J・B・プリーストリー “Salt Is Leaving”

 ジョン・ボイントン・プリーストリーは、イギリスの小説家・劇作家として著名だが、戯曲『夜の来訪者』(1947:邦訳は岩波文庫刊)と、この“Salt Is Leaving”(1966)によってミステリ・ファンの間でも親しまれ、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”(1980)でも取り上げられている。特に本作は、本格的な謎解き推理小説としての体裁を持つ長編である。

 エドワード・カルワース氏は、ヘムトンという小さな町に書店を構える店主だったが、ある日外出したまま、閉店時間を過ぎても戻ってこなかった。カルワース氏は翌日になっても帰宅せず、店を手伝っている娘のマギーは、処理すべき仕事を放置したまま帰ってこないのは父親らしくないと不審を抱き、父がバークデンという町に向けてバスに乗ったところまで突き止めたものの、その後の消息はつかめなかった。マギーは、大学で物理を講じている兄のアランとともに警察に赴くが、その程度のことでは相手にしてもらえなかった。
 同じ日の朝、バークデンで開業しているソルト医師もまた、警察を訪れていた。患者だったノーリーン・ウィルクスという若い女性が行方不明になっていたからだ。ソルト医師はバークデンから引っ越す予定だったが、ハースト警視に、彼女がどうなったかを突き止めるまではこの町から動かないと訴えるものの、ハースト警視もまた、事件性を認めようとはせず、捜査に乗り出そうとはしなかった。
 ノーリーンは腎炎を患い、継続的な治療を必要としており、数週間も放置すれば死に至る可能性が高いのに、すでに行方不明になって三週間経っているという。彼女も自分の病状をよく自覚していて、不測の事態を恐れていたはずだったが、ソルトが確認した限りでは、どの病院からも連絡はなく、ほかの医師にかかっている形跡もなかった。彼女がバークデンを去ったとは思えないことから、ソルトはノーリーンが死んでいると確信する。
 やがて、マギーとソルト医師の調査は交差し、一見なんの接点もないように見えた二人の不明者の事件の背後には、バークデンの大立者、アーノルド・ドニントン卿とその家族が関わっていることが明らかになってくる・・・。

 本作品は、“A Catalogue of Crime”の編者ジャック・バーザンとW・H・テイラーが同書で称賛し、“Fifty Classics of Crime Fiction 1950-1975”の一冊に選んでいる(バーザンは個人的にも、“The Armchair Detective: A Book of List”において、ベストテンの一つに選んでいる)。
 非協力的で冷淡な警察や、ソルトの調査と目的に懐疑的な事件関係者の態度と対照させながら、ほぼ確実に死んでいる患者の謎を突き止めることだけが自分の目的であり、彼女に個人的になんの感情も持っていないが、その謎を突き止めるまではバークデンを去りはしないと、堅固な意思で淡々とひるむことなく調査を進めるソルト。こうして、一見接点のなさそうな二つの失踪事件が一つに収斂しながら、ソルトが次第に謎を解明していくプロセスを描くところが見事なストーリー・テリングをなしている。その結果、ソルト医師という存在を際立った個性として描くことに成功し、探偵役としてのカリスマ性を与えることにも効果を上げているようだ。シリーズ化されずに単発の登場で終わってしまったのは、バーザンたちならずとも惜しいと思うところだろう。
 ソルトの推理は、筋道だった論理性より直感に基づく面が強いが、フーダニットとしても意外性を演出することに成功している。『夜の来訪者』ほどテンションが高くスピーディーな展開ではないが、舞台上演を前提とした戯曲と違い、それも小説として個々の人物や背景を十分描き込むためにはやむを得ない代償だったと言えるかもしれない。シリアス・ノベルの作家がミステリに寄与した例としても出色の作品なのだが、我が国ではリファレンス・ブックでもほとんど取り上げられることがなく、あまり知られていないのは残念なところ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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