ボワロー=ナルスジャック『影の顔』

 『影の顔』(1953)は、『悪魔のような女』に続く、このコンビ作家の第二作目。設定や題材はまるで違っていても、サスペンスと謎解きの巧みな融合という特徴、幻想的ともいえる状況に置かれた主人公の苦悩が合理的な解決とともに大団円を迎えるというパターンは、本作でも共通している。根底にあるモチーフは共通していても、決して同工異曲と思わせないオリジナリティを作品ごとに打ち出してみせるところが、このコンビ作家の初期作品のすごいところだろう。
 久しぶりに早川文庫で読み返してみると、訳文にもやや古めかしいところを感じるが、ストーリーは今読んでも新鮮だ。事故で失明した電気会社の社長、エルマンチエが、周囲の環境や家族らの態度に微妙な変化を感じて、光を失った世界の中で疑惑を深めていくという展開。ただ、謎解き物を読み慣れた読者であれば、種明かし部分に関する限り、比較的早い段階で見抜けてしまいそうなところではある。しかし、そうと知った上でも最後まで飽きさせずに読ませてしまうところが、このコンビ作家が脂の乗った時期に書いた傑作らしい。
 よく考えてみれば、設定に多少非現実的な面も感じられはするが、荒唐無稽というほどでは決してない。のちの『私のすべては一人の男』になると、設定自体が初めから現実離れしたものとなり、いくらそう割り切った上でのプロットとはいえ、地に足の着いたリアリティを失ってしまうと、バーチャルな臨場感がどうしても希薄になり、登場人物に心底から同化してサスペンスを共有する体験ができなくなってしまう。『影の顔』には、エルマンチエという主人公とその心理をきめ細かく描写していくプロセスとも相まって、そうした迫真性のあるリアリティがまだ息づいていて、読む者も素直にその心理的な不安を共有できる。
 『悪魔のような女』と比べて弱い面があるとすれば、前作ほどの強烈な悪の存在が欠けていることで、大団円に伴う衝撃や余韻がやや希薄になっているところだろうか。とはいえ、60年代後半以降になると、急速に味気ない作品が多くなってくるのに比べ、この頃の作品には、サスペンス小説に独自の手法を開拓しようとした、このコンビ作家のチャレンジ精神が横溢した力作が多い。『影の顔』もそうした作品の一つといえるだろう。
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