フリーマン『キャッツ・アイ』解説2

ニ 英国史との関連

 海外ミステリ・ファンの間では、英国史と言えば、ジョセフィン・テイの『時の娘』の背景となった薔薇戦争が比較的なじみのある出来事と考えられることもあり、敢えてその時期から、スチュアート朝の歴史とジャコバイトの反乱について、王統の流れを軸に据えながら概略してみたい。
 リチャード三世をボスワースの戦い(一四八五年)で敗死させ、チューダー朝の初代国王としてイングランド国王の地位に就いたヘンリー七世は、エドワード四世(リチャード三世の兄)の王女、エリザベス・オブ・ヨークと結婚して、ランカスター家とヨーク家の統一を図り、王室の基盤強化に努める。しかし、戦いによって王位を勝ち取ったものの、王位継承の正統性は脆弱だったヘンリーにとって、当時は独立国家だった隣国スコットランドとの関係改善が大きな外交課題だった。
 ヘンリーとエリザベスの間には、次の国王となるヘンリー八世のほか、王女マーガレットが生まれているが、ヘンリー七世は、スコットランドの王室スチュアート家のジェームズ四世にマーガレットを嫁がせる。一種の政略結婚と考えられるだろう。ヘンリーの重臣たちは、スコットランド王室にイングランド王室の血が入れば、いずれイングランドはスコットランド人に乗っ取られるおそれがあると忠告したが、ヘンリーは「そうなれば、スコットランドはイングランドに併合されるまでのことだ」と答えたとされる。
 ジェームズ四世とマーガレット・チューダーの孫に当たるのが、スコットランド女王メアリ・スチュアートであり、彼女は、ヘンリー七世の曾孫であることを根拠に、エリザベス一世(ヘンリー八世の娘)とイングランドの王位継承権をめぐって争い、夫ダーンリー卿の謎の死やボズウェル伯とのスキャンダラスな結婚を経て、退位を余儀なくされてイングランドに逃亡し、最後はエリザベスの命によりフォザリンゲイ城で処刑されている(一五八七年)。
 エリザベス一世は終生独身を通し、世継ぎがいなかったため、チューダー朝はエリザベスの逝去に伴って絶え、メアリ・スチュアートの子である、スコットランドのジェームズ六世が、イングランドのジェームズ一世として即位(一六〇三年)。イングラント、スコットランドの両国は、それぞれ独立を維持しつつも、共通のスチュアート家の国王を戴く同君連合となる。(一七〇七年、アン女王の時代に、スコットランドの議会が廃止され、両国は完全に統合されてグレート・ブリテン王国となる。しかし、これに不満を持つスコットランド人も少なくなく、のちのジャコバイトの反乱にスコットランド人が結集した一因となった。)
 ジェームズ一世の子、チャールズ一世は、ピューリタン革命により処刑され(一六四九年)、イングランドは一時期、護国卿オリヴァー・クロムウェルの指導の下、共和制に移行するが、クロムウェルの死後、王政復古により、チャールズ一世の子、チャールズ二世が即位する(一六六〇年)。ジョン・ディクスン・カーの『エドマンド・ゴドフリー卿殺害事件』は、このチャールズ二世の治世下で起きた事件である。
 チャールズ二世の逝去(一六八五年)により即位した、その弟のジェームズ二世は、熱烈なカトリック信者だったため、親カトリック的な宗教政策を進めて議会との対立を深めていく。イングランドは、ヘンリー八世の時代に首長令を発してローマ・カトリック教会と決別し、国教会を設立したが(一五三四年)、その後も、カトリック信者だったメアリ一世(ヘンリー八世の娘、エリザベス一世の姉)による新教徒弾圧など、君主の宗教政策により国政が翻弄されてきた経緯があった。
 議会は、ジェームズに嫡子が誕生したのをきっかけに、オランダのオラニエ公ウィレム(オレンジ公ウィリアム。チャールズ一世の娘を母とし、ジェームズ二世の甥にあたる)とひそかに連絡をとり、その妻で、ジェームズ二世の娘であるメアリの即位を画策する。
 一六八八年、ウィレムの率いるオランダ軍がイングランドに上陸、ジェームズ二世は家族とともにフランスに亡命し、ウィレムとメアリは、ウィリアム三世、メアリ二世として共同統治の国王に即位する。いわゆる名誉革命であり、このあたりの経緯は、高校の世界史でも学ぶ内容であり、ご存じの方も多いだろう。
 名誉革命は、イングランド国内で一定の支持を得たが、世襲君主制を支持する勢力も依然根強く存在し、亡命したジェームズ二世とその子孫の王位の正統性を支持する人々は、ジャコバイト(Jacobite)と呼ばれた。その名は、ジェームズのラテン語名Jacobusに由来する。本作でも描かれているように、ジャコバイトは、大陸に亡命したジェームズ二世とその子孫の帰国を待望して、「海のかなたの国王」に乾杯を捧げたという。特にスチュアート家発祥の地であるスコットランドはジャコバイトが有力な地域だったとされる。
 ダンディー伯率いるジャコバイト軍と政府軍が衝突したキリークランキーの戦い(一六八九年)を皮きりに、ウィリアム三世とメアリ二世の共同統治開始直後からも、ジャコバイトの反乱や陰謀は散発していたが、その運動が一気に拡大するきっかけとなったのは、ジョージ一世の即位(一七一四年)であった。
 メアリ二世は一六九四年、ウィリアム三世は一七〇二年に逝去するが、二人には子がなかったため、そのあとは、ジェームズ二世の娘でメアリの妹にあたるアンが即位することになっていた。しかし、アンも流産や病気などで子供をことごとく失い、新たに子を儲ける見込みも乏しかったことから、彼女が逝去すれば、スチュアート家の世継ぎが絶える事態が予測された。
 このため、英国議会は、カトリック信者だったジェームズ二世の嫡子、ジェームズ・フランシス・エドワード・スチュアート(ジャコバイトはジェームズ三世と呼んだ)の王位継承を未然に防ぐため、一七〇一年に王位継承法を制定する。この法により、王位継承者は、スチュアート家の血を引く者というだけでなく、国教会の首長となり得る新教徒であることが要件とされ、ジェームズをはじめとするカトリック信者のスチュアート家の血族は、ことごとく王位継承から排除されることとなったのである。(ジェームズは、新教に改宗しさえすれば王位継承が可能だったが、早晩、伯父チャールズ二世のように復位できると当て込み、改宗を拒否したとされる。) その結果、要件を満たす最も近い王位継承権者は、ジェームズ一世の孫娘ゾフィーの長男であるハノーヴァー公ゲオルク・ルートヴィヒとなり、彼がドイツから迎えられてジョージ一世として即位する。(ジェームズ一世は、娘エリザベスをプファルツ選帝侯フリードリヒ五世に嫁がせ、その娘ゾフィーはハノーヴァー選帝侯エルンスト・アウグストに嫁いだ。)
 ジェームズ一世の曾孫とはいえ、英国との縁も遠く、ジョージ自身、英語が満足に話せず、英国の国内政治にも関心が乏しかったため、ドイツに滞在することが多かった。ジョージが国政を顧みず、ホイッグ党のロバート・ウォルポールが率いる内閣に政務の一切を委ねるようになったことが、英国における議院内閣制の始まりとされている。
 しかし、ほとんどドイツ人といっていい国王の即位は、国内でも大きな反響を引き起こし、現体制へのジャコバイトの反抗心をさらに燃え上がらせることになる。本作の中で、ジャコバイトのパーシヴァル・ブレイクが、ジョージ一世の子である、当時の国王ジョージ二世を「ドイツ人の国王」と呼んでいるのも、ジョージ二世もまた、生まれ育ちはドイツであり、本来の名をゲオルク・アウグストといい、父の即位に伴って英国に移住した時には既に三十歳に達していたことを想起すれば、容易に理解できるのである。
 ジョージ一世の即位に伴って国内で起こった民衆暴動に乗じ、ジェームズ・フランシス・エドワードは、一七一五年、スコットランドに上陸して反乱をもくろむが、ほとんどなすすべもなくフランスに逃げ帰る。自分の王位の正統性を主張したジェームズ・フランシス・エドワードは、その子、チャールズ・エドワード・スチュアートと区別して「老僭王」(Old Pretender)と呼ばれる。
 しかし、ジャコバイトの最大の反乱は、一七四五年、そのチャールズ・エドワード(愛称はボニー・プリンス・チャーリー)により引き起こされたものである。彼は、わずか七人の側近を引き連れてスコットランドに上陸するが、キャメロン一族をはじめとするハイランドの氏族を味方につけて勢力を拡大すると、エディンバラを占領し、プレストンパンズの戦いで政府軍を破り、イングランドに侵攻してダービーにまで迫る。
 しかし、一七四六年のカロデンの戦いで、カンバーランド公ウィリアム・オーガスタス率いる政府軍に惨敗を喫し、チャールズ・エドワードは女装して正体をくらますなどしてフランスに逃げ帰る。(本作では、カロデンの戦いの年を、反乱の起きた一七四五年と混同しているようだが、敢えて本文はそのままにしておいた。) 政府軍はその後、スコットランドにおけるジャコバイト勢力の徹底的な掃討を行い、以後、表立ったジャコバイトの反乱は起きなくなる。チャールズ・エドワード・スチュアートは、父と区別して「若僭王」(Young Pretender)と呼ばれ、その後は酒に溺れる日々を送り、一七八八年に失意のうちにローマで没している。
 チャールズ・エドワードに嫡出子はなく、その弟のヘンリー・ベネディクト・スチュアートは、カトリック教会の枢機卿となって終生独身だったため、ジェームズ二世の嫡出の家系は絶え、その後、ジャコバイトの運動は鎮静化していく。なお、ジョージ三世(ジョージ二世の孫)は、財政的に困窮したヘンリーに年金を支給して援助したが、ヘンリーは遺言で、ジェームズ二世から代々受け継いできたスチュアート家の家宝の宝石類を、ジョージ三世の王子、のちのジョージ四世に遺贈している。
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