アンソニー・アボット“About the Murder of a Startled Lady”

 “About the Murder of a Startled Lady”(1935)は、ニューヨーク市警察本部長、サッチャー・コルトの登場する長編。

 高名な化学者のレスリー・ギルマン教授がサッチャー・コルトに、降霊術会で殺人事件の被害者からのメッセージを伝えられたと告げる。教授は、近頃、心霊現象に夢中になっていて、霊媒のワシントン・アーヴィング・リン師とその妻のエヴァが開く降霊術会に参加していた。
 金を取って降霊術会を開いていた夫妻は治安紊乱のかどで警察に拘留されていたが、コルトは、リン夫妻を警察本部の自分の執務室に連れて来させ、アボット(語り手)、ドウアティ地方検事、ギルマン教授も同席する場で降霊術会を開かせる。電気が消され、エヴァがトランス状態に入ると、呼び出された娘の霊は、コルトの名を呼び、自分の名はマデリンといい、今年の五月一日に何者かに射殺されたのだと告げる。死体をバラバラにされ、箱に詰められて海に投棄されたと語り、フェアランド・ビーチ沖の箱が沈められた位置まで正確に告げるが、犯人の名前も殺人の動機も知らないという。そこまで告げると、エヴァは意識を失ってくずおれる。
 コルトは心霊現象など信じなかったが、そのメッセージが気になり、署員を派遣して、声が告げた場所を捜索させると、はたして人骨の詰まった箱が海の中から見つかる。コルトは引き上げられたばかりの水の滴る箱を、自分の家の図書室に直接運び込ませる。箱の中からは、バラバラの人骨のほか、模造真珠のイヤリングや衣服の一部が出てくる。頭蓋骨には前部に小さな穴があいていて、骨を揺すると中から音がし、32口径の弾丸が出てくる。
 コルトは箱を復顔術の名人であるフィッチのもとに運び込み、頭蓋骨から娘の顔を復元させる。フィッチはまるで生きているかのような娘の顔を復元し、コルトに、その顔の写真を撮って新聞に載せ、身元確認を呼びかけてはどうかと提案するが、コルトは、ある考えから、娘のことを口外しないようにフィッチに告げる・・・。

 アボットの長編には、いつも安手の通俗作品のイメージが付きまとう。なにしろ、ペンネームをAbbot、作品名の冒頭をAboutにすることで、アルファベット順のリストの最初に自分の名前や作品が来るようにし、検索者の目に真っ先に触れるよう画策したという逸話があるほどだ。いかにもコマーシャリズムに便乗した安易な受け狙いがプロットやストーリー展開からも垣間見えて仕方ないのだ。
 本作も例外ではなく、降霊術会における殺された娘からのメッセージ、海から引き揚げられたばかりの人骨、リアルに復元された娘の顔と、センセーショナルなシーンが続き、最後は緊迫した手術室の現場を犯人の自白場面に当てるという凝りようだ。その割には、饒舌で退屈な描写や会話も多く、明らかに紙数を稼ぐための埋め草と気づく。復元された顔にできた泡沫と同じ位置に写真の娘の顔にもほくろがあることに気づいたり、娘が殺されたのと同じ日に解雇されて姿を消したメイドがいたりと、思わせぶりなレッド・へリングが幾つも出てくるのだが、結局はどれもこれも場当たり的な設定や偶然と気づかされる。結末も拍子抜け以外の何物でもなく、しかも、ある重大な犯罪が軽々しく扱われるという、とんでもないプロットの穴まで生じている。
 以前の記事でも触れたが、なぜか本作は幾つかの不可能犯罪ものの傑作リストに挙げられている。ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”にも挙げられているが、そこで解説されている不可能状況とは、霊媒が死体の正確な遺棄場所を告げる娘のメッセージを受け取るという謎だ。ところがこれも、蓋を開けてみると、あまりのたわいなさに脱力感に襲われるし、比較的早い段階で種明かしされることから見ても、さほど重要なプロットのファクターをなしているとも思えない。なぜこんなものが傑作リストに挙げられるのか不思議としか言いようがない。
 なお、アボットを無視しているリファレンス・ブックも多いのだが、マーヴィン・ラッチマン(“A Reader’s Guide to The American Novel of Detection”)は、「傑作推理小説100選」の一つに『シャダーズ』(邦訳はROM叢書刊)を選び、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”(1980)でアボットの項目を執筆しているチャールズ・シバクもこれをベストとしている。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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