ヘレン・マクロイ “A Question of Time”

 マクロイの作品は、1960年代以降になるとサスペンスの占める割合が大きくなるが、“A Question of Time”(1971)は、そんな中にあってマクロイが謎解きに回帰した作品の一つだ。

 1961年の正月、ソフロニア・ホランドは、十三歳になる孫娘のエリザベッタをイタリアから我が家に迎え入れることになった。ソフロニアの息子、ルパートは、イタリアにいる間に自動車事故で死亡していたが、車にはビアンカという妊娠中の女性が同乗していて、ルパートは即死したものの、女性は無意識のまま二日生き延び、帝王切開で娘を産んだ後に死亡していた。
 生まれた娘は修道院に預けられだが、その一年後、二人の婚姻記録が見つかり、娘はルパートの子と推定された。ソフロニアは、息子が結婚の事実を自分に知らせてこなかったことが心に引っかかり、本当にその娘が自分の孫なのか内心疑っていた。
 ソフロニアには、ほかに孫が二人いた。娘のアメリアとその夫ヒュー・エヴェレットが、舞踏室を通じて行き来できる隣家に住んでいて、彼らには娘のスーザンと息子のロリーがいたのだ。
 ソフロニアの家にやってきたエリザベッタは、彼らの家に行くため、その舞踏室の前まで来ると、叫び声を上げる。彼女は、その部屋には以前来たことがあるし、自分が中に入れば死ぬことになると言う。初めてアメリカに来た彼女がその部屋を見たことがあるはずはなかったが、彼女は怖がって決して舞踏室に入ろうとはしなかった。
 スーザンはエリザベッタと同い年、ロリーは三つ年下で、エリザベッタが英語を話せることも知り、彼女をリサという愛称で呼んで親しくなる。近所には、ペレアスとメリサンドというヘロン家の双子の兄妹、画家志望のジムという青年もいて、十代同士の彼らはたちまち親しくなる。
 みんなでアイススケートをして遊んだあと、ロリーに勧められるままに、リサは彼らと一緒に舞踏室に足を踏み入れるが、振り向いた途端、気を失ってしまう。呼ばれた医師は、イタリア語を話せる医師としてアルフレッド・ネローニ博士を一緒に連れてくる。
 ネローニは、舞踏室の入り口の上に、子どもを食らうサトゥルヌスを描いたゴヤの絵が掛けてあるのに気づき、リサが気を失ったのは、その絵に怯えたせいではないかと示唆するが、ヒューは、シャンデリアをつけない限り、ゴヤの絵は見えないはずだと否定する。
 リサがアメリカでの生活になじみ、英語も上手に話せるようになった頃、イタリアから手紙が届く。それは、彼女のイタリアの祖父母が判明し、彼らが孫娘の引き取りを要求しているという弁護士からの連絡だった。
 10年後、リサは、祖父の死に伴って、アメリカに戻ってくることになり、ロリーは空港で彼女を出迎える。仲の良かったロリーたちと思い出話を語りつつも、なぜか彼女は自分が舞踏室を恐れたことも、気を失ったことも憶えてはいなかった。
 10年前にみんなでアイススケートを楽しんだ時に、ジムが撮影したフィルムを観たあと、彼らは舞踏室に入る。ペレアスとメリサンドはリサにいたずらを仕掛け、彼女が舞踏室に入った途端、彼女一人を中に閉じ込めて鍵をかけ、その鍵を窓から外に捨ててしまう。
 リサはここから出してくれと激しくドアを叩くが、その衝撃でドアの上の壁に掛けてあったゴヤの絵が落下し、彼女の頭を打ち砕いてしまう・・・。

 マクロイのシリーズ・キャラクターといえば、ベイジル・ウィリング博士が最もよく知られているが、二人目の探偵として、『小鬼の市』と『ひとりで歩く女』に登場するミゲル・ウリサール署長を挙げているリファレンス・ブックや解説も幾つかある。彼らと対照的に、ほとんど言及されることがないのだが、実はマクロイには三人目のシリーズ・キャラクターがいる。それが本作に登場する、アルフレッド・ネローニ博士だ。
 ネローニ博士は、イタリア系ではあるが、生まれ育ちも含めてれっきとしたアメリカ人で、イタリア語も年長じてから習得したものだ。本作のあと、“The Sleepwalker”(1974)にも登場し、主役を務めたのは『ひとりで歩く女』だけのウリサール署長よりも、もっと注目されてもよさそうなものだが、意外と知られていない。
 その理由は、おそらく、マクロイの1960年代以降の作品がサスペンス系に重心を移したというだけでなく、出来栄えもそれ以前の作品に比べると著しく落ち始め、この頃の作品になると注目度が下がっていたということもあるのだろう。これは、1961年にマクロイがブレット・ハリデイと離婚したことと無関係ではないと思われ、その後、作品発表にも大きなブランクが生じたりしている。ウィリング博士の登場する作品もめっきり減り、その妻、ギゼラが『割れたひづめ』を最後に姿を消し、その後は故人という扱いになってしまうのも、仲睦まじいウィリング夫妻を描くのが難しくなってしまったからではないだろうか。
 ウィリング博士のシリーズは、長編では『割れたひづめ』(1968)から『読後焼却のこと』(1980)まで12年のブランクがあり、短編を考慮に入れても、“Pleasant Assassin”(1970)から“A Case of Innocent Eavesdropping”(1978)まで8年のブランクが生じている。
 ネローニ博士は、いわば、ウィリング博士が不在だったこのブランク期間に、新たなシリーズ・キャラクターとしてマクロイが構想した探偵役だったと見ることもできる。既に所帯持ちになってしまったウィリング博士より、青年医師を新たに創造するほうが当時のマクロイには抵抗がなかったのかもしれない。精神科医と明示されてはいないが、心理学的な分析を交えながら論じるところは、ウィリング博士の分身と言っていいほど区別がつきにくいし、なかなか魅力的なキャラクターでもある。
 この青年医師の創造のおかげで、やや精彩を欠くサスペンス群の中にあって、彼の登場する二作は、比較的出来のいい本格作品に仕上がっている。本作については、“The Mystery Lover’s Companion”のアート・ブアゴウが、「巧妙かつ細心でフェアなプロット」と好意的な評を与えているし、“The Sleepwalker”は、H・R・F・キーティング編“Whodunit?”で、“Panic”、『暗い鏡の中に』と並んで採点の対象に挙げられている。
 なお、本作で用いられたプロットは、ほんの数年後に刑事コロンボのある作品でも用いられている。当時よく知られた手法だったのかもしれないが、本作を参照した可能性もあるだろう。



A Question of Time
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