ウィムジイ家の系譜 “The Wimsey Family”

 C・W・スコット・ジャイルズの“The Wimsey Family”(2007)は、紋章学者である著者が、セイヤーズとの文通を通じて得た情報をもとにウィムジイ家の歴史を略述したものである。初版は1977年にゴランツ社から刊行され、2007年にドロシー・L・セイヤーズ協会から、バーバラ・レイノルズ(セイヤーズ協会会長。書簡集の編纂をはじめセイヤーズ関連の著作あり)による序文とクリストファー・ディーン(セイヤーズ協会議長。2012年没)によるあとがきを付して再刊された。著者の淡々とした筆致に加え、紋章、印章、肖像、ブリードン・ホールのスケッチなど、イラストもふんだんに挿入されていて、フィクションでありながら、リアルな雰囲気をうまく醸成している。
 スコット・ジャイルズは、国からフィッツアランの特命紋章官に任命された紋章学の権威であり、ウィムジイ家の紋章に興味を惹かれ、1936年3月にセイヤーズに紋章に関する照会の手紙を送ったところから両者の文通が始まった。セイヤーズが推理小説の筆を折ったあとも、両者はダンテの研究を通じて交流を続けたようである。
 両者の文通を通じて解明されていったウィムジイ家の系譜は、ヘレン・シンプスン、ミュリエル・セント・クレア・バーンの協力も得て、1936年に“Papers relating to the Family of Wimsey”、1937年に“An Account of Lord Mortimer Wimsey, the Hermit of the Wash”という小冊子にまとめられた。500部の限定本として印刷されたこれらの小冊子は、クリスマスの贈り物として友人たちに配布されただけで、古書市場に出ることもあるが、法外な値が付くため、もとより手の出る代物ではない。さいわい、“The Wimsey Family”にそれらの内容も解説されていて、前者は、一族のセント・ジョージ子爵が、1751年に家族の反対を押し切って愛人だったべスという未亡人と結婚した経緯、後者は、その息子のモーティマー・ウィムジイ卿についての記録を記した小冊子のようである。
 スコット・ジャイルズは、この構想をさらに膨らませて、ウィムジイ家の歴史に関する本を出すようセイヤーズに勧めたが、彼女がピーター卿物の筆を折ってしまったことから、この計画はセイヤーズの生前には実現しなかった。
 セイヤーズの死後、スコット・ジャイルズがセイヤーズと文通した書簡等の情報をもとにウィムジイ家の歴史をまとめ上げたのが本書であり、1066年のノルマン征服の際に征服王ウィリアムに従ったロジャー・デ・ギムジイから、1298年にエドワード一世に従ってフォルカークの戦いでスコットランド軍と戦ったジェラルド・デ・ウィムジイ、リチャード二世の退位とヘンリー四世の即位を支持してデンヴァー伯爵に叙せられたラルフ・ウィムジイ、ばら戦争でヘンリー七世を支持し、デンヴァー公爵に叙せられたピーター・ウィムジイなどを経て、現代のピーター卿とハリエットに至るまでの華麗なる一族の系譜が略述されている。
 なお、デンヴァー公爵であるピーター卿の兄、ジェラルドには、セント・ジョージ子爵を称するジェラルドという息子がいるが、先に紹介した“Wimsey Papers”によれは、ジェラルドは第二次大戦で英国空軍に加わって出征している。セイヤーズがスコット・ジャイルズに生前語ったところによれば、ジェラルドは戦死する運命だったという。ジェラルドは独身だったため、ピーター卿がデンヴァー公爵の推定相続人となり、次いで、その子息、ブリードンが相続権を持つことになる。どうやら、ピーター卿はデンヴァー公爵の地位を受け継ぐ運命にあったようだ。
 短編「桃泥棒」では、ピーター卿には、ブリードン、ロジャー、ポールという三人の息子がいることになっているが、“The Wimsey Family”に序文を寄せているレイノルズによれば、セイヤーズは彼女に、ピーター卿とハリエットは全部で5人の子を持つことになると語っていたらしい。
 5人の子を持つデンヴァー公爵。セイヤーズはピーター卿とハリエットにどこまでも幸せで理想的な家庭を与えてやらずにはいられなかったようだ。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

「桃泥棒」のハリエット(短編集のピーター卿婦人にも)には、なんかとても違和感があるのです。
もともと私は、ハリエットが、ミステリとしてのピーター卿シリーズをぶちこわしたと思っている輩です。
もっとも、「忙しい蜜月旅行」のラストシーンのために、ピーター卿は結婚したのかもしれないとも思いますが、

女権論者?と思っていたハリエットは、すばらしい夫と結婚したとたん
良妻賢母になったので。
ピーター卿が幸せならいいんですけどと思いましたが。

ハリエットはセイヤーズ自身の分身でもあったようで
一度はうんざりしかかったピーター卿にも
セイヤーズ自身が恋に落ちてしまったようなところもあり
けっきょく二人をゴールインさせて、ハッピーな家庭を
築かせるというオチに行きついたみたいですね。

インテリだったセイヤーズの分身らしく
はじめのうちは客体として自分の個性を投影していたのに
いつの間にか、自分が現世で実現できなかった
理想の家庭をハリエットに託してフクションの中で
実現させるという方向に行ったというところでしょうか。
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