ジョルジュ・シムノン 『メグレとフランドルの町』

 “Chez les Flamands”(1932)は、ジル・アンリの書誌によれば、メグレ警視物の第15作目に当たる(かつて『メグレ警部と国境の町』という題で邦訳があった。私が読んだのは英訳“Maigret and Flemish Shop”)。

 メグレ警視は、ナンシーに住むメグレ夫人のいとこからの紹介で、アンナ・ペータースという女性の依頼を受け、ベルギーとの国境にあるジヴェという町に非公式の立場で事件の調査をするためにやってきた。
 アンナの一家は、マース川を行き来するはしけの船頭らに飲食物などを提供する店を経営していたが、店はフランスとベルギーの国境の真上にあったことから、ベルギー産の製品も合法的に販売して繁盛していた。
 アンナは両親とともに店で働いていたが、教師をしている姉のマリア、ナンシーで法律の勉強をしている弟のジョセフがいた。事件は弟のジョセフに絡むもので、彼の愛人だったジェルメーヌ・ピードブーフというタイピストの娘が行方不明になり、ペータース一家が彼女を殺害して川に死体を捨てたのではないかという疑いをかけられていたのだ。
 ジョセフはジェルメーヌとの間に三歳になる子どもがいたが、ジェルメーヌはほかにも多くの青年を誘惑していたことから、アンナは子どもが本当にジョセフの子なのか疑っていた。
 ジョセフには医者の娘でマルゲリーテという婚約者がほかにいた。婚約は彼らが幼い頃から両家の間で取り決めたものだったが、二人の仲は睦まじかった。ジョセフは行くことを禁じられていたダンスの場でジェルメーヌと知り合い、その帰りに誘惑に乗ってしまったのだった。
 事件の経緯は、一月のある日、ジェルメーヌがジョセフから音信がないという不平を言うためにペータースの店にやってきたが、アンナらに追い返され、その後に行方不明になったというものだった。さらに、ナンシーにいるはずのジョセフのバイクが、その日、波止場を走っていくのを目撃したという証人がいたことから、嫌疑はジョセフにも向けられていた・・・。

 事件の舞台であるジヴェは、はしけが往来する水の町であり、メグレには耳慣れないフラマン語が飛び交う環境など、『オランダの犯罪』を連想させるところがあり、実際、メグレ自身も作中でそう独白している。背景となる舞台とそこを行き交う人々を綿密に描き、濃厚な雰囲気を醸し出す作風はまさに初期のメグレ警視物の特徴であり、弛緩することなく作品と真摯に向き合う作者の姿勢と意気込みが伝わってくる。
 ペータース一家、ピードブーフ一家の人々を一人一人丁寧に描写し、事件に至る必然性をその人間関係の中から浮き彫りにしようとするシムノンの手法はいつもながらだが、それだけに、彼の作品では、被害者と加害者を単純に善と悪とで割り切ったり、勧善懲悪的な罪と罰の構図を当てはめることのできない状況がしばしば生じる。メグレ物の中にも、犯人が最終的に捕まらなかったり、はっきりしないままに終わる作品があるのもそのためだ。
 本作においても、そうした状況が浮き彫りになり、メグレは通常の探偵小説では常道とは言えない選択をすることになる。犯罪とこれに対する裁きという構図からは完全に外れてしまっているにも関わらず、「運命の修理人」が下した決断とそれにふさわしい大団円が待つ結びに、作品としての完結性を納得して受け入れることになるのは、いかにもシムノンの作品らしい。
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