ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第二章-2

 「名前は君から聞いたことがあるが、会ったことはないと思う。弁護士だったよね?」
 プリーストリー博士は、相手が一瞬顔をひきつらせたのに気づいた。おそらく、患っている痛みを突然催したのだろう。「ああ、私の顧問弁護士でもある」と彼は答えた。「だが、書物の趣味は共通していてね。嗜好もけっこう合ってるんだ。たとえば、降霊術の本のコレクションは、彼もうらやましがっている。だが、君のような現実主義的な科学者には、そんなテーマはまったくのナンセンスにしか思えんだろうがね」
 「人間の思考の道筋は、いかなるものであれ、真の科学者はナンセンスと考えたりはしないよ」と博士は答えた。ようやくまともな話になってきた。クラヴァートンも、やっと瑣末なこだわりをわきに押しやり、分別のある教養人らしい話をする気になったようだ。「降霊術師がただの山師だと言うつもりはないよ。彼らのやった実験は、結果は間違っていたかもしれんが、あの頃の人類に把握できた知識をさらに拡大しようとした一つの試みではあったと思うね」
 「誤っていようとなかろうと、高貴な試みだったよ」クラヴァートンは、今までにないほど熱を込めて言った。「君たち現代の科学者は、調査を行うのに、どんな便宜も支援も得られる。降霊術師たちは、隠れて業を行わなくてはならなかったし、いつ捕縛されて、身の毛のよだつ拷問にかけられるはめになるか分からなかったんだ。だが、彼らは、課された制約にもめげず、近代世界が説明できない成果を成し遂げたのさ」
 「近代世界は、スピリチュアリズムという手法で説明しようと努めているね」と博士は言った。
 またもやクラヴァートンの顔が一瞬ひきつり、少し間をおいてから話を続けた。「スピリチュアリズムだって! 懐疑論者が論じていることよりはましかもしれんがね。私自身は・・・」
 しかし、そのとき、ドアがぱっと開いた。フォークナーの慇懃な声が、「オールドランド医師でございます」と告げた。
 プリーストリー博士は急いで椅子から立ち上がると、「おいとまする頃合いだね」と握手の手を差し出しながら言った。
 「いや、まだ帰らんでくれ」とクラヴァートンは慌てて言った。「オールドランドも、君に再会できれば喜ぶはずだよ」
 「私が来たとたんに、逃げることはないだろうに」ドア口のほうから声がした。「おやおや、これはまた久しぶりじゃないか? 君が来てるとフォークナーから聞いたときは、さすがに驚いたよ!」
 オールドランド医師は、部屋にのしのしと入ってきた。非の打ちどころのない身なりをし、背は低く、頭はほとんど禿げ上がった、太り気味の男だった。博士の見たところ、イングランド中部地方にその名の轟いた万能アマチュア・スポーツ選手の面影はほとんどなかった。久しく会わぬうちに、オールドランド医師は短いあご髭をたくわえ、度の強いめがねをかけるようになっていて、そのせいで小さな射抜くような目が拡大して見えた。
 「ああ、久しぶりだね」博士は握手しながら静かにそう言った。「たった今、クラヴァートンから聞くまで、ロンドンにいるとは知らなかったよ。どうして訪ねてくれなかったんだね?」
 オールドランド医師はかぶりを振り、ややわざとらしく笑うと、「君は大変な重鎮だし、貧しい開業医には、お招きもなしに立ち寄ることはできないよ」と答えた。「科学関係の論文を読むと、決まって君の名が出てくる。昔の友人につきまとわれて、時間を無駄にしたくはなかろうと思ったんだ」
 博士は眉をひそめると、「それはばかげてるよ、オールドランド」とぴしゃりと言った。「こうして再会できたんだし、ぜひ来てくれたまえ。私はウェストボーン・テラスに住んでるんだ。電話帳を見れば住所も載っているよ」
 博士はドアに向かいかけたが、オールドランドは身振りで引きとめると、「私が来たからといって、帰ることはないさ」と強い口調で言った。医師はさりげなく部屋を横切ると、クラヴァートンの座る椅子のうしろに回り、激しく首を横に振ってみせた。博士は、驚きながら医師のほうを見た。なんでまた、オールドランドはこれほど引きとめたがっているのか? 明らかに心配げな様子は、この家に存在する錯綜した謎となにか関係があるのか? 博士がかすかにうなずくと、オールドランドの顔に安堵の表情が浮かんだ。
 「私のせいで君を追い払ってしまうのは忍びないよ、プリーストリー」オールドランドはそう言いながら前に進み出て、患者と向き合った。「診察のために来たんじゃないよ。クラヴァートンが元気そうか見に立ち寄っただけなんだ。明日から出かける予定でね。一週間は顔を出せないんだ。こりゃどうだ、クラヴァートン、今日はとても元気そうじゃないか」
 医師は、プリーストリー博士がさっきまで座っていた椅子に腰を下ろした。博士のほうは、医師と患者同士で話をしてもらおうと気を使い、部屋を横切って、暗がりのほうに移動した。
 ボーマリス・プレイスの外では、倉庫の外に駐車しているトラックが、耳をつんざくようなエンジン音をガタガタと立てはじめた。変速ギアをガタンと入れる音がして、トラックはうなるような音を立てて動き出した。十三番地の家は、その振動で揺れた。トラックが角を曲がっていくと、ノイズはいきなり聞こえなくなった。
 はっとするほどの静寂があとに続き、まるでトラックがボーマリス・プレイスに住む生命体をすべて連れ去ってしまったかのようだった。オールドランド医師がクラヴァートンに小声で話しかけていた。医師の淡々とした声が聞こえるばかりで、それを除けば、家は静寂に包まれていた。
 客間にいた人々の姿がプリーストリー博士の心に思い浮かんだ。その姿は、最初に客間で見たとおりの姿だった。グレー服の女はせわしなく指を動かし、娘は微動だにせず椅子に座り、青年は彼女のほうに身を乗り出している。まるで未知の観衆に見てもらうように配列された、活人画の中の人々のようだ。十三番地の家が隣家と同じ末路をたどるまで、そうやって不動のまま並んでいなくてはいけないみたいだな。
 図書室の本棚に並ぶ書物のほうが、もっと現実味のある存在のように思える。彼らが本だとすると、まるで十三番地特有の暗闇のヴェールに覆われているかのように、博士にはその題名すらも読めなかった。そんな描写がいかにも似つかわしく思える。彼らは昼間の陽光とは無縁だ。彼らが本として語る奇妙な物語は、誰知らぬ夜の産物であり、黒ミサの祭壇で燃える黒いロウソクの明かりでしか読めないのでは・・・。
 プリーストリー博士は、いらいらしながら首を振った。ばかげている。自分までが、この家の不気味な雰囲気に感化されてしまっていた。ただ事実のみを認める自分が、空想のいざないに屈してしまいそうになっている。博士は暗闇に包まれた空想から目をそむけ、光に満ちた現実にゆっくりと戻っていった。
 オールドランドがクラヴァートンにいとまごいし、「来週の日曜にロンドンに戻ってくるよ」と言っていた。「必ずその日の晩に立ち寄るよ。それまでは、カプセルと水薬をきちんと飲んでくれるね」
 「ああ、大丈夫だよ」とクラヴァートンは答えた。「だが、あの憂鬱な食事制限はどうするね? あんな豚のえさにはもううんざりしてきたんだ」
 「悪いが、それもちゃんと守ってもらわなくちゃならんよ。だが、気分転換にチキンを少しくらいなら悪くないだろう。むろん、毎日はだめだよ。まあ、週に二回といったところかな。あとは、代診医の指示に従ってもらわなきゃならん。きっと彼のことも気に入るよ。ミルヴァーリーという若くて礼儀正しいやつだ。私が戻ってくる頃には、君も天気さえよければ少し外出できるくらいよくなっているよ。じゃあ、またな」
 医師は博士のほうを向くと、「君にまた会えて本当にうれしかったよ、プリーストリー」と言った。「ところで、君も帰るのなら、車を外に停めてあるんだ。送っていくがね」
 医師はまたもや、そう話しながらクラヴァートンの座る椅子の背後に回り、話す言葉と同時に激しくうなずいてみせた。今度はなんだというんだ? プリーストリー博士は首をひねった。部屋に入ってきたときは残るように求め、今度はまた、帰るようしきりと促してくる。博士は調子を合わせることにした。クラヴァートンと話そうと思っていた三十分はとうに過ぎていた。十三番地の家を立ち去るのに未練はなかったし、もっとまともな雰囲気の世界に戻りたかった。
 「それはありがたいね、オールドランド」と博士は答えた。「どこでも通りかかりの地下鉄の駅でおろしてくれたらいいよ」
 「お安い御用さ!」オールドランドは熱を込めて言った。「私の家は、サウス・ケンジントン駅のすぐ近くなんだ。その駅で降ろすよ」
 「もう行くのかね、プリーストリー?」とクラヴァートンは名残惜しそうに言った。「もっと話ができると思ったんだがね。話したかったことがたくさんあるんだ。だが、また来てくれるね? それも近いうちにだ。来週はどうだい」
 博士は、せかすような気配のある求めにとまどった。明らかにクラヴァートンには、口には出せないものの、心にかかることがあるようだ。気を楽にさせてやれるよう、もう一度チャンスを与えてやるのがフェアというものだ。
 「来週だって!」博士は合点のいかぬ様子で言った。「残念だが、それは難しい。ほとんど毎日のように予定が入っているんだ。そうだな、差し支えなければ、月曜の朝にでもちょっと寄せてもらうがね」
 「差し支えだって? むろん大丈夫さ! 煩わせて申し訳ないくらいだよ。ご足労願わずに、こちらから伺いたいくらいなんだが、オールドランドが許してくれないんでね。じゃあ、月曜にまた」
 博士はオールドランド医師と連れだって部屋を出た。客間のドアは閉まっていたが、どちらもそっちには向かわなかった。二人は、ほとんど真っ暗な階段を静かに降りていった。しかし、玄関ホールまで来ると、明かりがついていて、フォークナーの平然と構えた姿が目に入った。
 博士は、ホールのテーブルをちらりと見た。帽子が二つだけ、博士のとオールドランドのが置いてあった。フォークナーは二人がコートを着るのを手伝い、正面のドアを開けた。外はまだ明るい日差しが広がっているのに気づき、博士は驚きを覚えた。
 しゃれたリムジンが、そばに立っている制服の運転手とともに道に停まっていた。二人は乗り込み、オールドランドは安堵のため息とともにクッションに身を沈めた。「あの家にいると背筋がぞっとするよ!」と彼は言った。「もちろん、君はあんなおかしな雰囲気に感化されたりはしないだろうがね、プリーストリー」
 「正直、今日体験したことには、まったく当惑させられたよ」と博士は答えた。
 「当惑だって? 当惑しているのは君だけじゃないぞ。今日あの家で君に会えて、本当によかったよ。それに、月曜にもう一度クラヴァートンに会ってくれるとはね。けっこうなことだ!」
 「旧友と話をするのが、彼には気休めになると思ってるんだね?」と博士は尋ねた。
 「いやいや、そういうことじゃないんだ。まったく違うことなんだよ。なあ、プリーストリー、君が私のことをどう思ってるかは知らん。確かに、私の人生には、君がけしからんと思うようなこともあったさ。だが、なにをしでかそうと、医者は自分の職業に誠実なのだということを信じてもらいたいね」
 「なあ、オールドランド、君の個人的な問題に口を差し挟むつもりはないよ。それはあくまで君自身の問題だからね」プリーストリー博士はそっけなく言った。「我々の友情だって、没交渉になったときに遡ってやり直したっていいとは思うがね」
 「そう言ってくれると嬉しい。その言葉は文字通り受け取らせてもらうよ。さっき君と顔をあわせて、すぐ知恵を借りようと思ったんだ。実はね、プリーストリー、君に話があるんだよ。それも大至急でね」
 「クラヴァートンのことかね?」と博士は尋ねた。
 「クラヴァートンのことさ。困ったことに、私は明日早朝にロンドンを発つ予定でね。できれば出発を延ばしたいんだが、どうしても無理なんだ」
 博士はすぐに心を決めた。クラヴァートンについての情報がほしかった。オールドランドは、しばらく前から彼の主治医をしているし、十三番地の家にまつわる謎を解く手がかりをくれるかもしれない。首を突っ込むつもりはなかったが、自分でも言ったように、博士は当惑していた。当惑を覚えることはなんであれ、解明してやりたいという、ほとんど情熱とも言うべき欲求を感じるのだった。
 「今日は夕食でも一緒にどうかね?」博士は試しに提案してみた。
 「ぜひそうしたいところだがね!」とオールドランドは声を上げた。「実にありがたい話だよ。ところが、代診医が七時に来るんだ。仕事の引き継ぎに一、二時間はかかる。だが、私のほうから提案させてもらうよ。君の都合がよければだがね。夕食後なら、君のお宅に寄れると思う。そう、九時半から十時のあいだではどうだね」
 「大丈夫だよ。ちなみに、今日は私しか家にいないんだ」
 「けっこうだ! これ以上の機会はないよ」
 車はサウス・ケンジントン駅の前に停まり、プリーストリー博士は降りる準備をした。博士が車から降りようとすると、オールドランドが博士のひざにちょっと手を置いて引き留めた。「実を言うとね、クラヴァートンのことをとても心配してるんだよ」と彼は憂鬱そうに言った。
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