『ヴォスパー号の遭難』へのシモンズの序文

 クロフツを取り上げたついでに、1980年にコリンズ社のクライム・クラブ50周年記念として復刊された『ヴォスパー号の遭難』にジュリアン・シモンズが寄せた序文も紹介しておきたい。
 “Bloody Murder”では、クロフツを「退屈派」にカウントしていたシモンズだが、そのレッテルを貼った作家の中でも、唯一まともに論じる対象として取り上げた作家であり(ジョン・ロード、ヘンリー・ウェイドなどは名前に言及しているだけ)、『樽』のほか、『ヴォスパー号の遭難』を「フレンチ物のベストの一つ」として言及している。
 その復刊の序文では、クロフツは人物造形が弱かったために、技師としての専門性にますます依存していくようになり、鉄道システムの盲点や、列車、船の時刻表の辛抱強い検討からアリバイを崩すというパターンに陥り、同じ本を何度も読んでいるような気分になると、手厳しい評価を下している。『ヴォスパー号の遭難』を復刊対象に選んだ理由は、それがアリバイに依存せず、冒頭章に見られるように、クロフツの長所の一つである、アクション・シーンが見事に描かれているからだとしている。
 シモンズは、クロフツ個人について、誰に聞いても、謙虚で親しみやすい、ごく普通の人だったとし、グラディス・ミッチェルが語ったエピソードを紹介している。それによると、ディテクション・クラブの新会員加入の儀式に際して、ミッチェルは剣を持ち、クロフツはリボルバーを持って短い口上を述べたのだが、それがあまりにも小声だったのだそうだ。ミッチェルの見るところでは、そんな儀式を馬鹿げたものと思っていたためではないかという。そうした分別臭い態度は、いかにもクロフツらしかったとのことである。
 コツコツ型のフレンチ警部の造形や、丹念に調査と検討を重ねることでアリバイを崩していくプロットの特徴からも窺えるように、クラブの儀式でも茶目っ気を見せたセイヤーズやバークリー、カーが持っていたような遊び心とは、およそ無縁の生真面目な性格だったことが伝わってきて、それなりに納得できてしまうところが面白い。
スポンサーサイト

テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

S・フチガミ

Author:S・フチガミ
お問い合わせ等は
fuhchin6491
(アットマーク)
hotmail.co.jp
へどうぞ

カテゴリ
フリーエリア
天気予報
リンク
検索フォーム
アクセスカウンター
RSSリンクの表示