ジョン・ロード『クラヴァートン事件』第十六章-1

第十六章

 その日の晩、プリーストリー博士は書斎で残った客たちをもてなしていた。部屋の中央にある丸テーブルにはデカンターとサイフォンが置かれ、その周りにはアラード卿、リズリントン氏、ハロルド・メリフィールドが座っていた。
 博士はデスクの前に座り、時おりなにかを期待するようにドアのほうに目を向けた。リズリントン氏から状況説明を求められた博士がこれを拒むと、とうとう沈黙が部屋を支配した。降霊術会の劇的な結末を見てからというもの、弁護士は当惑して心乱れるばかりで、説明を求めたかと思うと、今度は依頼人であるリトルコート夫人に仕掛けた計略を難じたりしはじめた。
 しかし、博士はついに弁護士を黙らせた。「今夜の出来事については私が全責任を負うよ、リズリントンさん」と言った。「お尋ねになりたい質問には、すべて答えさせてもらう。だが、オールドランド医師とハンスリット警視が戻ってくるのを待っていただきたい。そんなにはかかりませんよ」
 ハンスリットはダーンフォードを警察署に連行し、オールドランド医師は、ヘレン・リトルコートの意識を回復させると、彼女と母親をフラットまで送ると言い張ったのだ。かくして、リズリントン氏は待たざるを得なくなったのだが、怒りのにじんだいかめしい表情を浮かべていた。
 先に戻ってきたのはオールドランドだった。博士の問いかけるような視線に応えて、安心させるようにうなずき、「娘はちょっとショックを受けただけさ」と言った。「一日か二日もすれば立ち直るだろう。母親が世話をしているよ。夫人の考えていることはよく分からんがね。君も知ってのとおり、意志疎通しにくい人だよ」
 話し終わらないうちに、ハンスリットが戻ってきた。テーブルにまっすぐ向かうと、飲み物を自分で注ぎ、飲みほした。「ふう、終わりましたよ」と満足げに言った。「連行して、すぐさま告発しました。供述したいとすぐに申し出たんで、警告は告げたんですが、どうしてもと言い張りましてね。私の立ち会いのもとで供述書を取ったんですが、なにもかも自供しました。あなたのおっしゃったとおりでしたよ、教授」
 リズリントン氏はもう我慢できなくなった。「説明を求めたい!」といらだたしげに声を上げた。「私の立場は完全に無視されている。こんな荒唐無稽な告発はまったく理解しかねる。ダーンフォードが伯父を殺したなんて不可能ですよ。だいたい、彼はクラヴァートンが死んだとき、ロンドンにもいなかったんですぞ」
 「もちろん、あなたには説明を求める権利がありますよ、リズリントンさん」プリーストリー博士が穏やかに割って入った。「非礼があったとすれば、心からお詫び申し上げる。だが、おいおいご説明するが、極秘に事を進める必要があったのですよ。オールドランド医師にも打ち明けてはいなかったのだから」
 「そのとおりだ」オールドランドが口をはさんだ。「なにが起きたのか、いまだに分からんよ」
 「これで全員揃ったわけだから、説明を始めることにしよう」と博士は言った。「一番手っ取り早い説明の仕方は、今夜目撃してもらった場面の演出に至るまで、経緯を順を追って解説することだろう。
 そもそも私は、クラヴァートンの死因に完全には納得していなかった。亡くなる二日前に、オールドランド医師がこの部屋で状況を説明してくれた。以前に、クラヴァートンの病状が危険な状態になったという話だった。その症状はヒ素を盛られた結果だという疑いが濃かったというのだ。
 クラヴァートンが思いがけず亡くなったとき、当然ながら、もう一度ヒ素が盛られ、今度は致命的な結果をもたらしたと考えた。その事実は証明できると確信していたから、ハンスリット警視にも事前に通告しておいたほどだ。アラード・フェイヴァーシャム卿が行った検死解剖の結果はとても信じられなかった。彼もよく知っているが、ヒ素はもちろんのこと、いかなる毒物もクラヴァートンの組織から検出されなかったことに、私はどうしても納得できなかったのだ」
 アラード卿はうなずき、「そのとおりだ」と言った。「プリーストリーは、彼立ち会いのもとで、必要な実験をもう一度やってみせるまで納得しなかったよ」
 「だが結局は、厳然たる事実の前に屈せざるを得なかった。クラヴァートンが毒殺されたのでない以上、死因となった胃の穿孔は自然発生のものと考えるしかなかった。オールドランド医師の説明では、そうした穿孔は彼が患っていた胃潰瘍の結果生じた可能性もあるとのことだった。だが、その場合、一定の徴候が事前にあるものだし、死につながるおそれのあることが然るべく察知できるものだ。
 ナースとして看護にあたっていたミス・リトルコートも、そんな症状のことは報告していなかった。あとで彼女に質問しても、そんな徴候はなかったと否定していたよ。伯父は激しい痛みを突然訴えたかと思うと、その一時間以内に亡くなったという証言を決して変えなかった。この証言は信じ難かったし、私はある見解に達し、オールドランド医師もこれを支持してくれた。つまり、ミス・リトルコートは実は事前の徴候に気づいていながら、わざと手遅れになるまで医師を呼ばなかったと私はにらんだのだ。
 要するに、ミス・リトルコートは故意に伯父を殺したのではないとしても、その死に直接の責任を負っていたと確信したんだ。ということは、以前のヒ素による毒殺の試みの実行犯も彼女だと想定しておかしくはない。しかし、いずれの犯行も証明できそうになかったため、私としても行動を起こせなかった。そんな時、実に面白い出来事があってね。おそらくこの件については、私よりも、当事者として関わりが深いオールドランド医師のほうが説明してくれるだろう」
 オールドランドは、博士とともに招かれた降霊術会のことを説明した。医師の説明が終わると、博士が再び話しはじめた。
 「リトルコート夫人の啓示なるものには、私もずいぶん当惑させられたよ。白い粉を振りかけた手が自分の娘の手だとしたら、その出来事のことは絶対秘密にしたはずだ。夫人の目的は、その実行犯を脅すことにあるものと思えた。自分自身は表に出ないようにしてね。私も、その事件の犯人はダーンフォードだという結論を出さざるを得なかった。
 その後、彼が事件発生時にはロンドンにいて、伯父のために用意してあった食事にも簡単に近づけたと分かり、ダーンフォードに対する疑いはますます強くなった。その時点で彼が伯父の死を望んだ動機がなにかは、あなたにも分かるだろうね、リズリントンさん」
 「もちろん、クラヴァートンが最初の発作時に亡くなっていれば、ダーンフォードが唯一の相続人となっていたでしょうね」と弁護士は認めた。
 「ありがとう、リズリントンさん。さて、この点ははっきり強調しておきたいのだが、私の疑いがどうだろうと、ダーンフォードの有罪を証明することはできなかった。リトルコート夫人がいかさまのトランス状態で示唆してくれた手がかりはあった。もちろん、夫人を問いただしたところで、そんな状態で話したことなど、なにも知らないと否定するだろう。私の疑いをどうやって証明するか、その手だてを思いついたのはごく最近のことなのだ」
 博士はひと息つき、オールドランドに目配せした。「詳細に踏み込むつもりはないが」と話を続けた。「ここから遠いある土地で事件が起きて、その事件に関して行われた調査から、ダーンフォードが実行犯だという判断を下したと言えば十分だろう。
 できることなら、ダーンフォードのよこしまな行動を阻止したいと私は考えた。彼が犯人だという証拠はなかったし、証拠を得る直接的な手立てもなかった。だが、リトルコート夫人をうまく活用できるかもしれないと思いついた。夫人にもう一度降霊術会を開いてもらうよう説得し、ダーンフォードもそこに同席させることができれば、動転させて犯行を認めさせることができるかもしれないと思ったのだ。せめて、伯父にヒ素を盛ったことぐらいはね。
 その時点では、どうやって実行に移すか、はっきりした計画があったわけではない。ダーンフォードが伯父の死に関与していたと疑っていたわけでもない。彼がそのときロンドンにいなかったのは確かめてあったからね。だが、ダーンフォードに関する情報を再検討して、ある可能性に思い至ったのだ。その可能性はすぐさま確信に変わった。検死解剖で明らかになった事実や、さらには、ダーンフォードがそのときロンドンにいなかったという事実があっても、彼が伯父を殺害する方法があるのに気づいたのだ。
 さて、そのときまでまったく失念していたある出来事について話さなくてはなるまい。私は、亡くなる前の金曜にクラヴァートンを訪ね、しばし語り合った。彼はそのとき、少しいらいらした様子で、些細なことに異常なほどこだわっていた。
 オールドランド医師は、治療の一環として、パパインのカプセルを、一日四回、食後に飲むよう処方していた。このカプセルは、テイラー・アンド・ハント社という有名な製薬会社から仕入れたもので、ひと箱二十四粒入りで七ポンド六ペンスする。クラヴァートンはこれが高すぎると言って、そんなものに金を使うことに不満げだった。
 訪ねた際に彼が話してくれたことを説明しよう。カプセルを一粒なくしたために、彼はひどく腹を立てていた。彼は事情をこう話したよ。新しい箱は月曜のお茶の時間に開封した。水曜の朝、クラヴァートンは箱に残っていたカプセルを数えた。十七粒あるはずが、実際は十六粒しかなかったというのだ。
 クラヴァートンは、誰かが箱をひっくり返して、中身を全部は拾い損ねたと考えた。たぶん図書室を掃除する役目だったフォークナーだろうとね。あとで知ったが、腹に据えかねたらしく、フォークナーに図書室への出入りを禁じたようだね。それと一緒に、なくしたカプセルを探すように指示したとのことだ。
 私が金曜に訪ねたときには、箱にあったカプセルの数は、一日四粒飲んだと計算すると、元どおりに戻っていた。なくしたカプセルがそれまでに見つかって、箱に戻したと思ったようだ。クラヴァートンは見つかって満足そうだった。そんな些細なことに腹を立てていたのも、きっと健康状態のせいだったのだろう。さっきも言ったように、その一件については、クラヴァートンの気分を説明する手がかりと思っただけで、私も完全に失念していた。
だが、ダーンフォードが当時携わっていた実験のことに思い至ったとき、なくなったカプセルの意味に気づいたのだ。アラード・フェイヴァーシャム卿を訪ねて、私が立てた仮説について意見を聞いたよ。それが可能だということには同意してくれたし、私の求めに応じて、クラヴァートンが飲んだのとまったく同じ外観のカプセルを六粒用意してくれた。ただし、パパインではなく、まったく異なる物質を詰めたカプセルをね」
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