作家達が語るミステリの思い出 “Mystery Muses”

 ジム・ホアン、オースティン・ラガー編“Mystery Muses: 100 Classics That Inspire Today’s Mystery Writers”(2006)は、100人の作家に、自分が作家になるきっかけを与えたり、今でも大事だと思っている作品を挙げてもらい、その作品への個人的な思い入れを語らせたエッセイ集。
 編者の一人、ジム・ホアンは、アメリカ独立系ミステリ専門書店協会会長。“100 Favorite Mysteries of the Century”(2000:邦訳は『書店のイチ押し! 海外ミステリ特選100』早川書房)や、過小評価されたり忘れられた秀作ミステリを紹介した“They Died in Vain”(2002)の編者であり、本書はそれらの姉妹編でもある。
 対象となった作品は、時代でいえば、ポーの「アモンティリャアドの酒樽」(1843)から1990年代の作品、ジャンルも、本格ミステリからサスペンスやハードボイルドにいたるまで、広範囲にわたっている。
 これらのエッセイを読むと、作家を目指そうと決意するきっかけとなったミステリとの出会いだけでなく、その出合いを通じて体験した感動が、紹介されているリアルなエピソードから活き活きと伝わってくる。
 年長じてからの体験を語る者もいるが、学生時代や、さらには十代以下の時の思い出を述懐している作家が少なくないのは、驚くべきことではあるまい。例えば、「アモンティリャアドの酒樽」を取り上げた冒頭のロブ・カントナーのエッセイは、なんと8歳の時に祖父からポーの著作を借りて読んだ時の体験を語ったものだ。
 分別を身につけてからではなく、未知なるものへの知的好奇心がうずく多感な時代にミステリの傑作と出会った思い出は、年長じてからでは二度と再現できない貴重な体験なのではないだろうか。ミステリへの興味と情熱に導き、自らその感動の提供者になりたいと決意させるきっかけを与えた作品への思いを熱く語る文章からは、彼らのミステリへの愛着と自らの体験を振り返る時の切なるノスタルジーがにじみ出ているのに気づく。同様の体験や思い出を持つ読者にも深い共感をもたらすに違いない。
 そうした特別な体験や思い出に結び付く作品が、ベストに推す作品とは異なる場合があるのも、事柄の性質からして当然のことだろう。それは客観的な評価によって取って替えられるものではないからだ。『チャイナ橙の謎』を取り上げるエドワード・ホックが、クイーンの作品で最初に読むべきものを推すなら『九尾の猫』か『災厄の町』だとしながら、9歳の時に遡れば、自分にとっては『チャイナ橙』しかないと語っているのも、まさに同様の心情に基づくものだろう。
 15歳の時に読んだセイヤーズの『死体をどうぞ』を年長じてから再読して振り返るマーガレット・マロン、少年時代に『義眼殺人事件』のペリー・メイスンのキャラクターに圧倒されたパーネル・ホール、意外にも『見知らぬ乗客』とパトリシア・ハイスミスから受けた影響を語るピーター・ラヴゼイなど、それぞれの作家達の飾り気のない素顔やインスピレーションの源を教えてくれる意味でも貴重なエッセイ集である。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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