ナイオ・マーシュ “Scales of Justice”

 “Scales of Justice”(1955)は、ロデリック・アレン首席警部が登場する長編。

 舞台はスウェヴニングズという牧歌的な片田舎。住人も、ラックランダー家、フィン家、サイス家、カータレット家という、昔から定住している一族ばかりだった。ところが、この平和そうな村で、住人の一人、モーリス・カータレット大佐が渓流のそばで死んでいるのが発見される。大佐はこめかみを何らかの凶器で殴られて殺されていたが、死体のそばには、「オールド・アン」という、その土地で有名な巨大な鱒も死んで横たわっていた。
 先日夫を亡くしたばかりのレディ・ラックランダーは、スコットランド・ヤードに連絡し、旧知のロデリック・アレン首席警部に捜査を依頼する。
 事件の前、スウェヴニングズの名士、ハロルド・ラックランダー卿は、臨終の床でカータレット大佐に自分の回想録の出版を託すべく遺言していた。ところが、その回想録には重大な秘密があるらしく、それは、ハロルド卿が大戦中に大使の職にあった際の事件に関わることらしかった。
 当時、ハロルド卿の下で仕事をしていたのは、同じスウェヴニングズの住人、オクタヴィアス・ダンベリー・フィンの息子ルドヴィクだったが、ルドヴィクはナチスに機密を漏洩していた疑いを持たれて自殺していた。回想録の原稿を委託された大佐は、その真相に触れた箇所があることを、ハロルド卿の息子、ジョージに教える。ジョージは公表を思いとどまるよう迫るが、大佐は公表することに決めたと告げる。
 ジョージの息子マークは、医師をしていたが、大佐の娘ローズと愛し合っていた。ジョージは、回想録を公表すれば、ラックランダー家の人間はもちろん、ローズも不幸にすると言うが、大佐は耳を傾けなかった。
 フィンは猫好きで、何匹もの猫に囲まれて暮らしていたが、弓技が趣味のサイス中佐がフィンの飼い猫を誤って射殺してしまったことがあり、今でもそのことを恨んでいた。
 フィンは、以前から「オールド・アン」を釣り上げようと狙っていたが、事件の前、釣り場を得るためにカータレット大佐の土地に侵入して、大佐と諍いを起こしていた。
 フィンは、「オールド・アン」を釣り上げたのは自分だと主張するが、釣り上げて横たえた場所は死体発見場所ではなく、しばらく目を離した間に、その鱒がいつの間にか消えてしまっていたという・・・。

 本作は、1955年の英国推理作家協会(CWA)のシルヴァー・ダガー賞(当時は「ランナーズ・アップ(次点)」と呼ばれ、複数選ばれていた)に選ばれ、“Detective Fiction: The Collector’s Guide”の編者の一人、ジョン・クーパーもパースナル・チョイスの一冊に選んでいる、マーシュの代表作の一つ。
 マーシュの作品の特徴は、あらかじめよく練り上げた事件のプロットを、アレンの捜査を通じて丹念に解きほぐしていくところにある。このため、彼女の作品は、しばしば指摘されるように、中間部で延々と尋問シーンが続き、展開がだれることが多いのだが、辛抱強く付き合えば、事件の概観やポイントをつかみやすいメリットもある。クリスティのような斬新なサプライズは必ずしも期待できないが、マーシュは、こうした作品構想の手法のおかげで、後年になっても、弛緩することなく綿密なプロットを構築することができたようで、質の低下が目立たず、MWA(アメリカ推理作家協会)やCWAの賞にも候補として挙がるほどだった。
 こうしたマーシュの特質は本作にも表れていて、目覚ましいトリックが仕掛けられているわけではないが、プロットもよく練られた跡がうかがえて、すっきりとまとまるところが心地よい読後感をもたらす。移動した鱒の謎、死体の傷の謎など、本格ファンの関心をくすぐるポイントも効果的に配されている。個々の人物もよく描けていて、尋問が続く中にも、人間関係の綾が丁寧に描かれるため、ロードのように、うんざりするような退屈さを感じさせることもない。
 なお、原題の“Scales of Justice”は、「正義の秤」のことで、司法・裁判の公正さを象徴するものとして、裁判所などの司法関係機関に飾られる絵や像の正義の女神が手にしている天秤のことである。ところが、‘scale’には、「天秤」の意だけでなく、「うろこ」の意味もあり、この原題はダブル・ミーニングで、鱒の存在が事件の謎を解く重要な鍵になっていることを暗示している。つまり、「裁きをもたらすうろこ」の意味にも読めるというわけである。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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