ヘンリー・ウェイド『死への落下』

 ヘンリー・ウェイドもまた、ジュリアン・シモンズから「退屈派」というレッテルを貼られた不幸な作家の一人だが、そんな批判が全く不当と思えるくらい、見事な作品が幾つもある。個人的に特にお気に入りの作品は、“The Duke of York’s Steps”、『推定相続人』、そしてこの『死への落下』だ。
 この作品の最大の魅力は、最後の一行で頂点を築くプロットの独創性だろう。“The Mystery Lover’s Companion”のアート・ブアゴウは、「結末のアイロニックなサプライズ」と評して、ウェイド作品の中でも最高の評価を与え、“A Catalogue of Crime”のバーザンとテイラーも、「最後の一行のクライマックス」を特筆しているし、“1001 Midnights”で本作を取り上げているビル・プロンジーニは、「近年における最も効果的な大胆不敵のエンディング」というアンソニー・バウチャーの評を引用している。(ちなみに、故加瀬義雄氏も指摘しておられたが、“A Catalogue of Crime”の1989年の改訂増補版には、なぜか1971年の初版にあったウェイドの長編の一部が欠けていて、『死への落下』の批評も改訂増補版には載っていない。)
 しかし、いわゆる「退屈派」にありがちな、プロットだけで勝負したようなストーリーの平板さや人物描写の弱さは、本作には決して当てはまらない。上記の評者もおしなべて人物描写の優れていることを特筆しているし、競馬で失敗して破産したチャールズ・ラスリン、その妻となる裕福な未亡人のケイトの描写はなかなか巧みで、背景となる競馬の描写のリアリティも相まって、冒頭から登場人物たちへの共感を読者に抱かせてすんなりストーリーに引き込んでいく語り口のうまさを実感する。
 読者はいつの間にかラスリンの視点で出来事の推移を眺め、アン・フェアリーとの道ならぬ恋に陥っていく姿にもつい共感を抱いてしまうし、警察の追及を受けて窮地に追い詰められていくプロセスを追っていても、ラスリンへの共感がサスペンスを一段と高める効果をもたらす。筋運びのうまさ、人物描写の巧みさに支えられたストーリー・テリング、最後に渾身の一行で大団円をもたらすプロットの独創性は、熟度の高いこの一作だけでも、「退屈派」というレッテルを返上するに十分ではなかったかと思わせるほどだ。
 プール警部が登場するシリーズ作品をはじめ、ウェイドには優れた作品がほかにもまだたくさん残っている。今後のさらなる紹介を期待したいところだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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