フレドリック・ブラウン『まっ白な嘘』

 待ち時間や電車の移動中などには短編集を読むのがちょうどいい。長編だと、つい途中で途切れてしまうが、短編なら短時間で区切りよく読めるからだ。
 フレドリック・ブラウンは短編の名手としてつとに名高いが、どういうわけか、これまでエド・ハンター物や長編しか読んだことがなかった。ところが、JRの旅に気まぐれに携えた『まっ白な嘘』にすっかり夢中になってしまい、長時間の移動があっという間に過ぎた気がした。これは本当に楽しく、素晴らしい短編集だ。
 ブラウンの長編は、プロットもストーリーも軽めで、なにやらイクスペンダブルに書き飛ばした感のある作品が多い。MWA賞を受賞した『シカゴ・ブルース』にしてもそうだ。近年になって、密室物の傑作リストに挙げられたりなどして、ちょっと注目されるようになった『死にいたる火星人の扉』にしても、プロット自体はたわいもないし、ストーリーも軽くてあまり印象に残らない。ところが、同じ密室物でも、本作冒頭の短編「笑う肉屋」となると、テンションが高くて読み応えがあるし、プロットも面白いと感じる。
 もちろん、よく考えてみると、プロットの実行可能性に疑問を感じたり、荒唐無稽ではないかとも思えてくるし、生真面目に読んだりしたら元も子もない。「キャサリン、お前の喉をもう一度」なども、落ち着いて読めば、明らかに無理に辻褄合わせをしたプロットだ。ところが、シンプルなアイデアを一気呵成にまとめ上げた迫力に押されて、読んでいる間そんなことを意識させないのだ。やはりブラウンという作家はインスピレーションを大事にした人で、これをじっくり練り上げて長編に引き伸ばしたり、スタンリイ・エリンのように緻密なプロットに仕上げるよりも、アイデアが熱いうちに短編に鍛え上げてしまうほうが真価を発揮できるタイプの作家だったのだろう。
 「世界がおしまいになった夜」にしても、「後ろで声が」にしても、よくぞこれほどシンプルなアイデアを効果的にストーリーの形に具体化できるものだと感心してしまうし、ユーモアのセンス、サスペンスの効果など、まさに達人の技だ。ふと、子どもの頃によく読んだ筒井康隆氏の短編集を連想してしまった。
 最後の「うしろを見るな」に至っては、これほど見事に短編集の掉尾を飾る作品など、ほかに考えられないと思えるほどだ。各種アンソロジーに収録されても不思議ではないのに、見かけないのは、やはりプロットの特殊性のせいなのだろう。ちょっともったいない気もするが、いやいや、これはやはり、『まっ白な嘘』の専売特許であってこそふさわしい作品なのかも。(後記:あとで気づいたところでは、ミッキー・スピレイン&マックス・アラン・コリンズ編“A Century of Noir”(2002)というアンソロジーに収録されているようだ。ほかにもあるかもしれない。)
 なお、この短編集の原題は“Mostly Murder”だが、邦題は収録作の‘A Little White Lye’から採っている。灰汁を意味する‘lye’と嘘を意味する‘lie’を引っかけたもので、‘white lie’と言えば、「悪気のない嘘」を意味する。ブラウンはタイトルの付け方も本当にうまい。
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テーマ : ミステリ
ジャンル : 小説・文学

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No title

こんにちは。
ブラウンはあまり読んでいないんですが、この短編集は面白かったですね。
確かアンソロジーで「うしろを見るな」は早川の37の短編に収録されていましたよ。こんな分厚い本じゃ…と巻末の座談会で語られていたと思います。

「37の短編」ですか。それは知りませんでした。
プロットから考えると、当然、一番最後に収録されているんでしょうね(笑)。
自分はあまり意識しないのですが、翻訳書の中でも
「37の短編」はコレクターが血眼になって探す本の一つだと
聞いたことがあります。ポケミスで復活した収録作も多いと
聞きましたが、これを加えるとは、早川はなかなか慧眼ですね。
英米ではユニークなテーマのアンソロジーがいろいろ
出ていますけど、日本でもいい企画を今後とも立ててほしいところです。
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