ナイオ・マーシュ“Swing, Brother, Swing”

 “Swing, Brother, Swing”(1949)は、ロデリック・アレン首席警部の登場する長編。米版(A Wreath for Rivera)のほうが英版に先行して初版が出た。作中に言及はないが、英版タイトルは、ジャズ・シンガーとして著名なビリー・ホリデイの曲に由来する。

 ジョージ・パスターン卿は、インドのヨガに夢中になったかと思うと、ヴ―ドゥー教の研究に没頭したり、ヌーディズムの信奉者になったりと、世間では変り者で知られていた。そのパスターン卿が、今度は、ブリーズィ・ベレアズのジャズ楽団がナイトクラブ「メトロノーム」で行う特別興行に、臨時のティンパニ奏者として参加するという。パスターン卿の夫人、セシルはいつもの夫の奇行に当惑していた。
 セシルには、フェリシテという先夫との間にできた娘がいた。フェリシテは、楽団でピアノ・アコーディオン奏者を務めるカルロス・リヴェラとひそかに婚約していた。フェリシテはカルロスの嫉妬深い態度に悩まされ、「ハーモニー」という雑誌の身の上相談欄に投稿して悩みを打ち明けていた。
 パスターン卿は、演奏会の余興として、リボルバーに空包を詰め、奏者を次々と撃ち倒すという演出を予定していた。観客が見守る中、パスターン卿はリボルバーを取り出し、まずカルロスを撃ち、彼が倒れると、ほかの奏者も次々と撃ち倒していく。指揮をしていたリーダーのベレアズが卿からリボルバーを取り上げ、自分のポケットにしまう。ベレアズがウェイターに手渡された花輪を倒れたカルロスの胸に置くと、ベレアズは心臓のあたりを手探りして顔色を変え、担架でカルロスを運び出すよう指示する。
 カルロスは胸に矢のようなものを刺されて絶命していた。それは、パスターン卿夫人の日傘の柄から取られたもので、パスターン卿は、自分が演奏前にその日傘をたわむれに解体してピアノの上に置いたと説明する。
 パスターン卿のリボルバーは、ティンパニ奏者のスケルトンが空砲しか入っていないことを事前に確認していたし、その後に自分以外にリボルバーに手を触れた者はいないと卿は主張する。ところが、リボルバーには凶器となった矢が突っ込まれたとみられる傷が残っていた。
 ほかにカルロスに近づいた者は、リーダーのベレアズだけだったが、ベレアズは演奏前に気を静めるための錠剤が見つからないことで騒ぎ、パスターン卿がベレアズの体をくまなく探して錠剤を見つけていたことから、兇器を衣服などに隠し持っていたはずがなかった。
 たまたま妻トロイとともに観客として演奏を聴いていたアレン首席警部は、事件の一部始終を目撃し、そのまま捜査に携わることになる・・・。

 本作は、“A Catalogue of Crime”の編者ジャック・バーザンとW・H・テイラーが、“Fifty Classics of Crime Fiction 1900-1950”の一つに選んでいる作品である。バーザンらは主に、パスターン卿の特異な人物造形を称賛しているが、「結末のサプライズ」にも言及しているように、プロットの水準としてはマーシュの作品の中でも一、二を争うものだろう。
 マーシュの作品の中には、“Death at the Bar”、“Death and the Dancing Footman”、『道化の死』のように不可能興味をプロットの中心に据えた作品が幾つかあるが、本作もその一つ。前二者が比較的シンプルなトリックで、ややもすると拍子抜けしそうになるのに対し、本作は『道化の死』とともに、よく練られたプロット構成が光る作品といえる。
 あっけらかんと自分に不利な証言をするパスターン卿が犯人とは考えにくく、彼以外には誰もリボルバーを細工できなかったという不可能興味の横溢する謎を、バーザンらの言うように、いかにも変人のパスターン卿を見事に造形することで無理なく浮き彫りにすることに成功している。ただ、例によって、中間に退屈な尋問シーンが延々と続くところがいつものマーシュの欠点ではある。
 演奏会場に据えられた巨大なメトロノームなど、レッドへリングも巧みに散りばめられているし、「ハーモニー」誌の身の上相談員の正体、麻薬中毒のベレアズと提供者のカルロスの関係といったサブプロットも決してただの埋め草ではなく、全体のプロット構成と緊密に結びついていることも分かり、いかにもマーシュらしく事前にプロットをよく練り上げたことが窺える。ポーの「盗まれた手紙」を引用するくだりも、ただのこけおどしではなく、プロットの着想に見事に活かされていることも特筆されていいだろう。
 初期作品のシリーズ・キャラクターだったジャーナリストのナイジェル・バスゲイトが最後のほうで登場し、捜査に協力するところもご愛嬌で、シリーズのファンにとっては嬉しいサービスだ。“Death in Ecstasy”で新興宗教の儀式に巻き込まれる展開はなかなか印象的だったが、その事件以来影の薄い存在になっていたからだ。
 なお、‘swing’にはジャズのリズムや演奏スタイルの意味もあるが、「吊るす」の意味から転じて「絞首刑になる」という意味も持つし、作中で被害者がよろめいて倒れるシーンも暗示している。いつもながら、マーシュはタイトルの付け方が実にうまい。


Swing, Brother, Swing
    英初版の扉
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