ジェームズ・ヒルトン『学校の殺人』

 『学校の殺人』(1931)は、『チップス先生さようなら』の作家として知られるヒルトンが無名の頃に手を染めた推理小説。当初はグレン・トレヴァー名義で出版された。
 邦訳があるので、あらすじは省略するが、これも意外と今まで読まずにいた作品の一つ。金のために書いた妥協の産物という評があったせいかもしれないが、どうして、意外と楽しく読むことのできた作品だった。売れない文芸評論を書いているコリン・レヴェルという青年が、母校の校長から、寄宿舎で寝ていた生徒の一人がガス灯器具の落下事故で死亡した事件の捜査を依頼する手紙を受け取る、という発端から、第二、第三の事件発生へと続く展開は、ストーリーとしても読み応えがある。
 本作は、スーザン・オレクシウの“A Reader’s Guide to the Classic British Mystery”による「ジャンルの古典100選」や、“A Catalogue of Crime”の編者バーザンとテイラーによる“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”にも選ばれているように、ミステリとしても既に古典としてのステイタスを確立しているようだ。
 名の知れた文学作家で推理小説に手を染めた人は少なくないが、一定の評価を得た長編となると意外と少ない。ほかにはミルンの『赤い館の秘密』があるくらいではなかろうか。(ドストエフスキーの『罪と罰』やフォークナーの『墓地への侵入者』を挙げる人もよくいるが、これらの作品を推理小説と見なすかどうかは議論の分かれそうなところだ。)
 『チップス先生』で味わえるような、ほのぼのとした感動はさすがにないが、やはり学校を舞台にしているところに、校長先生を父親に持ったヒルトンの体験が生きているようだ。特に、主人公で探偵役のコリン・レヴェルは、明らかに、まだ売れなかった時代の著者自身をモデルにしたものだろう。
 プロットとして捉えれば、バーザンとテイラーはその結末を「サプライズ」と呼んでいるし、確かにミスディレクションや偽の手がかりを配してツイストを効かせてはいるけれど、推理小説に慣れた読者であれば、ある程度見抜けそうなものではあるだろう。
 しかし、バーザンたちが本作を推している理由も、「『チップス先生』や『シャングリラ』によって間もなく著者を世界的に知らしめることになった文学的才知をすでにあらわしている」(“A Book of Prefaces”より)と述べているように、プロットの秀逸さより、舞台となっているオーキントン校の内幕を活き活きと描いているところにある。生徒や教師たちとその家族が、単なる容疑者や事件関係者としてではなく、個性的な人物として造形され、人間関係の綾を解きほぐす中から事件の真相が見えてくる過程が一つの読みどころといえるだろう。
 “A Catalogue of Crime”では、「堅実かつ充実」と評されているが、推理小説として構えた読み方をせずに、『チップス先生』なども思い起こしながら、イギリスの寄宿学校の雰囲気をのんびり味わうつもりで読めば、まさにその評のとおりと言えそうな楽しい作品だった。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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