6長編を振り返って

 マイケル・ロードが登場する全6長編を振り返ってみると、やはり一番面白いと思ったのは『空のオベリスト』。ジュリアン・シモンズや“1001 Midnights”のエドワード・ホックをはじめ、諸氏が絶賛しているように、確かにこれは優れたギミックを駆使した作品で、おなじみの手掛かり索引もそれ自体をプロットに織り込んで見事に活用した作品だった。
 (余談だが、この作品が再評価されるきっかけになったのは、コリンズ社のクライム・クラブ創刊50周年記念復刊の一冊として、1980年に再刊されたことなのだが、その対象となった12作品を選んだのはシモンズだった。
 邦訳のあるものでは、キング『空のオベリスト』、クリスティ『ABC殺人事件』、クロフツ『ヴォスパー号の遭難』、ブレイク『殺しにいたるメモ』、シェリー・スミス『午後の死』、フィリップ・マクドナルド『迷路』、アンドリュー・ガーヴ『落ちた仮面』、未訳では、Nina Bawden“The Odd Flamingo”、Elizabeth Ferrars“Enough to Kill a Horse”、Ngaio Marsh“Spinsters in Jeopardy”、Rex Stout“Even in the Best Families”、L. A. G. Strong“Which I Never”で、いずれもシモンズの序文が巻頭に付されている。
 不思議なのは、キング、マクドナルド、スミスの作品は、この復刊がきっかけで邦訳が出たはずなのに、なぜか我が国の出版社はシモンズの序文を収録していないこと。鋭い洞察を含む序文だけに惜しいと思う。それとも、著作権の問題があるのだろうか。)
 オベリスト三部作の中では、『海のオベリスト』がこれに次ぐ出来栄えで、心理学者同士の推理合戦という最初の試みだけにプロットも新鮮で、死体の隠し場所や探偵探しの興味など、全体のプロットもまずまずだった。
 三部作の中では『鉄路のオベリスト』が一番月並みで、豪華な大陸横断列車という魅力的な舞台設定にもかかわらず、質が著しく落ちると感じた。邦訳解説でも出来不出来の差が激しいとされているが、よりによって一番出来の悪いものを最初に紹介していたわけで、さほど評判にもならず、他作品の紹介につながらなかったのもそのせいではないかと穿った見方をしてしまう。
 ABC三部作の中では、“Careless Corpse”と“Arrogant Alibi”が双璧だ。エド・ホックは、『空のオベリスト』をベストとし、“Arrogant Alibi”を次点に推しているが、個人的には“Careless Corpse”と甲乙付けがたい。
 “Careless Corpse”のトリックについて、専門知識を要するという理由で難色を示す人もいるが、“Arrogant Alibi”のアリバイも、特殊なメカニズムを利用していて、一般知識に基づいて推理できるような事柄ではないし、今日的視点では時代遅れとすら言える。
 むしろ、ケアレス・キャッスルという舞台設定や洪水で閉じ込められるシチュエーションの面白さ、プロットの展開も、一人一人の容疑者を不利な要素と有利な要素を書き出して比較するくだりといい、いかにも黄金時代の謎解きの雰囲気そのもので、好感が持てる。
 中心となるトリックは、専門的かどうか以前に、そもそも本当に成り立つのかどうかを疑ってしまう。化学の専門家にでも聞きたいところだが、身近なところで偶然に起きても不思議ではないと思うからだ。
 “Arrogant Alibi”もこれに負けないくらい面白い。短剣の象形文字の解読をはじめ、エジプト学が随所に出てくるのも興味深い。各章のタイトルも、「第一の書」、「第二の書」という具合に、まるで古代エジプトの死者の書か魔術書を模倣したようだし、ヒエログリフに基づく数字の象徴も添えて雰囲気を出している。“Careless Corpse”では楽章構成で章の標題を表していたが、作者の遊び心が感じられて楽しい。
 その蘊蓄もけしてでたらめではなく、著名なアメリカのエジプト学者ジェームズ・ブレステッドの名前も出てくるなど、それほどペダンティックに論じているわけではないが、筋を妨げない程度に知識をちりばめているのが興を添える。
 タイトルにある「アリバイ」は、先にも述べたように、現在の状況では時代遅れの感があるが、ロバート・エイディが“Locked Room Murders”で紹介している密室トリックは第二の殺人に用いられたもので、こちらはシンプルで納得できるものがある。
 “Careless Corpse”では、マイケル・ロードは『空のオベリスト』での功績を評価されて警視(deputy-inspector)に昇進している(もっとも本人は、事件の真相が別にあったことを知って不本意だったようだが)。ロード警視が一日に百本も吸うヘビー・スモーカーだとか、ハーヴァード大出だという情報も出てくる。個性のない探偵だとあちこちで書かれているが、登場した時自体が探偵探し的趣向から個性を消されていたようなものだし、確かに目覚ましい特徴があるわけではないが、次第に人間らしく造形されていったのがうかがえる。
 悲恋に見舞われ続けるのが、作者がロードに課した運命だったようだ。『空のオベリスト』での恋も不首尾に終わったことが“Careless Corpse”で明らかになるし、次の“Arrogant Alibi”では、まさに悲劇が待っている。最後の“Bermuda Burial”でも恋に陥るが、その行方も結局はよく分からないままにシリーズが終ってしまう。
 一番がっかりだったのは、その“Bermuda Burial”。オットー・ペンズラーが“Encyclopedia of Mystery and Detection”で触れているように、推理小説というよりは作者が愛したバミューダの「旅行記」と呼ぶ方がふさわしい。半ばまで来てようやく事件らしい事件が起きるが、それまでは、バミューダに関心のない者にとってはどうでもいい筋が多すぎて退屈きわまりない。
 後半になってようやくミステリらしくなるが、プロットはたいしたことがなく、せっかく、犯罪も少なくて隠れる場所もないという一種の広い密室といえるバミューダを舞台に用いながら、誘拐した赤ん坊をどこに隠したのかという謎を効果的に活かすことはできなかったようだ。
 ポンズ博士が最後の方になって登場するのもご愛嬌ではあったが、見せ場もないし、著者自身が描きたかったバミューダの風物もさほど絵画的に描かれているわけでなく、行ってみたいと感じさせるほど魅力を提示し切れていないように思う。キングの長編の中では、『鉄路のオベリスト』より始末の悪い、どっちつかずの凡作だったと思う。
 それにしても、キングという人は、専門の心理学もさることながら、音楽に毒物学、エジプト学と、なかなかいろんな分野に詳しく、それをプロットに活かす手際も巧みだったようで、もっと作品を残さなかったのが悔やまれる。


Arrogant Alibi


Careless Corpse

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