アガサ・クリスティ 戯曲“Rule of Three”

 “Rule of Three”は、早川文庫の邦訳では収録作の一つ『海浜の午後』を標題にしているため紛らわしいが、一幕ものの戯曲三作、すなわち、「海浜の午後」(Afternoon at the Seaside)、「患者」(The Patient)、「ねずみたち」(The Rats)を収録したものだ。
 いずれもオリジナル戯曲だが、「海浜の午後」は短編「ラジャのエメラルド」の設定を再利用しているようだ。内容的にはそれぞれが設定も全く異なる独立した一幕もののため、読み物として見る限りでは、無関係の戯曲の寄せ集めのような印象を受けるのだが、実際の上演では、この三つが一晩で連続して上演された。
 このため、初演では、多くの俳優が各作品の登場人物を(三作全てまたは二作)通しで演じていた。例えば、「海浜の午後」でボブ・ウィーラーを演じた俳優は、「患者」ではクレイ警部、「ねずみたち」ではデヴィッド・フォレスターを演じ、「海浜の午後」でノーリーン・サマーズを演じた女優は、「患者」ではブレンダ・ジャクスン、「ねずみたち」ではサンドラ・グレイを演じるという具合だ。ずっと通しで登場する俳優がいる一方で、キャストの多い「海浜の午後」では、そこでしか登場しない俳優もいる。
 「患者」でヒロインの患者を演じる女優も「患者」にしか登場しない。人件費コストを考えれば、「海浜の午後」でも使っておかしくないと思うのだが、そこには理由があるようにも思える。
 実際の上演では、現在の収録順と異なり、「ねずみたち」、「海浜の午後」、「患者」の順で上演された。そして、オープニング・プレイである「ねずみたち」に登場する四人の俳優は三作すべてに通しで出演している。これはあくまで推測だが、オープニングの「ねずみたち」では通しで出演する俳優のみが登場し、最後の「患者」では、既に見慣れた俳優陣の中にあって、そこしか登場しない女優にヒロインの患者を演じさせることで、おのずと患者が独自の存在として観客に印象づけられ、全体のクライマックスでテンションが高まるように計算したのではないだろうか。邦訳では、収録順が実際の上演の順序に即していないだけでなく(これは現在の原書も同様で、「海浜の午後」、「ねずみたち」、「患者」の順になっている)、原書冒頭に掲載されている初演時のキャストも省かれているため、こうした配役上の効果が分からなくなってしまっている。
 さらに、わずか4人の登場人物、室内に閉じ込められるという設定の「ねずみたち」で始まり、12人も出てくる上に、開放的でくつろいだ雰囲気の浜辺を舞台にした「海浜の午後」に場面が転じたかと思うと、最後に再び緊迫感に満ちた病室を舞台にした「患者」で締めくくるという三部構成も、全体の流れの効果を意識した構成とも考えられる。緊張からいったん解放された観客を再びテンションの高い場面に引き戻す効果を計算したのだろう。一見ばらばらに見える三つの作品が、配役や場面設定の推移など、舞台ならではのファクターを活用した、実は一体をなすものだったと分かるのだ。まさに序破急ないしは三段オチ(Rule of Three)の効果を計算した三部作構成といえるだろう。いくら内容的に一見共通点のない三作とはいえ、これらを個別に論じることはあっても、一体の三部作として捉える評価をついぞ見たことがないのは不思議としか言いようがない。
 初演は、ピーター・ソーンダーズのプロデュースで、1962年8月20日、ロンドンのダッチェス・シアターで行われたが、公演の評判はいま一つで、十週間ほどで打ち切られたという。1963年にサミュエル・フレンチ社から初版が出た際は、三つの戯曲はそれぞれ独立した冊子として刊行されたが、現在では邦訳と同じく合本で出ている。
 なお、初版には、それぞれの冊子に舞台写真が挿入されており(但し、本文中には写真への参照指示はない)、邦訳も、光文社の「EQ」と早川の「ミステリマガジン」に掲載された際は、いずれも写真を再掲していたのだが、文庫化された際には省かれ、現在の「クリスティー文庫」にも収録されていない。その意味で雑誌収録版にはちょっとした付加価値がありそうだ。(「海浜の午後」は「EQ」80年1月号、「ねずみたち」は「ミステリマガジン」80年12月号、「患者」は「EQ」81年1月号掲載。)
 クリスティは本作のあと、1972年に“Fiddler’s Three”という戯曲を執筆したが、これは本来、“Fiddler’s Five”としてブリストルで短期間上演された作品を改訂したものである。この改訂版は、1972年8月以降、幾つかの地方で数週間上演されたが、惨憺たる結果に終わったようで、ウェスト・エンドで上演される機会も得られず、その後、公刊されることもなかった。クリスティの娘、ロザリンドは、この作品が劇作家としての母親の名声を傷つけると考えて上演に反対したらしい。結果的に、“Rule of Three”がクリスティの生前にウェスト・エンドで公演が行われた最後の劇作品となった。
 さらに、その後刊行された『アクナーテン』がクリスティの最後の刊行された戯曲となったわけだが、2001年に原稿が発見され、カルガリーなどで試演が行われた“Chimneys”も、いずれ入手しやすいようにフレンチ社あたりから刊行してほしいところだ。
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