ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第十四章-2

 リズリントン氏からリトルコート親子の住所を聞いていたので、翌日、昼食をとると、パットニーに向けて出発した。やや手間取りはしたが、場所を突き止めた。そのフラットは、用途替えした家屋の地階にあることが分かった。外観はボロボロで手入れもされていない様子だった。呼び鈴を鳴らすと、しばらくして、ヘレン・リトルコートがドアを開けた。
 一瞬、博士の姿を驚いたように見つめた。例の降霊術会以来、彼女には会っていなかったが、ほとんど様子は変わっていなかった。相変わらず目には怒りっぽい表情が宿り、敵意に満ちた、挑むような雰囲気があった。歓迎しようとも、中に招じ入れようともしなかった。「あら、プリーストリー博士ですか?」彼女はさりげなく尋ねるような口調で言った。
 「こんにちは、ミス・リトルコート」博士は鷹揚に答えた。「お母さんとお話しさせていただいてもよろしいですか?」
 「母は出かけてますわ。晩まで戻りません。私ではいけませんか?」
 「いいですよ、ミス・リトルコート。しかし、玄関前でお話ししていいようなことではありませんな」
 そう促され、どうやらしぶしぶ、薄汚く家具も整っていない部屋に博士を案内した。博士はいやおうなしに、この地階のフラットのむさ苦しさと、十三番地の家の堂々とした佇まいがあまりに対照的だと感じずにはいられなかった。ヘレン・リトルコートは、博士をじっと見つめながら、その内心の思いを読み取ったに違いない。「ジョン・クラヴァートン卿の妹と姪がこんなあばら家に住むはめになるなんて、思ってもいらっしゃらなかったでしょ?」彼女は苦々しげに聞いた。
 博士は、その問いにまともに答えるのを避けた。「リズリントン氏の話では、間もなくここも引き払うとのことでしたが」と言った。
 「ええ、せめて豚小屋程度の場所を手に入れましたので」と彼女は答えた。「母にはどのようなご用件で?」
 「三か月ほど前にお招きいただいた降霊術会は大変印象深いものでした。もう一度あの実験をしていただけないものかと思いましてね」
 大胆な一撃だったが、功を奏した。ヘレン・リトルコートは博士をじっと見つめた。「オールドランド先生がそんなことを吹き込んだのかしら?」と尋ねた。
 「はっきり申し上げますが、オールドランド医師にはなにも相談していませんよ」と博士は答えた。
「以前、あの方に聞いた質問には答えを出していただけたんでしょうか?」
 これは博士が予期していた問いだった。しかし、彼女の態度にはなんの揺らぎもなく、ばかにしたような好奇心すら感じられた。まるで、その問題にはもはや関心がないかのように。彼女を見ているうちに、博士の胸の内で少しずつ大きくなっていた疑惑が突如として鮮明になった。
 「答えてくれましたよ、ミス・リトルコート」博士は重々しく答えた。「その答えは、もう一度実験を行ってほしいという私の願いと関係したことなのです」
 「謎めかそうとしてらっしゃいますね」彼女は不快気に短く笑い声を上げると、そう言った。「まあ、母のことだから、異議は唱えないと思いますけど。つまり、ちゃんと料金を払っていただけるのでしたらね。母はプロの霊媒ですのよ。そうたびたび、ただで出し物をしたりはしませんわ。通常の料金は五ギニーですけど、値引きしてくれるでしょう。あなたは財産受託者ですからね」
 その皮肉は博士も聞き逃さなかった。博士に料金を課すことができるとはよもや思っていまい。しかし、それと同時に、好奇心に駆られて、二度目の降霊術会という、この奇妙なアイデアを実行してみてもいいと思っているのだ。自分が伯父の死に関与したことが暴かれるはずがないと高をくくっているようだ。
 「料金は満額お支払いしますよ」と博士は答えた。「都合がつくのなら、降霊術会は私の家で開きたいのですが」
 「あら、なんの問題もありませんわ。母はいつもよそ様のお宅で降霊術会を開いてますから。こんな場所では客を十分呼べないと思ってらっしゃるんでしょ。よろしければ、この場で予約を入れさせていただきますわ」
 「ご異議がなければ、日時はあらためて提案させていただきます。ただ、今のうちに、ちょっと教えていただきたいことがあるのですが」
 彼女は再び博士をじっと見た。「ジョン伯父さんのことですか? またほじくり返してなんの意味がありますの? もうすべて終わったことじゃありませんか? 伯父の世話などしなければよかった! あんないやらしい家に行って、看護なんかしなけりゃよかったのよ! 母に説き伏せられたの。母の考えでは・・・」
 彼女は慌てて口を閉ざしたが、博士には、その失望がいかに大きかったか、さすがに気づいた。リトルコート夫人は、そうすれば兄とも和解でき、姪も受け入れてくれて、ダーンフォードとともに遺産を分与してくれると思っていたのだ。ところが、いずれも実現しなかった。
 しかし、博士は気づかぬふりをした。「お聞きしたいのは、伯父さんのご病気とほんの少し関係があるだけのことですよ」と博士は言い返した。「実は、いとこのダーンフォード氏が家を訪ねてきたことについてなのです」
ダーンフォードの名前に言及すると、彼女の目に怒りが宿った。「彼のことでなにが知りたいの?」彼女はだしぬけに尋ねた。
 「伯父さんが亡くなる前の火曜に、彼が十三番地の家を訪ねた理由を知りたいのです」と博士は言った。
 しかし、彼女はその質問に動じなかった。「全然知りませんわ」と答えた。「私がいるあいだに、何度も来ましたけど、泊まったことはありませんでした。いつも一、二時間ほどいただけですわ。そういえば、ジョン伯父さんが最初に発作に襲われた時も来て、すぐ帰ったわね。でも、あの火曜にやってきた理由までは知りません。ジョン伯父さんがリズリントンさんと相談していたことを嗅ぎつけたというなら別ですけど。私が呼んだわけじゃありませんよ。それがあなたの考えてらっしゃることならね」
 リトルコート親子から聞いたのでなければ、リズリントンが十三番地の家をよく訪ねていたことをどうやって知ったというのか、と博士は思った。しかし、その問題はそれ以上追及しなかった。「伯父さんが二番目の遺言書を作成しなかったら、あなたのいとこが唯一の相続人になっていたでしょうな!」博士はいかにもさりげなくそう言った。
 ヘレン・リトルコートは陰気な笑い声を上げ、「彼も同じことを言ってたわ。セント・エセルバーガ病院で初めて会ったときにね」と言った。「そのとおりだと思ったわ。リズリントンさんがあとで話してくれたことからすればね。遺言書が読み上げられたときは、ちょっとショックだったでしょうよ。もちろん、母と私は、ジョン伯父さんが新たな遺言書の作成準備をしていたことは推測してました。でも、アイヴァーはなにも知らなかったと思うわ。リズリントンさんとは折悪しく顔を合せることがなかったし、私たちもリズリントンさんがよく来ていることは話しませんでしたから。それに、ジョン伯父さんも、そういうことは他人に漏らすような人ではありませんでしたし」
 これは興味深い。ということは、伯父が遺言書の変更を考えているとは、ダーンフォードもまるで知らなかった可能性があるわけだ。しかし、それが事実とすると、彼がちょうどその時にロンドンに来る気になったのはなぜなのか? 「新たな遺言書に署名がなされたのが、伯父さんが亡くなる前の火曜だったことは、もちろんご存知だったんでしょうね?」と博士はそれとなく質問した。
 彼女はかぶりを振り、「そんなことは全然知らなかったわ」と答えた。「さっきも言いましたけど、ジョン伯父さんがそんなこと考えてるんじゃないかと推測はしてました。でも、私にはそんなこと一言も言わなかったし。新たな遺言書なるものが、文書になっていたとしても、署名がなされたかどうかなんて、知る由もありませんわ」
 彼女の露骨で、なにやらばかにしたような言い方には、本当のことを言っていると信じざるを得ないものがあった。だとすると、彼女が伯父を死なせるにまかせた動機は根拠薄弱になる。いとこを唯一の相続人にさせたところで、彼女になんの得があるのか? 二人のあいだになにか密約でもあったというなら別だ。たとえば、彼女と結婚するという密約だ。だが、仮にそうだとしても、相手がその密約を守ってくれると彼女が信じたりするだろうか?
 プリーストリー博士は、彼女と同じ立場に立って、状況を冷静に見つめてみようとした。伯父は新たな遺言書を作成しようとしていた。そうなれば自分と母親が得をすると推測するのももっともだ。その時は彼女も、アーチャー親子のことなどなにも知らなかったからだ。それなら、せめて遺言書が署名されたと確実に分かるまでは、伯父を生かしておくのが得ということになるのでは?
 博士は、行き詰まったように感じた。まるで自分と彼らとの間に一種のヴェールが引かれたように思えた。そのヴェールに隔てられて、彼らの行動も不明瞭で動機の欠けたものに見えてきた。この娘になにか認めさせようとしても、無理のようだ。しかし、博士はまだその試みを諦めるつもりはなかった。「伯父さんが最初に深刻な発作を起こしたとき、あなたのいとこはロンドンにいたわけですね?」と尋ねた。
 「そうです」と彼女は答えた。「前日に十三番地の家にやってきて、けっこう長い時間いましたわ。ジョン伯父さんと部屋でしばらく話をして、出てくると、私に話しかけてきました。とてもそわそわした様子で、ジョン伯父さんが急死するようなおそれはないかと聞いてきました。私からは確か、オールドランド先生はそうは思ってないと言いましたわ。
 翌朝早くに、またやってきました。ちょうどジョン伯父さんの朝食を準備しているところでしたわ。ダイニングで用意してたんです。母はいつものようにベッドですでに朝食をすませていました。アイヴァーはなにかとても気にかかることがあるみたいで、ジョン伯父さんにすぐに会ってくれるよう頼んでくれと言ってきました。ちょっと間が悪いと言ったんですけど、どうしてもと言うんです。それで、上に行って話したら、ジョン伯父さんは、当然ですけど、アイヴァーが会いたいというなら、またあとで来てくれと言いましたわ。戻ってアイヴァーにそう伝えると、ひどく動転してました。でも、おとなしく帰りましたわ。また戻ってきたときには、ジョン伯父さんはひどく具合が悪くなっていて、オールドランド先生が来ていました。それで結局、伯父さんには会えずじまいだったんです」
 しかし、博士は、その話に興味をなくしたらしく、ぼんやりとうなずいただけだった。「教えていただき感謝しますよ、ミス・リトルコート」と言った。「私からの依頼をお母さんに伝えていただけますか? 来週のいずれかの晩ではどうでしょうか?」
 「まあ、大丈夫だと思いますわ」と彼女は答えた。「母に手紙でお伝えいただければ、返事をすると思います。私も同行させていただくことになりますけど、ご了承ください。降霊術会には、母は必ず私に同席を求めますので」
 「もちろんですよ、ミス・リトルコート」博士は厳粛にそう答えると、家を出て、帰宅の途についた。ヘレン・リトルコートの証言を信頼していいなら、一つ発見をしたと確信していた。
 証言を信頼していいならばだが! そこが肝心なところだ。彼女は実際なにをつかんでいるのか? 母親とはどこまで結託しているのか? この妙な秘密は、可能性があるだけで証明されたわけではないが、親子はともに知っていることなのか?
 博士は書斎に座り、あの奇妙な娘との会話を振り返りながら、そう自問した。彼女の言葉を額面通りに受けとめるなら、クラヴァートンの発作を引き起こしたヒ素を誰が仕込んだのかは明らかだ。ダーンフォードがダイニングに一人でいるあいだに朝食にふりかけたのだ。
 リトルコート夫人は、不気味な幽霊のように家の中をすうっと経めぐり、彼を目撃して、なにをやっていたのか当たりをつけたのだろうか? だとすれば、明らかに成り行きのままにまかせたことになる。夫人は自分に会うことを拒み続けた兄に愛情など持ってはいなかった。クラヴァートンがヒ素で死ねば、ダーンフォードをいくらでも恐喝できる。その時点では、彼がクラヴァートンの資産のすべてを相続すると思われていた。ばらすぞと脅せば、娘との結婚を迫るなり、手当をたっぷり支給させることもできただろう。
 しかし、その試みは失敗に終わり、リトルコート夫人も口外しなかった。おそらくダーンフォードが二度目を試みると期待していたのだろう。案外それこそが、彼女がずっと待ち続けていた謎めいた出来事だったのかも。あの薄暗い客間に日々座り、果てしない手作業に頭を垂れながら、彼女の胸を去来したものがなんだったのかは誰にも分からない。
 結局はその後、クラヴァートンは自然死してしまった。夫人は兄が死ぬにまかせるよう娘をそそのかしたのか? そんな手を使ってもほとんど危険は伴わない。死の一、二時間前までなんの徴候も見られなかったときっぱり否定しさえすれば、どんな追及を受けようと立派な弁明になる。
 ダーンフォードのほうはどうか? 伯父が亡くなる前の週にロンドンを訪れた目的は、いまだに分からない。リトルコート夫人が、娘の預かり知らぬうちに彼を呼びつけたのか? 彼が以前やった試みを夫人が嗅ぎつけて、そこから彼ら二人の間ですでに密約でもできていたのか? それとも、ダーンフォードのほうが、なにか自分なりの理由があって、電報を受け取ったという嘘の口実でやってきたのか?
 博士は、これらの相矛盾した問いの迷路の中に迷い込んでしまった気がした。ヘレン・リトルコートが目の前にいたときは、彼女の言うことも真実らしく思えた。しかし、明らかに承知の上で伯父を死ぬにまかせた娘が、どこまで信の置ける証人といえるだろうか? その事実に疑問の余地はない。クラヴァートンは胃にできた穿孔が原因で死んだのだ。そうした穿孔をもたらすような毒物の痕跡はなかった。穿孔は、彼が患っていた胃潰瘍によるものと考えられる。しかし、はっきりした予兆もなく、突然生じるようなものではないし、訓練されたナースなら見逃すはずはない。ヘレン・リトルコートはそんな徴候についてはなにも報告していない。したがって、彼女は道義的に伯父の死に責任を負っているのだ。
 プリーストリー博士は、もどかしげにデスクから席を立ち、ハロルド・メリフィールドが書き取ったメモの入ったファイルを取りに行った。もしかすると、そこに自分が求めているかすかな手がかりがあるかもしれない。この錯綜した迷路からの出口に導いてくれる糸として使えるなにかが。
 言葉を一つ一つ目で追いながらメモを読み通すと、真相が明らかになった。博士は、突然の打撃を受けたように椅子の背にもたれた。たまたま目に入った一つの言葉が、友の死がいかにしてもたらされたかを示していたのだった。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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