ヘレン・マクロイ『その名はウィリング(仮題)』刊行予定

 昨年の『あなたは誰?』に続き、ヘレン・マクロイの“Alias Basil Willing”(1951)の翻訳が『その名はウィリング(仮題)』として、今年、ちくま文庫から刊行される予定です。
 この作品には、冒険小説的なテンポのよさがあり、なかでも、ベイジル・ウィリング博士がたまたま立ち寄ったたばこ屋で出会った見知らぬ男が、目の前で博士の名前を名乗ってタクシーに乗り込む発端の意外性は、シリーズ中でも出色のものです。男が自分の正体を明かさぬままに、キーツの詩らしき言葉を残して息を引き取るダイイング・メッセージの謎、さらには、毒殺をめぐる不可能興味横溢の謎など、オーソドックスな謎解きのファクターに加え、真の標的は博士本人だったのではないかという可能性が浮上する展開など、ストーリー展開のダイナミクスは、シリーズでも一、二を争う面白さと言えるでしょう。
 『あなたは誰?』に引き続き、多くの皆様に楽しんでいただけることを願っております。


Alias Basil Willing
   米ランダム・ハウス社初版ダスト・ジャケット
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ヘレン・マクロイ『二人のウィリング』刊行予定

 先にお知らせしたヘレン・マクロイの新刊のタイトルは、『二人のウィリング』に決まりました。4月6日に刊行の予定です。
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 なお、今回は、『オーブランの少女』、『戦場のコックたち』の著者、深緑野分さんに解説を寄せていただいております。
 『あなたは誰?』はメリーランド州の牧歌的な土地が舞台でしたが、今回は舞台をニューヨークに移し、都会的な雰囲気を背景に華やかな登場人物たちがストーリーを盛り上げてくれます。ウィリング博士の新婚の妻ギゼラのほか、兄のポールとその妻シンシア、フォイル次長警視正、ランバート博士など、シリーズのレギュラー・メンバーもほぼ勢揃いし、発端の意外性、ダイイング・メッセージの謎に加え、フーダニット、ホワイダニット、ハウダニットという謎解きのファクターすべてに工夫を凝らした総ざらい的な面白さが見どころです。
 多くの読者の皆様に楽しんでいただけることを願っております。

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ヘレン・マクロイ『二人のウィリング』刊行

 4月6日、ちくま文庫より、ヘレン・マクロイの『二人のウィリング』が刊行されます。
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 これまでの予告記事での紹介に一点付け加えることがあるとすれば、この作品が、ジョン・ディクスン・カーとその妻クラリスに献げられていることでしょうか。読んでいただければ分かりますが、実際、本作には、カーを意識したと思える不可能興味が盛り込まれています。カーに献辞を掲げた作品としては、ほかにも、アンソニー・バウチャーの『密室の魔術師』(1940)やリリアン・デ・ラ・トーレの『消えたエリザベス』(1945)がよく知られていますが、いずれも、不可能犯罪や歴史ミステリの巨匠としてのカーにオマージュを献げた作品です。マクロイもまた、アメリカの本格派を代表する作家の一人として、親しみを込めて献げた本作にこうした不可能犯罪の謎を採り入れることで、さりげなく巨匠カーに挑戦を試みていたように思えます。もちろん、魅力的な謎の提示や優れたストーリー・テリングという、ミステリとしての面白さという点でも、本作がカーの作品と大いに共通点を持っていることも確かでしょう。
 解説は、『オーブランの少女』、『戦場のコックたち』の作者、深緑野分さんに執筆していただきました。作家としての共感とマクロイのファンとしての思い入れに満ちた素敵な解説を寄せてくださった深緑さんに、この場を借りて心より感謝申し上げる次第です。
 多くの読者の皆様に『二人のウィリング』を楽しんでいただけることを願っております。


                  二人のウィリング

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『二人のウィリング』翻訳裏話――名前も意味深

 『二人のウィリング』を訳していて、妙に心に引っかかったのは、登場人物たちの名前だ。特に女性たちの名前は意味深であるように思えてならなかった。
 パーディタ・ローレンスとロザマンド・ヨークの名については、作中、スティーヴン・ローレンスもうわ言の中で触れているが、それぞれラテン語で、パーディタには「失われしもの」、ロザマンドには「現世の薔薇」という意味がある。
 パーディタは、訳注でも触れたが、シェークスピアの『冬物語』に出てくる女性の名で、シチリア王リオンディーズとその妻ハーマイオニの娘。そこでも、「失われしもの」という意味だという説明が出てくるが、不義の濡れ衣を着せられて投獄されたハーマイオニが獄中で生み、王の命でボヘミアの海岸に捨てられる運命の娘だからだ。羊飼いに拾われたパーディタは、ボヘミアの王子フロリゼルと結ばれてハッピーエンドを迎えるが、詩人のスティーヴン・ローレンスは、そのヒロインにちなんで娘の名前を付けたのだろう。
 これに対し、ロザマンドは、シューベルトの劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ」に由来するように思える。ヘルミーネ・フォン・シェジーの台本にシューベルトが音楽を付けたものだ。ロザムンデはキプロス王の娘だったが、亡父の遺言により貧しい未亡人のもとで育てられる。18才になった時、正統な王位継承者であることを明かされると、王の代理として統治していた男が、権力を維持するために、彼女に結婚を迫ったり、毒殺しようと試みたりするが、ある青年が彼女を危機から救う。その正体は、亡父が生前に定めていた許婚の王子で、ハッピーエンドを迎えるというストーリー。
 さらに、イゾルダ・カニングの名は、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」のイゾルデに由来するように思える。イゾルデはアイルランドの王女で、コーンウォールのマルケ王に嫁ぐ船旅の途中、かつての婚約者を討った仇であるトリスタンと愛の薬で結ばれてしまう。彼女がマルケ王に嫁いだ後、イゾルデに横恋慕した王の家臣メロートの策略により、二人の関係を王に知られ、トリスタンはメロートの剣の一撃を受けて致命傷を負う。イゾルデは居城に運ばれたトリスタンのもとに駆け付けるが、トリスタンは息絶え、イゾルデもそのあとを追うというストーリー。
 いずれも数奇な運命に弄ばれる女性たちであり、マクロイは敢えて事件関係者の女性たちにメタファー的な名前を付けたように思えてならない。
 さらに言えば、ほかにも意味深と思える名前がある。ジャック・ダガンとシャーロット・ディーンだ。何度か出てくる、小切手に用いられた二人のイニシャルは、J・DとC・D。これは、献辞で作品を献げたジョン・ディクスン・カー(カーター・ディクスン)のイニシャルを暗示したものと思えてならなかった。カーへの親しみを込めて、遊び心でこっそりそのイニシャルを表す人名を用いたのではないか、というわけだ。最初はあとがきでその点も触れようと思ったのだが、さしたる根拠もない推測だったため、最終的に省いたのだ。
 あながち見当違いでもないと思うのは、マクロイはしばしば、こうした手の込んだメタファー的手がかりを作中に採り入れることがあるからだ。
 『あなたは誰?』では、フレイザーの『金枝篇』を手がかりに採り入れているが、これはある程度の知識がない限り、たいていの読者はまず気づきそうにあるまい。『二人のウィリング』でも、先に触れたスティーヴン・ローレンスのうわ言に、さる高名な英国の人文主義者の著作からの引用が手がかりとして隠されているが、これは、仮に読んだことがあったとしても、容易に気づくものではないだろう。
 つくづくマクロイとは、油断のならぬミステリ作家である。

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『二人のウィリング』の書評が「ミステリマガジン」に

 若林踏氏によるヘレン・マクロイ著『二人のウィリング』(ちくま文庫)の書評が、「ミステリマガジン」2016年7月号に載りました。
 いただいた書評に訳者がさらに評を加えるのもおこがましい限りですが、「ウィリングが暴く悪の構図が、現代においてむしろ迫真性を持っていることも本作の大きな売りだ。悪や恐怖に対峙したマクロイの真摯な態度が、時代と国境を越えて訴えかけるものであったことの、何よりの証明だろう」という評には、我が意を得たりという思いを抱くと同時に、自分ならプロットに触れずしては言いにくいことを、巧みな言葉の選び方で簡潔に言い表してみせる評者の表現力に脱帽させられた次第です。決められた字数の制約の中で作品の特徴を的確に伝えなくてはならないプロの書評家の技なのでしょう。やたらと字数が多くなりがちな自分としては学ぶところ大です。(巻末の「響きと怒り」の「読者の書評」でも取り上げていただいています。)
 なお、今月号は、特集・創刊60周年記念号ということで、自分がリアルタイムで読んできた「ミステリマガジン」との付き合いを振り返るだけでなく、自分が生まれた年は、小学校に入った年は・・・という具合に、まだミステリとの接点がなかった時代でも、節目の年に何が話題になったのかを興味深く顧みるよい機会になりました。掲載されたロス・マクドナルドの初訳、コーネル・ウールリッチの新訳なども興味深い作品です。

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