黄金時代における表現形式の変遷――短編から長編へ

 「ポンティング氏のアリバイ」をご紹介した機会に、推理小説史の問題にもちょっと触れてみたい。
 前の記事でも書いたように、この短編はソーンダイク博士物の最後の短編に当たるが、発表されたのは1927年2月。フリーマンのキャリアとしては、まだ脂の乗り切った時代に当たる。『ポッターマック氏の失策』、“Felo De Se?”、『猿の肖像』などの傑作もそれ以降に書かれたものだからだ。ところが、フリーマンはこの短編を最後に、ソーンダイク博士物の短編をぷっつりと書かなくなってしまうのである。
 フリーマンの書誌を眺めると、ソーンダイク物の短編集は、1909年の“John Thorndyke’s Cases”から1927年の“The Magic Casket”まで(2作だけ収録された“The Great Portrait Mystery”を含めても)6冊ある。ところが、長編のほうをこれと比較してみると、全21作のうち、1927年までに出た長編は10作、それ以降の長編が『証拠は眠る』(1928)から“The Jacob Street Mystery”(1942)まで11作と、短編の筆を折ってからの作品の数のほうが多い。
 実はこれとそっくりの現象がほかの作家にも見られる。フリーマンと並んでイギリスの五大作家の一人に挙げられたヘンリー・クリスファー・ベイリーも、フォーチュン氏物の短編集は『フォーチュン氏を呼べ』(1920)から“Mr. Fortune Here”(1940)まで12冊あるのに対し、9作あるフォーチュン氏物の長編のうち、1940年までに書かれたものは4作、それ以降の長編が1948年の“Saving a Rope”まで5作と、やはり短編を書かなくなって以降の長編が数の上では過半を占める(ジョシュア・クランク物を含めても、全21作の長編のうち11作が占める)。つまり、短編で鳴らしたこれら両作家は、いずれもキャリアの途中で短編という形式を放棄し、もっぱら長編ばかりを書くようになったことが分かるのだ。
 ジュリアン・シモンズは“Bloody Murder”の第十三章で短編小説の変遷について論じ、『クイーンの定員』はそんな事実などないかのように論を展開しているが、ホームズがストランド誌で活躍した時代が過ぎると、短編小説は長編小説にとって代わられるようになり、推理小説の黄金期に当たる第二次大戦前後には、短編という表現形式が質量ともにすっかり衰退してしまったことに触れている。
 その時代に活躍したフリーマンとベイリーという二人の作家の書誌を見ると、シモンズの主張が個人的なキャリアの上でも裏付けられることが分かる。まさに同時代における表現形式の変遷を作家自身が体現しているのである。
 シモンズが論じているように、黄金時代の作家の多くは、主要な活躍の場を長編に置き、短編は余技に近いものがある。クリスティは明らかにとっておきのアイデアは長編で使い、短編は息抜き程度の軽いつくりのものが多いし、やはり第二次大戦前に書かれたものが圧倒的に多い。ジョン・ロードやアール・デア・ビガーズのように、短編をほとんど書かない作家も現れてくるようになる。フリーマンやベイリーも、いわば過渡期の作家であり、だから、一人の作家の書誌にそうした変化が如実に表れるという興味深い現象が見られるのだ。
 そこで、改めて二人の作家の位置づけを見直してみたい。フリーマンの「ポンティング氏のアリバイ」とクリスティの「崖っぷち」が同じピアスン誌に掲載されていることにも示されているように、この二人の作家のキャリアは時期的にオーヴァーラップするところが大きい。むしろ、フリーマンはドイルの同時代人としてより、黄金期の作家に数えるほうがふさわしいと思えるほどだ。ベイリーはといえば、デビュー年はクリスティと同じであり、アーサー・モリスン、アーネスト・ブラマ、ジャック・フットレルといった作家達とは明らかに異なる時代に属している。
 フリーマンは1940年代に世を去り、ベイリーは死後急速に忘れ去られたため、黄金時代の全盛期に活躍した作家達と比べると、どうしても一時代前の作家のような印象を抱いてしまうのだが、むしろ彼らは自覚的に長編を主要な活動のステージに選んだ黄金期の作家と見なすべきであり、(いろんなところでそう扱われているように)「シャーロック・ホームズのライヴァル」というレッテルを貼ってしまうのは些か不当ではないかと思える。「ホームズのライヴァル」という見方(あるいは偏見)が作品に対する評価にも影響を与え、注目度も紹介もおのずと短編に偏ってきたのだとすれば、これは実に残念なことであり、認識を改める必要があるだろう。
 フリーマンは近年、長編も少しずつ紹介されるようになってきたが、ベイリーのほうは、ジョシュア・クランク物の『死者の靴』が紹介されただけだ(しかも既に入手困難になっている)。この二人の作家の長編にはまだまだお宝が眠っていることを、このブログでも紹介していければと思う。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

ソーンダイク博士と聞くとホームズのライヴァルと思ってしまって
どうしてもその時代の人と思いがちでした。
でも、ここに書かれているとおり、ちょつと時代が違うのですね。
ぜんぜん気づいていませんでした。
目から鱗が落ちる思いです。

そうなんです

コメントありがとうございます。
そうなんです。つい思い込んでしまいがちになるのですが、ちゃさんがHPできれいにまとめてくださっている書誌などをつぶさに見れば、おのずと違うことに気づくんですよ。
翻訳情報の付いている書誌のおかげで、いかに長編の翻訳が進んでいないかもはっきり見えてしまいますね。実にもったいないと思っています。
リンクを貼らせていただきました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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