アンソニー・バウチャー “The Case of the Solid Key”

 “The Case of the Solid Key”(1941)は、アンソニー・バウチャーが創造した私立探偵ファーガス・オブリーンの登場する二作目。(シリーズとしては、『シャーロキアン殺人事件』(1940:邦訳は教養文庫刊)が“The Case of the Crumpled Knave”(1939)に続く二作目に当たるが、『シャーロキアン』にはファーガスの姉モーリーンとレギュラー・メンバーのアンディ・ジャクスン警部補が登場するものの、ファーガス本人は登場しない。)
 タイトルの‘solid key’とは、頭の部分に鍵束やキーホルダーなどにつなぐための通し穴がない鍵のことである。
 “The Case of the Solid Key”は演劇界が舞台であり、登場人物も、劇場主、舞台監督、ビジネス・マネージャー、俳優に脚本家という具合で、メトロポリス・ピクチャーズ社の宣伝部長である姉のモーリーンも再登場し、『シャーロキアン』で言及のあった、ジャクスン警部補の弟で俳優のポール・ジャクスン、女優のリタ・ラ・マールも顔を出している。ファーガス自身も(表向きは)俳優として登場する。
 ストーリーは、オクラホマからハリウッドに出てきた脚本家の卵、ノーマン・ハーカーが、ドラッグストアで支払いができなくて困っている女優のサラ・プランクを助ける場面から始まり、二人のロマンスをサブプロットにしながら展開していく。(ノーマン・ハーカーは、のちに、短編「ピンクの芋虫」[『SFミステリ傑作選』講談社文庫所収]にもファーガスとともに登場する。)

 ルパート・カラザースは、若い俳優や脚本家の卵たちを育てているカラザース・リトル・シアターという小劇団の事業主。ノーマンはカラザースに自分の書いた脚本を売りこみ、その結果を聞くために劇団のビルを訪れる。カラザースは、脚本家ルイス・ジョーダンの『魂には衣装が二つ』という作品の序幕場面の効果を試すために、ガレージを改造した作業場にこもって火薬を用いた実験を行っていた。ノーマンが作業場のドアをノックしても返事がなく、ビジネス・マネージャーのアダム・フェンワースとともに再びノックするが、やはり返事がない。フェンワースが鍵穴を覗くと、鍵が内側から差し込んだままになっていた。
 ノーマンは便利屋をやった経験を活かして、ボール紙をドアの下から突っ込み、その上に鍵を落として引っ張り出そうと試みる。フェンワースが鉛筆を鍵穴に突っ込んで鍵を落とそうとするが、鉛筆が太すぎて、鍵は穴のはしに引っ掛かってうまく落ちない。ノーマンが細い針金を使って、引っ掛かった鍵をようやく落とし、ボール紙を引き寄せて鍵を取り出すことに成功する。
 ようやく鍵を開けてドアを開けた二人の眼に入ったものは、顔が焼けただれたカラザースの無残な姿だった。現場を検証したジャクスン警部補は、窓もドアも施錠されていたことから、実験の失敗で火薬の爆発が起き、カラザースは顔に爆発を浴びて、背後にあった旋盤に後頭部をぶつけて絶命したと判断するが・・・。

 鍵に通し穴がないことから、糸などを結びつけてドアの外から鍵をかけるような小細工は弄せなかったはずだ、というのがタイトルに込められた意味。“Locked Room Murders”でロバート・エイディが評しているように、さほど独創的ではないが、ちょっとした巧妙なトリックではある。糸やピンなどの小道具に頼るのではなく、心理的なミスディレクションを活用しているところがアイデアとしては面白い。
 ただ、タイトルがミスリーディングな面もあって、ついトリック偏重式の読み方をしそうになるし、それだけをメインに据える読み方をすると、エイディが評しているように、短編向きの小ネタにすぎないし、長編としては埋め草が多すぎるという見方になってしまうのだが、密室トリックはむしろ添え物のようなものだ。
 確かに、敢えてタイトルで表現したように、トリック自体にも作者としては思い入れがあったのだろうが、この作品の面白さはそれだけではない。作品のプロットは、密室トリックよりも、カラザースの正体や過去に起きた事件との関わりをめぐって展開し、いくつもの仮説が提示されながら、ファーガスがたどり着いた推理にも最後の段階でまたもやどんでん返しが待っている。
 最初の三分の一はとりたてて事件も起きず、登場人物たちの散漫な会話が目立つのが辛いところではあるが、気楽に読めば実に楽しい作品といえるだろう。いつもながらの作者の遊び心が溢れていて、最後に仕掛けたどんでん返しも、決してあっと驚くようなものではないが、作者なりに工夫を練った読者へのサービス精神を感じる。大上段に構えて推薦するほどではないが、なかなか魅力的なシリーズの一作。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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