ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第十一章-2

 「ついていけなくなってきたよ、プリーストリー。どういうことなんだ?」
 「二人の立場になってみたまえ。君は昨日訪問したとき、クラヴァートンの症状のことを厳しく問いただした。ミス・リトルコートから不利な告白を引き出すことはできなかったが、君がなにか疑っているのは彼女も気づいたはずだよ。降霊術会に招待されたのは、君が訪問した直後のことだ。さて、リトルコート夫人は、おそらくは娘もだが、最初の未遂事件について知っていた。だが、できれば成功してほしいと思っていたから、誰にも言わなかったのだ。うまくいかなければ、もう一度試みてほしいと期待していたかもしれない。
 しかし、君が疑っていることを知って、自分の知っていることをうまく利用する手を考えたのだ。今も言ったように、証人として出廷を求められたり、なぜもっと前に言わなかったのかと説明を求められる心配もなく、我々に情報を伝える手段とみたのさ。自分が情報を伝えれば、自分も娘も最初の未遂事件の首謀者ではないと信じてもらえると踏んだわけさ。
 彼女が印象づけたかったのはこういうことだ。つまり、以前、ある第三者がクラヴァートンを殺そうと試みた。最終的に死をもたらしたのも同じ人物だと考えるのはきわめて自然なことだろう。そうなれば、疑惑をかける相手は、娘からその人物のほうに移るというわけだ」
 「実に見事だな、プリーストリー」オールドランドはしぶしぶ認めた。「だが、ちょっと巧妙すぎないか? なんでまた、こんな茶番劇を? なぜ率直に事実を話さなかったんだい? 家の中の誰か、たとえば、フォークナーとかが、なにか思いがけないつてで自分がもらう遺産のことを知り、クラヴァートンのパンとバターにヒ素を振りかけた、自分はその現場を見た、とかね。なんでまた、そうはっきり言わんのだい?」
 「はっきりした理由が二つある。一つは、なぜずっと黙っていたのかと問われるだろうからだ。二つ目は、この殺人未遂に調査が入れば、クラヴァートンの死そのものにも調査が及ぶことになるからだよ。思うに、それは彼女が最も望まない事態じゃないかね」
 「ふむ、そうかもしれんね。だが、そうだとしても、ヒ素を仕込むなんて子供だましなことをやったのは誰なんだい? 状況からすると、家の中の者の仕業だろうがね」
 「そう、まぎれもなく家の中の者だ」と博士は言うと、いきなり話を続けたくなさそうな様子になった。不意に席を立つと、暖炉の火の前に手をかざして暖をとった。オールドランドは意中を察し、もう遅いからと言って、ケンジントンへの帰途についた。
 その瞬間から、プリーストリー博士は、クラヴァートン事件――と自分で名づけていた――を頭から追い払ったようだ。翌日、秘書のハロルド・メリフィールドが戻ったため、事件についての長文のメモを口述筆記させ、今後の参照用にファイルさせた。話を聞くにつれ確信を強めるばかりだ。だが、しばらくはその問題に時間を割く余裕はない。
 その後の数週間は、オールドランドが時おり訪問してきただけで、医師も旧友と会うのを楽しんでいるようだった。しかし、クラヴァートンの死に触れることは二人とも努めて避け、ほかの共通の関心事に話題を求めた。
 リズリントンとも手紙のやりとりがいろいろあったが、これはまったく事務的な性質のものだった。弁護士は、受託者の立場にある博士に、クラヴァートンの財産の管理状況について報告を欠かさなかったのだ。遺産受取人やいろんな支払いのために署名をしてやる必要のある小切手もあった。それに、蔵書を分け合う処分もあった。博士は、クラヴァートンの蔵書のなかから何冊かリストとして示し、自分の取り分として手順を踏んで送ってもらった。それ以外の本はリズリントンの所有物となった。博士は、クラヴァートンの死後三か月が経ち、新年に入ってから、久々にリズリントンと再会した。弁護士が、博士に事務所まで来てほしいと頼んできたからだ。財産のことで話したいことがいくつかあったようだ。その話が片づくと、リズリントンは一層秘密めかした態度になり、「最近、リトルコート親子の消息はご存じですか?」と尋ねた。
 プリーストリー博士はかぶりを振り、「なにも知らんね」と答えた。
 「私は知っています。先日、来てほしいと言われましてね。夫人と娘さんはパットニーに住んでるんですよ」
 「その土地にフラットがあるんだったね」博士は、気のない様子でそう言った。リトルコート夫人のことは話したくなかったからだ。博士の知りたいことをリズリントンが教えてくれるとは思わなかった。あの得体の知れない人物はあまりにとらえどころがなく、弁護士が肝心なことに気づくとも思えなかった。あの忘れがたい降霊術会の場に弁護士が招かれなかったのは意味深だ。
 「ええ、粗末なフラットですがね」リズリントンは、博士の無関心そうな態度をものともせず、そう答えた。「それに実にこじんまりした家ですよ。もっとましな家を見つけたら、すぐに出ていくつもりのようですけどね。十三番地の家は売ってしまったのはご存知ですよね? ああ、ご存じないかもしれませんな。クラヴァートンの信託財産とは関係ありませんし、その件では、あなたをお煩わせしませんでしたのでね。でも、処分については私に任せてくれるよう夫人を説き伏せたんですよ。十分ご満足いただける処分ができたと思ってますよ」
 弁護士は手をこすり合わせた。明らかに悦に入っていたし、自分の手腕を自慢したがっていた。「まあ、依頼人のためにいい仕事ができたと自負しております」と話を続けた。「あの地所の売買でいいご提案をさせていただいたのに、クラヴァートンに拒まれたという話は憶えておられますよね? 実は、葬儀の翌日に、その提案をしてきた業者と話したんですよ。
 ずいぶんやりあいましてね。最初は耳も貸してくれませんでした。遅きに失した、新たな計画を立ててしまった、いまさら十三番地の家などいらない、と言ってね。でも、なんとか説き伏せて、やっと売買の提案をもう一度してもらうことにしたんです。受託期限は月曜朝という条件でね。
 つまりは、急がなきゃいかんというわけです。でも、心配はしてませんでしたよ。女を扱う一番うまいやり方は、急かすことなんです。慌てる必要はないと思わせると、知り合いの女どもに片っ端からしゃべり散らしたあげくに、おかしな注文をしこたま言ってきますからね。その土曜の晩のうちに、リトルコート夫人を訪ねて提案をお示しし、この場ではっきり決めていただきたいと申し上げたんですよ。
 娘さんもいましてね。彼女のほうは分別もあるらしく、すぐに乗ってきて、母親の説得に回ってくれました。彼女がいなかったら、リトルコート夫人を説得できたか心もとなかったですな」
 「リトルコート夫人には、確かに十三番地の家に住む意思はなかったんだね?」と博士は尋ねた。
 「私も確信はないですがね。あの家には素敵な雰囲気があるとか、ばかげたことをいろいろ言いましたよ。クラヴァートンの一族には、みなその手のへそ曲がりなところがあるんです。雰囲気だの環境だのと、ばかげた空想じゃなくて、現実の物事みたいにそんなくだらんことを言い立てるんですからね。ただ、リトルコート夫人も心底から言ってたわけでもないようですな。その提案がいかにお得な条件かを説明したら、すぐに意見を翻しましたからね。信じちゃくれないかもしれませんが、夫人は少しばかり粘って、もっといい提案が出てこないかと日和見してたんですよ!」
 プリーストリー博士には、その話はリトルコート夫人の性格を知る思わぬ手がかりを与えてくれたように思えた。トランス状態の合い間にも、抜け目なく金勘定をしていたわけだ。博士はおなじみの夫人の姿を思い浮かべた。頭を垂れ、俗世の思惑などには超然としているようなその姿を。だが、リズリントンの淡々とした声がして、博士は現実に引き戻された。
 「娘さんと一緒に、それはまずいと、なんとか夫人を説き伏せたんです。夫人にも申し上げたんですよ。提案してきた業者は、ずいぶんともてあそばれてきたんですから、今となっては、その提案を受け入れるか拒むかのどちらかだってね。まあ、結論から言えば、夫人は同意してくれました。すぐに成約に至って、家具も運び出されて売却されました。博士も最近はボーマリス・プレイスに行っておられないでしょう。十三番地の家を見納めに見ておきたいというのでしたら、急がれたほうがよろしいですよ。解体業者がもう作業に入っていますからね」
 博士は落ち着き払ってはいたものの、この急な告知に妙な気持ちになった。あの家に愛着があったわけではないし、オールドランドが言うような謎めいた雰囲気に感化されたわけでもない。しかし、あの家が壊されれば、クラヴァートンがそこで亡くなり、彼の死をめぐって人々の心情がせめぎ合った場所だけに、クラヴァートンの人生そのものが最終的に幕を閉じてしまうような気がした。解決をあきらめたわけではない謎も、永久に迷宮入りしてしまうように思えた。
 本当に謎があるとしての話だが。博士は、最近になって、自分の想像力に惑わされているのではないかという気がしはじめていた。クラヴァートンの死は、姪が意図的にもたらしたものとも限らない。彼女には分からなかっただけで、悪意はなかったのかも。症状に気づかなかったのかもしれないし、だとすれば、医師を呼ばなかったのも理解できる。リズリントンが、リトルコート親子のことはもちろん、何事にも淡々とした態度で臨んでいるのを前にすると、疑惑もなにやらばかげたものに思えてくる。
 「ただ、お話ししたかったのは、そのことじゃないんです」弁護士はひと息ついてからそう言った。「受託者であるあなたにお伝えするのが筋だと思いましてね。もちろん、秘密厳守でお願いしますよ。リトルコート夫人はいわば私の依頼人ですし、その秘密を漏らすわけにはいきませんのでね。しかし、これからお話しすることは、言ってみれば、財産信託に関わることなんです」
 プリーストリー博士はなんの興味も示さなかった。ただ、この回りくどい前置きからどんな話が出てくるのかと首を傾げた。「むろん、財産信託に関することはすべて秘密扱いだよ」と博士は答えた。
 「もちろん、そうおっしゃると思いましたよ。実は甥御さんのアイヴァー・ダーンフォードのことなんです。最近、彼の消息を聞いておられますか?」
 博士はかすかに驚いた様子で弁護士を見た。「私が? いや、なにも。君を間に介さずに彼と連絡を取り合う理由などないよ」
 「まあ、なにかお聞きかと思っただけです。彼が大きな化学工場で仕事をしていたのはご存じですか? しばらく前に書いてきた手紙から推せば、いやになって辞めてしまったんですよ。引っ越し先のリーズの住所を知らせてきたんですが、手紙によると、そこでなにかの研究業務を自分ではじめたようですね」
 プリーストリー博士の目にかすかな笑みが浮かび、「リーズはマートンベリーからさほど遠くないね」と言った。
 「ほお、あなたもそう思ったわけですね?」と弁護士は声を上げた。「外地に偵察に出かけたというわけでしょ? まあ、例の娘と知りあいになろうとするのも無理からんことです。彼にしてみりゃ、その娘は、彼女自身がもらう金を別にしても、年千二百ポンドの値打ちがあるわけですからね。でも、問題はそこでしてね、プリーストリー博士。私がお伺いしたのもその件なんですよ。どうもその関連で問題が起きそうなんです。そもそもの原因は、クラヴァートンの遺言書にある例のやっかいな項目なんですよ」
 弁護士はひと息つき、意味ありげにうなずいた。「リトルコート夫人も娘も、ダーンフォード青年が葬儀の日に家から飛び出していってからというもの、彼の姿を見ていません。しかも、親子からの手紙にも返事すらよこさないんですよ」
 「それがあの二人には悩ましいことなのかね?」と博士は尋ねた。「リトルコート夫人と甥とは、我々が見たかぎりでも、さほど親しそうでもなかったがね」
 「まあ、そうでしょうな。でも、そんなのは一族間のつまらん諍いですよ。ただ、リトルコート夫人によると、娘の手元には、伯父が死んだら結婚すると約束したダーンフォード青年の手紙があるそうなんです。彼女は、ダーンフォードが約束を守らないのなら、その手紙を持ち出してくるぞと脅したんですよ」
 「つまり、ミス・リトルコートは婚約不履行で彼を訴えるというのかね?」博士はうんざりしたように尋ねた。
 「リトルコート夫人の話からすると、そのようですね。ただ、夫人は脅しをかけるだけで十分だと思っているようでした。甥に約束を果たさせるよう力を行使すると、それとなくほのめかしていましたよ。ただ、どんな力を行使するのかまでは言いませんでしたがね。我々も受託者ですから、どう巻き込まれるか分かりませんので、雲行きの怪しいことをお伝えしたかったんですよ」
 プリーストリー博士は弁護士の事務所を出て、なにやらばかばかしい気分で帰宅した。リトルコート親子は明らかに、打ち砕かれた希望の中から、取り戻せるかぎり回収しようという魂胆だ。ダーンフォードがメアリ・アーチャーと結婚すれば、これは彼らの思惑と相容れない。いとこ同士の間に真の愛情が芽生えているとは博士も信じていなかったが、ダーンフォードが得る伯父の財産の取り分が親子の財産に加われば、これはもちろん歓迎すべき財産の積み増しだ。だからこそ、こんなあさましい婚約不履行訴訟の脅しをかけているのだ。人間として当然の品位が見事に欠落している者も世の中にはいるようだ。
 博士がウェストボーン・テラスに着くと、手紙が届いていた。封筒は女性の筆跡で宛名書きされ、消印はマートンベリーとなっていた。アーチャー夫人がなにか知らせてきたなと思いながら手紙を開くと、こう書いてあった。
見事なほど簡潔な内容だった。

「拝啓 プリーストリー博士様
 ジョン卿の逝去後、すぐにお越しいただき、お会いできたことを感謝申し上げます。卿の旧友のなかでも、存じ上げているただお一人の方として、お願いを申し上げる次第です。もう一度こちらにご足労願えませんでしょうか。こんなぶしつけなお願いをしながら、理由として申し上げられるのは、とても不安だということだけです。ご都合がつくようでしたら、なるだけ早くお越しください。
                               敬具 ミュリエル・アーチャー」

 プリーストリー博士は眉をひそめながら手紙をたたみ、ポケットに突っ込んだ。「リトルコート夫人がまたなにか企んだな」博士はむっとしながらつぶやいた。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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