ヴァン・ダインのミステリ書評

 ヴァン・ダインがアンソロジストでもあり、その序文として「推理小説論」(1927)のようなミステリ評論も書いていることは邦訳でも紹介されている。しかし、短期間ではあったが、晩年にミステリの新刊書の書評を手掛けていたことは意外と知られていない。
 ヴァン・ダインは、「スクリブナーズ誌」の1939年1月号から5月号にかけて、同誌書評欄のミステリ部門を担当している。彼は1939年4月に亡くなっているので、ほとんど絶筆といっていいものだろう。「スクリブナーズ誌」そのものも、まるでヴァン・ダインとともに息を引き取るかのように、同年5月号をもって廃刊となっている。
 これらの書評は、短いものではあるが、1927年時点で書かれた前記「推理小説論」では触れられなかった、その後の作家や作品を論じている点で興味深い。ここで、かいつまんで紹介してみたい。

 1月号では、E・C・ベントリーの『トレント乗り出す』、J・J・コニントンの“Murder Will Speak”、ジョン・ディクスン・カーの『曲った蝶番』、マーガレット・テイラー・イェイツの“Death Sends a Cable”、レスリー・フォードの“Three Bright Pebbles”、エラリー・クイーンのアンソロジー“Challenge to the Reader”を取り上げている。
 『曲った蝶番』については、「疑いもなくカーのベスト作」とし、「過去の推理小説のベスト作と栄冠を分かち合うもの」と絶賛している。
 クイーンのアンソロジーについては、よいアンソロジーだと誉めた上で、納得できるし、時流に即した作品集だとし、あまり知られていないが立派な作品も含まれていると評価している。
 2月号では、A・A・フェアの『屠所の羊』、ジョージ・ハーモン・コックスの“Four Frightened Women”、Q・パトリックの“Death and the Maiden”を取り上げている。
 『屠所の羊』については、本年の犯罪スリラーのベストを選ぶのは時期尚早かもしれないが、これほど優れ、活力に満ちた作品は多くないだろうと称賛している。
 3月号では、オースティン・フリーマンの『猿の肖像』、デイリー・キングの“Arrogant Alibi”、F・W・クロフツの『フレンチ警部と毒蛇の謎』、マーガレット・アースキンの“The Limping Man”を取り上げている。
 『猿の肖像』については、「全体として納得できるし、謎解きも優れている」とした上で、「あらゆる細部が入念に構築され、派手さには乏しいが、ストーリーはしっかりと進んでいく」と称賛している。
 “Arrogant Alibi”については、アリバイ崩しは推理小説の仕掛けとしては最も難しいものだし、クロフツがその大家だが、キングは見事に成功していると評価し、巧妙でよく練られているし、上級読者向けの知識の詰まった作品だとしている。
 そのクロフツの『フレンチ警部と毒蛇の謎』については、倒叙の形式を取り入れた異色作だが、高い水準にあるとし、フレンチは見事な推理を披露しているし、傑作だと称賛している。
 4月号では、H・C・ベイリーのフォーチュン氏物の“The Great Game”、アガサ・クリスティの『ポアロのクリスマス』、クリストファー・ブッシュの“The Case of the Green Felt Hat”、ハリエット・R・キャンベルの“The Moor Fires Mystery”、エドガー・W・スミスの“Appointment in Baker Street”を取り上げている。
 『ポアロのクリスマス』については、よく書けているし、動きも整理されているとしつつも、登場人物は巧みに造形されているが、混乱したクライマックスや『ビック・ボウの殺人』以来のタブーである解決の埋め合わせになるかどうかは分からないと、やや控えめな評価をしている。
 5月号では、ドロシー・ディズニー・キャメロンの“Strawstack”、ルーファス・キングの“Murder Masks Miami”、コール夫妻の“Off with Her Head”を取り上げている。
 “Murder Masks Miami”については、その解決には「最も鋭い読者でも驚くだろう」としている。

 これらの書評で注目されるのは、「推理小説論」では触れられなかった、カー、クイーン、フェア(E・S・ガードナー)のような、当時の新世代の作家達が取り上げられていることだろう。
 カーについては、代表作の一つと言うべき『曲った蝶番』をタイミングよく取り上げていることもあるのだが、非常に高い評価を与えている。もっとも、書評に割いているスペースはごくわずかだし、これだけでは、作家としてのカーをどう見ていたかはよく分からない。
 クイーンは、ヴァン・ダインのエピゴーネンとしてデビューしながら、次第に独自のスタイルを確立して人気の点でも凌駕してしまった作家といえる。その作家としてのクイーンに対して、ヴァン・ダインがどんな見方をしていたかは、興味深いところではあるが、アンソロジーを取り上げたこの書評では窺い知ることはできない。フェア(ガードナー)も、ヴァン・ダイン以後に、アメリカで絶大な人気を博した作家だが、ペリー・メイスン物に対する評価も、できれば知りたかったところだ。
 クリスティに対しては、「推理小説論」でも厳しい評価をしていたヴァン・ダインだが、既に大ベストセラー作家となっていた当時のクリスティに対しても、かなり冷ややかな見方をしているのが窺える。とはいうものの、『カナリヤ殺人事件』は『アクロイド殺害事件』、『カブト虫殺人事件』は『スタイルズの怪事件』のパクリではないかと思えるし、特に前者のトリックについては、「推理小説論」の中で、再び使用することを作家に対して厳しく戒めているというのに、自分では使っているという、欺瞞的なところがヴァン・ダインにはある。邪推と言われるかもしれないが、クリスティに対する殊更辛辣な評価も、自分が彼女のトリックを自作でひそかにパクったことを韜晦する目的があったのではないかと勘繰りたくなるほどだ。
 ともあれ、量的にも貧弱な内容ではあるが、これらの書評は、「推理小説論」以後のヴァン・ダインの推理小説観の推移を窺い知る手がかりとして、貴重な資料と言えるのではないだろうか。クロフツやフリーマンのような、昔ながらの謎解き推理小説に対しても、相変わらず高い評価を与えていることからも、その推理小説に対する見方は基本的に変わらなかったと思われるが、ドナルド・ラム&バーサ・クール物のような軽いタッチの作品にも惜しみない評価を与えているのは注目されるところだろう。

 なお、ヴァン・ダインは、「スクリブナーズ誌」1930年3月号に‘The Closed Arena’という裁判実録に関するエッセイも寄稿している。リジー・ボーデン事件やクリッペン事件などの著名裁判にも言及しながら、実際の裁判における被告や弁護士の精神的葛藤や駆け引きの失敗、陪審団が示す偏見などを活写している。上記書評もこのエッセイも、本名のW・H・ライトではなく、ともにS・S・ヴァン・ダイン名義で書かれたものだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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