ロイ・ヴィカーズ「ゴムのラッパ」

 「ゴムのラッパ」は、「迷宮課」シリーズの記念すべき第一作であり、『迷宮課事件簿[1]』(邦訳は早川文庫刊)の序文で述べているように、エラリー・クイーンが最初に注目し、EQMMに再録するなどして、シリーズを世に知らしめるきっかけとなった作品である。
 本作の初出はピアスン誌1934年9月号で、その後、フィクション・パレード誌1935年10月号に再録され、さらに、EQMM誌1943年11月号に再録された。上記短編集に収録されたのは1949年である(その前の1947年に、収録作がかなり異なる同題のペーパーバック・オリジナルが、やはりクイーンの序文付きで出ている。これが「ゴムのラッパ」の単行本初収録。1947年版は『クイーンの定員』に選ばれ、1949年版は“Detective Fiction: The Collector’s Guide”の編者、ジョン・クーパーとB・A・パイクが推薦作として挙げている)。
 クイーンが注目したのが、ピアスン誌の初出か、フィクション・パレード誌の再録かはよく分からないが、ピアスン誌版と比較すると、邦訳のある単行本版は多少加筆が施され、数字を付して節が分けられている。
 ヴィカーズは、1934年から35年にかけてピアスン誌に「迷宮課」シリーズを連載したが、その後はEQMM誌1945年11月号掲載の「けちんぼの殺人」まで再び同シリーズの新作の筆を執ることはなかった。クイーンが「ゴムのラッパ」や「ボートの青髭」(EQMM誌1944年7月号再録)、「オックスフォード街のカウボーイ」(同1945年5月号再録)をEQMMに再録したことが、その後のシリーズの再開と継続につながったのは明らかであり、その過程でクイーンが果たした役割は大きいといえる。
 ちなみに、『歌う白骨』収録作品をはじめ、倒叙推理小説の生みの親とされるフリーマンのソーンダイク博士物の短編が連載されたのもピアスン誌であり、その衣鉢を継いだヴィカーズの「迷宮課」シリーズが同じピアスン誌から世に出たというのも、不思議な縁というものか。しかも、初めて世に出た倒叙推理小説は、ノヴェル・マガジン誌1910年8月号に掲載された「落ちぶれた紳士のロマンス」だが、ヴィカーズは、このノヴェル・マガジン誌の編集者を務めたこともあった。この点は、ただの偶然とは考えにくく、ヴィカーズがフリーマンの作品に触発されて「迷宮課」の着想を得たと考えても、あながち外れてはいまい。
 初出のピアスン誌で挿絵を描いているイラスト画家は、ジャック・M・フォークス。この記事でご紹介しておく。


Pearson表紙


Trumpet1


Trumpet2


Trumpet3
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ロイ・ヴィカーズ ‘The Three-foot Grave’

 ‘The Three-foot Grave’は、ピアスン誌1934年11月号に掲載された「迷宮課」物の短編。単行本未収録作の一つである。本作にはおなじみのレイスン警部は登場せず、「夜の完全殺人」(『老女の深情け』早川文庫収録)にも登場するタラント警視が主役を務めている。
 犯人は弁護士のヘンリー・ドー。彼は、アグネス・ウィルキンスンという依頼人の女性から預かっていた金を無断で投資に回し、第一次大戦の混乱で全額失ってしまう。その後ドーは市長に当選するが、ミス・ウィルキンスンから金の返還を求められ、窮したドーは奸計をめぐらして彼女を殺害し、死体をかつて歩道橋に使われていた石板の下に埋める。豪雨のせいで増水した川のそばで、市長として式典のスピーチを行っていた最中、その川に女の死体が浮かび・・・という展開。シニカルな結末が面白い。
 本作はのちにフィクション・パレード誌1936年1月号に再録され、さらに、EQMM誌1950年10月号に‘The Impromptu Murder’と改題されて再録されたが、単行本に収録されることはなかった。
 初出誌のピアスン誌で挿絵を描いているのは、ジャック・M・フォークス。以下にアップしておく。

Grave1

Grave2

Grave3


 なお、「迷宮課」シリーズには未収録作がほかにもあり、上記邦訳『老女の深情け』で解説を書いている杉江松恋氏がシリーズの総数に疑問を呈している。杉江氏によれば、ジュリアン・シモンズが“Bloody Murder”で全38作としているが、単行本(即ち、邦訳『迷宮課事件簿1』、『百万に一つの偶然』、『老女の深情け』、『殺人を選んだ7人』)収録作が28作、未収録作が6作で、計34作しかなく、「四作足りない」とのこと。
 杉江氏が未収録作として挙げている6編とは、
 「ベッドに殺された男」 『クイーンの定員3』光文社文庫収録
 ‘The Case of the Honest Murderer’ The Department of Dead Ends(1947)収録
 「真実味」 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン1963年11月号収録
 「鸚鵡のくちばし」 エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン1958年6月号収録
 「智の限界」 別冊宝石85号収録
 「ふたりで夕食を」 『ディナーで殺人を(下)』創元文庫収録
 である。
 杉江氏が参照した邦訳『ブラッディ・マーダー』(新潮社)は、私は所持していないので、底本とした版がよく分からないのだが、1992年の最終改訂版の原書を参照する限りでは、シモンズはシリーズの総数には言及していない。
 他方、ジョン・クーパー&B・A・パイク編“Detective Fiction: The Collector’s Guide”(1994)によれば、確定されたシリーズ総数は37編とされている。
 さらに、同書によれば、単行本未収録作は、
 ‘The Three-foot Grave’ 上記
 ‘Molly the Marchioness’ フィクション・パレード誌1936年2月号(‘The Man Who Married Too Often’と改題されてEQMM誌1948年10月号再録)
 ‘The Holborn Murder’ フィクション・パレード誌1936年4月号(‘The Pluperfect Murder’と改題されてEQMM誌1952年2月号再録)
と、さらに3編あることが分かる。
 これで計37編。どんぴしゃりだ。かくして、この問題は「迷宮入り」ではなく「きっぱりと解決」されたと思うのだが、いかがであろうか。

続きを読む

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

脱線の余談--それってジャンパー?

 「迷宮課」シリーズの記事を書いていて、ふと、懐かしい出来事を思い出した。私事にわたることながら、ちょっと脱線して、自分の体験も交えつつ、英語と米語、和製英語の混乱などに触れてみたい。
 かつてイギリスでホームステイをしていた時のこと。当時は英会話も拙くて四苦八苦していた頃だが、秋が近づいてきて肌寒さを感じる季節になり、まだ薄着をしていた私に、ステイ先の主人が、「そんな服装で寒くないのかい。ジャンパー(jumper)を着ればいいのに」と言った。「ジャケット(jacket)なら持ってますよ」と答えると、「ジャケットじゃない。ジャンパーだよ」とさらに言われて、ポカンとしてしまった。私の当惑した様子に、そのご主人、実物を持ってきて見せてくれたものだ。
 そしたら、なんと、それはセーターではないか。「これ、セーター(sweater)ですよ」「いやいや、ジャンパーだ」と押し問答になり、素直な私はそれ以上言い逆らわず、「持ってないので、今度の週末、買ってきます」と言って、マークス&スペンサーのセーター・・・いや、ジャンパーを買ったものだった。
 その押し問答のあと、辞書を引いてみたのは言うまでもない。すると、‘jumper’はイギリス英語でプルオーバーのセーター(sweater)のことだと分かり、また一つ勉強したと、自分を納得させたものだ。時がたってから、あるアメリカ人にそのエピソードを話したら、「そうさ。汗をかく(sweat)ことを、イギリスではジャンプする(jump)と言うんだよ」とふざけられてしまった・・・。
 長々と思い出話をして恐縮だが、なぜこんな話をするかと言うと、『迷宮課事件簿1』の収録作に「黄色いジャンパー」という作品があるからだ。原題は‘The Yellow Jumper’。そして、原作者のヴィカーズはイギリス人だ。これはどう考えても、「黄色いセーター」と訳さないとおかしいのではないか。
 いずれにしても、日本人の使う「ジャンパー」は和製英語で、英語ではむしろ「ジャケット(jacket)」と言う。‘jumper’をそのまま「ジャンパー」とは訳せないはずなのだ。仮にアメリカ英語だとすると、「ジャンパースカート」の意になるので、ますます原作と筋が合わなくなる。
 早川文庫のカバー・イラストには、作中に出てくる手がかりが描かれているが、そこで描かれているイラストも、やはり日本人の言う「ジャンパー」だ。もちろん、翻訳を読んだ上でのことだろうから、画家の方を責めることはできないのだが、さすがに苦笑してしまった。
 漫然と読んでいると、そのまま流れてしまいそうになるのだが、本筋に影響のない誤訳ならともかくも、手がかりがかなめのシリーズだけに、こうした根幹に関わる勘違いは、機会があれば訂正してほしいものである。

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ロイ・ヴィカーズ ‘The Man Who Married Too Often’

 ‘The Man Who Married Too Often’は、「迷宮課」シリーズの単行本未収録作品の一つ。以前ご紹介したように、フィクション・パレード誌1936年2月号に‘Molly the Marchioness’のタイトルで掲載され、標記タイトルに改題されてEQMM誌1948年10月号に再録された作品である。

 犯罪者はモリー・ウェブスターというミュージック・ホールの歌手。自分に好意を寄せた客の青年が侯爵の身分と知ると、母親と共謀して青年と関係を持ち、結婚を強いる。侯爵夫人となったモリーは、ハネムーンで宿泊したホテルで、夫が自分と結婚する以前に別の女性と結婚していたことを知る。その女性は既に死んでいたため、自分の婚姻の有効性に問題はないと知るが、数年後のある日、夫と息子とともに侯爵領の館に住むモリーのもとに、一人の女性が訪ねてくる。彼女は婚姻証明書を持参していて、モリーと結婚する以前に夫が結婚していた、さらに別の女性と分かる。そこへ夫が戻ってくると、モリーは夫の持っていたショットガンで彼女を撃ち殺す。夫も銃口を口に含ませて射殺し、靴下留めを引き金に結び付けて自殺を図ったように見せかけるが・・・。

 本作にはおなじみのレイスン警部は登場せず、事件を解決するのは「迷宮課」のタラント警視。以前ご紹介した‘The Three-foot Grave’と残りの未収録作‘The Holborn Murder’(改題:‘The Pluperfect Murder’)もタラント警視の登場作であるが、雑誌掲載時にタラント警視となっていたのが、単行本収録時にレイスン警部に変更された例が幾つもあるようなので、これらの作品も、もし単行本収録されていたなら、レイスン警部に変更されていたかもしれない。
 侯爵夫人という身分への虚栄心と息子の地位の保全のために殺人を犯す女を描く。ショットガンと偽装に使われた靴下留めが重要な手がかりとなるが、皮肉な結末が面白い。単行本収録されなかったのが惜しいほどの佳作だ。


EQMM1948-10

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ロイ・ヴィカーズ ‘The Pluperfect Murder’

 ‘The Pluperfect Murder’は、「迷宮課」シリーズの単行本未収録作の一つ。フィクション・パレード誌1936年4月号に‘The Holborn Murder’のタイトルで掲載され、標記タイトルに改題されてEQMM誌1952年2月号に再録された作品である。

 犯罪者は、ハロルド・テイラーという青年。1908年にロンドンで開催された仏英博覧会で来場者用の車いすを押す係をしていた時に、フローレンス・アブソロムという金持ちの年配女性に気に入られ、彼女の運転手を務めるようになる。ミス・アブソロムは彼を自分のフラットに住まわせ、顧問弁護士のヘリアーに事務員として雇わせる。ミス・アブソロムは、ハロルドが彼女の遺産を相続するという遺言書をヘリアーに作成させていた。
 ハロルドはミス・アブソロムの窮屈な監視のもとで生活するのにうんざりし、ミス・サドラーという織物会社に勤める娘との交際を咎められたのをきっかけに、ミス・アブソロムの殺害を計画する。タイプ仕事の最中に、事務所の自分の部屋の窓から地階を通ってこっそり抜け出し、ミス・アブソロムのフラットに侵入して彼女を撲殺。誰にも見とがめられずに部屋に戻った彼のアリバイは完璧に見えたが・・・。

 犯行が露見するきっかけとなる手がかりは、ミス・アブソロムがハロルドに買ってやったスペアの鼻眼鏡。しかも、その鼻眼鏡は犯行そのものとは無関係であり、これを見つけて届け出たのも、ハロルドのことは何も知らない、わずかな謝礼金を期待した掃除婦だったという皮肉がストーリーのかなめになっている。
 捜査に当たるのは、「迷宮課」のタラント警視と部下のウィルモット巡査部長。例によって捜査陣の個性は希薄だが、その分、倒叙物らしく、犯罪者側の個性と動きが、少ない紙数の中でもよく活写されている。


EQMM1952-2

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示