ロムニー・プリングルの初版

“The Adventures of Romney Pringle”(1902年)は、オースティン・フリーマンが、ソーンダイク博士のシリーズを公にする以前に、ジェイムズ・ピトケアンとの共著でクリフォード・アシュダウン名義により出版した短編集。
 古典物に詳しい人ならご存知だろうが、ウォード・ロック社から出た同書の初版本は、エラリー・クイーンが『クイーンの定員』の中で特筆しているほどの希少本で、世界中で10冊も残っていないらしく、もとより私も所持しているわけではない。
 もともとこのシリーズは1902年にカッセル誌に連載されたもので、フレッド・ぺグラムの挿絵が入っていた。初版本には、雑誌掲載時にあったペグラムの挿絵の一部しか再録されていないらしいが、クイーン自身は、フリーマンの私蔵本を所持していたようで、これには残りの挿絵も追加で綴じ込まれていると『クイーンの定員』の中で言及している。
 1968年に米トレイン社から出た版にはぺグラムの挿絵は収録されていないが、カナダのバタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスから出ているオムニバス本には、カッセル誌にのみ載ったものも含めて全イラストが再録されているので、参照が容易になった。
 実は、同書初版本には二種類あることが知られている。見分けは簡単で、装丁が青と赤の二種類があるのだ。デビッド・イアン・チャップマンの書誌によれば、フリーマンとピトケアンの私蔵本にのみ全挿絵が収録されており、これらが赤い装丁である点からみて、同じ初版でも赤い装丁の方が優先的な版ではないかとのことだ。
 なお、ぺグラムは、ピアスン誌に連載されたソーンダイク博士シリーズの挿絵で知られるイラスト画家のヘンリー・マシュー・ブロックのいとこであり、義兄にも当たる。ブロックが同シリーズの挿絵を手掛けたのは、こうした縁があってのことかもしれない。
 初版は持っていないと言ったけれど、実はオリジナルの短編が掲載されたカッセル誌の合冊本のほうは幸運にも手に入れることができた。この合冊本には、フリーマンによる「イギリスの海岸の灯台」というノン・フィクションも収められていて、写真も豊富に掲載されているのが興味深い。(カッセル誌のオリジナルと比較すると、バタード・シリコンのオムニバス本収録の挿絵はやや不鮮明で、しかも一頁全体の大きさのイラストについては縮小して載せているのが玉に瑕。)
 ブロックの挿絵が描かれたソーンダイク博士物のピアスン誌はすべて持っているので、スキャナーをゲットしたら、いずれ画像をアップしたいと思っている。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

“John Thorndyke's Cases”

 『クイーンの定員』にも選ばれているフリーマンの“John Thorndyke’s Cases”の英初版(1909年:チャトー&ウィンダス社)は、H・M・ブロックの挿絵のほか、フリーマンが描いたイラストや自ら撮影した顕微鏡写真が挿入されている点で貴重だ。
 ドナルドスンも“In Search of Dr. Thorndyke”の中で言及しているが、その後の英ホダー&スタウトン社や米ドッド・ミード社の版にはブロックの挿絵や顕微鏡写真は欠けているからだ。(フリーマンのイラストは載っている。)
 英初版には、ブロックの挿絵や顕微鏡写真に言及している著者序文もあるが、これものちの版では省かれている。
 しかし、同書収録の短編が最初に掲載されたピアスン誌を参照すると、ブロックの挿絵もオリジナルの雑誌版から一部が再録されたにすぎないこと、顕微鏡写真についても、雑誌版にのみ掲載され、単行本では省かれたものもあることが分かる。
 ドナルドスンが “In Search of Dr. Thorndyke”の表紙に用いた、ブロックによるソーンダイク博士の横顔のイラストは、創元推理文庫の『ソーンダイク博士の事件簿Ⅱ』のカバーにも使われているが、これはドナルドスンがピアスン誌掲載の「青いスパンコール」から再録したものであり、チャトー&ウィンダスの単行本には載っていない。
 ソーンダイクの短編第一作に当たる「青いスパンコール」は、雑誌掲載時には、牛の角の写真と脳神経細胞の顕微鏡写真が掲載されていたが、これも単行本では欠けている。
 それなら、初版より雑誌版のほうが内容が充実しているのかと言えば、事はそう単純ではなく、単行本化の際に追加されたイラストや写真もあるから、実にややこしい。
 「深海からのメッセージ」は、雑誌掲載時には毛根の顕微鏡写真が掲載されていないが、単行本には収録されているし、「モアブ語の暗号」も暗号解読後のイラストが雑誌版には欠けている。
 したがって、この本に関しては、英初版と雑誌版は相補的で、両方揃って初めて十分なものになるようだ。
 ここでは、ピアスン誌版の「青いスパンコール」に掲載された写真を以下にアップしておきたい。


つの



脳細胞

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ボドキン“Paul Beck, The Rule of Thumb Detective”

 マシアス・マクドネル・ボドキン(1850-1933)は、アイルランドの判事を務めた人で、探偵小説作家としては、ポール・ベック一家のシリーズを書いたことで知られる。
 その最初の短編集“Paul Beck, The Rule of Thumb Detective”(1898年)は『クイーンの定員』に選ばれ、エラリー・クイーンは『クイーン談話室』の中でも「最初の探偵一家」という項で同シリーズに触れている。
 クイーンは、ポール・ベックとドーラ・マールという元々独立していたキャラクターを長編の中で出合わせ、結婚させた上に、生まれた息子もシリーズ・キャラクターにしてしまうというアイデアが特にお気に入りだったようだ。
 ボドキンのこのシリーズは長い間入手困難だったようだが、カナダのバタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスが全シリーズを収録した“Detective Fiction: The Beck-Myrl Family Omnibus”を刊行してくれたおかげで容易に読めるようになった。
 シリーズを列記すると以下のとおり。

 “Paul Beck, The Rule of Thumb Detective”(1898年:短編集)
 “Dora Myrl, The Lady Detective”(1900:短編集)
 “The Quests of Paul Beck”(1908:短編集)
 “The Capture of Paul Beck”(1911:長編)
 “Young Beck, A Chip of the Old Block”(1912:短編集)
 “Pigeon Blood Rubies”(1915:長編)
 “Paul Beck, Detective”(1929:短編集)

 日本では第一短編集から「代理殺人」が『クイーンの定員1』(光文社文庫)に収録されている。ポーストやルブランも用いた古典的なトリックで知られる作品で、最も古い用例というだけでなく、最も効果的に用いているのもボドキンであるように思える。
 第二短編集からは「ステッキのキズは?」が『世界鉄道推理傑作選1』(講談社文庫)に収録されていて、初々しいドーラ・マールの活躍ぶりが楽しめる。
 私の手元にある“Paul Beck, The Rule of Thumb Detective”は、著者ボドキンの私蔵本だったもので、遊び紙に著者の蔵書票が付いていて、さらに、著者と、これを贈られた娘エマの署名が入っている。


表紙


蔵書票


署名

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

オースティン・フリーマン『歌う白骨』初版の問題

 フリーマンの『歌う白骨』は、倒叙推理小説を最初に世に問うた短編集であり、クロフツ、ロイ・ヴィカーズはもちろんのこと、「刑事コロンボ」シリーズの先駆として知られている。
 実際、「コロンボ」シリーズの生みの親、リチャード・レヴィンスンとウィリアム・リンクは、"Stay Tuned: an Inside Look at the Making of Prime Time Television"(1981)の中で次のように語り、フリーマンの影響を認めている。
 「『コロンボ』作品はみな、いわゆる倒叙ミステリの形式を用いたものだが、これはR・オースティン・フリーマンという英国作家が今世紀初期に考案したストーリーテリングの手法だ。エラリー・クイーンが『クイーンの定員』という推理小説の研究書で語っているところでは、フリーマンは次のような問いを提起した。『最初から読者に作者の秘密をすべて教え、その犯罪を実際に目撃させ、推理に用いられる事実をみな提供しておくような推理小説を書けるだろうか』。この自らの問いに、フリーマンは『歌う白骨』という作品に倒叙の手法を採用することで回答した。『コロンボ』のパイロット版二作を制作した時の経験から、我々はこの手法がテレビ番組に使えると直感したのである。」
 レヴィンスンとリンクも触れているように、『歌う白骨』は『クイーンの定員』にも選ばれているのだが、その英初版の見分け方には議論がある。
 事の発端は、ノーマン・ドナルドスンの“In Search of Dr. Thorndyke”。ドナルドスンは、その中で、初版のタイトル・ページには5行目に2か所の誤植があり、

 ‘JOHN THORNDYKE’S CASES,” “THE RED THUMB MARK, ETC.

という具合に、引用符の最初がシングルクォートになっていて、『赤い拇指紋』の引用符の終わり部分が欠けているとしたためだ。ドナルドスンの説明を鵜呑みにした古書業者も時折いて、この状態と異なるものを二次的な版として安めの値を付けたりしている例がある。
 ところが、ドナルドスンの初版の説明は、のちの版を誤って初版と説明している作品があるなど、かなりいい加減なところがあることが分かっている。
 “The Thorndyke File”第8巻の中で、R・ナラシマンがそのことを指摘し、『歌う白骨』についても、調査したところ、引用符が完全なもの、『赤い拇指紋』の終わり部分だけがシングルクォートになっているもの、最初と最後だけがシングルクォートになっているものの3種類が見つかり、ドナルドスンの説明に合致するものは見つからなかったという。
 ここから、ナラシマンは、誤植とされているものは、タイプの磨耗の結果として生じたものであり、むしろ完全な引用符で印刷されている版の方が印刷の過程では優先的な版ではないかというのだ。
 もちろん、途中で誤植に気付いて版を組み直した可能性もあるので、どちらが優先的かは断定できないのだが、いずれにしても、それはあくまで印刷の過程での問題であって、装丁や販売の段階での優先順位とは関係がないとしている。
 ドナルドスンもこの指摘を受けて、バタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスから出した“In Search of Dr. Thorndyke”の改訂版では、ナラシマンの意見を付記している。
 したがって、古書業者がドナルドスンの記述に惑わされて、誤植のないものを「二次的な版」と思い込んで廉価で売っている初版は拾い物だということになる。
 ドナルドスンはもう一つ勘違いをしていて、前掲書の本文中で、『歌う白骨』も“John Thorndyke’s Cases”と同様に、雑誌掲載時にのみ載っていた写真やイラストがあるかのように説明しているのだが、ピアスン誌を実際に確認すると、フリーマンによるイラストや顕微鏡写真は載っていない。
 ただ、H・M・ブロックの挿絵は雑誌版にのみ載っているボーナスだ。このブログで順次紹介していきたい。


歌う白骨

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

ヘスキス・プリチャード『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』

 フリーマンの“The Dead Hand”の挿絵を紹介した機会に、ヘスキス・プリチャードの“November Joe: The Detective of the Woods”(1913年)(邦訳『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』論創社)のピアスン誌掲載時の挿絵も紹介しておきたい。『ノヴェンバー・ジョーの事件簿』は、「クイーンの定員」にも選ばれたカナダの森の探偵を主人公にした短編集。
 この機会にというのは、“The Dead Hand”と相前後して一連のピアスン誌に連載されているからだ。私の持っているのはすべてではないが、「ミス・ヴァージニア・プランクス事件」(1912年10月号:単行本第七章)、「フレッチャー・バックマンの謎」(11月号:第十章)、「十万ドル強盗事件」(12月号:第八章)、「ダック・クラブ殺人事件」(1913年1月号:第六章)、「略奪に遭った島」(2月号:第九章)の5篇がある。
 標題を見ると、「ミス・ヴァージニア・プランクス事件」が第4篇目となっているので、おそらく、単行本の第三章「ビッグ・ツリー・ポーテッジの犯罪」、第四章「七人のきこり」、第五章「黒狐の毛皮」の3篇が先行して連載されていたのだろう。
 単行本の第一章「サー・アンドルーの助言」、第二章「ノヴェンバー・ジョー」は、登場人物や物語の設定を説明する序章的性格の部分であることから、単行本化に際して新たに加筆されたものではないだろうか。
 さらに、1913年3月号以降には連載されておらず、単行本の第十一章「リンダ・ピーターシャム」から最終第十六章「都会か森か」までは全体で一つの中編をなしているところを見ると、これらも単行本化に際して書き下ろしで収録されたのではないかと思われる。(もちろん、あくまで推測であり、他に出典があるかもしれない。不明をご容赦願いたい。)
 イラスト画家はW・R・S・ストット。

ノヴェンバー・ジョー


ミス・ヴァージニア・プランクス事件

プランクス1


プランクス2


プランクス3


フレッチャー・バックマンの謎

バックマン1


バックマン2


バックマン3


バックマン4


十万ドル強盗事件

十万ドル1


十万ドル2


ダック・クラブ殺人事件

ダック・クラブ1


ダック・クラブ2


略奪に遭った島

略奪1


略奪2

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示