G・D・H&マーガレット・コール “The Murder at Crome House”

 コール夫妻もまた、シモンズによって「退屈派」にカウントされた作家だが、実際、個々の作品の出来栄えにはかなりムラがあるし、ウィルスン警視の退屈な尋問が多くて、ストーリー展開も起伏が乏しく、プロットもとってつけた凡庸なものが多いため、読んでいてうんざり、結末でがっかりということがしばしば。しかし、ロードと同じで、全てが駄作なら記憶される作家になるはずもなく、最後まで楽しく読める作品ももちろんある。
 “The Murder at Crome House”(1927)は、夫妻の初期作品の一つで、シリーズ・キャラクターのウィルスン警視は登場せず、大学で歴史と経済の講師を務めるジェームズ・フリントが探偵役を務めている。多くの評者が指摘しているように、G・D・H・コール自身をモデルにした人物だ。

 フリントはウェストミンスター図書館から本を借りてくるが、最初に手にした心理分析の本がつまらなかったため、トロロープの本を手にする。すると、最初の本から滑り落ちたらしい写真が下に落ちているのに気づく。それは、テーブルの前に座った老人に、中年の男がリボルバーの銃口を突きつけている写真だった。フリントは、内輪で行ったお芝居の場面を撮った写真だと思う。
 フリントは翌日、写真のことを思い出すが、なくなっているのに気づき、掃除婦が暖炉で燃やしてしまったと思い込む。すると、写真に写っていた中年の男がフリントを訪ねてきて、心理分析の本に挟んだまま図書館に返却してしまった劇の写真を探していると告げる。フリントは、写真が焼き捨てられてしまったと伝えて謝るが、相手の男は、それなら仕方がないとあっさり諦めて辞去する。
 ところが、写真は無事残っていたため、フリントは、住所氏名も告げずに帰った相手の男に写真を返却するために、図書館に行って、その男がウィリアム・エクセター氏であることを突き止める。その名に聞き覚えのあったフリントは、クラブの昼食で同席した友人のアンダーウッド弁護士に写真の件を話し、エクセター氏のことを知らないか尋ねると、アンダーウッドは驚く。
 エクセターは六か月前に起きた殺人事件の関係者だった。被害者はクローム・ハウスの主人、ハリー・ワイ卿で、まさに写真と同じ状況で屋敷の書斎で射殺されたのだった。被疑者は、ハリー卿の義理の息子、オリヴァー・デ・ベロウという青年で、アンダーウッドのまたいとこと婚約していたことから、彼の事務所が弁護を引き受けた事件だった。
 オリヴァーは、母の再婚相手だったハリー卿に、母が遺した遺産を要求したが、詐称者と決めつけられ、拒まれたため、逆上してリボルバーを突きつけた。ところが、カーテンの影からマスクをした謎の男が現れ、リボルバーを奪われて追い払われたという。ハリー卿が殺されたのはその日の午後であり、オリヴァーが最後の目撃者だった。部屋に据えてあったカメラには、オリヴァーがハリー卿に銃を突きつけている写真が残っていたが、オリヴァーには犯行時刻のアリバイもあったため、証拠不十分で釈放されていた。
 エクセターはハリー卿の娘、マデリンの夫で、事件後に結婚していた。卿の遺産はマデリンがすべて相続したという。本に挟んであった写真は同じ場面を撮ったものと思われたが、リボルバーを突きつけている人物はオリヴァーではなく、エクセターになっていた。しかし、エクセターにはアリバイがあり、その写真も合成されたものと判明する・・・。

 “A Catalogue of Crime”の編者ジャック・バーザンとW・H・テイラーは、本作を“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”の一つに選び、“Murder in Print”の著者メルヴィン・バーンズも夫妻の代表作に挙げている。(バーンズは、ローズマリー・ハーバート編“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でもコール夫妻の項目を担当し、本作を夫妻の「ベスト長編とみなされている」としている。ほかには、“The Murder at the Munition Works”(1940)を推している。)“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”でコール夫妻の項目を執筆しているジャンヌ・F・ベデルも、“Double Blackmail”(1939)と並んで本作をベストに挙げていて、コール夫妻の代表作として定評のある長編と言えるだろう。
 我が国では、邦訳のある『ブルクリン家の惨事』や『百万長者の死』などと比べると言及されることが少ないが、ウィルスン警視の登場しない非シリーズ物であるため、注目されにくいからかもしれない。
 バーザンとテイラー、バーンズも、夫妻の作品に退屈なものが多いことを認め、一致して「おざなり(slapdash)」という言葉を用いてプロットの弱さを指摘しているが、本作については錯綜したプロットの整合性や定型に陥らない展開を評価しているようだ。万能タイプの探偵が登場せず、素人探偵たちの試行錯誤が続く展開も、だれずに読者の興味を持続させる効果を持っている。ただ、バーザンたちも指摘しているように、慣れた読者であれば、犯人を見抜くのはさほど難しくあるまい。
 サブプロットがやや冗長で中だるみを感じさせる面もあるが、探偵役を務めるフリント、アンダーウッドをはじめ、登場人物たちにもそれなりに個性があって、親しみを感じさせるところも本作の魅力の一つといえる。単発の登場で終わったのが惜しいほどだ。黄金期の本格物らしく、挿入された二枚の図面も興を添えていて、クロフツのファンであればきっと楽しめる謎解きに仕上がっている。
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G・D・H&マーガレット・コール『ブルクリン家の惨事』

 『ブルクリン家の惨事(The Brooklyn Murders)』(1923)は、コール夫妻の探偵小説デビュー作であり、シリーズ・キャラクターのウィルスン警視の初登場作である。
 本作は、初版は夫のジョージ・ダクラス・ハワード・コールの単独名義で刊行され、執筆の経緯も、彼が病床中の退屈を紛らすために書いたと説明されることが多いが、1933年の再版からは夫妻名義に変わり、後続作も、実際にどちらが執筆したかに関係なく、全て夫妻名義で発表されている。二作目の『百万長者の死』から夫妻の合作になったかのように説明されることも多いが、本作も、妻の助言が全くなかったとも言い切れないし、その後の作品の合作名義がありのままの事実を必ずしも反映しているわけでもなさそうなので、本作もいちおう夫妻の作品という位置づけにしておく。

 幾つもの大劇場や劇団を傘下に収める「ブルクリン演劇協会」の社長、ヴァーナン・ブルクリン卿は、70歳の誕生日を迎え、自邸リスカード邸での祝いの席で遺言状を親族や関係者の前で公表する。
 祝いの席には、ヴァーナン卿の二人の甥と義理の姪も来ていた。甥のジョン・プリンセプは、協会の支配人として卿の跡を継ぎ、甥のジョージ・ブルクリンは劇場などの設計に携わる建築家だった。卿の弟、ウォルタは破産を経験した厄介者で、富豪未亡人との結婚で得た財産も蕩尽してしまい、この夫人の死後、連れ子のジョアン・クーパーをヴァーナン卿が引き取り、邸での接待を切り盛りさせていた。
 ヴァーナン卿は、ジョアンとジョンを結婚させたいと考えていて、この結婚を前提に遺言状を作成していたが、ジョアンは劇作家のロバート・エラリに思いを寄せていて、ジョンと結婚するつもりはなかった。ジョアンは、遺言状の発表の場で自分の意思をはっきりと告げ、場が気まずくなる。
 翌朝、リスカード邸で二人の甥の死体が発見される。ジョン・プリンセプは書斎で頭を殴られ、さらに心臓をナイフで刺されてこと切れていた。死体の下からはジョージのハンカチが見つかる。さらに、ナイフは建築士の扱うタイプのものだったため、捜査に当たったブレイキイ警部はジョージを疑い、逮捕状をとる。
 ところが、ジョアンが、庭にあるギリシア神殿の階段のところに倒れているジョージの死体を見つける。ジョージはヘラクレスの彫像の棍棒で頭を殴られて殺されていた。棍棒からはジョンの指紋が検出され、そばにはジョンが使用していたパイプが落ちていた。
 二人が殺害された時刻はほぼ同じであり、まるで二人が互いを殺し合ったかのような状況だったが、もちろんそれは物理的に不可能だった。この奇妙な状況に当惑したブレイキイ警部は、上司のウィルスン警視に事件の概要を報告するが・・・。

 ウィルスン警視はもちろん重要な役割を演じてはいるが、現場の捜査はブレイキイ警部にほとんど任せ、登場シーンも多くはない。むしろ主役を演じているのは、ジョアンとロバートのカップルだ。ウォルタの潔白を証明しようと独自に調査を進める二人の素人探偵ぶりが親しみを感じさせ、つい彼らの幸せを願ってやりたくなる。ブレイキイ警部の捜査とウィルスン警視の推理、ジョアンとロバートの調査がそれぞれ独自のアプローチを見せ、交差しながら展開していくストーリーにも起伏が感じられるし、「退屈派」のレッテルが不当と思えるほどだ。
 プロットは決して独創的ではないし、むしろこじんまりとまとまった構成だが、発端の謎めいた状況設定といい、図面も挿入しながらウォルタのアリバイを解明していくプロセスといい、いかにも黄金期の作品らしい雰囲気も謎解きファンの興味をくすぐる楽しさがある。
 犯人は比較的早い段階で明らかにされ、焦点は、真犯人の扱いをめぐって思惑の異なる警察側とジョアン=ロバート側の競り合いと駆け引きに移っていく。謎解き偏重の読み方をすると、フーダニットの種明かしの早いことが欠点のように思え、その後の展開がつまらなく感じるかもしれないが、むしろ、焦点が移ったあとの、両者の調査展開のつばぜり合いと一点に収束するフィナーレを演出するために、作者なりに意図したストーリー設計だったとみるべきだろう。まずまずの佳作と評価したいところだ。

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