フランセス・N・ハート『ベラミ裁判』

 『ベラミ裁判』(The Bellamy Trial:1927)は、法廷物の古典としてつとに名高く、ジェームズ・サンドーやヘイクラフト=クイーンによる名作リスト、ジュリアン・シモンズ選のサンデー・タイムズ・ベスト100、レックス・スタウトによるベストテンなど、かつては名だたる名作表の類にしばしば選ばれた作品である。
 本作は、スティーヴン・ベラミとスーザン・アイヴズ夫人がマデレイン(ミミ)・ベラミ夫人の殺害犯として告発された、8日間に及ぶ裁判の模様を描く。起訴状によれば、ベラミ夫人は、かつて自分の恋人だったスーザンの夫、パトリック・アイヴズと不倫関係にあり、スティーヴンとスーザンもまた不倫関係にあったが、スーザンとスティーヴンは、パトリックとの密会場所に赴いたミミを待ち伏せ、スーザンがミミをナイフで刺殺したとされる。現場に残されたスーザンの指紋など、二人に不利な状況証拠があることも次第に明らかにされていく。
 検事や弁護士、証人の丁々発止のやりとりは、いかにも法廷物らしく、確かに面白いのだが、全編が延々と裁判の進行で構成されているため、限られた空間の中で同様の場面が単調に続くと、さすがにうんざりしてくるのがつらいところか。作者もそこを慮ってか、幕間喜劇のように若い男女の記者の掛け合いを挟んで息抜きの役割を果たさせている。ただ、そのやりとりも本筋と直接関係があるわけでなく、これまた繰り返されるうちにマンネリ感を覚えてだれてくる。最後まで無名のままのこの二人の関係も、目を引くほど進展するわけでもない。このようにリーダビリティという点では骨の折れる代物なのだが、プロットにやや無理はあるものの、最後のどんでん返しも含めて読後感は決して印象の悪いものではなく、まずまずの佳作といえるだろう。
 本作の事件にはモデルがあり、1922年に米ニュー・ジャージー州ニュー・ブランズウィック市で起きた「ホール=ミルズ事件」がそれである。不倫関係にあった米国聖公会の牧師、エドワード・ホールと、聖歌隊のメンバー、エリナー・ミルズが射殺されたこの事件では、エドワードの妻フランシスと、その兄のヘンリーとウィリアムが逮捕されたが、現場に残された指紋などの証拠にもかかわらず、証人の証言の信用性が疑われたことなどから、被告は無罪判決を受けた。
 本作は、ビル・プロンジーニ&マーシャ・マラー編“1001 Midnights”(1986)でも取り上げられており、評者のジョージ・ケリーは、「今日の基準に照らしても、『ベラミ裁判』はサスペンスに満ちた法廷ドラマとして今なお並ぶものがない」と称賛している。また、“A Reader’s Guide to The American Novel of Detection”(1993)の著者マーヴィン・ラッチマンも「傑作推理小説100選」の一つに選んでいる。本作が法廷物の先駆けとして歴史的な意義を持つというだけでなく、作品本体としても高い評価を維持し続けてきたことを示すものであろう。
 我が国では1953年に邦訳が出たきり、今日では入手困難になっているが、過去の作品として埋もれさせるには惜しい古典の一つといえる。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

この本は読んだのですが、ラストで、判事のとった行動に疑問が。
「無実の人」が巻き込まれたら、リカバリきかないとおもいませんか?
私が読んだときのネタバレ感想です
不適切とお思いでしたら、コメントを削除していただいて結構です
http://fontanka.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-2611.html



はい、確かにそうですよね(笑)
「プロットにやや無理はある」と書いたのも、似たような疑問があったからです。
深く考えずにさらりと読む分には、素直に面白いと思えても、リアリズムに即して検証してみると、無理があるとか、プロットが破綻しそうな作品は、本作ならずともたくさんありますよね。
畔上道雄氏の『推理小説を科学する』や由良三郎氏の『ミステリー科学したら』などは、科学的な視点から推理小説のプロットを検証したものですが、そこまで専門性を求めずとも、チャンドラーが『赤い館の秘密』のプロットを論じた例も含めて、古典といわれるものでも、よく考えてみると「そんなわけないだろ」という例はたくさん思いつきます。もちろん深く考えずにストーリーを楽しむのも悪いことではないし、反対にいろんな視点から鋭く切り込んで論じてみるのも一つの楽しみ方といえます。個人的には、いろんな楽しみ方があっていいと思ってるんですよ。
ちなみに、本作のモデルとなった実際の事件では、犯人はほぼ自明だったというのに、証人が食わせ者だったとか、判事の態度が気に入らなかったとかいう、あっけにとられるような理由で陪審団は無罪の評決をしたようです。事実は小説よりいい加減なこともあるようです(笑)

No title

自分は今年で26歳なのですが、それでもこの作品は何かで聞いたことがありました。
ただ色々な本で名作だとかいわれている作品に興味を持っても本が入手が難しかったりして、そのあたりで歯噛みしてしまいます
最近は新訳や復刻などで少し前よりも入手が容易とはいえ、なかなかに…
少し前に古典的名作と言われるイグザエル・ザングウィル氏の「ビッグ・ボウの殺人」とクリストファー・ブッシュ氏の「完全殺人事件」を読んでいましたが、どちらも面白いと思ったものの、後者はまだ発表されてから百年も経っていないのにそのトリックは今ではありきたりなものといわれてしまっていることに、時代の流れの早さを感じてしまいました
前者はたまたま復刊されたときに入手しましたがこちらはあまり時代の風化を感じずに楽しめましたが(ただ途中の風刺と思われる部分だけはわからずに何のことだか未だにわかりませんが)そういったあたりでも古典的ミステリを読むのが興味深いです

長文失礼しました

『ビッグ・ボウ』は“1001 Midnights”でもアスタリスク二つを付されてコーナーストーンに位置づけられています。今読むと古色蒼然としていますが、古典としての評価は高いようですね。
ブッシュは『100%アリバイ』のほうが面白いと思いました。B・A・パイクもパースナル・チョイスに選んでいます。
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S・フチガミ

Author:S・フチガミ
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