ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第十三章-2

 三日後、オールドランドがウェスポーン・テラスを再訪した。博士は温かく出迎えた。「むろん、息子さんに会ったんだろうね?」と尋ねた。「順調に回復しているといいが」
 「上々だよ!」オールドランドは熱を込めて言った。「最高だよ、シートンてやつはね。弾丸を摘出して、一流の外科医のように骨を接いでくれた。息子は二、三週間もすればよくなるさ。ところで、君はあの娘に会ったんだろう?」
 「ミス・アーチャーのことかね?」と博士は聞き返した。
 「もちろんさ。誰のことだと思ったんだい? 彼女と母親に病院で会ってね。ビルの見舞いに来てくれてたんだよ。自己紹介したら、お宅に招かれてね。実に上品な人たちだし、娘のほうは本当に素敵なお嬢さんだよ。妙な話だが、なんだかクラヴァートンを連想させるんだ。似てるし、話し方も時おり彼そっくりでね」
 「まあ、似ているところもあるだろうね」と博士は言った。自分が探り出した秘密を漏らすつもりはなかった。オールドランドも、息子のほうにそれほど気を取られていなかったら、たぶん自分で真実に気づいただろう。「例の異常な事件については詳しい話を聞いたんだろ?」
 「ああ、どういうことかまるで分からんよ。警察は撃った奴を特定できないし、あの土地でそんな事件が起きたのも初めてだとさ。事故だという判断に傾いているようだね。あの森で密猟かなにかをしていた奴だろうとさ」
 博士はそう聞いて眉を吊り上げ、「摘出された弾丸は見たかね?」と尋ねた。
 「ああ、現地の巡査部長が見せてくれたよ。ドイツ製のオートマチックから発射されたもののようだな」
 「密猟者が使うものとしてはそぐわない武器だね。その説明は受け入れがたいな。あらゆる証拠が意図的な狙撃であることを示しているように思えるがね」
 「確かにそのようだな」オールドランドは疑わしげに言った。「だが、そもそも誰がやったんだい? ビルには敵なんかいないぞ」
 「最も危険な敵というものは、必ずしも知っている相手とは限らないものだよ。銃撃は君の息子ではなく、ミス・アーチャーを狙ったものだと思う」
 オールドランドは静かに口笛を吹いた。「ほほう、そいつは思いもよらなかったな!」と声を上げた。「しかし、だからといって見通しがよくなるわけでもない。もちろん、君はリトルコート親子のことを考えているんだろう。だが、君の話からすると、メアリ・アーチャーが死んだところで、彼らはなんの得もしないはずだ。彼女に対する彼らの感情が好意的なものとは思わんが、せいぜいそれだけのことさ。彼女に万一のことがあれば、遺産は慈善団体に行くんだろう?」
 「ああ。だが、あの親子には別の目的もあるのかもしれない。とはいえ、その問題にかかずらう必要はない。あれが意図的な狙撃だったのなら、犯人はミス・アーチャーと君のご子息がその時刻にあの道を通ることを知っていたことになる。そのことを知っていたのが誰なのか確認できれば役に立つだろうね」
 「ビルにもそう言ったんだ! あの晩、メアリ・アーチャーを映画に連れて行くのを知ってたのは誰か聞いたんだ。そしたら、誰もが知ってたろうというんだよ。その日の朝、職場で話したというんだ。友人から晩付き合わないかと言われて、都合が悪いわけを話したらしい」
 「その友人というのは、いつも付き合ってる仲間なのかね?」と博士は尋ねた。
 「そうでもないらしい。コベットという名の青年だそうだ。ビルの話だと、ロンドン子らしいね。機械かなにかの設計をしていて、ビルの会社に組み立ての依頼をするために来ていたそうだ。会社に来ていたのは二、三日だけだったが、ビルと親しくなったらしい。息子の話だと、このコベットという男はなかなか愛想もいい奴らしいが、設計のほうは、とにもかくにもひどいものらしい。ビルの話では、ほかの人間に映画を観に行くことを話した憶えはないが、コベットが誰かに話したかもしれんというんだ」
 「君がマートンベリーにいたあいだに、そのコベットに聞いてみようとは思わなかったのかね?」
 「そう思ったんだが、ついてなくてね。ビルの仕事の上司に事故の件を報告しにバラビーまで行ってきたんだ。その機会にコベットとも話そうと思ったんだが、時すでに遅しで、発ったあとだったんだよ。彼の大事な発明なるものが物の役に立たないと告げられて、退散したのさ。ロンドンに戻ったんだろうとのことだったよ」
 「そのコベットについてはもっと情報が必要だな」博士は考え深げに言った。
 「おいおい、まさかそいつが今回のけしからん事件に関与していたと思ってるんじゃないだろうな」とオールドランドは声を上げた。「それはあり得んよ。どう見ても荒唐無稽だ。界隈のことを何も知らないよそ者だし、ビルにも二日ほど前に会ったばかり、メアリには一度も会ったことのない奴だぞ! なんでまたそいつが二人を狙い撃ちしたりするんだ?」
 「時には隠れた動機を持つ人間もいるものさ」博士はすぐさま答えた。「彼の設計か発明なるものがどういうものか知っているかね?」
 「あえて尋ねはしなかったね。だが、ビルの会社が主にやっているのは化学工場の建設だ。だから、その系統の代物だと思う。ビルなら知ってるだろう。手紙で聞いてみるよ。君がそんなに興味があるのならね」
 「それはさほど重要でもない」博士はぞんざいに言った。「息子さんに大事がなくてよかったよ。君もほっとしたことだろう」
 「もちろんさ!」オールドランドは熱を込めてそう言うと、間髪をいれずに、息子のけがについて専門的な説明をしはじめた。「元気になるよ」と話を結んだ。「少しだけ硬直が残るかもしれんが、心配するほどのものじゃない。シートンからも聞いたが、あのお嬢さんがいてくれたのは運がよかった。すぐに手を尽くして、ああやって家まで連れ帰ってくれるとはたいした肝っ玉だよ。あの歳で、あんな場合に対応の仕方を心得ている娘はそうはおらん」
 博士はまったく同感というしるしに頷いた。しかし、オールドランドが帰ると、ますます当惑の色を濃くしたようだった。このコベットという男は事件とは何のかかわりもないかもしれない。だが、疑うべき理由も確かにある。どうやらバラビーにやってくると、すぐにビル・オールドランドに取り入ったようだ。見たところ、アーチャー夫人を別にすれば、映画を観に行く予定を知っていたのは彼だけだ。事件が起きたあと間もなく姿を消している。
 博士の推論どおりなら、彼が狙撃犯だとすれば、リトルコート親子の依頼を受けてやったに違いない。とはいうものの、土地の事情に不明なら、ビルとメアリがとる道程をどうやって知ったのか? だが、自分で言っていたほど土地に不明だったとも限らない。二人の若者の動きをしばらく偵察して、計画を実行する段階でようやく表舞台に出てきたとも考えられる。
 携えてきた設計なるものも、ただの口実だったのかもしれない。ものの役に立たないことが結局は明らかになったわけだしな。バラビーに現れた真の理由は、オールドランド青年と知り合いになり、彼の動きをあらかじめ把握できるようにするためかも。この問題について考えれば考えるほど、博士にはコベットが疑わしく思えてきた。
 しかし、彼が事件の実行犯だとすると、コベットという名はほぼ確実に偽名だ。真の正体は? 彼がチャールズ・スペイダーで、アーチャー夫人に怪しげな手紙を書いた主では? 二人が同一人だとすれば、アーチャー夫人とその娘の情報を探り出し、さらにはその友人たちの動きを監視しようと躍起になっていた者がいるのは明らかだ。リトルコート親子に頼まれたのでないとしたら、誰だというのか?
 一つだけ手がかりがあるが、漠然としすぎてほとんど役に立たない。オールドランド青年が勤めている会社が化学工場の建設を行っているということだ。ということは、コベットの設計はおそらくその仕事となにかかかわりがある。だが、その設計が結果的に役立たずと分かったにしても、少なくとも一見した限りでは見込みがあるとも思われたはずだ。さもなくば、会社は一目見ただけで拒否したはずだから。
 ということは、化学工場について実際的な知識のある者がこしらえた設計だったはずだ。アイヴァー・ダーンフォードは化学工場で働いていたことがあるが、ただの偶然だろうか?
 博士にはどうもしっくりこなかったが、それも、この事件にダーンフォードの名前を持ち込んでしまうからだ。ダーンフォードがリトルコート親子と結託しているとは考えにくい。リトルコート夫人は確かに、彼と自分の娘が婚約していたとリズリントンに話していた。しかし、リトルコート夫人の主張に全幅の信頼を置く気にはなれない。仮にそれが事実だったにしても、今では両者の間に戦端が開かれているように見える。それに、彼らの利害は真っ向から対立するものだ。リトルコート親子の目的は間違いなく、ダーンフォードをヘレンと結婚させることで、彼が受け取る年四百ポンドをせしめることにある。その一方で、ダーンフォードが得をするには、メアリ・アーチャーが二十五歳になる前に彼女と結婚することが必要だ。まだ時間はたっぷりある。
 とはいうものの、博士は、ダーンフォードのことをもっと知る必要があると思った。これまでのところ、彼のことを深く考えはしなかった。クラヴァートンの死に関与していないのが明らかだったからだ。ダーンフォードは、伯父が亡くなる前の二日間、十三番地の家にはいなかったし、オールドランドが認めているように、死に先立って現れるはずの症状にしても、ダーンフォードがいたときには表れていなかった。
 しかし、いずれにしても、ダーンフォードは、伯父が死ねば得られる利益を我がものにしようと、自分なりになにか画策していたかもしれない。仕事を辞め、表向きは研究の仕事に従事するためにリーズに引っ越している。リーズはマートンベリーとバラビーからさほど遠くない。アーチャー親子を監視するにはもってこいの拠点だったろう。それに、伯父がアーチャー夫人と知り合ったのも、戦時中にリーズに住んでいたときのことだ。
 こうして考えると、ダーンフォードが独自にちょっとした密偵活動に従事していたというのは、いかにもありそうなことだ。結婚すれば大きな儲けにつながる娘のことを知ろうと躍起になったとしても、不思議ではあるまい。アーチャー夫人のことも調べたかもしれないし、伯父の秘書だったことも突き止めたかも。そこから、ほかのことだって突き止めたかもしれない。おそらくは、メアリ・アーチャーの出生の秘密についても。メアリを監視していれば、オールドランド青年と親密なことも分かったことだろう。
 さて、ダーンフォードの将来展望は結婚をどうするかにかかっている。だが、メアリ・アーチャーは事情が違う。彼女の将来はそんなことに関係なく保証されている。言い換えれば、ダーンフォード自身が望むほど、彼女には彼と結婚する気になる誘因はない。クラヴァートンの動機は明白だ。娘には、世間体を維持する結婚のチャンスを与えてやりたい。だが、これを受け入れるよう強いることもない。自分の幸せが別のところにあると思うのなら、その道を歩むのも自由というわけだ。
 ダーンフォードはそのことに気づいたのだろう。自分の魅力にも絶対の自信は持っていまい。なにか圧力を加えることができれば、自分のチャンスも著しく拡大するだろう。その目的のためにどんな手段が使えるか?
 まずは、アーチャー夫人と伯父の関係について知ったわけだ。おそらくは聞き込みをして、夫人の夫が開戦以降は帰国していないことを知ったのだろう。とすれば、その夫はメアリの父親ではあり得ない。娘の顔を見ていたなら、真の父親が誰かは推測に難くあるまい。オールドランドでさえ、別のことに気を取られていても、彼女がクラヴァートンに酷似していることに気づいたのだ。「チャールズ・スペイダー」の手紙にあったように、暴露するぞと脅せば、アーチャー夫人に影響力を行使する強力な手段にはなるだろう。
 しかし、オールドランド青年が障害物となるおそれがあった。メアリが母親の反対を押し切って、彼と結婚すると言い張れば実にやっかいだ。この邪魔者の青年は、手遅れにならぬうちに片づけなくてはならない。かくして、アシュトン森での事件が起きたというわけだ。その目的は、オールドランドを殺すことではなく、ただの警告の意味で不具にしようとしただけかもしれない。うまくいかなければ、もっと思い切った手段をあとからとればいい。
 博士が絶えず肝に銘じているように、以上のことはすべてまったくの推測だ。クラヴァートンの直接の死因となったネグレクト――無難な言い方をすればだが――を明らかにするという肝心の問題とも関係はなさそうだ。だが、銃撃がダーンフォートの仕業だと明らかにできれば、彼が再び同様のことを試みるのは阻止できるだろう。
 その夜、プリーストリー博士は、就寝するまでに、今後の戦略について完全な計画を練り上げた。
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