アンソニー・バウチャーの「シルバー13」

 作家としてだけでなく批評家としても健筆を揮ったアンソニー・バウチャーの書評分野での業績は、“Multiplying Villainies”(1973)という部数限定の冊子でもその一端を窺い知ることができたが(これに序文を寄せていたのがヘレン・マクロイ)、1942年から47年にかけてのバウチャーの書評をまとめたフランシス・M・ネヴィンズ編“The Anthony Boucher Chronicles”(2009)のおかげで、より充実した形で身近に接することができるようになった。
 バウチャーは、エラリー・クイーンが選定した「黄金の二十」(1943:邦訳は『世界短編傑作集5』創元社収録)について、「クロニクル」誌の書評(1944年6月25日)の中でコメントを寄せている。このうち、「最も重要なる長編推理小説10」(『ルルージュ事件』 『月長石』 『リーヴェンワース事件』 『緋色の研究』 『トレント最後の事件』 『樽』 『アクロイド殺害事件』 『ベンスン殺人事件』 『マルタの鷹』 『レディに捧げる殺人物語』)についてのコメントは、上記“Multiplying Villainies”に再録されていて、これをもとに日本語でもネットで紹介されているようだ。
 その概要を簡単に紹介すれば、バウチャーは、「穏やかな異議」として、アイルズの『レディに捧げる殺人物語』を倒叙物とみなすことに異議を述べ、もしリストに倒叙物を入れるのであれば、フリーマンの『ポッターマック氏の失策』を入れるべきだとしている。また、「断固たる異議」として、ヴァン・ダインの作品をリストに入れることに反対し、代わりにセイヤーズの『ナイン・テイラーズ』を入れることを提案している。
 実は、「黄金の二十」の前半部分である「最も重要な短編推理小説10」についても、その前の書評(1944年5月28日)でコメントを寄せているのだが、こちらについては“Multiplying Villainies”に再録されなかったためか、知る限りでは、日本語で紹介された例はないようなので、この記事で紹介しておこう。
 念のため、クイーンが選んだ「ゴールデン10」を再掲すれば、以下のとおり(タイトルの訳は上記邦訳に従う)。

 エドガー・アラン・ポー 『小説集』
 アーサー・コナン・ドイル 『シャーロック・ホームズの冒険』
 アーサー・モリスン 『マーチン・ヒューイット探偵』
 バロネス・オルツィ 『隅の老人』
 オースティン・フリーマン 『ジョン・ソーンダイクの数々の事件』
 ウィリアム・マクハーグ&エドウィン・バーマー 『ルーサー・トラントの功績』
 G・K・チェスタトン 『ブラウン神父の童心』
 アーネスト・ブラマ 『マックス・カラドス』
 メルヴィル・デイヴィスン・ポースト 『アブナー伯父』
 H・C・ベイリー 『フォーチュン氏を呼べ』

 バウチャーはこれに対し、ささやかな異議を呈するとすれば、フリーマンについては、むしろ倒叙物の嚆矢となった『歌う白骨』に差し替えたいとし、10を11に拡大していいのなら、M・P・シールの『プリンス・ザレスキー』を加えたいとしている。
 バウチャーは、このリストが1920年で止まっているのは、それ以降が長編中心の時代になったためと考えている(以前の記事で紹介したように、ジュリアン・シモンズも“Bloody Murder”で同様の見解を述べていた)のだが、このリスト以降の四半世紀の間にも優れた短編集があるとして、以下のように自分なりの「シルバー13」を挙げている。

 エドガー・ウォーレス “The Mind of Mr. J. G. Reeder”
 T・S・ストリブリング 『カリブ諸島の手がかり』
 F・テニスン・ジェス “The Solange Stories”
 ジョルジュ・シムノン “Les 13 Coupables”
 アガサ・クリスティ 『火曜クラブ』
 ドロシー・L・セイヤーズ “Hangman’s Holiday”
 マージェリー・アリンガム “Mr. Campion: Criminologist”
 E・C・ベントリー 『トレント乗り出す』
 エラリー・クイーン 『エラリー・クイーンの新冒険』
 カーター・ディクスン 『不可能犯罪捜査課』
 ウィリアム・アイリッシュ “I Wouldn’t Be in Your Shoes”
 レイモンド・チャンドラー “Five Murderers”
 ダシール・ハメット “The Adventures of Sam Spade”

 クイーン自身も1920年以降に挙げるべき候補作を5冊挙げていて、うち3冊は、バウチャーと同じく、ストリブリング、ベントリー、ディクスンの上記短編集を挙げている(残り2冊は、ルブランの『八点鐘』とセイヤーズの『ピーター卿死体検分』)。バウチャーが挙げているほかの短編集も、その多くが『クイーンの定員』に選ばれていて、多少の見解の相違はともかくも、この両者の鑑識眼はそれほど大きく隔たってはいなかったように思える。
 ただ、今日的視点からすれば、クイーンの挙げている『ルーサー・トラントの功績』はさすがに時代を感じさせるし、超自然的直感に依存しがちな点をよく批判されるテニスン・ジェスのソランジュ・フォンテーヌ物も、今ならどこまで大方の同意を得られるかは疑問だろう。
 その意味では、この両者のリストもそれ自体が時代物の部類に入りつつある面も感じるのだが、例えば、“Detective Fiction: The Collector’s Guide”(1994)で編者のジョン・クーパーとB・A・パイクが推薦している短編集を参照すると、アリンガム、ベイリー、ベントリー、ブラマ、チェスタトン、ポースト、セイヤーズの上記作(セイヤーズは『ピーター卿死体検分』)が依然としてリストアップされているので、古典として定評のあるものは時代を経ても根強い支持を得ていることが窺える。ちなみに、クーパーとパイクは、バウチャーの“Exeunt Murderers”とクイーンの『犯罪カレンダー』も推薦作に挙げている。
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