マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』

 マーガレット・ミラーは、サスペンスの作家と見なされているし、夫のロス・マクドナルド(ケネス・ミラー)はハードボイルド作家とされているのだが、実はこの二人の作品には似通ったところがあるとよく思う。
 一つは、緻密に練り上げられた複雑なプロット。一筋縄ではいかない錯綜したプロットを事前によく練り上げておき、これをベースにストーリーを展開するのは、ありきたりなサスペンスやハードボイルドには見られない、この二人の作家の特徴だ。大団円で真相が明らかになると、なによりもそのプロット構成の巧緻に感心し、それが読後の印象に大きく寄与することが多い。この二人を、サスペンスやハードボイルドという括りに封じ込めるのが難しく、謎解きファンにも愛読者が多いのもこのためだろう。
 二つ目は、家庭の悲劇を描くのがうまいこと。マクドナルドの場合は、父親探しがしばしばテーマになるが、ミラーも、夫婦や親子の複雑な事情が絡んだプロットが多い。これには、娘の問題に苦しめられたミラー夫妻自身の家庭の悲劇も影響している面があるのかもしれない。
 三つ目は、締めくくりのうまさ。特にミラーの場合は、最後の一行に渾身のエネルギーを凝縮させたような作品が幾つもあるが、マクドナルドも、『さむけ』や『ドルの向こう側』のように、余韻を残す見事な締めくくりを用意していることがある。これは、一つ目のプロットのうまさとも通底していることだろう。
 トータルすると、プロットの複雑さとテーマの重苦しさがこの両者の作品にはつきまとっている感があり、サスペンスであればむしろウールリッチのように、プロットも分かりやすく素直にカタルシスを味わえる作品のほうが大衆読者層に受けそうなところではあるだろう。この二人の作品の邦訳に品切れ状態になっているものが意外と多いのも、そんなとっつきにくい作品の性格による面が大きいのではと思っているのだが、それだけ通好みの重量感を感じさせるところも、まさに彼らの作品の魅力である。
 ミラーの作品の中で自分のお気に入りを上げるとすると、『狙った獣』、『見知らぬ者の墓』、『まるで天使のような』、『これよりさき怪物領域』ということになるが、これは、『海外ミステリ名作100選』のH・R・F・キーティング、『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』のディーン・ジェイムズが挙げているものと全く同じで、だからというので彼らに感化されたわけではなく、結果的にそうなっただけである。ほかにも素晴らしい作品はあるが、やはりこの4作が抜きんでているように思える。
 1956年のアメリカ推理作家協会(MWA)の最優秀長編賞に選ばれた『狙った獣』が代表作に挙げられることも多いが、個人的には上記4作の中でも一番印象の弱い作品だ。というのも、プロットが最初の段階でほぼ読めてしまったからで、その分、大団円のサプライズをうまく味わえなかったためだ。この作品のプロットは、先駆となる作品も複数あれば、サスペンスやスリラーの分野では、その後もいろんな作家や映画にまで繰り返し用いられ、手垢にまみれてしまった感もあり、実は今日読むとやや時代遅れの印象すら受ける。
 一作だけ選ぶとすれば、やはり『まるで天使のような』で、最後の一行も衝撃なら、登場人物の個性と魅力も素晴らしく、ジョウ・クインという探偵はシリーズ・キャラクターにしてもよかったのではと思うほどだ。
 『見知らぬ者の墓』(1960)は、これと並んで印象に残る作品で、ある女性が夢の中で自分自身の墓に出くわし、しかも、それと同じ墓が夢で見た場所と同じところに実際にあり、その墓に葬られていた人物も、夢で見た墓石の没年月日と同じ日に死んでいたという摩訶不思議な発端のシチュエーションが実に魅力的だ。葬られた人物の謎を調べていくうちに、平穏な日常を送っていたはずの自分自身の家庭に潜んでいた恐ろしい秘密が次第に暴かれていく展開も、鳥肌の立つような気味の悪さがある。
 一見超自然的な謎の提示をもって読者を惹きつけ、合理的な解明ととともに大団円を迎えるというプロットは、ボワロー=ナルスジャックとも共通する離れ業で、凡百のサスペンス作家には容易になし得る技ではない。練り上げたプロットという点では、このフランス人作家コンビ以上だろう。
 ミラーとしては分量の多い作品だが、殺人事件が絡んではいるものの、実は、一人の女性の個人的な夢がきっかけで、一家庭の悲劇が明らかになっていくという、こじんまりした設定の作品にすぎない。『狙った獣』のような心理学的な突飛さもなければ、『まるで天使のような』におけるカルト宗教団体のような風変わりな人々が出てくるわけでもない。
 にもかかわらず、分量に見合っただけの重量感を感じさせるのは、探偵役のスティーヴ・ピニャータをはじめとする、生き生きとした登場人物たちの絡みと、発端の謎がサスペンスフルに解きほぐされていく錯綜したプロットが、凝縮されたストーリー展開をしっかりと支えているからだろう。
 本作がベストに選出されている上記『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』でも、ミラーについて「その業績に見合う評価を得ることはほとんどなかった」とされているのだが、夫のロス・マクドナルドとともに、再び見直されることを期待したいものである。
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マーガレット・ミラー『殺す風』

 ミラーの『殺す風』(1957)は、代表作として定評のある『狙った獣』の次に書かれた作品であり、ミラーの最も脂の乗った時期に書かれた作品の一つだ。
 まず、舞台がカナダであることに注目したい。ミラー夫妻はいずれもカナダの出身だ。マーガレット・ミラーはオンタリオの生まれでトロント大学を出ているし、夫のロス・マクドナルドも、生まれはカリフォルニアだが、青少年時代をカナダで過ごし、夫妻はトロントのキチナー=ウォータールー公立高等学校の生徒として在籍していた時に知り合ったのだ。
 従って、ヒューロン湖や小学校の情景など、本作で描かれる背景描写の細部には、実体験に根ざす臨場感があるし(言及のあるグローブ・アンド・メイル紙も、実在するカナダ最大の全国紙だ)、ドライに突き離すことなく、妙に互いを気遣う親密度の高い仲間内同士の人間関係も、のんびり牧歌的な雰囲気のあるカナダが背景としてちょうど似合っているように感じる。登場人物のセルマが、「ほんとにこの国って旧式で田舎くさいんだから」と口にする場面があるが、いい意味でも悪い意味でも、滞在した経験のある者がしばしば抱く実感だろう。
 邦訳があるのでストーリーの詳細は省くが、友人たちと合流する予定だったロン・ギャラウェイがいつまで経っても現れず、行方不明となるが、実は友人の一人、ハリーの妻のセルマと浮気して妊娠させてしまったことを知って、途中で車ごと湖に飛び込んで自殺を図ったらしい・・・という展開。
 発端も含め、ストーリー展開は、ミラーの作品の中でもサスペンス色の薄い地味な印象がある。代表作とされる作品に比べると、いま一つ言及されることが少ないのもこのためだろう。というのも、クライマックスに至るまで、ハリーと妻のセルマ、ロンの妻のエスターの間で演じられる愛憎がメインで、これに友人たちがあれこれ気遣って干渉するという、一見すると、ホームドラマか普通小説のような展開になるからだ。おどろおどろしいサスペンスを期待する向きにはやや味気ない展開だろう。
 ところが、本作は妙に我が国では評価が高いようだ。その理由は、おそらく、本作のプロットに負うところが大きい。ごくありきたりなホームドラマめいた展開が、クライマックスに至ると、大きなどんでん返しが待っていて、それまで思いこんでいた人間関係の構図ががらりと変わるような、巧妙に計算されたプロットが潜んでいたことが明らかになるからだ。いかにもミラーらしい、事前によく練られたプロット構成が光る作品の一つと言えるだろう。
 謎解きを好む読者層の厚い我が国では、アイリッシュと言えば『幻の女』が代表作になるように、こうしたトリッキーなプロットやサプライズ・エンディングに成功した作品が高い評価を受ける傾向がある。ミラーの場合も例外ではないようだ。実際、プロットが明らかになったあとで振り返ると、手がかりとも言うべき伏線が随所に散りばめられていたことにも気づくし、こうしたところにも謎解きファンを喜ばせそうな工夫がある。しかし、そんなポイントにばかり目が行くのも、本作を味わう上ではちょっともったいない気もする。
 代表作とされる作品群に比べるとやや薄味かもしれないが、個々の登場人物もそれなりに描けているし、だからこそ大団円のギミックも上滑りせずにうまく演出することができたともいえる。カナダの情景や雰囲気も楽しみながら、人間関係の綾を丹念に追っていくのも本作の楽しみ方の一つだろう。登場人物の個性や人間関係を描くことに長けているのもミラーの作品の特長であり、本作も例外ではないと思われるからだ。

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