ナイオ・マーシュ “Singing in the Shrouds”

 “Singing in the Shrouds”(1958)は、ロデリック・アレン警視が登場する長編。邦訳のある『道化の死』に続く作品である。

 二月の夜、ロンドンのプールの波止場で、パトロール中の巡査が奇妙な叫び声を耳にする。不審に感じた巡査は波止場を探索して、絞殺された女の死体を小路に見つける。女の胸には、壊れた模造真珠のネックレスとヒヤシンスの花がばら撒かれていた。女の手には船会社が乗客に発行した乗船通知の切れ端が握られていたことから、犯人は、ラスパルマス経由でケープタウンに向かう貨物船「ケープ・フェアウェル」号の乗客と思われたが、巡査がスコットランドヤードに連絡しているうちに船は出航してしまう。
 ロデリック・アレン警視は、船会社幹部の親戚と称して「ケープ・フェアウェル」号に途中乗船し、船内で調査を進める。船内には9人の乗客がおり、そのうちの一人が殺人犯のはずだった。乗客は、服地小売商、引退した校長、司祭、切手収集家、テレビ俳優のほか、女性も4人乗っていた。
 実はそれまでに同様の殺人事件がロンドンで発生していて、これが3件目の事件だった。被害者は常に女性で、ネックレスを壊され、絞殺死体に花をばら撒かれていた。目撃者の証言から、この「花殺人鬼」は犯行後に歌を口ずさみながら去っていくのが常だった。事件はほぼ10日おきに起きていることから、次の事件は船内で起きることが予測された。
 アレン警視は、船医のメイクピース医師とジュールダン神父に身分を明かし、協力を得ながら捜査を進めるが、殺人鬼が乗船していることを信じようとしないバナーマン船長の非協力的な態度に悩まされる。
 事件が起きると予測された晩、船内で、乗客の女性の一人をかたどった人形が、エメラルドのビーズとヒヤシンスをばら撒かれ、壊されているのが見つかる。直前に何者かが歌を口ずさみながら立ち去るのをアレン警視とジュールダン神父が聞いていた・・・。

 本作は、“Detective Fiction: The Collector’s Guide”の編者の一人、B・A・パイクがパースナル・チョイスの一冊に選んでいる。
 ストーリーは船上を舞台に展開し、被疑者が限られた、いわゆる「クローズド・サークル」物である。「切り裂きジャック」のバリエーションでもあり、普通なら、限られた空間の中で殺人鬼が徘徊している状況がいやが上にもサスペンスを醸し出すものだが、乗客のほとんどは実情を知らされないままのんびり船旅を過ごしているし、マーシュらしい淡々とした捜査状況の描写もあって、せっかくの設定が十分活かされていないきらいがある。
 愛妻家のアレンが妻のトロイに捜査の進捗状況を手紙に書いたり、神父や医師と事件について論じるシーンなどが何度か出てくるが、そんな描写がかえって緊張感を弱め、いかにも切迫感が乏しい印象を与えてしまう。もっとも、こうした展開の中で登場人物たちの個性と人間模様を密に描くことに作者の意図があったとも考えられるし、それはある程度成功しているともいえる。
 後半に入ってようやく本当の殺人が船内で起き、乗客たちも実情を知らされて、にわかにテンションが高まり、そこからクライマックスに至るまでの展開はさすがに読ませる。プロットもマーシュらしく綿密に練られたことがうかがえ、さりげない会話に出てきたシェークスピアの話題などが実は重要な手がかりであったことも分かる。余談ながら、英文学を読んでいてよく実感することだが、少なくとも聖書とシェークスピアに親しんでおくことがしばしば作品の理解を助けるものである。イギリス人には常識に近い古典作品やそこからの引用などが、日本人にとっては縁遠い場合がよくあるからだ。
 なお、原題にある‘shroud’は海事用語でマストに張る横静索を意味するが(故浅羽莢子さんは『帆の中の歌声』と訳していた)、「屍衣」の意味にもかけたダブル・ミーニングだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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