海外でのエラリー・クイーン作品の評価は?

 日本では海外ミステリの古典中の古典と見なされているのが、エラリー・クイーンの『Yの悲劇』。人気投票の類が実施されると、しばしばトップ、そうでなくとも10位以内は常連と言える。
 ところが、これは日本だけの特殊現象で、本国アメリカを含め、海外ではほとんど評価されていないという話もよく聞く。さて、それは本当か嘘か。本当なら、クイーンの代表作と見なされているのはどの作品なのか。アリンガムの例にならって、クイーンの長編作品についても調べてみると・・・。

 まずは本国アメリカの批評家から見ていこう。
 マーヴィン・ラッチマン(“A Reader’s Guide to The American Novel of Detection”)は、「傑作推理小説100選」の中で、クイーン名義では『ローマ帽子の謎』、『フランス白粉の謎』、『ギリシア棺の謎』、『エジプト十字架の謎』、『チャイナ橙の謎』、『災厄の町』、『九尾の猫』、バーナービー・ロス名義では『Xの悲劇』、『Yの悲劇』を挙げ、なんと全部で9作も選んでいる。これはレックス・スタウトと並んで2番目に多く(最多はカー(ディクスン)の12作)、さすが「アメリカの探偵小説そのもの」という感じ。注目すべきは『Yの悲劇』もしっかり選ばれていることだろう。(ラッチマンは“The Oxford Companion to Crime and Mystery Writing”でも探偵クイーンの項目を執筆している。)
 アート・ブアゴウ(“The Mystery Lover’s Companion”)は、『ローマ帽子の謎』、『チャイナ橙の謎』、『災厄の町』、『九尾の猫』に短剣5本(真の古典)を与え、『災厄の町』を「一般にエラリー・クイーンのベスト長編と考えられている」としている。その一方で、ドルリー・レーン4部作については「面白くて読みやすいが、クイーンのシリーズには遠く及ばない」とし、個別作品は一作も評価の対象にしていない。
 ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”では、フランシス・M・ネヴィンズがクイーン(ロス)の項目を担当し、クイーン名義では『ギリシア棺の謎』、『災厄の町』、『九尾の猫』、『ガラスの村』、ロス名義では『Xの悲劇』を挙げている。いずれもアスタリスク一つが付され、傑作と見なされてはいるが、コーナーストーンを意味するアスタリスク二つが付された作品はない。
 ロビン・ウィンクス(“Detective Fiction”)が挙げるお気に入りは、『ローマ帽子の謎』、『Xの悲劇』、『災厄の町』。
 ブルース・F・マーフィー(“The Encyclopedia of Murder and Mystery”)は、『ローマ帽子の謎』、『エジプト十字架の謎』、『ハートの4』、『災厄の町』を個別項目として取り上げ、特に『災厄の町』については「エラリー・クイーンのミステリ小説ではベストの一つ」と述べている。
 ジム・ホァン編『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』(邦訳は早川書房)では、『九尾の猫』が選ばれている。
 ジャック・バーザンとW・H・テイラー(“A Catalogue of Crime”)は、クイーン名義で11作、ロス名義で2作取り上げているが、評価に濃淡はあるものの、特定作品をベストに推すことはしていないし、彼らのベスト50にも選んでいない。『Yの悲劇』より『Xの悲劇』のほうを高く評価しているようだが、『Yの悲劇』がヴァン・ダインの『グリーン家殺人事件』に似ていることをほのめかしている点でも注目される。
 “The Armchair Detective: A Book of List”では、エリザベス・ピーターズが『災厄の町』をベスト・テンの一つに選んでいるが、ほかはローレンス・ブロックが作家としてクイーンの名を挙げているだけで、クイーン作品を挙げている者は彼女以外にいない。つまり、アリンガムと比べても、個別作品として推す人は少ないのだ。
 “1001 Midnights”でコーナーストーンと見なされた作品がなかったこと、『アメリカ探偵作家クラブが選んだミステリBEST100』(邦訳はジャパン・ミックス刊)でも、(トータルの得票数は多かったものの)個別作品は選外になっていることを考え併せても、本国では、雑誌編集者・アンソロジストとしての評価に比べると、個別作品への評価は日本におけるほど図抜けたものではないことがうかがえる。

 英国勢に目を向けると、メルヴィン・バーンズ(“Murder in Print”)は、『ローマ帽子の謎』、『ギリシア棺の謎』、『災厄の町』を挙げ、『災厄の町』を「多くの人がシリーズのベストと考えている」としている。
 H・R・F・キーティング編“Whodunit?”では、『オランダ靴の謎』、『災厄の町』、『第八の日』が挙げられ、プロットでは『オランダ靴』、読みやすさでは『第八の日』が高得点を得ている。キーティング自身は『海外ミステリ名作100選』(邦訳は早川書房)で、『災厄の町』を選んでいる。
 ジュリアン・シモンズ(“Bloody Murder”)は、謎解き重視の初期作品では『ギリシア棺の謎』を第一に挙げ、さらに『オランダ靴の謎』、『フランス白粉の謎』、『チャイナ橙の謎』を推している。作風が変化した中期以降の作品では『災厄の町』、『靴に棲む老婆』、『フォックス家の殺人』を比較的高く評価しているようだ。
 “Detective Fiction: The Collector’s Guide”のバリー・A・パイクは、パースナル・チョイスとして『エジプト十字架の謎』を挙げているが、共著者のジョン・クーパーはクイーンの作品を選んでいない。
 イギリスでも、CWA会員によるアンケート結果に基づくベスト100が“Hatchards Crime Companion”として出ているが(結果は「ミステリマガジン」1991年4月号に掲載)、ここでもクイーンの作品は選外になっているし、人気男性作家ベスト20、人気男性探偵ベスト15にも挙がっていない。ややイギリス贔屓の偏りは感じるが、そうは言っても、作家ではチャンドラー、探偵ではフィリップ・マーロウやネロ・ウルフが挙がっているのも事実だ。

 こうして見ると、やはり『災厄の町』がクイーンの代表作としては定番だということが分かる。『ギリシア棺の謎』、『エジプト十字架の謎』、『九尾の猫』なども人気が高いようだ。その一方で、ロス名義の作品は、ラッチマンなどを除けば、脇へ押しやられた感があるし、どちらかと言えば『Yの悲劇』より『Xの悲劇』のほうが評価が高いようだ。
 ちなみに、フレデリック・ダネイが1977年の来日の際にインタビューで答えた自選ベストは、『チャイナ橙の謎』、『中途の家』、『災厄の町』、『九尾の猫』だったという。概ね英米での評価と一致しているようで、日本での評価とはやはりズレを感じる。
 とはいえ、当たり前のことながら、作品の評価は一人ひとりが下すもの。日本人には日本人の評価があっていいはずだし、それが英米での評価に比べて的が外れているとは断じて言えない。ただ、我が国では比較的注目度の低い作品の良さが、英米での評価を一つのよすがとして見えてくるならば、それも意味のあることではないかと思う。
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テーマ : ミステリ
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