クリストファー・ブッシュ『100%アリバイ』

 クリストファー・ブッシュも、ジョン・ロードと同様、パターン化したストーリー展開、紋切型の登場人物が目立つ作家で、退屈極まりなく読むに堪えないと感じる作品が多い。おまけに、多作の割にはプロットが(それだけとは言わないが)アリバイに偏りすぎて芸がなさすぎるし、そのアリバイ自体も陳腐で独創性に欠けるものが多く、クロフツやロードと比べても弁護の余地が乏しい。母国でもほとんど忘却同然の扱いを受けているし、実際、コニントンと同じく、ブッシュの項目を設けていないリファレンス・ブックも珍しくない。あのジュリアン・シモンズも、ロードやコニントンについては“Bloody Murder”(1992年最終改訂版)で少なくとも名前には言及しているが、ブッシュは名前すら出てこない。ロード/バートンを積極的に取り上げたバーザンとテイラーの“A Catalogue of Crime”も、わずかに3作取り上げているだけだ。
 『100%アリバイ』(The Case of the 100% Alibi:1934)はブッシュの初期作品の一つ。ウェストクリフのホームデイル荘の使用人トレンチからシーバラ警察署に、主人のフレデリック・リュートンが殺されたという電話が入る。駆けつけたウォートン警視はナイフで刺殺されたリュートンの死体を見つけるが、その直後に帰宅したトレンチは、なにも知らないし、電話をかけた覚えもないと言う。トレンチをはじめ、浮上してくる関係者たちにはいずれも100%の鉄壁のアリバイがあることが次々と判明する、というストーリー。シリーズ・キャラクターの探偵、ルドヴィク・トラヴァースは、半ば近くなるまで登場せず、この作品では語り手を務めていない。
 “Detective Fiction: The Collector’s Guide”の編者の一人、B・A・パイクは、この『100%アリバイ』をパースナル・チョイスの一冊に選んでいる。ほかにも、クリス・スタインブラナー&オットー・ペンズラー編“Encyclopedia of Mystery and Detection”がブッシュの「典型的な成功例」として『100%アリバイ』を挙げている。ブッシュに言及している数少ないリファレンス・ブックを参照する限りでは、ほかには、“Twentieth Century Crime and Mystery Writers”(1980初版)でブッシュの項目を執筆しているネヴィル・W・ウッドが、“The Case of the Burnt Bohemian”(1953)、“The Case of the Seven Bells”(1949)、“The Case of the Murdered Major”(1941)をベストとして挙げ、キーティング編“Whodunit?”の代表作採点簿でも“The Case of the Burnt Bohemian”が挙げられている(といっても、プロットの評価は10点満点中7点だが)。さらに、『現代推理小説の歩み』のサザランド・スコットは、“The Case of the Dead Shepherd”(1934)、“The Case of the Murdered Major”、“The Case of the Seven Bells”を推している。
 『100%アリバイ』の評価が高い理由は、作者がプロローグで思わせぶりに書いているように、その「100%」に、単に犯人の技術的な工作に依存するものではなく、これを暴いてもなおかつ破ることのできない性格を伴うというアイデアのオリジナリティがあるからだろう。実際、犯人のアリバイ工作自体はさして独創的なものではなく、むしろ拍子抜けするような代物だが、技術的なトリックにのみ依存せずに、「100%アリバイ」というオリジナル・アイデアをうまく膨らませて、全体のプロットを工夫したところが、ブッシュ作品の中でも本作を際立たせているといえる。
 とはいうものの、ブッシュにしては珍しいアイデアと言えるかもしれないが、プロローグで大上段に振りかざしているほど、そのアイデアが独創的かは疑問でもあるし、おそらく推理小説を読み慣れた読者であればさほど感心するとも思えない。中だるみしがちな展開も相変わらずだ。邦訳が入手困難になっている一因もそんなところにあるのかもしれない。
 なお、同好の士と話していると、パイクが『失われた時間』(論創社刊)をブッシュの最高傑作に推しているという巷説も聞こえてくるのだが、先に言及したとおり、パイクは『100%アリバイ』をパースナル・チョイスに選んでいる。パイクは、“Give A Dog A Bad Name…”(CADS21所収)の中で、本作と並んで、“The Case of the Chinese Gong”と『失われた時間』を「大変面白く、満足できる」作品の例として挙げているので、そこに由来するのかもしれないが、最高傑作に推しているわけではない。近年になって翻訳紹介されたのもそのあたりに後押しされた面があったのかもしれないが、個人的な意見を言わせてもらえば、『失われた時間』も実につまらぬプロットで、これが最高傑作というなら、ほかの作品は読む気が失せてしまいそうだ。ネット上のレビューなどを見ていても、同様の意見は私だけでもなさそうだ。(後記:原書で読んだ作品の邦訳を買うことはめったにないので気づかなかったが、ある方のご教示から知ったところでは、邦訳の帯にまで「最高傑作」と謳われているようだ。フリーマンの『証拠は眠る』についても思ったが、出典を明らかにしていない、人の引用を確認もせずに孫引きするのは剣呑というものだろう。)
 パイクによれば、フランシス・アイルズ、レオ・ブルース、アントニー・シェーファーなどがブッシュを称賛していたという。その評価にふさわしい作品に今後出会えることを期待したいものである。
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ジャンル : 小説・文学

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No title

「100%アリバイ」は意外に好きです。
トリック云々というより人物造形が。
「失われた時間」はつまらなくて気絶しそうでした。

ブッシュの傑作は「チューダー女王の事件」につきると思っています。
(既読でいらっしゃいますよね?)
既読でいらっしゃるのなら、ネタバレ含んだコメントを(非公開)次回書かせて頂きたいとぞんじます。

熱心なコメントをいただき恐縮です(笑)。
私のブログは基本的に自分の備忘録的な性格のものなのですが、情報の共有化を図ることで、他者にも楽しんだり、参考にしていただけるかもしれないと思って公開しているものです。したがって、基本的に公開を意識しながら書いていますので、限られた方と私的乃至ひそかに意見交換するのは当ブログの意図を超えた行為であり、その一方で、コメント欄を通じて広く意見交換するなどの参加型のブログを目指しているわけでもありません。
お問い合わせをしたい方がいた場合のためにメールアドレスも載せてはいますが、これも意見交換を期待して載せているわけではありません。かつてパソコン通信に記事を書き込んでいた際、揚げ足取りのレスなどに悩まされたこともあり、さすがに懲りて、不特定多数が議論するサークルに参加したり、同人誌等に寄稿したりするのも実は避けています。
このブログを立ち上げてからも、同様または営業目的のコメントやメールが来たことも実はありますが、自分のブログは自分自身のテリトリーですので、そうしたコメントは問答無用で削除してきたというのが実情です。(揚げ足取りのつもりでコメントしながら、自分の不知のほうを指摘されて、書き込んだコメントを削除してくれとメールで依頼してきた人もいましたけどね。)
ですので、公開になじむ建設的なコメントをいただくことまで拒むつもりはないのですが、特定の方と非公開の形で意見交換するのは本意ではありませんし、公開できない性質のコメントはご遠慮いただければありがたいと思っております。
他意はございませんので、右事情ご賢察の上、どうかご容赦ください。

No title

了解いたしました。

ご理解を賜り、ありがとうございます。
失礼の段、平にご容赦ください。
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