ジョン・ロード『クラヴァートン事件』訳載

 ジョン・ロードの『クラヴァートン事件』(原題:The Claverton Mystery:1933)をこれから当ブログで連載していきます。

(追記:なお、このほかに、ロードの『代診医の死』(Dr.Goodwood's Locum)をROM叢書第12巻として出させていただく予定です。訳のできた順序はこちらが先ですが、都合により『クラヴァートン』のほうが先に世に出る形になりました。『クラヴァートン』はあくまでブログのオリジナルとする予定で、叢書からの刊行予定はありません。)

 『クラヴァートン事件』は、“A Catalogue of Crime”のジャック・バーザンとウェンデル・ハーティグ・テイラーが、“The Motor Rally Mystery”、“Hendon’s First Case”、『ハーレー街の死』と並んでロードの代表作の一つに挙げている長編であり、ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”でも『ハーレー街の死』とともに挙げられ、H・R・F・キーティングが選定したコリンズ社の“The Disappearing Detectives”叢書における復刊書の一つにも選ばれています。
 (キーティングが同叢書に寄せた序文も訳載したいところですが、同叢書が刊行されたのは1985年であり、いわゆるベルヌ条約の「10年留保」条項、つまり、1970年以前の出版物に関しては、原著の刊行された時点から10年 以内に日本国内で翻訳出版されなければ、その出版物の翻訳権は自由使用という原則に該当しないため、翻訳権取得なしに全訳するわけにはいきません。このため、解説の中で適宜引用するにとどめさせていただきます。)
 本作は、ハウダニットを得意としたロードの面目躍如たる作品というだけでなく、大団円における降霊術会の演出を含め、初期作品らしくストーリー展開や見せ場、人物描写にも起伏があり、中期以降の作品にありがちな、退屈な尋問や議論の場面が延々と続く欠点が目立たず、読み応えという点でも秀でた作品です。キーティングも、前記叢書の序文において、ロードの作品は退屈だという批判に対し、「顕著な例外の一つが『クラヴァートン事件』だ」として、バーザンとテイラーの「必読作」という評価に賛同しています。
 “1001 Midnights”でも特筆されていますが、通常の作品では内面の思考過程を見せたりしないプリーストリー博士が、本作では珍しく心理の動きが事細かに描写され、鬼神のごとき叡知を秘めた名探偵としてではなく、感情の起伏や迷いなどをあらわにするヒューマンな存在として描かれています。また、中期以降の作品に見られるように、土曜の例会で語るだけの不活性化した存在ではなく、人の家やよその町を積極的に訪れ、関係者にも直接聞き込みをするなど、自ら活発に行動する姿が描かれており、それがストーリー展開にもプラスの効果をもたらしています。
 さらに、本作は、レギュラー・メンバーの一人、オールドランド医師の初登場作でもあります。のちの作品の多くでは、土曜の例会の出席メンバーの一人に役割がほぼ限定され、人物描写も平板化してしまいますが、本作では、被害者の主治医として重要な役割を演じているだけでなく、医師の過去や子息の存在も事件に深く関わるなど、個人史的な経緯や人間的な魅力も描きこまれています。面白いのは医師の名前で、バーザンとテイラーが前掲書で触れているように、のちの“Death at Breakfast”では、「モーティマー・オールドランド医師」と言及されていますが、本作では、遺言書の証人として、「シドニー・オールドランド」と署名しています。さて、どちらが正しいのか?(なお、ジミー・ワグホーン警部は、“Hendon’s First Case”(1935)からの登場であり、本作ではまだ登場していない。)
 「痕跡を残さない毒殺」というテーマは、ヴァン・ダインの『カシノ殺人事件』のような例がありますが、由良三郎氏の『ミステリーを科学したら』でも、同作を含め、いろんな難点が指摘されているように、実際にはそう都合よく使える毒物はめったにあるものではないし、また、あまりに専門的で特殊な毒物を用いると、ヴァン・ダイン自身が「推理小説の二十則」で述べた、「作者の想像の中にしか存在しない、珍奇で未知の薬物を使用してはならない」というルールや、ノックスの十戒における「これまで発見されたことのない毒物や、最後に長々とした科学的説明を要する装置を用いてはならない」という戒めにも抵触することになります。
 毒殺のハウダニットを用いたロードの作品には、ほかに、既に古典的なトリックとなった“Hendon’s First Case”や“Vegetable Duck”、炭疽菌を利用した“Peril at Cranbury Hall”などがありますが、『クラヴァートン事件』は、この困難な制約を伴うテーマに挑戦して成功した稀有な事例であり、前提となる知識も中学の理科レベルでありながら、大団円における意外性を劇的に演出することにも成功していると言えるでしょう。
 いつまでも能書きを弁じては、かえって退屈ですね。これくらいにしておきます。
 それでは、ランスロット・プリーストリー博士をご紹介しましょう!



主な登場人物

ジョン・クラヴァートン         引退した保険数理士
クララ・リトルコート          クラヴァートンの妹、霊媒
ヘレン・リトルコート          その娘、ナース
アイヴァー・ダーンフォード       クラヴァートンの甥
フォークナー              クラヴァートン家の執事
シドニー・オールドランド        クラヴァートンの主治医
ビル・オールドランド          その息子
ミルヴァーリー             オールドランドの代診医
ヒュー・リズリントン          クラヴァートンの顧問弁護士
アラード・フェイヴァーシャム      病理学者
ミュリエル・アーチャー         クラヴァートンのかつての秘書
メアリ・アーチャー           その娘
ハンスリット              スコットランド・ヤード犯罪捜査課警視
ランスロット・プリーストリー      数学者
ハロルド・メリフィールド        その秘書
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