、歩留まりはかなり低いと言わざるを得ない。
 バナー上院議員物についても同様で、「Xストリートの殺人」のような佳作はむしろ少数であり、安易な思いつきの小細工を用いた作品に立て続けに接すると、さすがにうんざりしてくる。カーのように、トリックだけ取り上げれば、やはり厳しめの評価になるのかもしれないが、不可能犯罪の設定とストーリーテリングのうまさとが巧みに相乗効果を上げて、雰囲気や事件の展開を盛り上げることのできた作家は、別格の存在だったのではないだろうか。


Mike Shayne84.5

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示