ボワロー=ナルスジャック『牝狼』

 『牝狼』(1955)の舞台は第二次大戦中のフランス。戦争捕虜として収容所にいた音楽家のジェルヴェイを中心にストーリーは展開する。ジェルヴェイは、同じく捕虜だった戦友のベルナアルと収容所から脱走を図るが、逃走の途中でベルナアルは貨物列車に轢かれてしまう。虫の息のベルナアルは、ジェルヴェイに自分の所持品を託し、リヨンに住む戦争養母のエレエヌにかくまってもらうよう言い遺す。ベルナアルになりすましたジェルヴェイは、エレエヌのもとに転がり込み、親しくなって結婚の約束までするが、彼女の異母妹のアニェスは真実を見抜く特殊な能力を持っているらしく、ジェルヴェイの正体にも気づいているような節がある・・・。
 いつ正体を見破られるか分からないというジェルヴェイの不安を描写しながら、訪ねてきたベルナアルの姉ジュリアが素直にジェルヴェイを弟として迎える意外な展開が待ち受けるなど、いつもながらのサスペンスと謎の見事な融合が図られている。
 わずかな登場人物と限られた空間の中だけでストーリーが展開するため、主人公の孤独な不安が一層引き立てられる状況設定も、このコンビ作家がしばしば用いる手法だが、本作でも、正体を隠し通す必要のある主人公の立場のおかげでそうした状況を少しの不自然さもなく打ち出すことに成功している。
 最後に筋の通った謎解きをもってくることでどんでん返しを演出するのもこのコンビ作家らしい手法だが、敢えて難を言えば、種明かしがやや説明的になるところが弱く、結びの一行が冴えた『悪魔のような女』に比べれば、余韻が乏しくなるのは避けがたい。悪女の描き方としても、その衝撃的なデビュー作の水準にはさすがに及ばないようだ。
 それにしても、自らに課したサスペンス小説の哲学を堅持しながら、マンネリに陥ることなく、よくこれだけのバリエーションを次々と創り出してみせるものだと感心させられる。脂の乗っていた頃のボワロー=ナルスジャックの作品は本当に粒ぞろいだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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