アントニー・ウィン “The Case of the Gold Coins”

 アントニー・ウィン(1882-1963)は、本名をロバート・マクネア・ウィルスンという、イギリスの医師出身の作家。医師としての業務の傍ら、ハーレー街の医師、ユースタス・ヘイリー博士の登場するミステリを執筆した。不可能犯罪を得意のテーマとし、特に後年は「姿の見えない殺人者」というテーマをしばしば追及した。ヘイリー博士のシリーズは27の長編と一つの短編集からなるが、単行本未収録の短編も多数残っている。短編集“Sinners Go Secretly”(1927)は「クイーンの定員」に選ばれており、収録作の中でも「キプロスの蜂」がよく知られ、アンソロジーにもしばしば収録されている。
 “The Case of the Gold Coins”(1933)は、ヘイリー博士の登場する長編の一つ。

 ヘイリー博士は、スコットランド・ヤードのエインジャー警部から、ノーサンバーランドで起きたウォーレス卿殺害事件の捜査の協力依頼を受ける。ウォーレス卿の邸は海岸のそばにあったが、卿は岸辺の砂浜で、パジャマを着たままの刺殺体となって発見される。体には多数の打撲傷があったほか、背中に大きなジャックナイフが刺さり、心臓を刺し貫かれていた。
 死体周辺の砂浜は前日の雨のせいできれいにならされていたが、被害者自身のものも含めて足跡が一切残っていなかった。満潮時にも海水が死体発見場所まで届くことはなく、死体の位置の砂が大きくへこんでいなかったことからも、飛行機などでその場所に死体を落としたとも考えられなかった。血痕は現場にしかなかったことから、ウォーレス卿が発見場所で即死したことは明らかであり、他の場所で殺されてそこに運ばれたとも考えられなかった。
 ウォーレス卿は兄のあとを継いで貴族となったが、兄は財産の大半をギャンブルに注ぎ込んで失ってしまい、ウォーレス卿に屋敷以外ほとんど財産を遺さなかった。ウォーレス卿はボルトン大佐と共同で製粉業を経営し、軌道に乗りはじめていたが、邸近くに設置された製粉所の拡張をめぐって大佐と対立していた。大佐の娘、パメラは、弁護士のジャイルズと婚約していたが、地方地主のピーター・イングラムと恋に陥り、婚約を破棄していた。ところが、イングラムのほうは、ウォーレス卿の姪のルースと婚約していた。凶器のジャックナイフはイングラムの所有物だった。
 エインジャーとともに現場を訪れたヘイリー博士は、邸の近くでソヴリン金貨が数枚落ちているのを見つける。それは、現在では取引されない珍しい金貨だった・・・。

 本作は、ビル・プロンジーニ、マーシャ・マラー編“1001 Midnights”にも取り上げられているウィンの代表作の一つ。ロバート・エイディの“Locked Room Murders and Other Impossible Crimes”でも作品が多数取り上げられているように、ウィンは不可能犯罪ものを得意とした作家だが、魅力的な謎の設定と裏腹に、解決は拍子抜けのものが少なくない。本作を解説しているプロンジーニは、多少の留保を付けつつも、プロットをカーに比肩するものと評価しているようだが、どうであろうか。確かに面白くはあるものの、やや荒唐無稽な印象はぬぐえない。
  これもしばしば指摘されることだが、ウィンの長編は、ジョン・ロードのような退屈さはないのだが、ストーリー展開がメロドラマ的で、本作でも、金貨をめぐる追跡劇は冒険小説的な楽しさがそれなりにあるものの、船の追跡と遭難、島での狙撃シーンなど、いかにも埋め草的な見せ場作りが目立つ。さらに、これもプロンジーニを含めよく指摘されることだが、ヘイリー博士が嗅ぎたばこをつまんだり、額をなでたりするシーンがしつこいほど繰り返し出てくるなど、人物描写も薄っぺらで単調だ。
 いわゆる「足跡のない殺人」をテーマにした作品としては、カー(ディクスン)の『白い僧院の殺人』、『テニスコートの殺人』、『貴婦人として死す』、『引き潮の魔女』、『月明かりの闇』などが有名だが、ウィンも得意としたテーマで、本作のほか、“The Toll-House Mystery”、“Emergency Exit”、“Death of a Shadow”などで用いている。
 どちらかといえばマニア向けのシリーズだが、不可能犯罪ものに興味のあるファンには、それでも魅力的なシリーズと言えるかもしれない。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

アントニー・ウィン“The Case of the Green Knife”

 “The Case of the Green Knife”(1932)は、ユースタス・ヘイリー医師が登場する長編。

 メアリ・チョールフォントという若い女性が、ヘイリー医師を訪れる。メアリは、ダイス・チョールフォント卿の姪で、ボブ・ホワイトリーズ卿という貧しい貴族と婚約していた。ダイス卿は、金の流通を操る投資家で、7百万ポンドの資産を有する富豪だった。
 ダイス卿は、メアリの学生時代の友人で、20歳年下のパトリシア(パディ)と結婚していた。ホワイトリーズ卿は、ダイス卿の金の取引の影響で大損を被りそうになっていたため、メアリは、パディに頼んで、ダイス卿の邸、ビーチ・コートに、自分とボブを週末に招待してもらい、そこに、かつてダイス卿が脳炎を患った時に卿の命を救ったヘイリーも招待してもらうことにして、ダイス卿に取引の動きを停めるよう、ヘイリーに説得を依頼したのだった。邸を訪れたヘイリーは、ダイス卿に説得を試みるが拒まれる。
 邸には、メアリ、ボブ、パディのほか、ダイス卿の顧問弁護士のロビン・ディーンと不動産管理人のハリー・デッカーも招かれていた。夕食後、ヘイリーはデッカー、ディーンとともに邸の外の湖に向かって散策しながら話をしていたが、その時、邸のほうから叫び声が聞こえる。三人は執事のフラスク、ボブとともにダイス卿の部屋に向かう。そこへパディも加わり、部屋の中のダイス卿に呼びかけるが、中からは家具を動かしてドアの前にバリケードを張る音が聞こえる。
 彼らがドアの錠を壊し、バリケードを押し返して中に入ると、ダイス卿がベッドの足下に、パジャマ姿のまま、右手に緑色のナイフを握って倒れていた。ダイス卿は、背中から心臓を刺し貫かれていた・・・。

 ウィンの十八番とも言うべき不可能犯罪を扱った作品で、計4件の殺人が発生し、ヘイリー自身も、被害者と同じ状況で密室に閉じ込められ、危機一髪の状況に陥る。そう言うと、いかにも息をもつかせぬサスペンスフルな展開のように聞こえるのだが、実際は、ウィンの拙いストーリーテリングと平板な人物描写もあって、ちっとも盛り上がらない。
 肝心の密室殺人のトリックも、さんざん思わせぶりに不可能興味をかき立てておきながら、最後に種明かしされてみると、落胆ものとしか言いようがない。厳しすぎる言い方かもしれないが、これだけ多くの不可能犯罪ものの作品を著しながら、あまり評価されないのも分かる気がする。
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