フリーマン『キャッツ・アイ』解説1

一 『キャッツ・アイ』――錯綜したプロットをもつフリーマンの代表作

 『キャッツ・アイ』(一九二三)は、『オシリスの眼』(一九一一)、『ポッターマック氏の失策』(一九三〇)と並んでフリーマンの代表作として挙げられることの多い作品である。
 フリーマンの研究家であり、“In Search of Dr. Thorndyke”(一九七一)の著者であるノーマン・ドナルドスンは、同書において本作を「迷路のように複雑なプロット」と呼び、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers“(一九八〇)でも、「全長編の中で最も複雑なプロットであり、全面的に成功している」と述べている。バタード・シリコン・ディスパッチ・ボックスから刊行されたオムニバス・シリーズの序文では、「全ソーンダイク物の中でも、最も内容豊かでベストの作品に位置づけられる」とし、本作がドナルドスンの推すベストであったことが窺える。
 トーマ・ナルスジャックも、『読ませる機械=推理小説』(一九七三)の中で、『猿の肖像』(一九三八)と並んで、本作を構成のしっかりした作品として挙げており、H・R・F・キーティング編の“Whodunit?”(一九八二)における「代表作採点簿」でも、バークリーの『毒入りチョコレート事件』、クリスピンの『消えた玩具屋』、クリスティの『アクロイド殺害事件』、『そして誰もいなくなった』、クロフツの『樽』などと並んで、プロットに満点を与えられている。要するに、プロットの完成度という点では、おしなべて高い評価を得ている作品なのである。
 上記評者たちの評価に見られるとおり、本作のプロットは、フリーマンの作品の中でも最も錯綜した構造を持っている。冒頭で起きる強盗殺人事件、ブレイク家の不動産相続権の問題という、一見無関係とも思える二つの謎が微妙に絡み合う展開の中に、正体不明の指紋、怪しげな金髪女性、不可解なホテルの宿泊客、手記の断片、青い髪、聖書を用いた暗号などの副次的な謎が幾重にも組み込まれ、バラバラとしか思えない各要素が最後にパズル・ピースのように一つの絵にまとまる大団円は、ドナルドスンの言うように、確かに「称賛に値する」ものだろう。
 ただ、事件の背景を理解するためには、ジャコバイトの反乱という英国史の知識も求められるし、暗号解読には、聖書の翻訳史の理解も必要になるという具合で、特に日本人の一般読者には容易に理解しがたい要素が多々含まれているのも事実だ。否、日本人のみならず、英国人にとってすら、本書で前提となっている知識は、一般人の水準を超えたものと言っていいだろう。ついでに言えば、「コバルトブルー」を知ってはいても、その起源まで知る人はやはりごく稀だろう。
 そうした複雑な構成と広範な知識を前提とした作品である一方で、本作には、本格ファンを刺激する、シンプルで鮮やかなパズル・エレメント(謎解きの要素)が、全体の謎を統一するかなめとして仕掛けられている。あからさまにネタばらしをするつもりは毛頭ないが、ここからは、謎解きの性格にかなり踏み込んだ解説をするので、予断を持つことを忌避する読者は、このあとの部分は作品読了後に読んでいただきたい。
 多くの読者もご存じのとおり、謎解きの要素は、大別すれば、フーダニット(犯人の謎)、ハウダニット(犯行方法の謎)、ホワイダニット(動機の謎)にあるといえるが、本作に関しては、フーダニットの要素はきわめて希薄であり、アンドリュー・ドレイトンの殺害犯は、表舞台に登場した時からほぼ自明であろう。むしろ、本作の中心をなすパズル・エレメントは、フリーマンにしては珍しく、ホワイダニット、つまり、「なぜ犯人はさしたる値打ちもない宝石を盗んだのか」という動機の謎である。
 さきほど言及した、一見無関係と思える二つの謎も、このホワイダニットを一つのかなめとして必然的な結びつきを持つようになり、さらには、語り手であるアンスティ弁護士が、事件の全体を集約するタイトルとして、盗まれた宝石の名である「キャッツ・アイ」を選んだ理由も、そこから改めて鮮明に浮き彫りになってくるのである。
 写真や図版などのビジュアルな手がかりを好んだフリーマンらしく、本作においても、冒頭にロケットとマスコットの図版が掲げられている。ところが、ストーリーを追っていても、はじめのうちは、いずれの小物も事件の本筋とはほとんど無関係の些細な小道具としか思えない。ロケットは暗号解読の謎を秘めていることが次第に分かってくるが、重要なのはむしろ、ハリバートン氏のマスコットだ。多くの読者は、図版として掲げられている以上、物品の形状、性質、来歴などの詳細に目を凝らし、その手がかりが秘める意味を見出そうとするに違いない。ソーンダイクが明らかにしていくように、確かにそうした詳細情報は、事件の謎を解く重要な手がかりをなしているのだが、ややもすると、「木を見て森を見ず」のことわざのとおり、その手がかりが持つ真に重要な意味を見逃すことになるのである。
 さらに、『キャッツ・アイ』は、もともと「ウェストミンスター・ガゼット」紙に掲載された作品だったこともあり、連載小説らしくストーリー展開がめまぐるしい。本作に先だって紹介したもう一つの代表作『オシリスの眼』は、失踪したエジプト学者の謎を中心に据えてストーリーがじっくりと展開していく作品だったが、その反面、事件と直接関係のない恋愛的要素とも相まって、ストーリーは劇的な起伏に乏しく、ややもすると中だるみ的な退屈さを感じさせる面もあった。これに比べると、『キャッツ・アイ』は、冒頭の強盗殺人から、毒入りチョコレート事件、空き家での殺人未遂、さらには、閉じ込められた部屋からの脱出劇と、サスペンスフルな出来事が次々と起き、ソーンダイク博士物の中でも、これほど盛りだくさんの出来事と冒険的要素を持った作品は珍しい。
 暗号解読と「宝探し」の要素も、その謎自体は難解であるものの、解明と発見の場面は劇的な臨場感があり、わくわくするような面白さを伴っている。一族の財産相続をめぐる行方不明の婚姻と出生の記録という設定は、マージェリー・アリンガムの『甘美なる危険』(一九三三)を連想させ、案外、彼女の作品に影響を与えたのかもしれない。
 なお、フリーマンは本作において、指紋鑑定(『赤い拇指紋』)、エックス線写真撮影(『オシリスの眼』)という、過去の作品でも用いた手法を再利用しているが、特に「指紋の偽造」というテーマは、短編「前科者」を含めて作品の中で繰り返し取り上げてきたものだ。
 『赤い拇指紋』が有名なこともあり、フリーマンは指紋鑑定に基づく捜査に懐疑的だったと思われがちだが、他の作品を読めば、決してそうではなかったことが分かる。というのも、指紋偽造の可能性を指摘する一方で、短編「深海からのメッセージ」や“When Rogues Fall Out”(一九三二)では、ソーンダイク博士自身が現場で指紋を採取し、これを手がかりに犯人を突き止めているし、ハンフリー・チャロナー教授物の“Uttermost Farthing”(一九一四: 英題“A Savant’s Vendetta”)でも、チャロナー教授は、妻の殺害犯の指紋を採取して身元確認に利用しているからだ。
 つまり、フリーマンは、指紋による人物同定の有用性を認めつつも、偽造の可能性を留意するように警告を発したにすぎないのであって、指紋を捜査に活用することそれ自体に否定的だったわけではないといえる。『赤い拇指紋』の続編とも言うべき“When Rogues Fall Out”において、敢えて指紋測定を実地に演じてみせたところにも、そうしたメッセージを伝えようとの意図が感じられる。
 現代における目覚ましい科学捜査の進展によって、いまやDNA鑑定が容疑者特定の重要な手法となり、今日では、指紋の偽造というテーマ自体がもはや時代を感じさせるものになってしまった。DNA鑑定のおかげで、過去に迷宮入りした事件までが次々と解決しているとされるが、その一方で、DNA鑑定への過信を原因とする冤罪事件も発生していることも忘れてはなるまい。最先端の技術というものが、時として過信を生み出し、それが冤罪につながるという教訓こそ、まさにフリーマンが「指紋の偽造」というテーマで投げかけた問題ではなかったろうか。その意味で、フリーマンの問題提起は、時代遅れであるどころか、驚くほど現代的な意義を持っているのではないかとすら思えるのである。
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