ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第十五章-1

第十五章

 その後数日、プリーストリー博士は息つく暇もない日程をこなした。アラード・フェイヴァーシャム卿を訪ね、長時間に及ぶ議論を延々と続けたが、議論が終わっても、アラード卿は浮かぬげな様子だった。
 「確かに驚くほど巧妙だ」と卿は疑わしげな様子で言った。「君の言うとおりかもしれん。間違っているとは言わんよ。だが、どうやって証明するもつもりなのか見当もつかんね。分析しても役に立たんしね」
 「よく分かっているよ」と博士は答えた。「証明の難しさについては、なんとかやってのける手を見つけたんじゃないかと思う。それはそうと、頼んだことはやってもらえると考えていいんだね?」
 「ああ、もちろんさ。二、三日中にお宅に送り届けるよ。それに、君の言う実験なるものにも、喜んでご招待をお受けする。もっとも、私はスピリチュアリズムなんぞ信じんがね。降霊術会が開かれる時間が決まったら知らせてくれたまえ」
 博士が次に会ったのは、オールドランド医師だった。医師を夕食に招待し、二人は食後に書斎に移った。オールドランドは、ビルが順調に回復していて、とても元気になったという吉報を伝えた。唯一残念なのは、犯人がまだ捕まらないことだった。「今のところ、その悪党のしっぽはつかめないんだ」と無念そうに言った。
 博士は用心深く黙っていた。ダーンフォードが狙撃したという疑惑は教えないほうが賢明だろう。オールドランドなら、自分で片をつけると言い張るだろうし、博士もそんな事態になっては手に負えないからだ。
 「リトルコート夫人に招待された降霊術会のことは憶えているよね?」と博士は言った。「その実験をもう一度やってもらうことにしたんだ。私が提案した条件にしたがってね。実は、リトルコート夫人と娘さんにも、晩にうちに来てもらうよう頼んである。君にもぜひ来てもらいたいんだ」
 オールドランドはぽかんとして博士を見つめた。「なんだって! 降霊術会を開くために、あの女をここに招くってのかい?」と声を上げた。「なぜだい。以前、あんなものはみなインチキだと君自身言ってたじゃないか! いつの間にか宗旨替えして、彼女のオカルト的な力を信じるようになったとでも?」
 博士は苦笑し、「そういうわけじゃない」と答えた。「だが、私のやろうとしている実験には、リトルコート夫人の手助けが必要なんだ。それに、君にも興味深いと思うよ。もう一度言うが、君にもぜひ同席してもらいたいんだ」
 「まあ、お望みとあらば伺うよ」とオールドランドは言った。「もっとも、私の個人的事柄については彼女もこれ以上しゃべらないと君が保証してくれるんならばだがね。それと、ついでに言えば、また彼女の手を握ってくれとは言わんでくれよ。今でも、考えただけでぞっとしちまう」
 「今度の場合は、私自身がその役割を務めるつもりだ。それに、請け合ってもいいが、リトルコート夫人には君にかかずらっている余裕はないと思うね」
 オールドランドはまだためらう様子もあったが、降霊術会に出席すると約束したので、博士はよもやま話に水を向けた。
 次の日の晩、博士はまたもや夕食に客を招いた。今度はハンスリット警視で、ウェストボーン・テラスでの贅沢なディナーに舌鼓を打っていた。しかし、警視も、なんの意図もなく招待されたわけではあるまいと踏んでいた。書斎に席を移すと、真意を探る好奇心がおのずと口をついて出た。「ジョン・クラヴァートン卿の死に関することで、なにか進展があったんじゃないでしょうね?」と尋ねた。「ヤードではなにも聞いてませんがね」
 「検死官は検死解剖の結果に納得していた」と博士は答えた。「だが、真相は見かけどおりではないという疑惑を捨てたつもりはない。私の疑惑がたどり着いた結論を伝えたいと思ってね」
 ハンスリットはにっこりとうなずいた。自分が招かれた理由がようやく分かった。博士が立てた仮説と、これから取ろうとしている手法についての見事な説明を辛抱強くずっと聞いていた。
 「ふむ、教授」警視はようやく言った。「率直に申し上げますよ。あなた以外の者がこんなことを話したのなら、まったくのたわごとだと言うところです。だが、あなたのことはよく分かってるつもりですし、それなりの根拠がきっとあるんでしょう。その降霊術会だかなんだかに同席してくれというわけですな。けっこうです。同席しましょう。ただし、みな片づいたら、お持ちの情報はみな私にいただけるという条件付きですがね。それに基づいてどう行動するかは私にまかせてもらいますよ」
 博士は文句なしにその条件に同意し、警視は間もなくいとまごいした。
 しかし、博士にとっての難問はリズリントン氏のほうだった。博士は面談の約束をとったうえで、財産信託について少し話をしたあと、訪問の真の目的を打ち明けた。「リトルコート夫人が私の家で降霊術会を開くことに同意してくれてね。来週初めの晩です」と言った。「あなたとダーンフォード氏にも同席していただきたい。ただ、ダーンフォード氏がそんなことのためにわざわざロンドンまで来てくれるとも思えない。そこで、受託者がクラヴァートンの遺言書に基づく受益者たちとの協議を望んでいるので、私の家で協議の場を持ちたいと伝える手紙を彼に書いてほしいのだ」
 リズリントン氏は、驚きながら共同受託者のほうを見つめた。「だが、これは実に奇妙な提案ですよ!」と声を上げた。「承諾する前に、ダーンフォードをその降霊術会に同席させたい理由をお尋ねしたいですね」
 「彼に同席してもらえば、クラヴァートンの死の真相解明に役立つと考えているのさ」と博士は静かに答えた。
 弁護士はグラスをひっつかみ、もどかしげに宙で揺すった。「しかし、それはもうとっくに片づいたことじゃありませんか!」と強い口調で言った。「ご存じのとおり、あのとき博士が抱かれた疑いはまったく根拠のないものと証明されたんですよ。そんなことで依頼人を煩わせるのは承服しかねますな。依頼人に対する義務として許容できません」
 「ジョン・クラヴァートン卿もまた、君の依頼人だったよ」博士は断固として言った。それから、切り札とも言うべき手を使った。「前もって言っておくべきだったかもしれないが、警察とも了解済みなんだ。降霊術会が開かれないとなると、警察は自分たちの判断ですぐさまアクションを起こすことになるでしょうな」
 リズリントン氏はほとんど椅子から飛び上がらんばかりだった。「警察! アクションを起こす! 誰に対してですか?」
 「それこそ警察が判断することだよ」博士は落ち着いて答えた。「リズリントンさん、はっきり申し上げるが、この計画にご同意いただければ、依頼人が要する手数もかなり省けるはずですよ」
 さんざん文句を言ったあと、ついに弁護士も、ダーンフォードをウェストボーン・テラスで近々行われる受託者の会議に呼ぶことを承諾した。博士は、計画がほぼ完了したと考えながら弁護士の事務所を出た。
 あとは、招待者の都合に合うように降霊術会の日程を決めるだけだった。翌週初めの晩と決め、日時を知らせる手紙をリトルコート夫人宛てに書いた。
 その日の晩がついに来ると、プリーストリー博士は、おそらくは人生で初めて、いつもの習慣を変えた。博士とハロルド・メリフィールドはいつもより一時間早く居間で食事をとった。降霊術会は九時に始まる予定であり、博士は八時半まで書斎で客を迎える準備をしていた。ハロルドは博士の指示に従い、玄関ホールで待機していた。
 最初に来たのはリトルコート夫人と娘だった。ハロルドは二人を女中にまかせ、彼らが使えるように整えた上階の更衣室に案内させた。それからかなりの間をおいて、アラード・フェイヴァーシャム卿が到着した。ハロルドは彼を書斎に案内した。そのあと少ししてから、オールドランド医師が来て、同じく書斎に案内された。数分後に、ハンスリット警視がやってきた。ハロルドが驚いたことに、警視は制服を着ていたが、本人が慌てて説明するには、パレードから抜け出してきたところなのだという。
 犯罪捜査課の警視がパレードに加わるというのは、思いもよらぬことだ。ハロルドは、次の来客が来た時もまだ戸惑っていた。客はリズリントン氏だったが、神経質でなにやら仰々しい様子だった。ハロルドは彼も書斎に案内してから、また待機した。あと予定されている客は一人だけだったが、それが誰なのかは説明を聞いていなかった。
 九時を数分回って、ようやくダーンフォードが到着した。ハロルドはディナー・ジャケットを着ていたし、リーズの特定ホテルにいた目立たない宿泊客を連想させるものはほとんどなかった。とはいえ、ダーンフォードが彼の正体に気づかないよう注意を払った。ほかの人たちが待っているといったことをつぶやくと、急いで書斎に案内し、自分はドアのそばの暗がりに陣取った。
 ダーンフォードは、部屋に入ると、驚き顔でそこにいる人々に目を向けた。プリーストリー博士とリズリントン氏に向かって無造作にうなずくと、ほかの三人をまじまじと見つめた。オールドランドはもぐもぐと短いあいさつの言葉を口にしたが、アラード卿と警視は、部屋の片隅に一緒にいて、彼が来たことに気づいていないようだった。
 博士は時計をちらりと見ると、「これで全員そろったようだね」と言った。「別室に会議の場を用意してある。ここよりはやりやすいだろう。ハロルド、準備ができているか見てきてくれるかね?」
ハロルドが出ていき、すぐに戻ってくると、「すべて整っています」と報告した。
 「では、始めよう」と博士が言った。「ご案内してくれるかね、ハロルド?」
 男たちは縦一列になって書斎から出ると、アラード卿を先頭に、ハロルドのあとについて玄関ホールを横切っていった。卿のあとに、リズリントン氏とオールドランド医師がしゃべりながら続き、その数歩あとにダーンフォードが続いた。ハンスリットが、いかにも無頓着なそぶりでダーンフォードのあとに続き、プリーストリー博士がしんがりだった。ハロルドが彼らを中に入れるためにダイニングのドアを開けてやった。
 ダイニングはまるで見慣れないありさまになっていた。ほぼすべての家具が取り払われ、重いマホガニー製のテーブルが部屋の中央に置いてあり、そのまわりに椅子が並べてあった。暖炉は火が燃えていたが、その前にずっしりした衝立が置かれ、部屋に明かりがほとんど入らないようにしてあった。照明はテーブルのはしに置かれた読書用ランプだけだった。
 しかし、部屋そのものよりもっと目を引いたのは、部屋の一番すみにいる人たちだった。テーブルのはしにある椅子には、リトルコート夫人が座っていた。以前と同じように、厚手の棺覆いのような衣をまとい、前かがみになった頭以外はなにも見えなかった。彼女の真向かい、少し離れたところに誰も座っていない椅子があり、そのそばには、夫人の娘が白いドレスをまとい、居丈高な様子で立っていた。彼女のまっさらな衣服は、黒い霧のような髪と奇妙なコントラストをなしていた。
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